ペルオキシダーゼと過酸化水素の反応機構と臨床応用

ペルオキシダーゼと過酸化水素

📋 この記事のポイント
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ペルオキシダーゼの基本

過酸化水素を基質として酸化反応を触媒する酵素であり、活性部位にヘムを含む

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反応機構の特徴

電子供与体の存在下で過酸化水素を水に変換し、多様な基質を酸化する

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医療での活用

白血病の診断や酵素イムノアッセイ、臨床検査に広く応用されている

ペルオキシダーゼの基本的な性質と過酸化水素との反応

ペルオキシダーゼ(peroxidase, EC番号 1.11.1.x)は、ペルオキシド構造を酸化的に切断して2つのヒドロキシル基に分解する酵素として知られています。この酵素の最大の特徴は、活性部位にヘムを補因子として含んでいることであり、酸化還元活性を持つシステインやセレノシステインを持つ場合もあります。ペルオキシダーゼは過酸化水素(H₂O₂)を基質とするものが多く、電子供与体の存在下で次の反応を触媒します。ROOR’ + 電子供与体(2e⁻) + 2H⁺ → ROH + R’OHという酸化還元反応が基本となっています。

参考)ペルオキシダーゼ – Wikipedia


過酸化水素を基質とする反応では、過酸化水素が電子供与体存在下でペルオキシダーゼによって水に変換されることが重要です。このとき電子供与体として適当な酸化発色基質を用いることで、過酸化水素量を発色量として観測できるため、ELISAのような古典的なイムノアッセイにおいて広く利用されています。特に西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)は、フェノール、アニリン類をはじめとする種々の有機および無機化合物の酸化反応の触媒として作用することが知られています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/52/4/52_4_268b/_pdf/-char/ja


ペルオキシダーゼの基質特異性は酵素によって異なります。西洋ワサビペルオキシダーゼの場合、活性部位が酵素の外から近づきやすい場所にあるため、多くの物質が電子供与体や受容体として反応できます。一方で、過酸化脂質など有機過酸化物に対する活性が強いペルオキシダーゼも存在しており、生体内での酸化ストレスから細胞を守る重要な役割を果たしています。

参考)簡便、迅速、高感度なペルオキシダーゼ活性測定キット

ペルオキシダーゼの測定方法と酵素活性評価

ペルオキシダーゼの酵素活性を測定する方法には、比色法と蛍光法の2つの主要なアプローチがあります。比色法では、H₂O₂とペルオキシダーゼの反応中にレゾルフィンを形成する電子供与色素を使用し、生成した発色産物の吸光度をOD 570 nmで測定することにより、酵素活性を直接決定することができます。蛍光法では励起波長530 nm、蛍光波長585 nmで測定し、比色法の約10倍の測定感度が得られるという利点があります。

参考)ペルオキシダーゼ活性測定キット


活性1unitの定義は、25°Cで1分間に1 µmolの過酸化物を分解する酵素量とされており、H₂O₂のモル吸光係数は11.3 × 10³ cm⁻¹となっています。測定試料としては、血清、血漿、尿、組織、培地、細胞ライセートなど多様な生物試料が使用可能で、必要試料量は10μlと非常に少量で済みます。測定範囲は比色法で2~50 U/L、蛍光法で0.1~5 U/Lであり、検出限界はそれぞれ2 U/Lと0.1 U/Lとなっています。

参考)https://www.cosmobio.co.jp/support/technology/ey/tech_ey_20040927_6.asp


測定操作は混合とインキュベーションのみで行えるため、自動分析やハイスループットスクリーニングにも適応できます。測定時間は約20分と迅速であり、96 wellプレートフォーマットで100アッセイまで実施可能です。ペルオキシダーゼは動物、植物、真菌、細菌に見られる酵素の大きなファミリーを表しており、細胞内では有酸素呼吸中に副産物として形成される有毒な水酸化物ラジカルを消去する重要な役割を担っています。​

ペルオキシダーゼ反応の臨床検査への応用

ペルオキシダーゼ反応は、臨床検査分野において白血病の診断に非常に重要な役割を果たしています。ペルオキシダーゼは過酸化物(過酸化水素など)の存在のもとに基質を酸化する酵素であり、骨髄系細胞のほとんどに存在するとされています。特に好中球や好酸球などに多く含まれている一方で、リンパ球系細胞や幼若赤血球には存在しないという特徴から、ペルオキシダーゼ反応はこれら両者の細胞鑑別に応用されてきました。

参考)ペルオキシダーゼ反応 (検査と技術 29巻7号)


白血球ペルオキシダーゼ反応は、各成熟段階にある顆粒球系の細胞が陽性所見を示すため、白血病(特に骨髄性白血病)に際して、腫瘍細胞の鑑別に有益な酵素染色法として広く利用されています。従来は骨髄の塗抹標本に対して行われてきましたが、組織標本に対しては各種の免疫組織化学的染色法の普及により、現在ではあまり汎用されていません。組織標本(各臓器の凍結切片)においては、詳しい細胞形態の観察が困難であるため、陽性所見による顆粒球系細胞の多寡を識別するにとどまるのが現状です。

参考)ペルオキシダーゼ反応 (検査と技術 26巻9号)


臨床診断における酵素の応用は、より適格な治療を行うための情報を提供することが目的であり、今日の医療では臨床診断分析を除いて考えることは不可能となっています。ペルオキシダーゼを用いた分析法は迅速で正確な結果が求められる臨床現場において、その需要は増加し続けており、診断精度の向上に貢献しています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/14/10/14_KJ00001718374/_pdf/-char/ja

過酸化水素を用いた内在性ペルオキシダーゼ活性のブロッキング

免疫組織染色においては、内在性ペルオキシダーゼ活性が非特異的な発色の原因となるため、適切なブロッキング処理が必要となります。最も迅速で簡単な方法は、3%過酸化水素溶液で5分間反応させ、水で2~3分間洗浄する方法ですが、操作中に発生する気泡により、凍結切片や内在性ペルオキシダーゼ活性が高い標本(塗抹血液標本等)に損傷を及ぼす可能性があります。

参考)内在性ペルオキシダーゼ活性のブロッキング法


内在性ペルオキシダーゼ活性が高い切片や凍結切片に適した方法として、0.3%過酸化水素/メタノール溶液で20~30分間反応させる方法があります。メタノールはヘムの破壊を促進するため、低い過酸化水素濃度で長時間の反応処理が可能となり、細胞表面マーカーの場合を除き、一般的に使用される優れた方法とされています。さらに高度なブロッキング方法として、グルコースオキシダーゼの酵素反応により、非常にゆっくり、かつ持続的に低濃度の過酸化水素を生成する方法があります。​
この方法では、180 mg β-D(+)グルコース、5 mg グルコースオキシダーゼ、6.5 mg アジ化ナトリウム/50 ml PBSで37℃、1時間反応させ、PBSで5分間の洗浄を3回繰り返します。ペルオキシダーゼ活性が持続的に完全に阻害されるので、あらかじめ過酸化水素を加える方法よりも優れた方法とされており、免疫染色の精度向上に大きく貢献しています。造血組織の膜マーカーを保存する場合には、0.3%過酸化水素/40%メタノール(in PBS)で一晩反応させる方法が特に優れています。​

ペルオキシダーゼと過酸化水素を用いた分析法の実用例

ペルオキシダーゼと過酸化水素を組み合わせた分析法は、環境分析から医療診断まで幅広い分野で実用化されています。水中のフェノール類の定量においては、ペルオキシダーゼ、過酸化水素および4-アミノアンチピリンを用いる吸光光度定量法が確立されており、環境汚染物質のモニタリングに活用されています。この方法では、ペルオキシダーゼが過酸化水素の存在下でフェノールと4-アミノアンチピリンを反応させ、生成する赤色色素の吸光度を測定することで、微量のフェノールを高感度に検出できます。

参考)302 Found


医療診断用色素の分野では、ペルオキシダーゼを共役させた比色法が臨床検査に大きな役割を果たしています。グルコースやコレステロールなどの臨床検査項目の測定では、まず対象物質を酸化酵素で反応させて過酸化水素を生成し、次にペルオキシダーゼがこの過酸化水素を利用して発色基質を酸化することで、測定対象物質の濃度を比色定量します。この二段階酵素反応システムは、高感度かつ特異的な測定を可能にしており、自動分析装置にも広く組み込まれています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai1937/54/5/54_287/_pdf/-char/ja


西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)は組織学における染色(酵素抗体法)や、ELISAなどの分析化学実験において、標識物質として広く用いられています。基質特異性が広い西洋ワサビペルオキシダーゼを使って、テトラメチルベンジジンなどの色素前駆体を分解させ、分解物の着色を検出することで、抗原抗体反応を可視化できます。西洋ワサビペルオキシダーゼは分子量も小さいため、抗体に結合させて利用でき、免疫組織化学染色における必須のツールとなっています。さらに、ペルオキシダーゼは工業排水の処理にも利用可能であり、フェノールを多量体化して毒性を低減させる環境浄化技術への応用も進んでいます。​

過酸化水素の分解機構とペルオキシダーゼの生体防御機能

生体内では、ミトコンドリアの電子伝達系においてスーパーオキシドアニオン(O₂⁻)などの活性酸素種が常に発生しています。活性酸素は生体分子を破壊し有害であるため、生体には精巧な防御機構が存在します。この防御システムにおいて、スーパーオキシドアニオンはまずスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)によって過酸化水素に変換され、次いでペルオキシダーゼによって無害な水に分解されるという二段階の解毒経路が確立されています。​
グルタチオンペルオキシダーゼは、セレノシステインを含む酵素として特に重要です。この酵素はグルタチオンを電子供与体として用い、過酸化水素だけでなく有機過酸化物にも作用し、酸化ストレスから生体を守っています。過酸化脂質など有機過酸化物に対する活性が強いペルオキシダーゼも存在しており、細胞膜の脂質過酸化を防ぐ重要な役割を担っています。​
過酸化水素の自己分解は、アルカリ性下において主に二種類の機構で進行します。一つは過酸化水素とその共役塩基であるヒドロペルオキシドアニオン(HO₂⁻)との二分子反応による分解であり、この反応は反応溶液のpHが過酸化水素のpKa値(≒11.6)付近で最速となります。もう一つは、極微量に存在する遷移金属イオン(Fe³⁺やMn²⁺など)が触媒する一分子的分解反応であり、これらの金属イオンは過酸化水素を非常に速く分解しますが、Mg²⁺を添加するとその量に応じて安定化されることが知られています。ペルオキシダーゼはこのような複雑な過酸化水素の化学反応を制御し、生体にとって有害な活性酸素を効率的に除去する生体防御の要となっています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jtappij/67/12/67_1451/_pdf/-char/ja