ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンの機序
ペニシリナーゼ産生菌の耐性機序
黄色ブドウ球菌の半数以上はPC1と呼ばれるペニシリナーゼを産生し、これがペニシリン系抗菌薬に対する主要な耐性機序となっています 。PC1はAmbler分類のClass Aに分類されるβ-ラクタマーゼの一種で、ペニシリンGなどの天然ペニシリン系薬剤を効率的に分解します 。
このペニシリナーゼは、活性中心にセリン残基を持つセリン型β-ラクタマーゼです。PBP(ペニシリン結合タンパク質)と同様の構造を有していますが、ペニシリンと結合した後、薬剤を分解してから解放される点が異なります 。PC1の働きにより、ペニシリンが「骨抜き」にされ、PBPは再び本来の細胞壁合成機能を取り戻すことができます 。
1940年代のペニシリンG大量産生開始当初は良好な効果を示していましたが、PC1産生能をプラスミド依存性に獲得した耐性菌が出現し、ペニシリンG耐性黄色ブドウ球菌が問題となりました 。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ma/mrsa/010/mrsa.html
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンの開発と特徴
ペニシリナーゼ産生菌に対抗するため、メチシリンやオキサシリンなどのペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンが開発されました 。これらの薬剤は化学修飾により、ペニシリナーゼによる分解を受けにくい構造に設計されています 。
参考)https://www.omu.ac.jp/med/iloha/assets/lecture/mrsa002_taisei.html
主要なペニシリナーゼ抵抗性ペニシリン 📋
- メチシリン(DMPPC)
- オキサシリン(MPIPC)
- ナフシリン(nafcillin)
- ジクロキサシリン
- クロキサシリン
これらの薬剤は、ペニシリンGと同様の抗菌スペクトルを示しながら、PC1ペニシリナーゼに対して抵抗性を示します 。分子構造的には、β-ラクタム環周辺の立体障害により、ペニシリナーゼの基質認識部位との結合が阻害される設計となっています 。
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンの適応と効果
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリン系薬剤は、主にペニシリナーゼ産生メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)に対して使用されます 。また、一部の肺炎球菌、A群レンサ球菌、メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌感染症の治療にも効果を示します 。
しかし、これらの薬剤は天然ペニシリンと比較してグラム陽性菌に対する抗菌活性がやや劣る特徴があります。そのため、ペニシリン感受性株に対しては、可能な限り天然ペニシリンの使用が推奨されています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jamt/71/1/71_21-44/_html/-char/ja
日本においては、ペニシリナーゼ耐性ペニシリンが承認されていないため、MSSA感染症に対する静注治療薬の第一選択はセファゾリン(CEZ)となっています 。
ペニシリン結合タンパク質との相互作用
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンも、従来のペニシリンと同様にペニシリン結合タンパク質(PBP)を標的とします 。PBPは細菌の細胞質膜に存在する酵素群で、細胞壁ペプチドグリカン合成の最終段階において重要な役割を果たします 。
大腸菌では7種類のPBPが存在し、高分子量PBP(6万~9万Da)はトランスグリコシラーゼとトランスペプチダーゼの二つの活性を持ちます 。低分子量PBP(4万~5万Da)はD-アラニンカルボキシペプチダーゼ活性を有しています 。
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンは、PBPの活性中心のセリン残基と共有結合を形成し、不可逆的な阻害を引き起こします 。この機序により、ペプチドグリカンの架橋形成が阻害され、最終的に細菌の細胞壁合成が停止します 。
参考)https://kanri.nkdesk.com/hifuka/kou1.php
ペニシリナーゼ抵抗性の限界とMRSA出現
1980年頃より、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が増加し、一時期は分離される黄色ブドウ球菌の70%ほどがMRSAとなりました 。MRSAの耐性機序は、ペニシリナーゼの産生ではなく、PBP2’という変異型ペニシリン結合タンパク質の獲得によるものです 。
PBP2’はmecAと呼ばれる遺伝子に基づいて産生され、トランスペプチダーゼ活性領域のアミノ酸配列が大きく変化しています 。この変異により、β-ラクタム系抗菌薬との親和性が著しく低下し、メチシリンを含むすべてのペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンに対して耐性を示します 。
参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/shiyosarenai-mrsa.html
mecAを含む遺伝子領域は、トランスポゾンなどの転位因子により他の菌種から黄色ブドウ球菌に持ち込まれ、染色体上に組み込まれたものが拡散したと考えられています 。
ペニシリナーゼ検出法と臨床応用
臨床検査室において、ペニシリナーゼ産生の有無を確認する方法として、ペニシリンディスクゾーンエッジテストが用いられています 。この検査は、β-ラクタマーゼ産生菌を迅速に同定する方法として広く採用されています。
ペニシリンGに対するMIC値が≤0.12μg/mLと感性と判定された黄色ブドウ球菌株に対して、このテストを実施することで、真のペニシリン感受性黄色ブドウ球菌(PSSA)を同定できます 。血液培養から分離されたMSSA株を対象とした研究では、PCGに感性と判定された26株中2株が陽性となった報告があります 。
この検査の重要性は、セファゾリンの供給不安定化などの医療情勢を背景に高まっており、適切な抗菌薬選択に重要な情報を提供します 。
多剤耐性菌との関連性
ペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンの概念は、他の多剤耐性菌の治療戦略にも影響を与えています。淋菌においても、かつて使用されていたペニシリンGの耐性菌であるペニシリナーゼ産生株(PPNG)が存在しましたが、現在では数%以下となっています 。
参考)https://www.iph.pref.osaka.jp/infection/setsumei/go40_04.htm
しかし、β-ラクタム薬の標的酵素であるPBPの変異株が90%以上を占めており、ペニシリン系薬剤は使用困難な状況にあります 。このような状況は、単一の耐性機序に対する対策だけでは限界があることを示しています。
現在では、β-ラクタマーゼ阻害薬との配合剤や、新規のβ-ラクタム系抗菌薬の開発が進められており、多重耐性機序に対応した治療選択肢の拡充が図られています 。