嘔気と悪心の違い
嘔気の医学的定義と症状
嘔気(おうき)は、消化管の内容物を口から吐出したいという切迫した不快な感覚を指します 。医学的には「nausea」の日本語訳として使用され、緩和ケア領域では「嘔気」が慣習的に頻用されています 。この症状は、ムカムカして嘔吐したい気分のことで、必ずしも嘔吐を伴うとは限りません 。
参考)https://oishi-shunkei.com/symptoms/2297/
嘔気は心窩部や前胸部、咽頭にかけて生じる切迫した感覚で、嘔吐に先行して生じることが多い特徴があります 。患者は「吐き気」や「むかつき」として表現することが一般的で、この症状は嘔吐の前触れとして現れるのが一般的です 。
参考)https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/kochi/20140325001/oshinouto.pdf
臨床的には、嘔気は単独で起こる場合もあれば、実際に嘔吐することもあります 。過度のストレスや消化器の不調、他の臓器の疾患などによって起こる多様な症状として認識されています 。
参考)https://yutaka-clinic.net/blog/hakike-outo/
悪心の医学的定義と症状
悪心(おしん)とは、胃の内容物を吐き出したくなる不快な感覚を指し、医学中央雑誌の医学用語シソーラスや日本癌治療学会の『制吐薬適正使用ガイドライン』では「悪心」を採択しています 。この症状は「吐き気」や「むかつき」と表現され、嘔吐の前触れとして現れるのが一般的です 。
参考)https://mymc.jp/clinicblog/382145/
悪心は看護用語集では「嘔気とも表現されるが吐き気を感じる不快で苦痛な状態のこと」として定義されており、ときに嘔吐を伴うこともあります 。消化器疾患や感染症、食中毒、薬剤の副作用、延髄にある嘔吐中枢への刺激、精神的ストレスなど、さまざまな要因で生じます 。
参考)https://medical-term.nurse-senka.jp/terms/2106
医療用語としての悪心は、いまにも嘔吐してしまいそうな状態を表現し、症状の多くは消化器の不具合によって起こるものですが、脳疾患や心疾患などの緊急性の高い疾患から起こる場合もあります 。
参考)https://www.ebina-naishikyo.com/nausea/
嘔気と悪心の病態生理学的機序
嘔気・悪心の発症機序は、延髄外側網様体背側にある嘔吐中枢(vomiting center: VC)が刺激を受けて引き起こされると考えられています 。嘔吐中枢は延髄という脳の一番下の部分に存在し、この中枢が刺激されると迷走神経や自律神経などを介して症状が現れます 。
参考)https://hirata-endoscopy.com/%E5%98%94%E6%B0%97%E3%83%BB%E5%98%94%E5%90%90
病態生理学的には、化学受容器引金帯(CTZ: chemoreceptor trigger zone)と呼ばれる構造を介して、または直接刺激されることで症状が生じます 。神経伝達物質ではドパミン、セロトニン、サブスタンス Pなどが、薬物ではモルヒネ、ジギタリスなどが刺激となることがよく知られています 。
参考)https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/gastro_2017/02_01.pdf
嘔吐は何らかの原因により嘔吐中枢が刺激されると迷走神経、交感神経、体性運動神経を介して起こり、幽門が閉ざされ、食道括約筋がゆるみ、胃に逆流運動が起こります 。この複雑な神経伝達経路は、嘔気と悪心で共通の機序となっています 。
嘔気と悪心の臨床的使い分けと意義
臨床現場では、嘔気と悪心は基本的に同じ症状を表す異なる表記として使用されています 。医学中央雑誌の医学用語シソーラスでは「悪心」を採択している一方で、緩和ケア領域では「嘔気」が慣習的に頻用されているという使い分けがあります 。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/zn4uf1kftqv6
両者の症状は、消化管や咽頭などからの刺激が嘔吐中枢にはたらきかけて起こる末梢性嘔吐と、脳内にある嘔吐中枢が直接刺激を受けることによって起こる中枢性嘔吐に分類されます 。この分類は、嘔気・悪心のいずれの表記を用いても同様に適用されます 。
臨床的な意義として、嘔気・悪心と同時に他の症状(頭痛やめまい、胸痛、下痢・腹痛、発熱、意識障害など)があったかどうかは、診断における重要な所見となります 。患者の緊急度や重症度の把握において、表記の違いよりも症状の詳細な評価が重要です 。
嘔気・悪心診療における特殊な病態と治療戦略
食中毒における嘔気・悪心は、細菌の産生した毒素が化学受容器引金帯を刺激することによって起きる防御反応として理解されています 。同様に、肝不全や腎不全でも血液中に増加した有害物質が化学受容器引金帯を刺激し、これが症状の発現機序となります 。
参考)https://www.kango-roo.com/learning/7826/
治療面においては、制吐剤(せいとざい;吐気止め)を使用し一時的に症状を抑えつつ、原因となる病気を診断し治療します 。制吐剤にはいろいろな種類があり、中枢性嘔吐か末梢性嘔吐か、薬の影響があるかどうかなどによって使い分けを行います 。
興味深い病態として、心筋梗塞のときに見られる悪心・嘔吐も反射性嘔吐の一つであり、消化器症状として現れる心疾患の重要な徴候として認識されています 。この場合、胸痛や左肩痛の有無を確認することが診断の鍵となります 。
さらに、妊娠初期の悪阻(つわり)による症状も、患者自身が気づかない妊娠初期の重要な徴候として、月経周期の問診と合わせて評価する必要があります 。このように、嘔気・悪心は単純な消化器症状を超えた多面的な臨床意義を持つ症状として捉える必要があります。