尿失禁の種類
尿失禁の主要4分類とその特徴
尿失禁は、自分の意思とは無関係に尿が漏れてしまう状態を指し、40歳以上の女性では4割以上が経験しているという報告があります。医療従事者が押さえておくべき分類は、尿が漏れる・尿失禁がある
分類ごとに発生メカニズムが根本的に異なるため、患者の訴えや症状から正確に種類を見極めることが適切な治療につながります。例えば、腹圧性尿失禁は女性の尿失禁の約50%を占めており最も頻度が高い一方、切迫性尿失禁は約20%、そして両者が混在する混合性尿失禁も多く見られます。
注意すべき点として、高齢者では複数の種類が併存するケースが多く、一つの分類に当てはめようとすると診断を誤る可能性があるんです。問診時には「どのような状況で漏れるか」「尿意の有無」「排尿後の残尿感」などを丁寧に聴取する必要があります。
参考)成人の尿失禁 – 03. 泌尿器疾患 – MSDマニュアル …
日本泌尿器科学会の尿失禁に関する患者向け情報には、各種類の詳細な説明が掲載されています。
尿失禁の腹圧性と切迫性の鑑別
腹圧性尿失禁は、咳やくしゃみ、重い荷物を持ち上げるなど腹圧が上昇したときに尿が漏れる状態です。これは骨盤底筋群の緩みや尿道括約筋の機能低下が原因で、妊娠・出産、加齢、肥満などが危険因子となります。女性では週1回以上経験している方が500万人以上いるとされ、臨床現場で最も遭遇する頻度が高いタイプなんですよ。
一方、切迫性尿失禁は、突然の強い尿意(尿意切迫感)が出現し、トイレに間に合わずに漏れてしまう状態を指します。過活動膀胱の症状の一つとして位置づけられており、膀胱が少量の尿で過剰に収縮してしまうことが原因です。脳血管障害やパーキンソン病などの中枢神経系疾患、前立腺肥大症、骨盤臓器脱なども原因となります。
参考)尿失禁(尿が漏れる・トイレが間に合わない)|取手市にあるとり…
鑑別のポイントは、腹圧性では運動時や体動時に予測可能な形で少量から中等量が漏れるのに対し、切迫性では突然の強い尿意とともに間に合わずに漏れるという点です。ストレステストは腹圧性尿失禁の診断に有用で、感度・特異度ともに90%を超えると報告されています。
国立長寿医療研究センターの尿もれ治療ページでは、各タイプの詳細な説明と治療法が紹介されています。
尿失禁における溢流性と機能性の理解
溢流性尿失禁は、自分で尿を出したいのに出せない状態で、膀胱に尿がたまりすぎてあふれ出るように少しずつ漏れる失禁です。イメージとしては、コップの水が満杯になってこぼれ出る状態に似ています。前提として排尿障害が必ず存在し、重度の前立腺肥大症や直腸癌・子宮癌の手術後の神経因性膀胱などでみられるため、男性に多い傾向があります。
参考)尿失禁 – 主な病気と治療方法 – 名古屋大学大学院医学系研…
通常は少量の持続的な漏出ですが、総漏出量は多量となることがあり、排尿後残尿量が100mLを超える場合は溢流性尿失禁を強く疑います。カテーテル法または超音波検査による残尿測定が診断に必須なんです。
機能性尿失禁は、排尿機能自体は正常であるにもかかわらず、身体運動機能の低下や認知症により、トイレに行くまでに時間がかかる、あるいはトイレに行けないことで起こる尿失禁です。例えば、歩行能力低下によりトイレに間に合わない、認知症のためにトイレの位置がわからない、認知症の悪化により漏れていることがわからないなどのケースが該当します。
参考)尿失禁
この場合、泌尿器的な介入よりも、介護サービスの導入や生活環境の見直しなどが治療の中心となります。医療従事者は、単に排尿機能だけでなく患者の生活環境全体を評価する視点が求められます。
尿失禁の混合性と反射性の臨床的意義
混合性尿失禁は、複数のタイプの尿失禁が混在するもので、特に女性では腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁の混在が多く見られます。臨床現場では、どちらの症状がより患者のQOLを低下させているかを見極めることが治療方針の決定に重要なんですよ。
参考)尿漏れ(尿失禁)の種類・原因・対策・検査・治療(薬)について
出産後の女性に多く、腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁のそれぞれの治療を組み合わせて行います。例えば、骨盤底筋訓練は両方のタイプに効果が期待できるため、まず保存的治療から開始することが推奨されます。
参考)ゆーりん研用語集|大分県排泄リハビリテーション・ケア研究会(…
反射性尿失禁は、下肢の麻痺など明らかな脊髄の神経学的異常がある患者で、なんら兆候も尿意もなく尿が漏れることを指します。脊髄損傷などで排尿反射が消失または低下し、膀胱にある程度の尿がたまると反射性に失禁がみられる状態です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/27/1/27_4/_pdf
排尿筋・外尿道括約筋協調不全を伴うことが多く、膀胱の収縮時に弛緩すべき括約筋が収縮してしまい、膀胱出口部が閉塞します。この状態は重度の肉柱形成や水腎症、腎不全の原因となるため、早期の専門的介入が必要です。
MSDマニュアルの尿失禁に関する医療従事者向け詳細情報には、病型分類と病因の詳しい解説があります。
尿失禁の診断における尿流動態検査の役割
尿流動態検査(Urodynamic Study)は、排尿機能を総合的に調べるための方法で、尿の流量・圧力・残尿などを測定し、排尿障害の程度や原因を客観的に把握します。過活動膀胱や尿失禁、排尿困難などが気になったときに選択される検査で、自覚症状だけでなく他の要因との関連を明確に示すうえで重要なんです。
参考)尿流動態検査(排尿機能検査 / Urodynamic Stu…
検査は複数のステップを組み合わせて行われ、尿流測定(ウロフロメトリー)では尿を排出するときの速度や量をグラフ化し、最大尿流速度や排尿量を記録します。男性の下部尿路閉塞の確定または除外には、最大尿流率が12mL/秒未満で尿量200mL以上かつ排尿が長引く場合は閉塞または排尿筋低活動が示唆されます。
参考)尿失禁、排尿困難、頻尿の問題を実際に確認するための尿流動力学…
膀胱内圧測定法では、膀胱を滅菌水で満たしながら圧-容積曲線と膀胱感覚を記録し、切迫性尿失禁の診断に役立ちます。300mL未満で尿意切迫または収縮が生じる場合は、排尿筋過活動および切迫性尿失禁の可能性が高いと評価されます。
ビデオ尿流動態検査は、通常は排尿時膀胱尿道造影とともに施行され、膀胱収縮、膀胱頸部能力、排尿筋括約筋協調を相関させることが可能ですが、使用機器があまり普及していないのが現状です。臨床的評価と適切な検査の組合せで診断できない場合、または手術の前に異常を正確に特徴づけなければならない場合に適応となります。
尿失禁の種類別治療戦略と骨盤底筋訓練
治療は尿失禁の種類によって大きく異なり、腹圧性尿失禁では骨盤底筋訓練が第一選択となります。骨盤底筋群のトレーニングで7割くらいの人に効果が出ると報告されており、特に75歳未満の女性では治癒率が10~25%、改善率は40~50%に達します。
参考)腹圧性尿失禁
訓練方法は、大腿筋、腹筋、殿部筋ではなく骨盤底筋(恥骨尾骨筋および腟の左右両側)を10秒間収縮させた後に10秒間弛緩させる動作を1セット10~15回で1日3セット行います。おしっこを出している途中に、おならを我慢する要領で肛門と膣をギュッと締めるイメージで、できるだけお腹に力は入れず肛門だけの力で行うのがポイントなんですよ。
参考)骨盤底筋体操
切迫性尿失禁の治療には、抗コリン薬やβ3受容体作動薬などの薬物療法が有効です。オキシブチニンとトルテロジンが最も頻用されており、どちらも抗コリン性および抗ムスカリン性で、1日1回の経口投与が可能な徐放性製剤が利用可能です。ソリフェナシン、ダリフェナシン、トロスピウムなどのより新しい抗コリン薬は、膀胱選択的であるため有害作用の重症度がより低い可能性があります。
溢流性尿失禁では、原因が下部尿路閉塞、排尿筋低活動、またはこの両方によって治療法が異なります。前立腺肥大症に起因する場合は薬剤(α拮抗薬や5α還元酵素阻害薬)または手術により、尿道狭窄に起因する場合は拡張またはステント留置による治療が選択されます。排尿筋低活動では、間欠的自己導尿または一時的な留置カテーテルによる膀胱減圧法が必要となることがあります。
機能性尿失禁は、泌尿器的な介入よりも介護や生活環境の見直しが中心となり、多職種連携が不可欠です。
参考)訪問看護師が知っておきたい!高齢者の尿失禁の種類と在宅での支…
尿失禁診療で見落としやすい一過性原因
医療従事者が見落としがちな重要なポイントとして、一過性尿失禁の存在があります。これは可逆的な原因による尿失禁で、適切に対処すれば改善が期待できるんです。覚えやすい語呂合わせとして「DIAPPERS」があり、それぞれDelirium(せん妄)、Infection(感染)、Atrophic urethritis and vaginitis(萎縮性尿道炎および腟炎)、Pharmaceuticals(薬剤)、Psychiatric disorders(精神疾患)、Excess urine output(尿量過多)、Restricted mobility(移動能力の制限)、Stool impaction(宿便)の頭文字です。
特に高齢患者では、利尿薬の使用、抗コリン薬による尿閉、宿便による機械的障害、症候性尿路感染症などが尿失禁を引き起こしたり悪化させたりします。閉経後女性では、エストロゲン濃度の低下により萎縮性尿道炎および萎縮性腟炎が引き起こされ、尿道の抵抗、長さ、最大閉鎖圧が小さくなることも見逃せません。
薬剤の影響も重要で、αアドレナリン拮抗薬は女性の膀胱頸部の筋肉を弛緩させて腹圧性尿失禁を起こすことがあり、抗コリン薬は膀胱の収縮力を障害して溢流性尿失禁を起こす可能性があります。カルシウム拮抗薬や向精神薬なども尿失禁を惹起または悪化させる可能性があるため、薬歴の確認は必須です。
臨床では、長期にわたる尿失禁だからといって不可逆的であると仮定せず、まず一過性の原因を除外することが重要なんですよ。特定の時間帯の水分摂取制限、膀胱を刺激する飲料(カフェイン含有飲料)の回避、1日1500~2000mLの適切な水分摂取などの生活指導も基本的ながら効果的です。
また、排尿日誌を48~72時間つけてもらうことで、排尿および失禁の尿量および時刻、関連する活動、睡眠との関連が把握でき、原因の手がかりが得られます。こうした基本的な評価を丁寧に行うことが、適切な診断と治療につながるのです。