脳膿瘍と脳腫瘍の違い
脳膿瘍の病態と原因
脳膿瘍は細菌や真菌などの病原体が脳組織内に侵入し、炎症反応を起こすことで膿が蓄積した感染症です。脳内に膿がたまった状態で、脳以外の頭部もしくは血流に生じた感染から、または傷を介して細菌が脳に侵入することで形成されます。
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感染経路は主に2つに大別されます。1つ目は近接部位の感染巣からの直接浸潤で、全体の約60%を占めています。中耳炎、副鼻腔炎、乳様突起炎、重度の歯周病などの隣接組織からの感染が含まれます。2つ目は血行性感染で約25%を占め、心臓や肺の病気によって血液に入った病原体が脳に達する経路です。ただし、約1/4の症例では感染源が特定できないことも報告されています。
参考)脳膿瘍 – 脳・神経疾患
起因菌としてはブドウ球菌、緑膿菌、レンサ球菌などの化膿菌が代表的ですが、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、腸内細菌など多くの細菌が関与します。また、真菌やトキソプラズマ症の原因となるトキソプラズマも脳膿瘍を引き起こすことがあります。抗がん剤使用中やHIV感染など免疫力が低下している状態ではリスクが高まります。
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病理学的には、感染初期の脳炎期(約2週間)から始まり、その後壊死および被包化膿瘍期(2週間以降)へと進展します。膿瘍の周囲の組織には液体がたまり、周辺の脳組織が腫れて頭蓋内圧が上昇します。
脳腫瘍の種類と悪性度分類
脳腫瘍は組織学的におよそ150種類に分けられ、悪性度によってグレード1~4に分類されます。グレード1は良性腫瘍で、手術で取り除くことができると再発の危険は少なくなります。グレード2~4は悪性腫瘍で、グレードが上がるにつれて腫瘍の増殖速度が速くなり、悪性度が増します。
主な原発性脳腫瘍として以下のものが挙げられます。
参考)脳腫瘍の基礎知識 href=”https://cancer.qlife.jp/brain/brain_tips/article20090.html” target=”_blank”>https://cancer.qlife.jp/brain/brain_tips/article20090.htmlamp;#8211; がんプラス
- 神経膠腫(グリオーマ):グレード2~4の悪性度を持つ腫瘍で、毛様細胞性星細胞腫(グレード1)、びまん性星細胞腫(グレード2)、退形成性星細胞腫(グレード3)、膠芽腫(グレード4)などが含まれます
- 髄膜腫:グレード1~3まであり、グレード1の場合は良性腫瘍です
- 下垂体腺腫:グレード1に分類される良性脳腫瘍です
- 中枢神経系悪性リンパ腫:グレード4の悪性脳腫瘍です
- 転移性脳腫瘍:肺癌や乳癌などが脳に転移したもので、60%が多発性です
2021年のWHO分類第5版では、腫瘍組織の遺伝子検査を基にした遺伝子診断への移行が進み、病理診断名も変更されています。
脳膿瘍の症状と臨床所見
脳膿瘍の症状は膿瘍の大きさや位置、感染の進行具合によって異なりますが、最も多いのが頭痛で69%の患者に認められます。次いで発熱が53%、嘔気・嘔吐が47%、神経学的巣症状が48%、意識変容が43%、痙攣が25%の頻度で出現します。
参考)脳膿瘍 brain abscess│医學事始 いがくことはじ…
興味深いことに、発熱・頭痛・神経学的巣症状の3徴を全て呈するのは20%のみと報告されています。しばしば39℃を超えるような高熱になることもありますが、炎症反応に乏しい症例もあるため注意が必要です。
参考)脳膿瘍
主な症状を以下の表にまとめました。
症状 | 特徴 | 出現頻度 |
---|---|---|
頭痛 | 最も多い症状で膿瘍の増大により生じる | 69% |
発熱 | 感染に対する生体反応で39℃超えることもある | 53% |
嘔気・嘔吐 | 頭蓋内圧亢進による症状 | 47% |
神経学的巣症状 | 運動障害、感覚障害、言語障害など | 48% |
意識障害 | 反応が鈍い、すぐに眠ってしまうなど | 43% |
痙攣 | けいれん発作 | 25% |
発生部位としては前頭葉が31%と最も多く、次いで側頭葉27%、頭頂葉20%、後頭葉6%の順です。単発の膿瘍が82%、複数の膿瘍が18%の割合で認められます。
脳膿瘍は重篤な合併症を引き起こす可能性があります。脳ヘルニア、膿瘍破裂(特に脳室穿破は致死率が高く重篤)、水頭症、痙攣などが報告されており、死亡率は20%にのぼります。
脳膿瘍のMRI・CT画像診断の特徴
脳膿瘍の画像診断では、CTよりもMRIにおいて感度が高いことが知られています。CT検査では境界不明瞭な低吸収域として描出され、造影CTでは膿瘍壁が強く造影されるリング状増強効果が認められます。ただし、脳膿瘍の初期にはわかりにくいこともあります。
参考)http://congress.jamt.or.jp/j74/pdf/special/9078.pdf
MRI検査では以下の特徴的な所見が見られます。
- 被膜がリング状増強効果を示し、被膜の厚みは比較的均一(ただし脳表では厚いこともある)
- 膿瘍の被膜はT1強調画像で高信号、T2強調画像で低信号になることがある(T2強調画像での低信号は脳膿瘍に特徴的で、コラーゲン、血腫およびマクロファージの産生するフリーラジカルによる)
- 拡散強調像(DWI)で著明な高信号を示し、ADC(見かけの拡散係数)で信号低下を来す(膿性内容がADCの低下を来す)
- SWIでdural rim sign(同心円状の辺縁の低および高信号)は脳膿瘍に特徴的な所見
ただし、被膜形成前は典型的なリング状を示さず、不規則な造影効果を示すため、悪性神経膠腫との鑑別が問題になることがあります。浮腫や周囲へのmass effectの程度はさまざまですが、被膜を形成して膿瘍が成熟すると軽減するとされています。
頭部MRIでは、T2強調画像で低信号を呈する被包の内部に膿瘍を示す高信号病変を認め、被包周囲には浮腫を示す高信号が認められます。
MSDマニュアル プロフェッショナル版 脳膿瘍のページには、脳膿瘍の診断基準と画像所見について詳細な情報が記載されています。
脳腫瘍の画像診断と鑑別のポイント
脳腫瘍の診断にはCTでもMRIでも可能ですが、いずれも造影をすることでさらに診断が容易になります。特に造影剤を使用した頭部CT、MRIでは小さな病巣も診断可能です。
転移性脳腫瘍の画像所見としては、腫瘍の周囲に広い範囲の浮腫を伴うことが多く、造影剤でリング状あるいは充実性に造影されることが多く認められます。リング状に造影される場合の周囲には強い浮腫を伴い、多発性の場合は2箇所以上に転移性脳腫瘍を認めます。
脳膿瘍と脳腫瘍の鑑別診断において重要なポイントを以下の表にまとめました。
特徴 | 脳膿瘍 | 脳腫瘍(特に転移性・悪性神経膠腫) |
---|---|---|
リング状造影の被膜 | 比較的均一な厚み | 被膜の厚みが不均一で充実部あり |
DWI所見 | 著明な高信号、ADC低下 | DWIでの高信号は軽度 |
T2強調画像での被膜 | 低信号(特徴的) | 低信号を呈さないことが多い |
SWI所見 | dural rim sign陽性 | dural rim sign陰性 |
発症様式 | 発熱を伴うことが多い | 発熱は通常伴わない |
実際の臨床例では、脳梗塞の診断で抗血小板薬内服治療が開始されたものの、精査の結果、神経膠腫、中枢神経系リンパ腫、転移性脳腫瘍、脳膿瘍を鑑別診断として挙げた症例も報告されています。ガドリニウムで造影される腫瘤を認めた場合、これらの疾患を鑑別する必要があります。
日本小児放射線学会雑誌の頭部画像診断に関する論文には、ADEM、脳膿瘍などの鑑別について詳しく解説されています。
脳膿瘍と脳腫瘍の治療法の違い
脳膿瘍と脳腫瘍では治療アプローチが根本的に異なります。脳膿瘍は感染症であるため抗菌薬が治療の中心となる一方、脳腫瘍は異常増殖した細胞を取り除くことが主目的となります。
脳膿瘍の治療は抗菌薬療法と外科的治療の組み合わせで行われます。最初は広範囲の細菌に対して効果がある広域スペクトル抗生物質が用いられ、血液培養や膿の培養検査の結果に基づいて特定の病原体に対してより効果的な抗生物質に切り替えます。静注抗菌薬による治療期間は一般に6~8週間程度が推奨されていますが、手術により膿瘍を完全に除去できた症例では4週間の治療が考慮される場合もあります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=1285
外科的治療としては、針を挿入し膿を吸引する方法があり、比較的小さな膿瘍や手術が難しい場所にある膿瘍に対して行われます。大きな膿瘍や複数の膿瘍、または吸引だけでは十分に排膿できない場合は、外科的に膿瘍を開放して排膿します。
脳腫瘍の治療は腫瘍の種類、グレード、部位、患者の全身状態によって異なります。グレード1の良性腫瘍では外科手術で摘出すると治ってしまうものが多く、下垂体腺腫、髄膜腫、神経鞘腫などがこれに該当します。グレード2~4の悪性脳腫瘍では、手術に加えて放射線療法や化学療法を組み合わせた集学的治療が必要となります。
参考)WHO 2021 脳腫瘍 グレード:悪性度を 1, 2, 3…
グレード4の膠芽腫の平均余命は2年くらいとされ、治療の難しさが示されています。転移性脳腫瘍が疑われた場合は、もともとの癌の状態や他部位の転移の有無などを調べる必要があります。
参考)神経膠腫(グリオーマ)
脳膿瘍の予後と長期的な合併症リスク
脳膿瘍の予後は治療介入のタイミングや合併症の有無によって大きく左右されます。全体の死亡率は20%と報告されており、決して軽視できない疾患です。特に脳室に穿破を起こすと予後不良となります。
脳膿瘍の手術後には以下のような後遺症が出る可能性があります。
参考)脳膿瘍の手術で起こりうる後遺症を医師が解説|術後のリハビリ方…
- 運動麻痺:手足の動かしにくさや筋力低下、歩行困難
- 感覚障害:手足のしびれや触覚の鈍さ、感覚の違和感
- 言語障害:言葉が出にくい、話すスピードの低下、語彙の思い出しづらさ
- 高次脳機能障害:記憶力・注意力・判断力の低下、段取りの悪さ、集中困難
- てんかん:手術部位周囲の瘢痕や炎症によるけいれん発作(術前にあった発作の再発も含む)
- 頭痛:圧力変化や術後の影響による一時的または慢性的な頭痛
治療後の合併症としてはてんかんが2~3割程度と最も多く、発症時期は1年以内に多いため抗けいれん薬の内服を行います。小児脳膿瘍は稀な疾患ですが、早期診断と適切な治療が予後を左右します。
参考)https://www.tch.pref.toyama.jp/cms/wp-content/uploads/2024/04/4707shourei04.pdf
重篤な合併症として脳ヘルニア、膿瘍破裂(脳室穿破は特に致死率が高く重篤)、水頭症、痙攣などが挙げられます。膿瘍が漏れたり破れたりして膿が髄液に入り込んだ場合は急性髄膜炎が起こります。
髄液検査は35%で実施され、そのうち髄液正常は16%のみで、細胞数上昇が71%、蛋白上昇が58%、髄液培養陽性が24%認められます。ただし、腰椎穿刺により臨床的に悪化するケースが7%あるため、実施には慎重な判断が必要です。
看護roo!の脳膿瘍に関する記事では、看護の注意点やクッシング現象などの病態について詳しく解説されています。