脳血管障害の分類
脳血管障害のNINDS III分類における臨床病型
National Institute of Neurological Disorders and Stroke(NINDS)が1990年に提唱したClassification of Cerebrovascular Diseases III(CVD-III)は、現在も世界中で使用される脳血管障害の標準的分類システムです。この分類は臨床現場での診断精度向上と治療方針決定に大きく貢献しています。
NINDS III分類では、脳血管障害を以下の4つの大項目に分類しています。
この中で最も臨床的重要性が高いのはB)局所脳機能障害であり、リハビリテーション対象となる患者の多くがこのカテゴリーに該当します。局所脳機能障害はさらにTIAと脳卒中に細分化され、それぞれ異なる治療アプローチが必要となります。
TIAは「脳血管の虚血に起因する脳または網膜の一時的な機能消失」と定義され、現在では画像上で梗塞病変があるTIAは存在しないとされています。重要な点として、TIA発症後90日以内に脳梗塞を発症する危険性は15-20%であり、約半数は初回TIA発症後48時間以内に脳梗塞を発症することが報告されています。
脳梗塞の発症機序と臨床カテゴリー分類
脳梗塞の分類において、NINDS III分類では発症機序と臨床カテゴリーの両面からアプローチします。
発症機序による分類は以下の3つに分けられます。
- 血栓性(thrombotic):血管内での血栓形成
- 塞栓性(embolic):他部位からの塞栓子による閉塞
- 血行力学性(hemodynamic):血流量低下による虚血
臨床カテゴリーでは4つの主要病型に分類されます。
①アテローム血栓性脳梗塞(atherothrombotic)
頭蓋外または頭蓋内主幹動脈のアテローム硬化により発生します。血管内腔の閉塞または血栓・プラーク断片の塞栓が主な機序となり、他の病型と比較してTIA後に発症する確率が高いという特徴があります。
②心原性脳塞栓症(cardioembolic)
心房細動、心房粗動、弁膜疾患、心筋梗塞、うっ血性心不全などの心疾患が原因となります。心臓の血液還流異常により形成された血栓が脳血管を閉塞することで発症し、急性発症で重篤な症状を呈することが多い特徴があります。
③ラクナ梗塞(lacunar)
大脳深部の穿通枝動脈領域に発生し、梗塞巣は通常1.5cm以内に収まります。深部白質や脳幹が主な病巣となり、側副路が発達していないため小さな閉塞でも症状が出現しますが、一般的に機能予後は良好とされています。
④その他の脳梗塞(other)
非アテローム硬化性血管症、過凝固状態、血液疾患などの特殊な原因による梗塞、および原因不明の梗塞が含まれます。
脳出血とくも膜下出血の病型分類
NINDS III分類における脳卒中は、脳梗塞以外に脳出血、くも膜下出血、脳動静脈奇形による頭蓋内出血に分類されます。
脳出血の分類では、出血部位と原因による詳細な分類が重要です。特に注目すべきは脳アミロイド血管症(CAA)による脳出血で、これは高齢者に特有の病態として近年注目されています。
CAAは軟髄膜血管へのアミロイドβ沈着により血管が破綻し、以下の特徴的な出血パターンを呈します。
- 皮質下出血・皮質~皮質下境界領域の出血
- 後頭葉・側頭葉主体の分布
- 円蓋部くも膜下出血
診断にはModified Boston criteriaが用いられ、以下の基準で評価されます。
- 脳葉、皮質あるいは皮質下の多発性出血や脳表ヘモジデリン沈着
- 年齢55歳以上
- その他の出血原因を認めない
CAA-ri(CAA-related inflammation)は血管炎を伴う特殊な病態で、亜急性経過の認知機能障害や痙攣が初発症状となることが多く、「亜急性経過の認知症」の重要な鑑別診断となります。
治療において、CAAでは根本的治療法が存在しないため「Do no harm」の概念が重要で、頭蓋内手術の回避や抗血栓薬の慎重な使用が推奨されています。一方、CAA-riでは免疫抑制剤(主に副腎皮質ステロイド)の使用が考慮されます。
脳血管障害分類における診断基準の実践的活用
臨床現場での脳血管障害分類活用において、画像診断と臨床症状の統合的評価が不可欠です。各病型の診断には特異的な検査所見と臨床経過の把握が重要となります。
画像診断の活用では、病型に応じた最適な検査選択が求められます。
- CT/MRI:急性期診断と病巣同定
- MRA/CTA:血管評価と狭窄・閉塞の検出
- SWI(susceptibility-weighted imaging):微小出血の検出
- 拡散強調画像(DWI):急性期梗塞の早期診断
重症度評価スケールも診断と治療方針決定に重要な要素です。
- NIHSS(NIH Stroke Scale):神経学的重症度の定量評価
- JSS(Japan Stroke Scale):日本独自の重症度評価システム
鑑別診断のポイントとして、以下の臨床的特徴を把握することが重要です。
- 発症様式(急性・亜急性・慢性)
- 症状の分布パターン(皮質症状の有無)
- 併存疾患(心疾患、血管病変)
- 年齢と性別
特にTIAの診断では、症状の一過性と完全回復、画像での梗塞病変の不在を確認し、後続する脳梗塞リスクの評価と予防策の実施が極めて重要です。
脳血管障害分類の最新動向と特殊病型への対応
近年の医療技術進歩により、従来の分類では捉えきれない特殊病型や新しい概念が注目されています。これらの理解は、より精密な診断と個別化医療の実現につながります。
潜因性脳卒中(cryptogenic stroke)は、従来の分類では「その他の脳梗塞」に含まれていましたが、現在では独立した病態として詳細な検討が行われています。この病型では、24時間心電図モニタリング、経食道心エコー、血管炎スクリーニングなどの詳細な検査により原因検索を行います。
TFNE(transient focal neurological episodes)は、CAAに関連する一過性神経症状で、症候はTIAと類似していますが病態が全く異なります。TIAとして抗血栓薬を投与すると脳出血リスクが増加するため、正確な鑑別が重要です。
血管内治療の発達により、急性期脳梗塞の分類と治療方針も変化しています。機械的血栓回収療法の適応となる大血管閉塞症例では、従来のアテローム血栓性と心原性の区別以上に、閉塞血管の部位と側副血行路の評価が重要となっています。
遺伝性脳血管疾患の理解も進歩しており、CADASIL(Cerebral Autosomal Dominant Arteriopathy with Subcortical Infarcts and Leukoencephalopathy)やFabry病などの単一遺伝子疾患による脳血管障害も適切な分類が必要です。
人工知能(AI)の活用も分類精度向上に貢献しており、画像解析による自動病型分類や重症度予測システムの開発が進んでいます。これらの技術は従来の分類体系を補完し、より客観的で再現性の高い診断を可能にします。
予防医学の観点では、無症候性脳血管障害の重要性が再認識されており、画像検査での偶発的発見から将来リスクを予測し、適切な予防介入を行う戦略が注目されています。
これらの最新動向を踏まえ、医療従事者は基本的なNINDS III分類を確実に理解した上で、新しい概念や技術を統合的に活用し、患者個々の病態に最適化された医療を提供することが求められています。
日本脳卒中学会の最新ガイドラインでは、これらの特殊病型への対応指針も示されており、継続的な知識アップデートが重要です。
潜因性脳卒中の詳細な診断手順について詳しく解説されています
NINDS III分類とTOAST分類の診断基準の詳細が記載されています