ニトログリセリン舌下錠の販売中止と狭心症治療薬の変遷

ニトログリセリン舌下錠の販売中止について

ニトログリセリン舌下錠の基本情報
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効能・効果

狭心症、心筋梗塞、心臓喘息、アカラシアの一時的緩解に使用

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作用の特徴

舌下投与により口腔粘膜から速やかに吸収され、数分で効果発現

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代替薬

ニトロペン舌下錠やミオコールスプレーなどが現在使用可能

ニトログリセリン舌下錠の販売中止の経緯と背景

ニトログリセリン舌下錠「NK」は、2015年に販売中止が決定されました。日本化薬株式会社が製造販売していたこの薬剤は、2017年1月頃を目処に市場から撤退することが発表されました。販売中止の主な理由として、同社が販売するニトロペン舌下錠の普及状況が挙げられています。

ニトログリセリンは狭心症治療薬として長い歴史を持ち、その発見には興味深いエピソードがあります。ダイナマイトの原料として知られるニトログリセリンの製造工場で働いていた狭心症患者が、工場にいる間は発作が出ないという現象から、その治療効果が見出されたと言われています(諸説あり)。

しかし、従来のニトログリセリン舌下錠には製剤上の課題がありました。非常に揮散性が高く、有効成分が減少するだけでなく、布や紙などに吸収されると爆発性を有するため、舌下剤の入った瓶には紙を入れないこと、上着の内ポケットに保管しないことなど、様々な制約がありました。これらの不便さが、最終的に販売中止の一因となったと考えられます。

ニトログリセリン舌下錠からニトロペン舌下錠への移行

ニトログリセリン舌下錠の販売中止後、現在は日本化薬が製造販売するニトロペン舌下錠0.3mgが主に使用されています。ニトロペン舌下錠は、従来のニトログリセリン舌下錠の問題点を解決するために製剤学的な工夫がなされた製品です。

ニトロペン舌下錠の大きな特徴は、シクロデキストリン(CD)という技術を活用している点です。シクロデキストリンはD-グルコースを環状に6~8個結合させた物質で、その環の中に脂溶性薬物を取り込み包接化合物を形成することができます。ニトログリセリンをCDと包接化合物にすることで、その揮散性を抑制し安定化を図ることに成功しました。

この技術改良により、従来のニトログリセリン舌下錠に比べて保存安定性が向上し、取り扱いの制約も大幅に軽減されました。医療現場や患者さんの利便性向上に貢献したことから、ニトロペン舌下錠への移行が進みました。

ニトロペン舌下錠0.3mgの薬価は10.5円/錠(2025年2月時点)で、規制区分は劇薬、処方箋医薬品となっています。効能・効果は従来のニトログリセリン舌下錠と同様に、狭心症、心筋梗塞、心臓喘息、アカラシアの一時的緩解です。

ニトログリセリン舌下錠の代替薬と使用上の注意点

ニトログリセリン舌下錠の代替薬としては、前述のニトロペン舌下錠0.3mgの他に、ミオコールスプレー0.3mgがあります。ミオコールスプレーは、ニトログリセリンの噴霧剤で、舌下に噴霧して使用します。

ミオコールスプレー0.3mgの使用方法は以下の通りです:

  1. 噴霧孔をできるだけ口へ近づける(容器を持つ指があごにつくまで)

  2. 残量が少なくなると、傾けた状態では正確に噴霧されないことがあるので、なるべく容器は垂直に立てて持つ

  3. 寝ている場合は頭を少し起こしてから使用する

  4. 舌を上げ、上あごにつけてから口を開け、息を止めた状態で舌下(舌の裏側)に向けて噴霧ボタンを1回押し、口を閉じる(このとき、深く吸い込まないこと)

  5. 使用後はオーバーキャップを閉じる

ニトロペン舌下錠の使用上の注意点としては、口腔内の乾燥による溶解遅延が挙げられます。特に在宅酸素療法を行っている患者さんなど、口腔内が乾燥している場合には、舌下錠の溶解が遅れ、効果発現までに時間がかかることがあります。このような場合には、ミオコールスプレーへの切り替えが検討されることもあります。

また、2022年5月には、日本化薬がニトロペン舌下錠0.3mgの自主回収(クラスII)を開始したという情報もあります。安定性モニタリングでニトログリセリンの分解物が基準値を上回ったことが原因とされています。このように、医薬品の安全性確保のための対応も随時行われています。

ニトログリセリン製剤の薬理作用と臨床効果

ニトログリセリンは硝酸・亜硝酸エステル系薬剤に分類され、その主な薬理作用は血管拡張作用です。特に冠動脈を拡張させることで、狭心症発作時の症状改善に効果を発揮します。

舌下投与されたニトログリセリンは、口腔粘膜から速やかに吸収され、門脈を経ずに直接循環血に到達するため、肝初回通過効果を回避できます。そのため、投与数分で最高血中濃度に到達し、速効性を有することが特徴です。

ニトログリセリンの作用機序としては、cGMP(環状グアノシン一リン酸)の産生を促進することで血管平滑筋を弛緩させます。このメカニズムにより、以下のような臨床効果が得られます:

  1. 冠動脈の拡張による心筋酸素供給の増加

  2. 末梢血管の拡張による心臓の前負荷・後負荷の軽減

  3. 心筋酸素需要の減少

ニトログリセリン製剤の臨床試験では、ニトログリセリン舌下錠を対照薬とした二重盲検交叉比較試験において、狭心症発作を有する患者(38例)を対象に、ミオコールスプレー1または2噴霧もしくは舌下錠1または2錠(ニトログリセリン0.3または0.6mgに相当)を舌下投与した結果、全般改善度、概括安全度、有用度において両者の間に有意差は認められませんでした。

ニトログリセリン舌下錠の販売中止後の狭心症治療の展望

ニトログリセリン舌下錠の販売中止後も、狭心症治療においては様々な選択肢が存在します。現在の狭心症治療薬は、大きく分けて以下のようなものがあります:

  1. 硝酸・亜硝酸エステル系薬剤(ニトログリセリン、硝酸イソソルビドなど)

  2. カルシウム拮抗薬

  3. β遮断薬

  4. ニコランジル(SG開口薬)

特に注目すべき点として、女性の狭心症治療があります。近年、「第3の狭心症」と呼ばれる微小血管狭心症が女性に多いことが分かってきており、従来の治療法とは異なるアプローチが必要とされています。2025年2月には、日本循環器協会から女性を悩ます第3の狭心症や循環器障害の指標に関する情報が発表されています。

また、狭心症治療薬の歴史も興味深いものがあります。ニトログリセリンの発見から始まり、現在では様々な作用機序を持つ薬剤が開発されています。2024年12月には、「狭心症治療薬の歴史」に関する医薬トリビアが発表されており、治療薬の変遷について詳しく解説されています。

今後の狭心症治療においては、個々の患者さんの状態に合わせた最適な治療法の選択がますます重要になってくると考えられます。ニトログリセリン舌下錠の販売中止は一つの区切りでしたが、より使いやすく効果的な製剤の開発や、新たな作用機序を持つ薬剤の登場により、狭心症治療は進化し続けています。

医療従事者の皆様には、これらの変化に対応しながら、患者さんに最適な治療を提供していくことが求められています。特に高齢者や在宅酸素療法を行っている患者さんなど、特別な配慮が必要なケースでは、薬剤の特性を十分に理解し、適切な選択と指導を行うことが重要です。

ニトログリセリン製剤の相互作用にも注意が必要です。特にホスホジエステラーゼ5阻害作用を有する薬剤(シルデナフィルクエン酸塩、バルデナフィル塩酸塩水和物、タダラフィルなど)やグアニル酸シクラーゼ刺激作用を有する薬剤(リオシグアト)との併用は、降圧作用を増強するため禁忌とされています。また、カルシウム拮抗薬、ACE阻害薬、β遮断薬、利尿薬などの降圧作用を有する薬物との併用では血圧低下が増強される可能性があります。

さらに、非ステロイド性抗炎症薬(アスピリンなど)との併用ではニトログリセリンの作用が減弱されるおそれがあり、アルコール摂取も血圧低下を増強する可能性があるため注意が必要です。

副作用としては、脳貧血、血圧低下、熱感、潮紅、動悸などの循環器症状や、頭痛、頭重感、失神などの精神神経系症状が報告されています。また、アフタ性口内炎、悪心・嘔吐などの消化器症状や、発疹などの過敏症状も見られることがあります。

これらの情報を踏まえ、医療従事者の皆様には、ニトログリセリン製剤の適正使用と患者さんへの適切な指導をお願いいたします。特に舌下錠からスプレー剤への切り替えなど、剤形変更の際には、使用方法の違いについて丁寧に説明することが重要です。

狭心症治療は日々進化しており、最新の情報を常にアップデートしながら、患者さんにとって最適な治療を提供していくことが求められています。ニトログリセリン舌下錠の販売中止は一つの変化でしたが、それを機に新たな治療の可能性も広がっています。今後も狭心症治療の発展に注目していきましょう。