網膜血管鞘形成と黄斑浮腫
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網膜血管鞘形成と網膜静脈分枝閉塞症の病態
網膜血管鞘形成(perivascular sheathing)は、眼底で「血管の周囲が白く縁取られる」所見として認識されやすい一方、病態は単一ではなく、炎症(血管炎)、血栓・閉塞、虚血に伴う血管壁変化、漏出に伴う周囲組織変化が混在し得ます。
医療従事者向けに重要なのは、「鞘形成=即ステロイド」でも「鞘形成=即閉塞」でもなく、所見の背景にある主因を、症状・出血パターン・OCT・FAで分解する姿勢です。
網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)は、動静脈交叉部で動脈と静脈が外膜を共有するという解剖学的条件が背景になり、動脈硬化が進むと静脈が圧迫され、血流停滞から血栓形成に至る、と整理されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9951594/
この「交叉部の圧迫→停滞→血栓」という流れは、鞘形成という言葉が示す“血管周囲の変化”と臨床感覚としてつながりやすく、交叉部近傍の所見(出血の扇状分布、静脈の狭細化、うっ滞)を丁寧に追う価値があります。
また、BRVO/CRVOいずれでも、静脈閉塞後に血液成分・水分が血管外へ漏出し網膜浮腫を起こすことが視機能低下の主要因になります。
“鞘形成”を見た時点で、黄斑の浮腫の有無(中心窩関与)をセットで確認し、視力低下の説明がつくか、不可逆変化の兆候がないかを早期に見極めると、その後の治療選択の迷いが減ります。
網膜血管鞘形成とOCTと蛍光眼底造影の読み方
網膜静脈閉塞症の診断・重症度評価では、眼底検査に加え、画像検査(眼底写真、OCT)が有用で、さらにフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)は診断に必須な検査として位置づけられています。
ただし発症早期は厚い網膜出血で造影がうまく評価できないことが多く、出血吸収を待ってFAを行う必要がある、という“現場のタイムラグ”が重要な落とし穴です。
OCTは、黄斑浮腫(嚢胞様変化)や漿液性網膜剥離の合併を可視化でき、浮腫が長く続くと視細胞障害を来して不可逆的な視力障害に至り得る点が、治療のタイミングを左右します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4848024/
つまり、網膜血管鞘形成という所見から「炎症か閉塞か」を考えるだけでなく、「OCTで視細胞が傷む前に浮腫を止められるか」という時間軸の判断が臨床では同等以上に重い、という整理が実務的です。
FAは、無灌流領域の範囲特定と、漏出(黄斑浮腫)の状態把握に用いられ、BRVOでも虚血領域の周囲に網膜新生血管が見られることがあるため、慢性期合併症(硝子体出血など)のリスク評価にも直結します。
鞘形成を伴う症例では、血管壁の炎症性変化と虚血性変化が同居していることがあり、FAの「漏出優位」なのか「無灌流優位」なのかを分けて読むと、治療の目的(浮腫の制御/虚血合併症の予防)が明確になります。
網膜血管鞘形成と抗VEGFとレーザー光凝固
発症早期の治療は、黄斑浮腫による視力障害に対する治療が中心になり、薬物治療として抗VEGF薬の硝子体内注射が、即効性と高い効果から最初に選択されるようになった、という整理が臨床の現状に合致します。
網膜静脈閉塞でVEGFが産生され、血管壁から血液成分が漏れやすくなることで黄斑浮腫の原因になるため、抗VEGF薬でVEGF作用を抑えて浮腫を改善させる、という機序の説明は患者説明にもそのまま使えます。
一方で、抗VEGFは永続的効果がなく再発が多く、状況により数年にわたり追加投与が必要になり得ること、さらに非常にまれに眼内炎のリスクがある点は、医療安全の観点から“外せない注意点”です。
また、脳梗塞や心筋梗塞を誘発する可能性があり得るため既往がある患者では慎重に検討が必要、という記載は、網膜血管鞘形成を“局所所見”としてだけ扱わず、全身背景(高血圧・動脈硬化など)と統合して診療する必要性を補強します。
レーザー光凝固は、浮腫のある網膜へ照射して浮腫を引かせる治療として歴史が長い一方、照射部位の視細胞障害による暗点が欠点で、抗VEGF登場後は単独での出番が減ったが併用することがある、と整理されています。
鞘形成が示唆する虚血性変化が強い場合、慢性期には無灌流領域への光凝固で新生血管発生を促すVEGF放出を抑える、という“浮腫とは別の目的”のレーザーが重要になり、治療ゴールが二層構造になる点が実務上のポイントです。
参考:網膜静脈閉塞症の検査(OCT/FA)と治療(抗VEGF・レーザー・硝子体手術)、合併症(新生血管・硝子体出血・網膜剥離)
https://j-eyebank.or.jp/doc/class/class_22-2_04.pdf
網膜血管鞘形成と硝子体手術と鞘切開術(減圧術)
硝子体手術は、硝子体を切除して黄斑浮腫を改善させる方法で、即効性はないが、薬物治療が普及する以前はよく行われ、現在でも薬物治療に反応しない場合や浮腫を繰り返すケースで適応になる、とされています。
この位置づけは、現代のBRVO治療を「抗VEGFが基本、ただし難治例に手術が残る」と単純化しすぎず、長期反復投与が難しい症例(通院負担、併存疾患、反応不十分)での現実的な選択肢として提示するうえで役立ちます。
鞘切開術(動静脈交叉部鞘切開術、外膜切開術、減圧術)は、動静脈交叉部で共有外膜を切開し動脈と静脈を解離して静脈圧迫を軽減し、再疎通を期待する発想に基づきます。
しかし、日眼会誌掲載の検討では、BRVOに伴う黄斑浮腫に対し硝子体手術(内境界膜剥離併用)に鞘切開を加えても、浮腫吸収期間や1年後視力で、鞘切開群と非切開群に有意差がなかった、という結論が示されています。
この結果は「鞘切開は常に無効」という意味ではなく、少なくとも一定条件下では追加効果が小さい可能性が高い、という臨床意思決定の材料になります。
同報告では、鞘切開が明らかな効果を示しにくい理由として、循環障害が改善しても浮腫の悪循環(浮腫→組織圧上昇→毛細血管閉塞→虚血→さらに浮腫)が形成される可能性や、発症後早期に血栓が器質化する可能性が示唆され、タイミングが重要である点が議論されています。
さらに現場的には、「鞘形成」という言葉が入ると“血管周囲を切ればよい”という短絡に引っ張られやすいのですが、実際は黄斑浮腫の制御(抗VEGFなど)と、虚血合併症の予防(無灌流への対応)を並行して達成できるか、という総合設計が勝負になります。
鞘切開を検討するなら、適応外となる病態(例:交叉部が乳頭内、交叉部から乳頭まで静脈の白線化、濃厚出血で交叉部視認困難など)が整理されているため、術前の見立てと説明責任(リスク・期待値の調整)に活用できます。
参考:BRVOに対する動静脈交叉部鞘切開術の効果検討(適応条件、非適応、術式、結果、考察)
https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/108_144.pdf
網膜血管鞘形成と医療安全と説明(独自視点)
網膜血管鞘形成を見たとき、診断名を急ぐより先に「患者の不利益がどこで発生するか」を構造化すると、チーム医療が回りやすくなります。たとえばBRVO/CRVO領域では、短期の不利益は黄斑浮腫による視力低下で、長期の不利益は虚血に伴う新生血管(硝子体出血、血管新生緑内障、網膜剥離)です。
そのため説明は、次の2系統に分けると誤解が減ります。
- 👁️「見えにくさの原因」:黄斑浮腫が中心で、OCTで浮腫の程度と視細胞障害の兆候を確認し、治療で浮腫が引いても視細胞障害が残れば視力が戻りにくいことがある。
- 🔥「将来の危険」:FAで無灌流領域が広い場合は新生血管リスクが上がり、硝子体出血や血管新生緑内障など重篤化を防ぐための治療・フォローが必要になる。
薬物治療の説明では、抗VEGFの“高い効果”だけでなく、“再発しやすく追加投与が必要になり得る”こと、まれな眼内炎リスク、全身イベントへの配慮(既往がある場合の慎重投与)を、最初の同意の段階で短くても触れておくと、後からの不信を防ぎやすいです。
鞘切開や硝子体手術を提示する局面では、「なぜ今は注射を続けるのか/なぜ手術に切り替えるのか」を、OCTの所見(浮腫の遷延、反応性、視細胞の傷み)と、FAの所見(虚血の強さ)で一本のストーリーにすると、患者の納得感が上がります。