モラクセラ・カタラーリスとグラム染色
モラクセラ・カタラーリスのグラム染色における形態学的特徴
モラクセラ・カタラーリスは、グラム染色において特徴的なグラム陰性双球菌として観察されます 。この細菌は大きさが約0.5~1.0μmで、単個、連鎖状、または双球状の形態をとり、運動性を持ちません 。
参考)Moraxella catarrhalis〔モラキセラ〕
グラム染色での観察において、モラクセラ・カタラーリスは「ふくふくとした」双球菌として表現される特徴的な形態を示し、腎臓形の連鎖形態をとることが知られています 。小型でありながら染色性は良好で、非常に貪食されやすいという特徴があります 。
染色像では、多くの菌体が白血球に貪食された状態で観察されることが多く、これは診断上重要な所見となります 。この貪食像の確認は、通常の細菌培養に加えて診断の有用性を高めるとされています 。
参考)典型的な症例を見よう モラクセラ・カタラーリス中耳炎または鼻…
モラクセラ・カタラーリスとグラム陽性球菌の鑑別診断
グラム染色による鑑別診断において、モラクセラ・カタラーリスは形態学的にNeisseria属やAcinetobacter属との判別が困難であり、疫学や病歴から判断する必要があります 。特に、脱色が不十分な場合は肺炎球菌と間違えられることがあるため、周辺の白血球核がしっかり脱色されているかを観察することが重要です 。
グラム陽性菌とグラム陰性菌の鑑別には、細胞壁の構造的差異が関与しています 。グラム陽性菌は分厚い細胞壁を持つため青色に染色されますが、グラム陰性菌である モラクセラ・カタラーリスは細胞壁が薄く、脂質を多く含むため脱色後は無色となり、後染色でピンク色(赤色)に染まります 。
初級者がグラム染色所見を確認する際は、比較的ゆっくり観察を行い、グラム陰性菌を見落とさないよう心掛けることが必要とされています 。染色方法が適切に行われていることも正しい判定の前提条件となります 。
モラクセラ・カタラーリス感染症の常在菌としての特性
モラクセラ・カタラーリスは人間の上気道、特に鼻腔や咽頭に常在する細菌です 。生後最も早くから常在細菌叢を形成し定着することから、感冒などのウイルス感染の際に増殖して、容易に急性中耳炎の起炎菌となりうる特徴があります 。
参考)モラクセラ・カタラーリス感染症(Moraxella cata…
通常、健康な状態では問題を引き起こすことはありませんが、特定の条件下で増殖して感染症を引き起こす可能性があります 。特に幼児や高齢者、慢性呼吸器疾患を持つ患者において感染リスクが高いとされています 。
この細菌は直接的病原菌および間接的病原菌の両面を持ち、小児の中耳炎や成人の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性増悪において重要な役割を果たしています 。また、経鼻デバイス(胃管など)が侵襲性感染のリスク因子として報告されています 。
参考)Moraxella catarrhalis〔モラキセラ〕
モラクセラ・カタラーリス感染症の中耳炎と副鼻腔炎
中耳炎はモラクセラ・カタラーリス感染症において最も頻繁に見られる病型で、特に小児において発症リスクが高く、急性中耳炎や滲出性中耳炎を引き起こします 。急性中耳炎では急激な発熱や耳痛、難聴などの症状を伴い、鼓膜の発赤や膨隆が観察されます 。
副鼻腔炎も重要な病型の一つで、急性副鼻腔炎は鼻汁や鼻閉、頭痛などの症状を伴い、CT検査で副鼻腔の陰影が確認されることがあります 。慢性副鼻腔炎では12週間以上続く症状を示し、鼻茸の形成や副鼻腔粘膜の肥厚など慢性炎症に伴う所見が観察されます 。
モラクセラ・カタラーリスによる急性中耳炎および急性副鼻腔炎は乳幼児期に多い傾向があり、診断には通常の細菌培養に加えてグラム染色による白血球貪食像の有無を確認することが有用とされています 。感染症の約20%がモラクセラ・カタラーリスによるものとされ、小児の中耳炎において重要な起炎菌の一つです 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3045334/
モラクセラ・カタラーリス感染症の難治性要因と培養における独自視点
モラクセラ・カタラーリスの90%以上がβ-ラクタマーゼを産生し、ペニシリン系抗菌薬に耐性を示すことが難治化の主要因となっています 。このβ-ラクタマーゼはbro-1およびbro-2遺伝子によってコードされるBRO-1およびBRO-2酵素によるものです 。
参考)https://downloads.hindawi.com/journals/ijmicro/2020/7316257.pdf
培養における特異的な性質として、本菌のコロニーは小型白色で培地上に粘着せず、白金耳で釣菌しようとするとホッケーパックのように滑って逃げるという興味深い特徴があります 。この物理的特性は他の細菌にはみられない独特のものです。
日本では喫煙者を中心にβ-ラクタマーゼ産生株が多く、侵襲性感染となった場合の初期治療ではCTRXやキノロン系抗菌薬の選択が推奨されています 。また、本菌は他の病原体との共感染を起こしやすく、抗生物質に対する耐性を獲得しやすい特徴もあります 。近年の抗菌薬耐性率の上昇は適切な抗菌薬管理プログラムの必要性を示唆しています 。