水俣病の症状
水俣病は、メチル水銀により中枢神経を中心とする神経系が障害を受ける中毒性疾患なんです。1956年に熊本県水俣市で公式確認され、1968年に国がチッソ株式会社による公害病と認定した歴史的な環境疾患といえます。臨床的には多様な症候が生じるため、医療従事者としては症状の全体像を把握しておく必要があります。
主要な症候としては、四肢末端の感覚障害、小脳性運動失調、両側性求心性視野狭窄、中枢性眼球運動障害、中枢性聴力障害、中枢性の平衡機能障害などが知られているんですね。これらの症状は組み合わせで出現することが多く、患者さんによって症状の程度や出現パターンが異なります。
水俣病の初期症状における感覚障害の特徴
水俣病で最初に気づくことが多い症状として、手足のしびれやふるえ、触感の鈍さなどが挙げられます。触感の鈍さというのは、触れていることはわかっても物の形や大きさがわからなかったり、ざらざらしているのかつるつるしているのかがわからないといった症状なんです。
参考)「水俣病」の原因・症状はご存知ですか? 治療法を併せて解説
感覚障害は体の中心部よりも手足などの先端部分に現れやすい特徴があります。これを「四肢末梢優位の感覚障害」と呼び、水俣病診断において重要な所見となっているんですね。軽症の場合は症状が現れる頻度が少ないのですが、重症になるほど症状を自覚する頻度が高くなる傾向があります。
患者さんの中には、じんじんするしびれを感じたり、触られても感じにくい、熱いものや冷たいものに触っても感じにくいといった訴えをする方もいます。これらの感覚障害は、メチル水銀が脳の中でも手足の感覚に関係する場所に入りやすく、その細胞を壊すために起きるんです。
熊本県が提供する水俣病の発生・症候に関する公式情報では、症状の詳細が記載されています。
水俣病の運動失調と小脳症状の臨床的評価
小脳性運動失調は水俣病の代表的な症状の一つで、歩行が不安定で動揺性、ふらふらするといった特徴があります。わけもなく転んだり、まっすぐ歩けない、ボタンを掛けたり衣服の着脱など日常の動作が思うようにできないといった症状が現れるんです。
診察では、指鼻試験において デコンポジション(運動分解)やジスメトリア(測定障害)、企図振戦などの所見が両側にあるかどうかを確認します。開眼時は指鼻指試験を行い、閉眼時に検査者が他動的に被検者の上肢を動かしてその位置から鼻を触るように指示すると、ジスメトリアなどが検出しやすくなります。
参考)https://gkbn.kumagaku.ac.jp/minamata/wp-content/themes/minamata/files/certificate/c_01.pdf
また、手の転換運動をさせてジアドコキネーシスを評価し、スピードやなめらかさを観察することも重要なんですね。体幹失調が強い場合には、歩行時にwide baseになることもあり、マンの検査で閉眼状態での歩行を評価します。
水俣病における視野狭窄と聴力障害の神経学的機序
両側性求心性視野狭窄は、まっすぐ見たときに周辺が見えにくくなる症状で、物の見える範囲が狭くなることが特徴です。筒を通して見るように目の見える範囲が狭くなるため、日常生活において周囲の状況把握が困難になります。
参考)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/142846.pdf
中枢性聴力障害では、単に音が聞こえにくいだけでなく、音の識別ができない、相手の言うことが聞き取れないといった症状が現れるんです。これは末梢の聴覚器官の問題ではなく、中枢神経系の障害によるものなので、一般的な難聴とは異なる対応が必要になります。
さらに、構音障害として言葉が不明瞭になることもあり、言葉がはっきりしない症状が見られます。これらの症状は、メチル水銀が神経系の特定部位に強い傷害を起こすことで、それぞれの部位が持つ役割に応じた障害として現れるんですね。
参考)https://www.city.minamata.lg.jp/mdmm/kiji0034102/3_4102_21390_up_5tbxnq82.pdf
水俣病のハンター・ラッセル症候群と診断基準
典型的な水俣病の症状は、1940年にイギリスのハンターとラッセルらにより報告された種子殺菌剤製造工場の作業従事者におけるメチル水銀化合物による中毒事故の症状と類似していました。現在では、これらの症状に感覚障害と聴覚障害を含めてハンター・ラッセル症候群と呼ばれているんです。
参考)水俣病
ハンター・ラッセル症候群の5徴候は、四肢のしびれと痛み、言語障害(https://www.kyouritsu-cl.com/up_file/1604/td03_file1_08172930.pdf
診断においては、メチル水銀に汚染された魚介類を摂取した既往に加え、感覚障害や運動失調などの症状がどの程度存在するかで行われます。特に四肢末梢優位の感覚障害や全身性の感覚障害は診断上重要な所見とされており、病歴と診察が必要となります。
協立クリニックによる水俣病診断の解説には、実際の診断プロセスが詳しく記載されています。
水俣病の胎児性・小児性症状における特異的所見
母親が妊娠中にメチル水銀の曝露を受けたことにより、脳性小児マヒに似た症状をもって生まれる胎児性の水俣病もあるんです。胎児性水俣病の臨床症状の特徴は、知能・性格障害、小脳症状(失調、共同運動障害など)、寡動・多動(不随意運動)、発作性症状、斜視、病的反射などが挙げられます。
参考)https://www3.kumagaku.ac.jp/srs/pdf/no14_no01_200901_005.pdf
小児性水俣病の場合、知能障害があり、かつ運動障害を前景とする種々の程度の神経障害が認められることが特徴です。また、後天性水俣病の症候の組合せが認められるものの、感覚障害が認められないことがあり得るとされているんですね。
参考)https://gkbn.kumagaku.ac.jp/minamata/wp-content/uploads/2016/09/65c8c6f2043416116a4183a26094dc0e.pdf
胎児性・小児性水俣病患者では、運動失調に加え、下肢の痙縮、巧緻運動障害、言語障害、高次脳機能障害などの大脳半球の症状を認めることが報告されています。原田正純先生は、かつての小児水俣病が20年後に小脳症状や知覚障害が証明されなかったり、自覚症状が主だったりする例があることから、成人の水俣病の診断基準では当てはまらない特徴がある可能性を指摘しているんです。
参考)https://www.env.go.jp/content/000206687.pdf
水俣病の発症機序とメチル水銀蓄積の医学的メカニズム
水俣病は、体内に蓄積された原因物質であるメチル水銀量が発症閾値を超えた場合に発症の可能性が生じます。発症閾値とは、最も感受性の高い成人に最初の神経症状が現れる値のことなんですね。
体内に摂取されたメチル水銀は、同時に体外へ排泄されるため、継続的に一定量の摂取が続いた場合、継続摂取量に対応する限界蓄積量以上に体内にメチル水銀が蓄積されることはありません。しかし、水俣湾のプランクトンに取り込まれたメチル水銀は、川魚に数十万倍もの高濃度に濃縮蓄積されたため、この魚をたくさん食べた人たちが水俣病になってしまったんです。
メチル水銀は神経系の特定部位に強い傷害を起こし、それぞれの部位が持つ役割に応じた障害が起こります。これが様々な症状として現れるのが水俣病の特徴であり、神経系以外に障害が生じることは確認されていないことが定説となっています。
水俣病認定における診断手順と共通診断書の実務
水俣病の認定は、「公害健康被害の補償等に関する法律」に基づく法定受託事務として国が示した同法律に係る処理基準により、県知事が行います。認定申請をされると、県による疫学調査(聞き取り調査)及び医学的検査(神経内科、眼科、耳鼻咽喉科)を実施後、認定審査会の審査の上、知事による認定又は非認定の処分が行われるんです。
参考)鹿児島県/水俣病認定制度及び水俣病総合対策医療事業等について
共通診断書の診断は、魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、以下の条件を満たすものとされています。A. 四肢末梢優位の表在感覚障害を認めるもの、B. 全身性表在感覚障害を認めるもの、C. 舌の二点識別覚の障害を認めるもの、D. 口周囲の感覚障害を認めるもの、という基準が設けられているんですね。
参考)https://www.kyouritsu-cl.com/up_file/1604/td03_file1_08173102.pdf
共通診断書を作成するためには、水俣病にみられる症候を判断するために、医師が同じ手法を用いて判断することが望ましいとされており、そのための手順書が作成されています。早期に患者の救済を行うという共通診断書の目的から、所見をとる項目を選択し簡素化して患者の負担をより少なくする工夫がなされているんです。
水俣学研究センターによる診断書作成手順には、具体的な検査方法が詳細に記載されています。
水俣病症状における軽症例と重症例の臨床的相違点
水俣病は曝露量や期間、患者の個人差などにより、軽症から重症のものまで存在します。軽症の場合は症状の頻度が少ないのですが、重症になる程頻回あるいは常時自覚されるようになるんです。
より重症になってくると、匂いや味が分かりにくくなったり、周りが見えにくくなったりします。発生当初のとても症状が重い人では、けいれんを起こしたり、意識不明になって亡くなることもありました。また、症状の動揺があり得ること、明確な神経所見を有さないものにおいても自覚症状を有するものが多いことが知られているんですね。
参考)https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/64799.pdf
外見では健康な人と変わらないために、周囲の理解が得られずに苦しむ患者さんも少なくありません。比較的軽症の水俣病の症候においては、視野狭窄、上肢、体幹の失調について微妙な異常や変動を示すことが少なくないため、機械を用いるような方法ではなく、医師のとる総合的な所見が役立つとされています。
以下の表に、水俣病の主要症状と診断所見をまとめました。
症状の分類 | 具体的症状 | 臨床所見の特徴 |
---|---|---|
感覚障害 | 手足のしびれ、触覚の鈍さ | 四肢末梢優位、全身性の場合もある |
運動失調 | 歩行不安定、日常動作困難 | デコンポジション、ジスメトリア |
視野障害 | 求心性視野狭窄 | 周辺視野の欠損 |
聴覚障害 | 音の識別困難、聞き取り不良 | 中枢性難聴 |
言語障害 | 構音障害、発語不明瞭 | 小脳性構音障害 |
平衡障害 | 体の平衡保持困難 | wide base歩行 |
医療従事者として水俣病患者さんに接する際には、これらの症状が単独ではなく組み合わせで出現すること、症状の程度には個人差が大きいこと、外見からは判断しにくい症状も多いことを理解しておく必要があります。診断には病歴と診察が必要で、一般的な神経診察を行い、必要に応じて二点識別覚などの定量的な感覚障害検査を実施することが推奨されているんですね。