銘柄名処方とは一般名処方との違いと診療報酬のデメリット

銘柄名処方とは

銘柄名処方の要点まとめ
💊

商品名での指定

特定の先発医薬品名(商品名)を指定して処方を行う形式。原則として指定された薬剤を調剤するが、ルール内での変更も可能。

💰

選定療養の対象

2024年10月より、医学的理由のない銘柄名処方は患者の特別負担(選定療養)の対象となる場合がある。

🔄

一般名処方との対比

成分名で記載する一般名処方とは異なり、薬局での在庫管理負担や後発品変更へのハードルが高い傾向にある。

銘柄名処方と一般名処方の違いと2024年診療報酬改定の影響

医療現場において、処方箋の発行形式は主に「銘柄名処方」と「一般名処方」の2種類に大別されます。これらは単なる記載方法の違いにとどまらず、調剤薬局における業務フローや患者の窓口負担、さらには医療機関の診療報酬請求にまで多大な影響を及ぼします。

銘柄名処方(商品名処方)とは、医師が特定の製薬会社が販売する「商品名」を指定して処方箋を発行する方法です。例えば、解熱鎮痛剤を処方する際に成分名の「ロキソプロフェンナトリウム」ではなく、先発医薬品の商品名である「ロキソニン」と記載する場合がこれに該当します。医師が長年使用しており、治療効果や副作用の出方を熟知している薬剤を指定したい場合や、患者が特定のメーカーの薬剤を強く希望する場合に選択されます。

一方、一般名処方は、薬剤の「有効成分」をそのまま記載する方法です。「【般】ロキソプロフェンナトリウム錠60mg」のように記載され、調剤薬局の薬剤師が患者と相談の上、先発医薬品にするか後発医薬品(ジェネリック医薬品)にするかを決定できる裁量が大きくなります。

2024年(令和6年)の診療報酬改定において、この両者の扱いはさらに大きな転換点を迎えました。国は医療費抑制の観点から後発医薬品の使用を強力に推進しており、一般名処方加算の要件が見直される一方で、銘柄名処方に関しては「長期収載品の選定療養」という新たな仕組みが導入されました。これにより、医療従事者は単に薬の名前を書くだけでなく、その処方が患者の経済的負担にどう直結するかを常に意識しなければならない時代に突入しています。

参考:厚生労働省 後発医薬品のある先発医薬品(長期収載品)の選定療養について

※厚生労働省の公式サイトでは、選定療養の具体的な対象医薬品や制度の趣旨が詳説されています。

特に留意すべきは、銘柄名処方が「悪」とされたわけではないという点です。てんかん治療薬や不整脈治療薬など、治療域(有効血中濃度域)が狭く、製剤ごとの微妙な溶出挙動の違いが治療結果に影響を及ぼす可能性がある薬剤(狭域治療薬)については、あえて銘柄名処方を行う医学的妥当性が認められています。しかし、漫然と銘柄名処方を続けることは、後述する選定療養の観点から患者とのトラブルを招くリスクを孕んでいます。

銘柄名処方で薬局が直面する変更調剤のルールと疑義照会

銘柄名処方で発行された処方箋を受け取った際、調剤薬局の薬剤師が最も神経を使うのが「変更調剤」の可否判断と、それに伴う医師への「疑義照会」の必要性です。銘柄名処方であっても、必ずしも処方箋に記載された通りの先発医薬品を調剤しなければならないわけではありませんが、そこには厳格なルールが存在します。

処方箋の「変更不可」欄にチェックがなく、かつ「保険医署名」欄に医師の署名や記名押印がない場合、薬剤師は患者の同意を得た上で、銘柄名処方を後発医薬品に変更して調剤することが可能です。これは法的に認められた薬剤師の権限であり、医師への事前の疑義照会は不要です。

しかし、以下のようなケースでは対応が複雑化します。

  • 「変更不可」にチェックがあり、署名がある場合:

    この場合、原則として記載された銘柄(先発医薬品)以外の薬剤への変更は認められません。患者が経済的な理由でジェネリックを希望したとしても、薬剤師の判断だけで変更することは法的に不可能です。この状況で変更を行うためには、処方医に電話等で疑義照会を行い、変更の許可を得る必要があります。多忙な外来診療中に電話連絡を行うことは、医師・薬剤師双方にとって大きな業務負荷となります。

  • 剤形変更を伴う場合:

    銘柄名処方から後発医薬品への変更に際し、例えば「錠剤」から「OD錠(口腔内崩壊錠)」への変更は、同等の規格であれば事後報告で認められています。しかし、「カプセル」から「錠剤」への変更や、含量が異なる製剤への変更などは、薬学的観点からの判断が必要となり、医療機関との事前の取り決めやプロトコルがない限り、疑義照会が必要となるケースが多々あります。

現場で特に混乱を招くのが、「銘柄名処方だが、実はその銘柄が製造中止や出荷調整にかかっている」というケースです。昨今の医薬品供給不安定問題により、医師が指定した銘柄の在庫が薬局にない、あるいは市場流通していない事態が頻発しています。

本来、同一成分の後発品への変更が可能であれば問題ありませんが、前述の「変更不可」の指示がある場合、物理的に薬がないにもかかわらず、医師に連絡がつかなければ調剤ができないというジレンマに陥ります。このような場合、医療機関側も「変更不可」の指示を出す際には、その薬剤の流通状況を把握しておく責任が問われるようになっています。

項目 銘柄名処方(変更不可なし) 銘柄名処方(変更不可あり) 一般名処方
後発品への変更 可(疑義照会不要) 不可(要疑義照会) 可(疑義照会不要)
他先発品への変更 不可(要疑義照会) 不可(要疑義照会) 不可(※一般名処方は成分指定のため概念が異なる)
剤形変更 可(同規格・同成分) 不可(要疑義照会) 可(同規格・同成分)

銘柄名処方をあえて選択する医学的な理由と患者負担のデメリット

国が一般名処方を推進する中で、なぜ多くの医師はいまだに銘柄名処方を選択し続けるのでしょうか。そこには、単なる慣習だけではない、明確な医学的・心理的な理由が存在します。一方で、その選択が患者の金銭的負担に直結するデメリットも理解しておく必要があります。

銘柄名処方を選択する主な理由:

  1. 添加剤へのアレルギーリスク回避:

    先発医薬品と後発医薬品は有効成分こそ同じですが、添加剤(賦形剤、結合剤、コーティング剤など)は異なります。患者が特定の添加剤に対してアレルギー既往がある場合、医師は安全性が確認されている特定の銘柄(先発品)を指定せざるを得ません。この場合、銘柄名処方には明確な「医学的理由」が存在することになります。

  2. 治療域の狭い薬剤(Narrow Therapeutic Index Drugs):

    ジゴキシン、テオフィリン、抗てんかん薬、免疫抑制剤などは、血中濃度のわずかな変動が中毒域に達したり、発作の再発を招いたりするリスクがあります。生物学的同等性試験をパスしているとはいえ、銘柄変更によるわずかなバイオアベイラビリティの変化を避けるため、同一銘柄を継続することが推奨されます。

  3. 患者のコンプライアンス維持(プラセボ効果含む):

    高齢の患者や精神科領域の患者の中には、「いつもの形の、いつもの名前の薬でないと効かない気がする」と強く思い込むケースがあります。薬の形状や名前が変わることで服薬アドヒアランスが低下したり、不安感から不調を訴えたりすることを防ぐため、あえて馴染みのある銘柄名で処方するケースです。

しかし、医学的な必然性が低いにもかかわらず銘柄名処方(特に先発医薬品指定)を続けることには、患者にとって明確なデメリットが生じます。それが2024年10月から開始された「長期収載品の選定療養」制度による自己負担の増加です。

これまで、患者が先発医薬品を希望しても、通常の保険負担割合(1〜3割)で済んでいました。しかし新制度下では、医学的な理由なく先発医薬品(銘柄名処方)を希望した場合、後発医薬品との差額の4分の1(25%)を、消費税を含めて保険給付外として患者が自己負担しなければなりません。

これは、医師が「変更不可」の指示を出していない銘柄名処方であっても、患者が「先発品がいい」と選択した場合に適用されます。逆に言えば、医師が明確な医学的理由(副作用リスク等)をもって「変更不可」とした銘柄名処方の場合は、この選定療養費は発生せず、従来どおりの保険適用となります。医療従事者は、患者から「なぜ薬代が高くなったのか」と問われた際、この仕組みを正確に説明する責務があります。

銘柄名処方における選定療養の導入と長期収載品の計算式

2024年10月の制度改正は、銘柄名処方の現場に大きな混乱をもたらす可能性があります。医療事務や薬剤師だけでなく、処方する医師自身も「患者がいくら余分に支払うことになるのか」の概算を理解しておくことが、トラブル回避のために不可欠です。ここでは、選定療養費の具体的な計算構造を掘り下げます。

対象となるのは、特許切れから5年以上が経過している、または後発医薬品への置換率が50%以上の「長期収載品(先発医薬品)」です。すべての銘柄名処方が対象になるわけではありませんが、生活習慣病薬や抗アレルギー薬、湿布薬など、日常的によく処方される薬剤の多くが含まれます。

計算式の具体例:

選定療養費(特別の料金)は以下の式で算出されます。

特別の料金 = (先発医薬品の薬価 – 後発医薬品の最高薬価) × 0.25

※この金額に消費税が加算されます。

※医療保険の自己負担分(1割〜3割)は、「先発医薬品の薬価」から「特別の料金」を引いた残りの金額に対してかかります。

例えば、先発医薬品(銘柄A)が1錠100円、後発医薬品(ジェネリック)が1錠50円だったとします。

患者が医学的理由なく銘柄Aを希望した場合。

  1. 差額: 100円 – 50円 = 50円
  2. 選定療養費: 50円 × 0.25 = 12.5円(課税対象)
  3. 保険給付対象額: 100円 – 12.5円 = 87.5円
  4. 窓口での支払額: (87.5円 × 3割負担) + (12.5円 + 消費税)

このように、計算は非常に複雑です。重要なのは、「単に差額を払うわけではない」という点と、「保険給付の対象額自体が減る」という点です。

参考:厚生労働省 長期収載品の選定療養の対象医薬品リスト

※上記リンクから、具体的にどの薬剤が対象になるかの最新リスト(Excel/PDF)を確認できます。処方頻度の高い薬剤が対象外になっていないか、確認しておくことを強く推奨します。

医療機関としては、レセプト摘要欄への記載要件も厳格化されています。医学的理由により銘柄名処方(変更不可)を行う場合、単にチェックを入れるだけでなく、カルテ等にその理由(「副作用歴あり」「製剤の工夫が必要」など)を明記し、必要に応じてレセプト摘要欄に定型コメントを入力する必要があります。これを怠ると、審査支払機関からの返戻や査定の対象となるリスクが高まるため、電子カルテのテンプレート整備などの対策が急務となっています。

銘柄名処方の指定が及ぼす薬局在庫リスクと廃棄ロスの問題

検索上位の解説記事ではあまり触れられませんが、銘柄名処方は調剤薬局の経営、ひいては地域医療の医薬品供給インフラに対して、目に見えない「在庫リスク」という形で深刻な影響を与えています。これは単なる薬局の利益の問題ではなく、医薬品廃棄という社会的損失につながる課題です。

銘柄名処方が行われると、薬局はその指定された特定のメーカーの薬剤を在庫しなければなりません。特に、「変更不可」の銘柄名処方が特定の医師から特定の患者1名だけのために行われている場合、その在庫は「不動在庫(デッドストック)」化するリスクが極めて高くなります。

具体的なリスクシナリオ:

  • 処方変更による即時廃棄:

    医師が治療方針を変更し、翌月から別の薬剤(あるいは別の銘柄)に切り替えた瞬間、薬局に残っているその患者専用の銘柄在庫は行き場を失います。他の患者に転用できれば良いのですが、処方頻度の低いマイナーな先発医薬品の場合、使用期限切れまで棚に残り続け、最終的に廃棄処分となります。

  • 包装単位の不一致:

    処方箋で「21錠」などの端数が指示された場合、薬局は100錠入りや500錠入りの箱を開封して調剤します。残りの79錠や479錠は、次の処方が来るまで保管されますが、患者が転院したり、治療が終了したりすれば、その開封済み在庫はすべて廃棄リスクにさらされます。一般名処方であれば、複数のメーカーの在庫から柔軟に対応したり、他の患者の処方で消化したりすることが容易ですが、銘柄名処方(特に変更不可)ではその流動性が完全に失われます。

また、昨今の医薬品供給不足の状況下では、銘柄名処方は「在庫の偏在」を助長します。ある薬局にはA社の先発品が余っているのに、別の薬局ではB社のジェネリックが不足している、といったミスマッチが起きやすくなります。一般名処方が普及していれば、メーカーを問わず在庫を融通し合うことで地域全体の欠品を防ぐことができますが、銘柄名に固執する処方が多い地域では、この需給調整機能が麻痺しやすくなります。

医療機関側は、薬局の在庫事情まで考慮して処方することは難しいのが現実です。しかし、地域連携の観点からは、特別な理由がない限り一般名処方を選択することが、結果として地域の医薬品供給網を守り、回り回って自院の患者が「薬がない」という事態に直面するのを防ぐことにつながります。薬局側からも、トレーシングレポート等を通じて「現在、この銘柄は流通が滞っており、一般名処方であればスムーズに提供可能です」といった情報を積極的に医師へフィードバックする連携が、これまで以上に求められています。