mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌の治療と最新薬剤の展開

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌の治療

mCRPC治療の重要ポイント
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多様な治療選択肢

現在、mCRPCに対して複数の治療薬が承認されており、患者の状態に合わせた個別化治療が重要です。

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治療シークエンスの最適化

薬剤の使用順序や組み合わせが治療効果に大きく影響するため、適切な治療戦略の構築が必要です。

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新規治療薬の登場

抗体薬物複合体や遺伝子変異を標的とした薬剤など、新たな治療選択肢が登場しています。

 

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌の定義と病態

転移性去勢抵抗性前立腺癌(mCRPC)とは、男性ホルモン(アンドロゲン)を抑える治療を行っているにもかかわらず、がんが進行し、さらに他の臓器への転移を伴う状態を指します。前立腺がんの多くは男性ホルモンに依存して増殖するため、ホルモン療法(アンドロゲン除去療法:ADT)が標準治療として行われます。しかし、治療を続けるうちに、男性ホルモンが抑えられているにもかかわらずがんが進行する「去勢抵抗性」の状態になることがあります。

去勢抵抗性前立腺癌CRPC)は、がんの転移状況によって「非転移性CRPC(nmCRPC)」と「転移性CRPC(mCRPC)」に分類されます。mCRPCでは、がん細胞が骨や遠隔リンパ節、肺、肝臓などの他臓器に転移している状態です。この状態は予後が不良であり、適切な治療選択が重要となります。

CRPCになる主なメカニズムとしては、以下のようなものが考えられています。

  • 異なる性質を持つがん細胞の集団の中で、ホルモン療法に抵抗性を持つクローンが選択的に増殖
  • アンドロゲン受容体の過剰発現や変異による活性化
  • 前立腺がん細胞自体によるアンドロゲン産生
  • アンドロゲン受容体シグナル伝達経路の変化

これらの機序により、従来のホルモン療法だけでは効果が得られなくなり、新たな治療アプローチが必要となります。

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌の治療薬剤の選択基準

mCRPCの治療薬選択は、患者の全身状態、症状、転移部位、これまでの治療歴、副作用プロファイルなどを総合的に考慮して行われます。現在、日本で承認されているmCRPC治療薬には以下のようなものがあります。

  1. 新規アンドロゲン受容体シグナル阻害薬(ARSI)
    • エンザルタミド
    • アビラテロン酢酸エステル
    • アパルタミド
    • ダロルタミド
  2. 細胞傷害性抗がん剤
    • ドセタキセル
    • カバジタキセル
  3. 放射性医薬品
    • 塩化ラジウム(Ra-223)
  4. PARP阻害薬
    • オラパリブ(BRCA1/2変異陽性例に適応)
  5. 免疫チェックポイント阻害薬
    • ペムブロリズマブ(MSI-High/dMMR陽性例に適応)

治療薬の選択基準としては、以下のような要素が考慮されます。

  • 症状の有無と緊急性: 症状が強く、急速に進行している場合は、即効性のあるドセタキセルなどの化学療法が選択されることがあります。
  • 転移部位: 骨転移が主体の場合は、Ra-223が選択肢となります。
  • 前治療歴: ホルモン感受性期にARSIを使用していた場合、mCRPC期の薬剤選択に影響します。
  • 遺伝子変異: BRCA1/2変異陽性例ではオラパリブ、MSI-High/dMMR陽性例ではペムブロリズマブが選択肢となります。
  • 全身状態(PS): PSが良好であれば、より積極的な治療が可能です。
  • 副作用プロファイル: 患者の併存疾患や年齢を考慮して、副作用リスクの低い薬剤を選択します。

これらの要素を総合的に評価し、個々の患者に最適な治療選択を行うことが重要です。また、治療効果のモニタリングを行い、効果不十分な場合は適切なタイミングで次の治療へ移行することも治療成功の鍵となります。

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌における新規治療薬FOR46の展望

2025年3月に医学誌『Journal of Clinical Oncology』で発表された研究によると、CD46を標的とする抗体薬物複合体FOR46が、アンドロゲン受容体拮抗薬による治療後に病勢進行したmCRPC患者に対して有望な治療効果を示しています。

FOR46は、CD46(補体制御タンパク質)を標的とする完全ヒト型抗体にモノメチルアウリスタチンE(細胞毒性物質)を結合させた抗体薬物複合体です。CD46はmCRPC細胞で高発現しており、正常細胞での発現は限定的であるため、選択的な治療標的となります。

第1相臨床試験(NCT03575819)では、1種類以上のアンドロゲン受容体拮抗薬治療後に病勢進行したmCRPC患者を対象に、3週を1サイクルとしてFOR46を投与し、最大耐用量(MTD)を主要評価項目として検証しました。その結果、以下のような成績が得られています。

  • 最大耐用量(MTD): 2.7mg/kg
  • 主な有害事象: グレード3以上の有害事象として、好中球減少症(59%)、白血球減少症(27%)、リンパ球減少症(7%)、貧血(7%)、倦怠感(5%)が報告されました。
  • 有効性: 治療開始用量が1.2mg/kg以上の患者における無増悪生存期間(PFS)中央値は8.7か月でした。
  • PSA反応: 評価可能な39例中14例(36%)がPSA値のベースラインからの50%減少を達成しました。
  • 客観的奏効率(ORR): RECIST評価可能な25例中5例(20%)で奏効が確認されました。
  • 奏効持続期間(DOR): 中央値7.5か月でした。

特筆すべき点として、FOR46は単に腫瘍細胞を攻撃するだけでなく、免疫活性化効果も示しています。奏効が確認された患者では、治療中の循環エフェクターCD8+ T細胞の頻度が有意に高く確認されました。これは、FOR46が腫瘍微小環境を免疫学的に「温かい」状態に変化させ、抗腫瘍免疫応答を促進している可能性を示唆しています。

FOR46は現在も臨床開発が進行中であり、今後の第2相・第3相試験の結果が期待されます。既存の治療に抵抗性を示すmCRPC患者に対する新たな治療選択肢となる可能性があります。

FOR46の第1相試験に関する詳細な情報はこちらの論文で確認できます

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌の個別化治療戦略

mCRPCの治療は、「一律の治療」から「個別化治療」へとパラダイムシフトが進んでいます。個別化治療とは、患者ごとの臨床的特徴や腫瘍の分子生物学的特性に基づいて、最適な治療法を選択するアプローチです。

臨床的特徴に基づく個別化

臨床的特徴に基づく個別化では、以下のような要素が考慮されます。

  • 転移パターン: 内臓転移主体か骨転移主体かによって治療選択が異なります。骨転移主体の場合はRa-223が選択肢となります。
  • 症状の有無と進行速度: 症状が強く急速進行する場合は、即効性のある化学療法が優先されます。
  • 前治療歴と反応性: 前治療での反応性によって次の治療選択が影響を受けます。例えば、アビラテロンに抵抗性を示した場合、エンザルタミドへの交差耐性の可能性があります。
  • PSA倍加時間: PSA倍加時間が短い(例:10ヶ月未満)場合は、より積極的な治療が必要とされます。

分子生物学的特性に基づく個別化

近年、前立腺癌のゲノム解析技術の進歩により、治療選択の個別化がさらに進んでいます。

  • BRCA1/2変異: BRCA1/2遺伝子変異を持つmCRPC患者では、PARP阻害薬であるオラパリブが有効です。BRCA1/2は相同組換え修復に関わる遺伝子で、これらの変異があると、DNA修復機構が障害され、PARP阻害薬の効果が増強されます。
  • MSI-High/dMMR: ミスマッチ修復欠損(dMMR)やマイクロサテライト不安定性(MSI-High)を示す症例では、免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブが有効です。
  • AR-V7: アンドロゲン受容体スプライシング変異体であるAR-V7の発現が検出される場合、ARSIへの抵抗性を示すことが多く、化学療法が優先されます。
  • PSMA発現: 前立腺特異的膜抗原(PSMA)の高発現例では、PSMA標的治療(Lu-177-PSMA-617など)の効果が期待できます。

治療シークエンスの最適化

mCRPC治療では、単一の薬剤だけでなく、複数の薬剤を適切な順序で使用する「治療シークエンス」の最適化も重要です。現在のエビデンスからは、以下のような考え方が提案されています。

  1. ホルモン感受性期からの連続性: mHSPC(転移性ホルモン感受性前立腺癌)期に使用した薬剤によって、mCRPC期の選択肢が変わります。例えば、mHSPC期にアビラテロンを使用した場合、mCRPC期には化学療法や別クラスの薬剤を検討します。
  2. クロスレジスタンス(交差耐性)の考慮: アビラテロンとエンザルタミドなど、同じクラスの薬剤間には交差耐性が存在する可能性があり、逐次使用の効果は限定的かもしれません。
  3. 早期の化学療法導入: 高リスク症例(内臓転移あり、短いPSA倍加時間など)では、早期からの化学療法導入が有効な場合があります。
  4. バイオマーカーガイド治療: AR-V7やBRCA変異などのバイオマーカーに基づいて治療選択を行うことで、効果の高い治療を優先できます。

個別化治療の実践には、包括的な臨床評価とともに、適切な分子生物学的検査の実施が必要です。また、治療効果のモニタリングと、効果不十分な場合の迅速な治療変更も重要です。

日本臨床腫瘍学会による前立腺癌診療ガイドラインでは、mCRPCの個別化治療に関する最新の推奨が確認できます

mCRPC 転移性去勢抵抗性前立腺癌治療における免疫療法の新展開

従来、前立腺癌は「免疫学的に冷たい腫瘍(immune cold tumor)」と考えられ、免疫チェックポイント阻害薬単独での効果は限定的でした。しかし、近年の研究により、特定の患者集団や併用療法において免疫療法の可能性が広がっています。

MSI-High/dMMR陽性mCRPC

ミスマッチ修復欠損(dMMR)やマイクロサテライト不安定性(MSI-High)を示すmCRPC患者は、全体の約3-5%と少数ですが、これらの患者では免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブが高い効果を示します。MSI-High/dMMR腫瘍では変異負荷(TMB)が高く、多くのネオアンチゲンが産生されるため、免疫認識が促進されると考えられています。

PARP阻害薬との併用

BRCA変異陽性mCRPCに対するPARP阻害薬(オラパリブなど)と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法が臨床試験で検討されています。PARP阻害によるDNA損傷の蓄積は、腫瘍の免疫原性を高め、免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強する可能性があります。

抗体薬物複合体(ADC)と免疫活性化

前述のFOR46のような抗体薬物複合体は、直接的な細胞傷害作用に加えて、免疫系を活性化する効果も持っています。FOR46の臨床試験では、奏効例で循環エフェクターCD8+ T細胞の増加が観察されました。このような「免疫原性細胞死」を誘導する治療は、腫瘍微小環境を免疫学的に「温かい」状態に変化させ、免疫療法の効果を高める可能性があります。