慢性疼痛と神経障害性疼痛の治療と原因

慢性疼痛と治療法

慢性疼痛の基本情報
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定義

3ヶ月以上続く持続的な痛みで、原因が消失しても痛みが続く状態

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特徴的な症状

ビリビリ・ジンジンする電気が走るような痛み、広範囲ではっきりしない痛み

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影響

身体的・精神的な健康を損ない、日常生活や社会活動に支障をきたす

慢性疼痛とは、3ヶ月以上にわたって続く痛みのことを指します。通常の痛みは体の異常を知らせる警報としての役割を持ちますが、慢性疼痛は痛み自体が病気となり、治療の対象となります。日本では多くの人が慢性疼痛に悩まされており、Pain Associated Cross-sectional Epidemiological (PACE) survey 2009によると、成人の約22.5%が慢性疼痛を抱えているとされています。

慢性疼痛の特徴として、痛みが広範囲ではっきりせず、ビリビリ、ジンジンするといった電気が走るような感覚を伴うことが多いです。また、原因となる疾患や外傷が治癒した後も痛みが持続するという点も重要な特徴です。

慢性疼痛は単なる身体的な症状だけでなく、精神的な健康にも大きな影響を与えます。長期間続く痛みによって、不眠や食欲不振、集中力の低下、イライラなどの症状が現れることがあり、うつ傾向となって社会生活に支障をきたすこともあります。

慢性疼痛の種類と原因メカニズム

慢性疼痛にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる原因メカニズムによって引き起こされます。国際疼痛学会の分類によると、慢性疼痛は以下のように分類されています。

  1. 一次性慢性疼痛:明確な原因がなく発生する痛み
    • 広汎性一次性慢性疼痛(線維筋痛症を含む)
    • 局在性一次性慢性疼痛(非特異的腰痛、慢性骨盤痛を含む)
  2. がん性慢性疼痛:がんやその治療に関連する痛み
    • がんと転移による慢性疼痛
    • 抗がん剤による慢性疼痛
    • がん手術による慢性疼痛
    • 放射線治療による慢性疼痛
  3. 術後痛および外傷後慢性疼痛:手術や外傷後に続く痛み

また、発生メカニズムに基づく分類としては、以下の3つのタイプが代表的です。

神経障害性疼痛

ケガや病気で神経が傷つき、神経が異常に興奮して起こる痛みです。脊髄損傷や脳卒中などによる神経の損傷、糖尿病の合併症による神経障害、がん細胞の神経への浸潤などが原因となります。痛みの伝達経路に異常が生じ、通常では痛みを感じない刺激でも痛みとして感じるようになります。

中枢性疼痛

脳と脊髄にある中枢神経が傷ついて起こる痛みです。痛みの刺激がないのに痛いと感じたり、麻痺している部分に異常な痛みを感じたりします。脳や脊髄の病気や損傷が原因です。2022年に北海道大学の研究グループは、慢性痛が不安を引き起こす脳内メカニズムを解明し、分界条床核という脳部位が関与していることを明らかにしました。

心因性疼痛

ストレスや不安など精神的・心理的問題で生じる痛みです。慢性の痛みで長い間悩まされていた人は、脳が痛みグセを学習して、原因がなくなっても痛みを感じることがあります。病気や痛みに対する不安や恐怖、職場や家庭でのストレスなども心因性疼痛の要因となります。

慢性疼痛の診断と評価方法

慢性疼痛の診断は、患者の症状や病歴の詳細な聴取から始まります。痛みの性質、部位、持続時間、増悪・軽減因子などを評価することが重要です。また、痛みの強さを客観的に評価するために、以下のようなツールが使用されます。

  1. 数値評価スケール(NRS)

    痛みの強さを0(痛みなし)から10(想像できる最大の痛み)の数値で評価します。簡便で理解しやすいため、臨床現場で広く使用されています。

  2. 視覚的アナログスケール(VAS)

    10cmの線の左端を「痛みなし」、右端を「想像できる最大の痛み」として、患者が現在の痛みの強さを線上に印をつけます。その位置を測定して痛みの強さを数値化します。

  3. 痛み質問票

    痛みの質や日常生活への影響を評価するための質問票です。代表的なものとして、簡易疼痛質問票(BPI)や痛み破局化スケール(PCS)などがあります。

診断のための検査としては、以下のようなものがあります。

  • 画像検査:X線、CT、MRIなどで骨や軟部組織の異常を確認します。
  • 血液検査:炎症マーカーや自己抗体などを調べ、炎症性疾患や自己免疫疾患の可能性を評価します。
  • 神経生理学的検査:神経伝導検査や筋電図検査で神経障害の有無や程度を評価します。
  • 心理評価:うつや不安などの精神的要因を評価するための質問票を用います。

最近の研究では、慢性疼痛の多くに非常に細い新生血管が関与していることが分かってきました。これらの新生血管は通常のレントゲンには写らず、特殊な検査が必要となります。

慢性疼痛の治療アプローチと最新療法

慢性疼痛の治療は、単に痛みを抑えるだけでなく、機能改善や生活の質の向上を目指した包括的なアプローチが必要です。治療法は大きく以下のカテゴリーに分けられます。

薬物療法

非薬物療法

  • 理学療法:ストレッチ、筋力トレーニング、有酸素運動など
  • 心理療法認知行動療法、マインドフルネスなど
  • リハビリテーション:日常生活動作の訓練、作業療法など

介入的治療

  • 神経ブロック:痛みを伝える神経の伝達を一時的に遮断する方法
  • 脊髄刺激療法:脊髄に電気刺激を与えて痛みを軽減する方法
  • 高周波熱凝固法:高周波電流で神経を熱凝固させる方法

最新の治療法

  • 運動器カテーテル治療:痛みの原因となっている新生血管にカテーテルから薬液を流して詰める治療法。2012年に日本で初めて実施され、治療を受けた患者の9割以上に自覚症状の改善が認められています。
  • ケモジェネティクス:特定の神経細胞の活動を薬物によって制御する方法。北海道大学の研究では、この方法を用いて慢性痛モデル動物の不安症状を軽減することに成功しています。
  • FLASH放射線療法:超高線量率(≥40 Gy/s)で放射線を照射する治療法。骨転移による疼痛緩和に対する臨床試験が進行中です。

運動器カテーテル治療についての詳細情報(上尾中央総合病院)

慢性疼痛と精神的健康の関連性

慢性疼痛と精神的健康には密接な関連があります。長期間続く痛みは、身体的な苦痛だけでなく、精神的な負担も大きくなります。実際、慢性疼痛患者の多くが不安障害うつ病を併発していることが報告されています。

2022年に北海道大学の研究グループが発表した研究では、慢性痛が不安を引き起こす脳内メカニズムが解明されました。この研究によると、慢性痛によって分界条床核という脳部位の神経情報伝達に変化が生じ、この変化により分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経細胞が抑制されることで不安症状が引き起こされることが明らかになりました。

慢性疼痛による精神的影響には以下のようなものがあります。

  • 睡眠障害:痛みによって睡眠の質が低下し、慢性的な睡眠不足に陥ることがあります。
  • 集中力の低下:常に痛みを感じていると、仕事や日常生活に集中することが難しくなります。
  • 社会的孤立:痛みのために外出や社会活動が制限され、孤立感を感じることがあります。
  • 自己評価の低下:できないことが増えることで自己評価が下がり、自信を失うことがあります。
  • 不安やうつ状態:将来への不安や痛みが治らないという絶望感から、不安障害やうつ病を発症することがあります。

慢性疼痛の治療においては、これらの精神的側面にも配慮した包括的なアプローチが重要です。認知行動療法やマインドフルネスなどの心理療法は、痛みの受け止め方や対処法を変えることで、痛みによる苦痛を軽減する効果があります。

慢性痛が不安を引き起こす脳内メカニズムに関する研究(AMED)

慢性疼痛の自己管理と予防戦略

慢性疼痛は完全に治癒することが難しい場合もありますが、適切な自己管理によって症状をコントロールし、生活の質を向上させることが可能です。以下に、慢性疼痛の自己管理と予防のための戦略を紹介します。

日常生活での自己管理

  1. 規則正しい生活リズム
    • 十分な睡眠をとる(7〜8時間が理想的)
    • 決まった時間に起床・就寝する
    • バランスの取れた食事を規則正しく摂る
  2. 適切な運動
    • 低強度の有酸素運動(ウォーキング、水中運動など)
    • ストレッチングや柔軟体操
    • 筋力トレーニング(負荷は徐々に増やす)
  3. ストレス管理
    • リラクゼーション技法(深呼吸、漸進的筋弛緩法など)
    • マインドフルネス瞑想
    • 趣味や楽しみを持つ
  4. 痛みの記録
    • 痛みの強さ、部位、時間帯、増悪・軽減因子などを記録する
    • 医療機関受診時に記録を持参し、治療の参考にしてもらう

予防戦略

  1. 早期治療の重要性

    急性痛を適切に治療することで、慢性痛への移行を防ぐことができます。痛みを我慢せず、早めに医療機関を受診しましょう。

  2. 正しい姿勢と動作

    日常生活での姿勢や動作に注意し、体に負担をかけないようにします。特に長時間のデスクワークや重い物の持ち上げ方には注意が必要です。

  3. 定期的な健康チェック

    基礎疾患(糖尿病など)の適切な管理や、定期的な健康診断を受けることで、痛みの原因となる疾患を早期に発見・治療することができます。

  4. 健康的な生活習慣

    禁煙、適度な飲酒、バランスの取れた食事、適切な体重維持など、全身の健康を保つことが重要です。

  5. 社会的サポートの活用

    家族や友人、患者会などのサポートを積極的に活用し、孤立を防ぎましょう。

慢性疼痛の自己管理において重要なのは、「完全に痛みをなくす」ことではなく、「痛みと上手に付き合いながら生活の質を向上させる」という考え方です。医療機関での治療と並行して、これらの自己管理戦略を実践することで、慢性疼痛による生活への影響を最小限に抑えることができます。

また、最近の研究では、慢性疼痛の予防や管理において、筋肉のサイズや構造の変化を評価することの重要性が指摘されています。2024年の研究によると、運動トレーニング後の筋肉の適応は部位によって異なるため、複数の部位での測定が必要であることが示されています。

筋肉のサイズと構造の変化に関する研究(PubMed)

慢性疼痛は複雑な病態であり、その管理には多面的なアプローチが必要です。医療専門家のアドバイスを受けながら、自分に合った自己管理法を見つけることが大切です。痛みと上手に付き合いながら、充実した生活