慢性膵炎の症状について
慢性膵炎は、膵臓の炎症が長期間持続することによって、膵臓の機能が徐々に低下していく疾患です。この病気は基本的に完治することはなく、徐々に進行していきます。膵臓は消化酵素を含む膵液を分泌して消化を促進する機能と、インスリンを分泌して血糖値をコントロールする機能を持っています。慢性膵炎ではこれらの機能が徐々に失われていきます。
膵臓の中では、食べ物を消化する働きを持つ膵液(消化酵素)が、膵臓自身を溶かしてしまい、繰り返し炎症を引き起こすことで、正常な細胞が破壊され、膵臓が硬くなったり(線維化)、膵臓の中に石(膵石)ができたりします。
慢性膵炎の患者数は増加傾向にあり、2016年では56,520人で、1994年と比較すると約1.7倍に増加しています。また、新規患者数も増加傾向にあり、2016年では14,740人で、1994年と比較すると約2.4倍に増加しています。一般的に40~50歳代で発症することが多いとされています。
慢性膵炎の初期症状と腹痛の特徴
慢性膵炎の初期(代償期)には、主な症状として上腹部痛、腰背部痛、腹部膨満感、全身倦怠感が現れます。腹痛は約80%の患者に見られ、通常の鎮痛剤が効きにくい頑固で難治性の痛みが特徴です。痛みが強い場合は、急性膵炎に準じた治療が必要になることもあります。
この腹痛は、アルコール摂取、暴飲暴食、脂っこい食事などをきっかけに、食後数時間後から始まることが多いです。腹痛がある時には、血中や尿中の膵酵素(アミラーゼ、リパーゼなど)が上昇することが多いです。
初期段階では、腹痛が改善するとほとんど日常生活に障害がなくなるため、アルコール摂取などの生活習慣の改善が行われないまま、腹痛が繰り返し発生することがあります。初期の段階では、画像検査で診断することが困難な場合も多く、症状と病歴、膵酵素の測定から慢性膵炎を疑うことになります。
慢性膵炎の初期には、急性膵炎様の激しい腹痛を数か月ごとに繰り返す方が多いですが、通常は7~8年ほど経過すると腹痛は徐々に軽くなっていきます。
慢性膵炎の進行による症状の変化と病期分類
慢性膵炎は進行するにつれて症状が変化します。病期は大きく分けて代償期、移行期、非代償期の3つに分類されます。
代償期(初期)。
膵臓の機能が保たれているため、膵液の分泌に伴い腹痛を繰り返します。この時期の主な症状は上腹部痛や背部痛です。腹痛はアルコールや脂っこいものを摂取した数時間後に現れることが多いです。
移行期。
代償期から非代償期に移行する時期で、膵臓の働きが徐々に衰え、腹痛は次第に軽くなります。この時期には、膵臓の機能低下が徐々に進行していきます。
非代償期(末期)。
慢性膵炎が進行して正常な膵臓の細胞が失われ、膵臓の機能が著しく低下するため、腹痛は軽減するかなくなります。しかし、食べ物の消化と血糖値の調節が不十分となり、消化吸収障害や糖尿病を引き起こします。
非代償期になると、食欲低下、下痢、体重減少など膵臓の機能不全に伴う症状が認められます。特に下痢は悪臭を伴い、薄黄色クリーム状で水に浮く脂肪便となります。これは膵臓の外分泌細胞が障害され、脂肪やたんぱく質の消化酵素の分泌が低下し、消化吸収不良が生じるためです。
また、慢性膵炎が長期にわたると、膵臓の線維化が膵外分泌細胞だけでなく、インスリン分泌障害も引き起こして血糖の調節ができなくなり、糖尿病を発症します。
最近では、ごく初期段階の慢性膵炎を「早期慢性膵炎」と呼ぶようになりました。この段階で適切な治療を行うことで、病気の進行を遅らせることができる可能性があります。
慢性膵炎の原因とアルコールの関連性
慢性膵炎の原因は様々ですが、最も一般的なのはアルコールの過剰摂取です。2016年の調査によると、慢性膵炎の原因は、男性の79.1%がアルコール性、17.2%が原因のはっきりしない特発性でした。一方、女性は55.0%が特発性、37.6%がアルコール性でした。
アルコールが膵臓に与える影響については、いくつかのメカニズムが考えられています。アルコールは膵液の分泌を促進し、膵管内の圧力を上昇させることで膵臓の損傷を引き起こす可能性があります。また、アルコールの代謝産物が膵臓の細胞に直接的な毒性を示すことも知られています。
アルコール性慢性膵炎の発症リスクは、飲酒量と飲酒期間に比例して高まります。一般的に、男性では1日80g以上(日本酒で約4合、ビールで大瓶約4本)、女性では1日40g以上のアルコールを10年以上摂取し続けると、慢性膵炎のリスクが高まるとされています。
アルコール以外の原因としては、胆石症、高脂血症、自己免疫性膵炎、遺伝性膵炎、膵管の先天的異常などがあります。また、特発性慢性膵炎は原因不明の慢性膵炎を指し、女性に多いことが特徴です。
慢性膵炎の治療において、アルコール性の場合は禁酒が最も重要です。禁酒によって腹痛の頻度や重症度が軽減し、病気の進行を遅らせることができます。
慢性膵炎の診断方法と検査の重要性
慢性膵炎の診断は「慢性膵炎臨床診断基準 2019」をもとに、腹部症状、血液・尿検査、画像検査、飲酒歴などを総合的に評価して行われます。
血液・尿検査。
血中または尿中の膵酵素(アミラーゼ、リパーゼなど)値の異常を調べます。腹痛発作時には膵酵素が上昇することが多いですが、慢性膵炎が進行すると膵臓の機能低下により、膵酵素の上昇が見られなくなることもあります。
画像検査。
- 腹部超音波検査:膵臓の形態異常、膵管の拡張、膵石などを観察します。
- CT検査:膵臓の石灰化、膵管の拡張や狭窄、膵臓の萎縮などを詳細に評価できます。
- MRI検査:膵管の異常や膵実質の変化を非侵襲的に観察できます。
- 内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP):膵管の詳細な形態を評価できますが、侵襲性があり合併症のリスクがあります。
- 超音波内視鏡検査(EUS):早期慢性膵炎の診断に有用で、膵臓に近い胃から観察ができるため、微細な変化を捉えることができます。
慢性膵炎の診断がついたら、進行具合から病期を見極めることが重要です。早期診断と適切な治療によって、病気の進行を遅らせることができる可能性があります。
慢性膵炎の疑いがある場合は、専門医のいる病院の受診をお勧めします。特に早期慢性膵炎の診断には専門的な知識と技術が必要とされるためです。
慢性膵炎の治療法と生活習慣改善の重要性
慢性膵炎の治療は、病気の原因(アルコール性か他の原因か)、活動性(急性膵炎が繰り返し起こっているか)、重症度(消化不良や糖尿病、外科的治療が必要な合併症などがあるか)を調べて、それらに応じて生活指導や食事療法、薬物療法を行います。
治療の基本は生活習慣の改善。
慢性膵炎を悪化させる要因をできるだけ少なくし、進行しないように気をつけることが重要です。特に以下の点に注意が必要です。
- 禁酒:アルコール性慢性膵炎の場合、禁酒が最も重要です。断酒により腹痛の消失や予後の改善が期待できます。
- 禁煙:喫煙も膵臓に悪影響を与えるため、禁煙が推奨されます。
- 食事療法:高脂肪食後に腹痛を伴う場合は、食事の脂肪制限を行うことがあります。ただし、長期の過剰な脂肪制限は低栄養となるため注意が必要です。
- 規則正しい生活:過労や睡眠不足を避け、規則正しい生活を心がけましょう。
病期に応じた治療。
- 代償期:腹痛に対して鎮痛薬やたんぱく分解酵素阻害薬の投与などの薬物療法を行います。急性の激しい痛みがある場合は入院治療が必要ですが、多くは通院による薬物療法と食事指導などで痛みをコントロールします。
- 非代償期:消化吸収障害に対しては、膵消化酵素薬補充療法を行います。食事制限せず、十分な食事をとり、食事を消化吸収するために膵消化酵素薬を服用します。膵性糖尿病に対しては、消化吸収障害に対する治療と適切なエネルギー投与を行ったうえで、血糖コントロールを行います。
外科的治療。
内科的治療で改善しない疼痛や、膵管の狭窄、膵石などによる膵液の流れの障害がある場合には、外科的治療や内視鏡的治療が検討されます。
慢性膵炎の治療において最も重要なのは、早期に適切な治療を開始し、生活習慣を改善することです。少し痛みがあるくらいの初期の段階で進行しないように気をつければ、膵臓の機能が保たれ、膵臓がんを発症するリスクも低減できます。
慢性膵炎は一度発症すると完全に治癒することは難しい疾患ですが、適切な治療と生活習慣の改善によって症状をコントロールし、病気の進行を遅らせることができます。特に初期段階での適切な対応が重要であり、症状が疑われる場合は早めに専門医に相談することをお勧めします。
膵臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、症状が現れにくい特徴があります。そのため、定期的な健康診断を受けることも大切です。特にアルコールを多く摂取する習慣がある方や、家族に膵臓の病気の既往がある方は、注意が必要です。
慢性膵炎の治療は長期にわたることが多いため、医師との良好な関係を築き、定期的な通院と指示された治療を継続することが、良好な予後につながります。また、患者会や支援グループに参加することで、同じ病気と向き合う人々との情報交換や精神的なサポートを得ることもできます。
慢性膵炎と上手に付き合いながら、質の高い生活を送るためには、病気についての正しい知識を持ち、自己管理能力を高めることが重要です。この記事が、慢性膵炎についての理解を深め、適切な対応につながれば幸いです。