慢性腎不全代謝性アシドーシスと重炭酸ナトリウム治療

慢性腎不全代謝性アシドーシスと治療

慢性腎不全代謝性アシドーシス:臨床で押さえる要点
🧪

診断はHCO3−と背景評価

「HCO3−低下=即補正」ではなく、AG、Cl、薬剤、下痢、RTAなどを含め“腎由来か”を見極める。

💊

重炭酸ナトリウムは腎保護の可能性

保存期CKDでeGFR低下抑制が示唆される一方、浮腫悪化などNa負荷の害にも注意して個別化する。

🥗

食事の酸負荷という“もう1つの介入軸”

果物・野菜など塩基産生食で酸負荷を下げるアプローチは、薬剤が難しい症例の代替手段になり得る。

慢性腎不全代謝性アシドーシスの病態生理と進行

慢性腎不全(CKD)の進行に伴い、腎臓の酸排泄(アンモニア産生、滴定酸排泄)と重炭酸再生が追いつかなくなり、体内に酸が“蓄積”しやすくなります。これは単に血中HCO3−が低いという検査異常にとどまらず、腎臓自体の病態をさらに悪化させ得る点が臨床的に重要です。代謝性アシドーシスはCKD患者で腎予後不良と関連することが指摘され、アシドーシスがRAA系やエンドセリンなどを介して腎障害進展に関与しうるという整理もされています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/111/5/111_949/_pdf

さらに“あまり意識されにくい点”として、アシドーシスが筋肉量低下(サルコペニア)、骨ミネラル代謝異常、炎症・内分泌の変化に関わり、フレイルや転倒リスクに波及する可能性があることです。CKD診療ではeGFRや蛋白尿が中心になりがちですが、代謝性アシドーシスは「全身状態の悪化を通じて腎臓に返ってくる」タイプの合併症として捉えると、介入の優先度が上がります。

アシドーシスの“型”も、進行段階で見え方が変わります。腎機能がまだ保たれている段階では高Cl性(正常AG)に見えることもあり、末期に近づくにつれてAG開大が目立つ、という臨床感覚は経験的に共有されますが、段階により酸の内訳が変わり得るという視点は診断精度を上げます。臨床の現場では、AG、Cl、乳酸、ケトン、薬剤(特にRTA誘発薬や下痢の有無)まで含めて、CKD“だけ”で説明してよいかを毎回点検するのが安全です。

慢性腎不全代謝性アシドーシスの診断とHCO3−目標

診断のスタートは「代謝性アシドーシス」であることの確認です。血液ガス(動脈/静脈)でpH低下とHCO3−低下を確認し、呼吸性代償(PaCO2の低下)が妥当かを見ます。外来では血液ガスを毎回取れないことも多い一方、CKDでは“低HCO3−だがpHが保たれている”症例もあり、HCO3−単独で代謝性アシドーシスの重症度を過信しない姿勢が重要です。pHとHCO3−の両方で評価した代謝性アシドーシスが腎予後と密接に関連する可能性がある、という国内研究の示唆もあります。

https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kid/kid/research/research32828983.html
治療開始の“閾値”はガイドラインと実地で揺れやすいポイントです。日本腎臓学会の「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018」では、HCO3−が21 mmol/Lを下回った時点で介入検討、とまとめに明記されています。https://cdn.jsn.or.jp/data/CKD2018.pdf さらに「CKD診療ガイドライン2023」薬物治療の章では、代謝性アシドーシスを伴う保存期CKD(G3〜G5)に対し炭酸水素Naなどでの介入は腎機能低下を抑制する可能性があり、浮腫悪化に注意しながら行うことを提案、と整理されています。
https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf

目標値の設定も同様に“正解が一つではない”領域です。CKD診療ガイドライン2023の解説では、臨床試験の多くが選択基準HCO3−約21以下、目標22以上という設計であることに触れつつ、上限(例えば26超)については観察研究レベルの懸念があり、基準値の24 mmol/L前後が妥当と考えられる、という実務的な落としどころが述べられています。

https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf

ここで重要なのは「数字の達成」ではなく、「なぜその患者で補正するのか」を言語化することです。たとえば、①進行抑制を狙うのか、②高K血症管理の補助として狙うのか、③筋力低下や食欲不振が目立ち全身状態を立て直したいのか、で同じHCO3− 20でも介入の重みが変わります。

慢性腎不全代謝性アシドーシスと重炭酸ナトリウム投与

重炭酸ナトリウム(炭酸水素Na、いわゆる重曹)は、保存期CKDの代謝性アシドーシスに対する代表的な薬物介入です。CKD診療ガイドライン2023のSRでは、重曹投与がサロゲートとしての腎機能低下(eGFR低下)を抑制する結果を示した一方で、死亡やRRT移行などの“ハードアウトカム”は有意差が明確ではなく、浮腫悪化は有意だった、と整理されています。

https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf つまり「腎保護が期待できる可能性」と「体液貯留リスク」を同時に抱えた治療です。

実務での投与設計は、開始量を控えめにしてモニタリングで積み上げる形が安全です。CKD診療ガイドライン2023では、HCO3− 21 mmol/Lを下回れば、重曹1日1.0〜1.5 g(約12〜18 mmol)から開始する提案が記載されています。

https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf ここでの落とし穴は、重曹を“健診異常の補正薬”として漫然投与してしまい、浮腫・血圧・心不全を悪化させることです。特に高齢者、低アルブミン、心不全既往、利尿薬増量中などでは、開始前に体液量評価(体重変化、浮腫、BNP、胸部所見など)を習慣化すると事故が減ります。

また、代謝性アシドーシス補正は高K血症管理の観点からも意味を持ち得ます。CKD診療ガイドライン2023の解説では、高K血症アウトカムのRCTは条件差が大きく一定の傾向を示しにくいが、強い高K血症と代謝性アシドーシスを呈する群で血清K改善が報告された試験もある、と述べられています。

https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf RAAS阻害薬の継続が重要な症例(蛋白尿や心不全)では、K管理の一環として“酸塩基の補正”を位置づけると治療全体が組みやすくなります。

慢性腎不全代謝性アシドーシスの食事とタンパク質

薬物療法と並行して、食事(食事性酸負荷)を調整するアプローチは、医療従事者側が意外に説明しきれていない領域です。CKD患者では、動物性タンパク・加工食品中心の食事で酸負荷(net endogenous acid production)が増えやすく、HCO3−低下を“薬で追いかける”構図になりがちです。一方、果物・野菜を増やす塩基産生食により酸保持が減り、尿中クエン酸が増えるなど“酸負荷が下がったサイン”が出る可能性があることが示されています(クエン酸は臨床では測りにくいものの、概念としては有用です)。

Metabolic Acidosis in Chronic Kidney Disease: Pathogenesis, Clinical Consequences, and Treatment - PMC
The kidneys play an important role in regulating the acid-base balance. Metabolic acidosis is common in chronic kidney d...

ただし、日本のCKD診療では高K血症リスクが常に現実問題として立ちはだかります。そこで、食事介入のコツは「野菜・果物を増やす」ではなく、「Kと酸負荷を同時に設計する」ことです。具体的には、患者のeGFR、便秘の有無、RAAS阻害薬やMR拮抗薬の使用、ベースラインK値(例えば5.0台か、4点台か)を踏まえて、管理栄養士と一緒に段階的に調整します。いきなり理想形に振らないのが安全で、食事介入が原因で高K血症→RAAS阻害薬中止→腎予後悪化、という逆転現象を避けます。

タンパク質量についても、酸負荷と密接に関係します。一般にタンパク制限は腎保護の軸ですが、過度な制限は低栄養を招き、筋肉量低下はむしろ予後を悪化させ得ます。代謝性アシドーシスがある患者は蛋白異化が進みやすい方向に傾くため、タンパク制限を強めるほど「アシドーシス補正と栄養の綱引き」が難しくなります。ここは“検査値だけでなく体重、握力、食事摂取状況、炎症”まで含めて、治療の落としどころを探るのが実戦的です。

慢性腎不全代謝性アシドーシスの独自視点:透析導入前の転倒・呼吸・リハビリ

検索上位では「重曹で腎機能低下を抑える」が主題になりやすい一方、透析導入前の外来で現実に困るのは、息切れ、易疲労感、歩行速度低下、転倒、通院中断といった“生活機能の崩れ”です。代謝性アシドーシスは筋肉量減少や骨への影響と関連し得るため、腎機能の数字以上にADLやフレイルに効いてくる可能性があります。CKDの代謝性アシドーシスが骨・筋に悪影響を及ぼし得ることは総説でも整理されており、腎代替療法の準備が近い患者ほど、この視点が役立ちます。

Metabolic Acidosis in Chronic Kidney Disease: Pathogenesis, Clinical Consequences, and Treatment - PMC
The kidneys play an important role in regulating the acid-base balance. Metabolic acidosis is common in chronic kidney d...

この観点での“意外な実務ポイント”は、重曹の導入可否を「浮腫・血圧」だけで決めないことです。たとえば心不全がありNa負荷が難しい症例でも、食事酸負荷の調整+軽いレジスタンス運動+便秘対策(K排泄にも関わる)を組み合わせると、HCO3−が少し改善し、患者の主観的な疲労が軽くなるケースがあります(当然、因果は単純ではありませんが、診療の設計としては意味があります)。また、重曹で補正する場合も「HCO3−を上げる」だけでなく、「日中の活動性が戻ったか」「歩行が安定したか」「食欲が改善したか」をアウトカムに加えると、チーム医療での合意形成がしやすくなります。

医療者向けに整理すると、慢性腎不全代謝性アシドーシスは「検査値の異常」ではなく、①腎機能低下の加速要因、②高K血症やRAAS阻害薬継続の障壁、③フレイル進行の燃料、の3つを同時に担う合併症です。だからこそ、重曹を使うか否かの判断は、eGFRやHCO3−だけでなく、体液量・栄養・生活機能まで含めた“総合評価”で行うのが、最終的に腎予後とQOLの両方に効いてきます。

浮腫リスクや投与開始基準など、ガイドラインの原文を確認できる日本語資料(Minds収載ページ)。

https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00779/