慢性便秘症の定義と診断基準
慢性便秘症は、2023年7月に日本消化管学会から刊行された「便通異常症診療ガイドライン2023 慢性便秘症」において、「慢性的に続く便秘のために日常生活に支障をきたしたり、身体にも種々の支障をきたしうる病態」と定義されています。
これに対して、「便秘」自体は状態名であり、「本来排泄すべき糞便が大腸内に滞ることによる兎糞状便・硬便、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態」と定義されています。
重要なのは、単なる「便秘」と「慢性便秘症」の違いです。便秘は状態を表す言葉であり、慢性便秘症は疾患名です。つまり、便秘の状態が慢性的に続き、それによって日常生活や身体に支障をきたしている場合に初めて「慢性便秘症」という疾患として捉えられるのです。
慢性便秘症の診断基準と症状の特徴
慢性便秘症の診断には、以下の症状が重要な指標となります。
- 排便中核症状(排便回数減少型)
- 兎糞状便・硬便
- 排便回数の減少(週3回未満)
- 排便周辺症状(排便困難型)
- 過度な怒責(いきみ)
- 残便感
- 直腸肛門の閉塞感
- 排便困難感
これらの症状に加えて、お腹の張りや違和感、腹痛などを訴える患者も多くいます。また、トイレに長時間こもるという症状も慢性便秘症の特徴的な症状の一つです。
日常診療の場では、診断基準を厳密に満たしていなくても、「便秘によって日常生活や身体に支障をきたす状態」であれば、慢性便秘症として介入することが望ましいとされています。
慢性便秘症の疫学と年齢・性別による特徴
慢性便秘症の有病率は国や地域によって差がありますが、一般的に10〜15%程度と見積もられています。性別や年齢による特徴として以下の点が挙げられます。
- 若年層: 女性の方が男性よりも有病率が高い傾向
- 高齢者: 60〜70代になると男性の頻度が急激に増加
- 超高齢者: 80代になると男女比はほぼ同等になる
特に高齢者における慢性便秘症の増加は、加齢に伴う腸管機能の低下や、身体活動性の減少、基礎疾患の増加、服用薬剤の増加などが関連していると考えられています。
高齢の男性患者では、慢性便秘症になったことで失意を感じたり、健康に対する不安を強く抱く方も少なくありません。このような心理的側面にも配慮した診療が重要です。
慢性便秘症の原因となる基礎疾患と薬剤
慢性便秘症には様々な原因があり、基礎疾患や薬剤が関与していることも少なくありません。
基礎疾患による便秘(続発性便秘)
特に注目すべきは、パーキンソン病では便秘が最初の症状として発症することがあるという点です。慢性便秘症の背後に潜む疾患を見逃さないためにも、内科的な精査が重要です。
薬剤性便秘の原因となる代表的な薬剤
- 抗コリン薬:蠕動運動や腸液分泌を抑制
- 向精神薬:抗コリン作用を有するものは便秘を誘発
- オピオイド(医療用麻薬):コデイン、トラマドールなど
- 抗がん剤
- 制酸剤(特にアルミニウム含有製剤)
- 鉄剤
- カルシウム拮抗薬
これらの薬剤を使用している場合は、便秘のリスクが高まることを認識し、予防的な対策を講じることが重要です。
慢性便秘症の診断プロセスと警告症状
慢性便秘症の診断には、以下のようなステップが重要です。
- 問診:患者の症状や経過、基礎疾患、服用薬剤などを詳しく聴取
- 診察・触診:腹部の張り、圧痛、腫瘤の有無などを確認
- 腹部レントゲン:腸管内のガス像の分布異常などをチェック
- 必要に応じた追加検査:大腸内視鏡検査、大腸通過時間測定、排便造影検査など
特に注意すべきは、以下のような「警告症状」が認められる場合です。
- 排便習慣の急激な変化
- 血便
- 6ヶ月以内の予期せぬ3kg以上の体重減少
- 発熱
- 関節痛
- 腹部腫瘤の触知や腹部の波動
- 直腸診による腫瘤触知や血液の付着
- 50歳以上での発症
- 大腸疾患の既往や家族歴
これらの警告症状がある場合は、大腸がんなどの器質的疾患の可能性を考慮し、大腸内視鏡検査などの画像検査を積極的に行うことが推奨されます。また、貧血や炎症反応の上昇がないかも確認する必要があります。
慢性便秘症の新しい治療アプローチと薬物療法
慢性便秘症の治療は、2010年代以降、新たな治療薬の開発により選択肢が広がっています。治療のアプローチは以下のようなステップで行われます。
- 生活習慣の改善と食事療法
- 十分な水分摂取
- 食物繊維の摂取
- 規則正しい食事(特に朝食)
- 適度な運動(特に有酸素運動)
- 排便習慣の確立(毎朝トイレに座る習慣)
- キウイフルーツ、プルーン、オオバコなどの摂取
- 薬物療法基本的な薬物治療のアプローチは以下の通りです。
種類 具体例 推奨度 浸透圧性下剤 酸化マグネシウム、ポリエチレングリコール(PEG)など 強 粘膜上皮機能変容薬 ルビプロストン、リナクロチド 強 胆汁酸トランスポーター阻害薬 エロビキシバット 強 プロバイオティクス 整腸剤など – 刺激性下剤 センノシド、ピコスルファートなど – 膨張性下剤 ポリカルボフィルカルシウム – 漢方薬 大黄を含む漢方など – 消化管運動賦活薬 モサプリド – ※ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットは「他の便秘症治療薬で効果不十分な場合に使用する」という条件があります。
※モサプリドは慢性便秘症に対して保険適応がありません。
- その他の治療
- 外用薬(坐薬や浣腸)
- 摘便
- バイオフィードバック療法(排便困難型の場合)
- 手術療法(難治性の場合)
特に注意すべき点として、刺激性下剤の長期使用は可能な限り避けるべきです。刺激性下剤には習慣性(依存)があり、長期使用により効果が減弱し、より多くの薬剤が必要になるという悪循環に陥ることがあります。日本では刺激性下剤の濫用により慢性便秘症を悪化させているケースが多いと考えられています。
一方、浸透圧性下剤(酸化マグネシウムなど)はこうした依存が生じにくいため、第一選択として推奨されています。ただし、高齢者や多剤服用中の患者では薬物相互作用に注意が必要です。
慢性便秘症と腸内フローラの関連性
近年の研究により、慢性便秘症と腸内フローラ(腸内細菌叢)の関連性が注目されています。健康な人と比較して、慢性便秘症患者では腸内フローラの多様性が低下し、特定の細菌の増減が見られることが報告されています。
腸内フローラの変化が便秘に与える影響としては、以下のような機序が考えられています。
- 短鎖脂肪酸の産生低下:腸内細菌によって産生される酪酸などの短鎖脂肪酸は、腸管の蠕動運動を促進する作用があります。便秘患者ではこれらの産生が低下していることがあります。
- 腸管バリア機能への影響:腸内フローラの変化は腸管バリア機能に影響を与え、微小炎症を引き起こす可能性があります。これが腸管運動機能の低下につながることがあります。
- 神経伝達物質への影響:腸内細菌は腸管の神経系に作用する物質を産生しており、これらが便秘の病態に関与している可能性があります。
このような知見から、プロバイオティクスやプレバイオティクスの摂取が慢性便秘症の改善に寄与する可能性が示唆されています。特に、ビフィズス菌や乳酸菌などの特定のプロバイオティクスは、腸内環境を改善し、便通を促進する効果が期待されています。
実際に、いくつかの臨床研究では、特定のプロバイオティクス製剤が慢性便秘症の症状改善に有効であることが報告されています。ただし、効果には個人差があり、すべての患者に有効とは限らないため、個々の患者に合わせた対応が必要です。
腸内フローラの改善を目指した食事としては、食物繊維(プレバイオティクス)を多く含む野菜、果物、全粒穀物などの摂取が推奨されます。また、発酵食品(ヨーグルト、キムチ、漬物など)の摂取も腸内フローラの多様性維持に役立つと考えられています。
慢性便秘症と腸内細菌叢に関する研究の詳細はこちらで確認できます
慢性便秘症は単なる排便の問題ではなく、腸内環境全体の乱れを反映している可能性があります。今後の研究により、腸内フローラを標的とした新たな治療アプローチが開発されることが期待されています。
慢性便秘症は、QOLを大きく低下させる疾患ですが、その病態は複雑で多岐にわたります。2023年に改訂された便通異常症診療ガイドラインでは、排便回数減少型と排便困難型の2つの病態を考慮した定義が採用され、より包括的な診療アプローチが示されています。
慢性便秘症の診断には、詳細な問診と身体診察、必要に応じた検査が重要です。特に警告症状がある場合は、大腸がんなどの器質的疾患を除外するための精査が必要です。
治療においては、まず生活習慣の改善と食事療法を行い、効果不十分な場合に薬物療法を検討します。薬物療法では、浸透圧性下剤が第一選択とされ、効果不十分な場合に新規便秘症治療薬(ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットなど)の使用を検討します。刺激性下剤の長期使用は依存性の観点から避けるべきです。
また、近年注目されている腸内フローラと慢性便秘症の関連性についても、今後の研究の進展により新たな治療アプローチが期待されています。
慢性便秘症は、適切な診断と治療により多くの患者で症状の改善が期待できる疾患です。症状が持続する場合は、自己判断での市販薬の長期使用を避け、専門医への相談を検討することをお勧めします。