マイクロRNAがん検査の実用化
マイクロRNA(miRNA)を活用したがん検査の実用化は、現在臨床試験段階から実用段階への移行期にあります 。2019年に国立がん研究センターが血液中のマイクロRNA解析によって13種類のがんを同時に見分ける診断モデルを開発して以来、実用化に向けた臨床研究や事業化の取り組みが継続的に進められています 。
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東芝と東京医科大学、国立がん研究センターの共同研究により開発された技術では、血液1滴で13種類のがんを99%という非常に高い精度で検出できることが実証されました 。この検査は胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、乳がん、肉腫、神経膠腫といった主要ながん種をカバーしており、ステージ0(超早期)のがんのケースも含まれていることが確認されています 。
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検査技術の特徴として、2時間以内でリスク判定が完結する迅速性があります 。従来のがん検査キットでは結果判明まで1ヶ月程度かかることを考慮すると、この検査スピードは診療現場における大きな利点となります 。ただし、実際のがん検査キットとして実用化された際は、検体の輸送時間を考慮する必要があります 。
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マイクロRNAがん検査の技術的優位性と検出メカニズム
マイクロRNAによるがん検査は、従来の腫瘍マーカー検査と比較して、技術的に大きな優位性を持っています 。がん細胞やその周辺の細胞は、がんのごく初期段階から通常とは異なるマイクロRNAを体内(血液や尿など)に放出するため、超早期のがんの兆候も検出できる可能性があります 。
検出メカニズムの核心は、マイクロRNAが細胞外へ分泌されたり、他の細胞に取り込まれたりして細胞間のコミュニケーションツールとしての役割を担うことにあります 。この性質により、従来の腫瘍マーカーより早く血中に現れ、バイオマーカーとして適していると考えられています 。
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解析技術においては、3D-Gene®マイクロアレイシステムやNGS(次世代シーケンサー)、PCR法など複数の手法が用いられています 。これらの中でも3D-Gene®は検出できるマイクロRNAの種類が多く、少量の検体で幅広いマイクロRNAをプロファイリングできる点で優位性があります 。
診断精度の向上には、機械学習アルゴリズムの最適化が重要な役割を果たしています 。研究グループは血中マイクロRNA診断に最適なアルゴリズムとして、深層学習を含む階層的アンサンブルアルゴリズム(HEADモデル)を構築し、高い診断予測精度を達成しています 。
マイクロRNAがん検査の診断精度と早期発見能力
マイクロRNAがん検査の診断精度は非常に高く、国立がん研究センターの大規模研究では、全ステージで0.88(95%信頼区間:0.87-0.90)、早期ステージ(ステージ0からステージII)に限定すると0.90(95%信頼区間:0.88-0.91)という優秀な診断予測精度を示しています 。
この研究では、13がん腫を含む固形がん患者(N=9921人)と非がん患者(N=5643人)ならびに各種良性疾患(N=626人)の血清マイクロRNAを一斉に解析し、機械学習モデルを用いて検証されました 。特に注目すべきは、ステージ0(超早期)から90%以上の精度で検出できる点です 。
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膵がんのような発見困難ながんにおいても、血中マイクロRNA測定とAI機械学習による判別モデルにより、膵がん患者を非がん対照者と高精度に識別できることが示されています 。早期の膵がん患者も非がん対照者と識別できており、侵襲性の低い新たな検査法としての可能性が証明されています 。
海外の研究でも、4つのマイクロRNAによる診断モデルが12種類のがんを高精度で検出できることが報告されており 、血清ベースのマイクロRNA診断モデルが既存の次世代シーケンシング技術を用いた検査と比較して優秀な性能を示すことが確認されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8946599/
マイクロRNAがん検査の臨床応用と多施設標準化
マイクロRNAがん検査の臨床応用においては、複数施設での標準化が重要な課題となっています 。リキッドバイオプシーを実用的な複数がん種スクリーニング検査として展開するためには、標準化されたプロトコルによる多施設対応が必要不可欠です 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9207371/
実際に、8種類のがんと健常対照者のサンプルを20施設から標準化プロトコルを用いて収集し、総計2,475の癌サンプルと496の健常対照サンプルによる大規模検証が行われています 。この研究により、多施設間でも一貫した検査精度が維持できることが実証されました 。
臨床現場での実装例として、イタリアのFondazione IRCCS Istituto Nazionaleでは2013年からBioMILD試験という将来スクリーニング試験が開始されており、プラズマを用いたマイクロRNA検査手法が実装されています 。この試験では、24のマイクロRNAを用いたカスタム作成マイクロカードによる発現プロファイリングが行われ、高い一貫性と再現性が確認されています 。
参考)マイクロ Rna による液体生検: プラズマ miRNA 署…
測定法の頑健性についても、異なる次世代シーケンサー(イルミナ社のNextSeq 550とサーモフィッシャー社のIon GeneStudio S5)で測定したデータでも同様の識別能力が確認されており、マイクロRNA検査の技術的安定性が証明されています 。
マイクロRNAがん検査における保険適用の現状と課題
マイクロRNAがん検査の保険適用については、現在のところ健康保険の適用外となっており、自己負担での検査となります 。この状況は、検査が予防目的やスクリーニング検査として位置づけられているためです 。
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保険適用の条件として、がんの疑いがあり診断を確定するために必要な検査として医師が判断した場合には、腫瘍マーカー検査などが保険適用される可能性があります 。しかし、健康診断や人間ドックの一環として実施される場合、またはがんのリスク評価や予防目的の検査については、基本的に保険適用外となります 。
参考)血液でがん検査はできる?発見できるがんの種類や検査の精度、費…
現在市販されているマイクロRNAがん検査キットの費用は約5万円程度で設定されており、最大10種類のがんリスクを一度に調べることができます 。医療機関で受検する場合も自由診療となるため、検査料金は全額自己負担となります 。
参考)保険は適用されますか?
このような保険適用の課題は、マイクロRNAがん検査の普及における重要な障壁となっています。今後、検査の有用性が更に実証され、診断精度や早期発見効果が確立されれば、保険適用への道筋が開かれる可能性があります 。ただし、あくまでもスクリーニング検査であり、正式な診断のためには医療機関での追加検査が必要である点は変わりません 。
マイクロRNAがん検査の将来展望と社会実装への取り組み
マイクロRNAがん検査の将来展望については、社会実装に向けた研究開発が積極的に進められています 。特に高リスク群におけるマイクロRNA判別モデルの有用性検証や、技術の社会実装に向けた共同研究開発が計画されています 。
技術革新の面では、ナノ構造バイオチップを活用した新しい検出方法の開発が進んでおり 、従来のRT-qPCR、マイクロアレイ、小RNA配列決定といった標準技術に加え、ナノテクノロジーを応用した高感度検出システムが開発されています 。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/24/9/7762/pdf?version=1682328477
研究データの公開と共有も積極的に行われており、国立がん研究センターの研究で得られたマイクロRNAデータと解析に用いた機械学習コードがすべて公開され、この領域のさらなる活性化につながるリソースとして活用されています 。
また、がん種特異的な検査開発も進んでおり、胃がんに対する4つのマイクロRNAパネルによる診断システムや 、乳がんに対するマイクロRNA組み合わせパネルによる高精度診断システム など、特定がん種に特化した検査法の開発も並行して進められています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8385601/
これらの技術的進歩と臨床応用の拡大により、マイクロRNAがん検査は近い将来、がん早期発見における標準的な検査手法の一つとして確立される可能性が高く、個別化医療や予防医学の発展に大きく貢献することが期待されています 。