前篩骨動脈のCT評価
前篩骨動脈は眼動脈から分岐する重要な血管で、鼻毛様体神経とともに前篩骨孔を通過して篩骨洞内を走行します。CTによる術前評価では、0.6mmスライスのマルチスライスCTから多断面再構成像を作成し、詳細な走行部位を確認することが推奨されています。前篩骨動脈は前篩骨蜂巣、中篩骨蜂巣、前頭洞、鼻腔外壁前上方に栄養を供給する役割を担っており、内視鏡下副鼻腔手術における重要な解剖学的ランドマークとなっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/50/2/50_2_120/_pdf
内視鏡下副鼻腔手術において前篩骨動脈は損傷のリスクが高い血管の一つです。損傷した場合には出血だけでなく、眼窩内血腫を生じて失明を含む重大な合併症を引き起こす危険があります。術前のCT画像での同定は比較的容易である一方、実際の術野で確実に動脈を同定できる術者は2割以下という報告もあり、画像診断の重要性が強調されています。特に粘膜病変が強い症例ほど術中の確認作業が困難となり、合併症のリスクが高まるため、術前のプランニングが不可欠です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/52/1/52_80/_pdf
前篩骨動脈の解剖学的走行パターン
CT画像における前篩骨動脈の走行パターンは大きく3つに分類されます。第一のパターンは前頭洞の直後を走行するもので、全体の18.9%を占めます。第二のパターンはfrontal bulla cellやsuprabullar cellの直後を走行するもので、59.7%と最も多く認められます。第三のパターンは篩骨胞の中から第3基板までを走行するもので、21.4%に見られます。これらの走行パターンは日本人を対象とした106例164側の解析から得られたデータであり、術前の画像評価において重要な指標となります。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204738151680
前篩骨動脈の走行部位はfrontal recessとの詳細な位置関係によって決定され、この関係性を正確に把握することが手術の安全性を高めます。骨条件の多断面再構成像を用いることで、動脈の走行経路を三次元的に評価できます。特に前頭陥凹セルの発育の程度により手術解剖は個人差が大きく、CT上での事前評価が必須となります。
前篩骨動脈と頭蓋底の距離関係
前篩骨動脈と頭蓋底との距離関係は手術の安全性を左右する重要な要素です。CT評価では、動脈が頭蓋底に接して走行する場合(A群)と、頭蓋底から離れて走行し両者の間に隔壁を認める場合(B群)の2つに分類されます。日本人を対象とした研究では、A群が59.8%、B群が40.2%という割合で観察されています。頭蓋底から離れて存在する前篩骨動脈はFloating anterior ethmoidal artery (Floating AEA)と呼ばれ、35.0%の症例で確認されています。
頭蓋底との距離が離れている場合、動脈は篩骨洞内を遊離した状態で走行することになり、手術中の損傷リスクがより高まります。実際に篩骨洞嚢胞内を前篩骨動脈が完全に遊離した状態で貫通した症例も報告されており、このような解剖学的バリエーションの存在を認識しておく必要があります。術前CTでこれらの距離関係を正確に測定し、手術計画に反映させることが合併症予防につながります。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390568456338319488
CT画像における前篩骨動脈の同定方法
前篩骨動脈をCT画像で同定するには、いくつかの解剖学的ランドマークを利用します。頭蓋底、前鼻棘、中鼻甲介の前腋窩、鼻腋窩などが信頼性の高いランドマークとして知られており、これらの構造物との位置関係を計測することで動脈の位置を特定できます。特に中鼻甲介腋窩は性別や左右差による統計的有意差がなく、測定間の評価者間一致度が高いため、最も信頼性の高いランドマークとされています。
参考)前葉動脈の局在化のための解剖学的ランドマーク:放射線学的およ…
放射線学的および内視鏡的な研究によると、すべてのランドマークは前篩骨動脈の局在のための解剖学的指標として優れた信頼性を示し、ICC値は0.94から0.99の範囲にあります。0.6mmスライスのマルチスライスCTを用いてDICOMビューワーで骨条件の多断面再構成像を作成することで、より正確な同定が可能になります。冠状断および軸位断の両方を評価し、三次元的な走行経路を把握することが推奨されています。
前篩骨動脈損傷による合併症とCT診断の役割
前篩骨動脈が内視鏡下副鼻腔手術中に損傷されると、様々な重篤な合併症が発生する可能性があります。最も重大なのは眼窩内血腫の形成で、これにより眼球運動障害、視力低下、最悪の場合は失明に至ることがあります。動脈は神経とともに骨壁の中を通るため、ベテラン術者でも適切に同定できないことがあり、完全な篩骨洞開放や前頭洞の広い開放を企図した際に篩骨洞隔壁を削除することでトラブルが引き起こされます。
参考)前篩骨動脈か,出血が止まらない (耳鼻咽喉科・頭頸部外科 8…
術前CT評価の役割は、これらの合併症を予防するために前篩骨動脈の正確な位置情報を提供することです。画像上で動脈の走行を確認できれば、手術アプローチの方法を事前に決定でき、リスクの高い領域での操作を慎重に行うことができます。また、術中に大量出血が発生した場合の対応も、術前の画像情報に基づいて迅速に判断できます。
参考)鼻・副鼻腔の内視鏡手術:どんな治療?合併症は?術後の再発は?…
参考:前篩骨動脈の術前CT評価と手術時の同定方法に関する詳細な研究論文(日本鼻科学会会誌)
前篩骨動脈CT評価における解剖学的バリエーション
前篩骨動脈には個人差による解剖学的バリエーションが存在し、CT評価においてこれらを認識することが重要です。副鼻腔の解剖学的バリエーションとして、Onodi cellは32.3%、Haller cellは25.4%の保有率が報告されていますが、前篩骨動脈の走行パターンとこれらの副鼻腔バリエーションとの間には、炎症の有無による有意差は認められていません。
性別や側面による違いも考慮すべき要素です。頭蓋底、前鼻棘、鼻腋窩までの距離は性別と左右で統計的に有意な差を示すことが報告されています。これらのバリエーションや関係性の解剖学的知識を術前および術中の局在性向上に活用することで、医原性損傷を回避できます。特に日本人を対象とした研究データは、日本における臨床現場での術前評価に直接応用可能な貴重な情報源となっています。
眼窩内側壁である篩骨紙様板の部分的欠損や篩骨洞への陥没様変化は、剖検例の5〜10%にみられる正常変異です。これらは過去の吹き抜け骨折の既往を示唆する場合もあり、内視鏡下副鼻腔手術における眼窩合併症の防止のため、術前情報として指摘しておく必要があります。前篩骨動脈の走行がこうした解剖学的バリエーションと重なる場合、さらに慎重な術前評価と手術計画が求められます。
参考)https://www.teramoto.or.jp/teramoto_hp/kousin/sinryou/gazoushindan/case/case214/index.html