空腹時血糖値が低いと症状や原因は何か

空腹時血糖値が低いとは

空腹時血糖値が低い状態とは
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基準値

一般的に空腹時血糖値が70mg/dL以下になると低血糖と診断されます

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危険性

重度の低血糖は意識障害やけいれんを引き起こす可能性があります

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診断方法

10時間以上の絶食後に測定した血糖値で判断されます

空腹時血糖値とは、10時間以上絶食し糖分を含む飲み物も摂取していない状態で測定する血糖値のことです。健康な人の空腹時血糖値は通常70〜109mg/dLの範囲内に収まっており、70mg/dL未満になると低血糖と判断されます。

血糖値は私たちの体にとって非常に重要な指標です。血液中のブドウ糖濃度を示すもので、脳や体の細胞がエネルギー源として利用しています。血糖値が正常範囲を下回ると、体はエネルギー不足の状態となり、様々な症状が現れるようになります。

低血糖は糖尿病患者さんだけでなく、健康な人にも起こりうる状態です。特に糖尿病治療中の方は、薬やインスリン注射の影響で低血糖を起こしやすいため注意が必要ですが、糖尿病でない方でも様々な原因で低血糖になることがあります。

医学的には、空腹時血糖値が70mg/dL以下になると低血糖と定義されることが多いですが、症状の現れ方には個人差があります。中には血糖値が70mg/dL以下でも無症状の方もいれば、もう少し高い値でも症状が出る方もいます。

空腹時血糖値が低い時に現れる主な症状

低血糖になると、体はエネルギー不足を補おうとして様々な反応を示します。症状は血糖値の低下度合いによって異なり、軽度から重度まで様々です。

【軽度の低血糖症状】(血糖値が70mg/dL程度)

  • 冷や汗
  • 手足の震え(振戦)
  • 動悸
  • 顔面蒼白
  • 不安感
  • 空腹感

これらの症状は交感神経が刺激されることで起こります。体が血糖値の低下を感知すると、アドレナリンなどのホルモンが分泌され、これらの症状として現れるのです。

【中等度の低血糖症状】(血糖値が50mg/dL程度)

  • 頭痛
  • 目のかすみ
  • 強い空腹感
  • 眠気
  • 集中力の低下
  • 疲労感
  • 生あくび

血糖値がさらに低下すると、脳へのエネルギー供給が不足し始め、中枢神経系の症状が現れます。

【重度の低血糖症状】(血糖値が50mg/dL以下)

  • 異常行動
  • けいれん
  • 意識レベルの低下
  • 昏睡

重度の低血糖は命に関わる危険な状態です。脳はブドウ糖をほぼ唯一のエネルギー源としているため、血糖値が極端に低下すると脳機能に重大な影響を及ぼします。

低血糖の症状は個人差が大きく、また繰り返し低血糖を経験している方は「低血糖無自覚」の状態になることがあります。これは体が低血糖に慣れてしまい、警告症状が出にくくなる状態で、突然重度の症状が現れることがあるため注意が必要です。

空腹時血糖値が低くなる主な原因と要因

空腹時血糖値が低くなる原因は多岐にわたります。糖尿病患者さんと非糖尿病の方では原因が異なる場合が多いので、それぞれ分けて解説します。

【糖尿病患者さんの低血糖の主な原因】

  • インスリン過剰投与
  • 経口血糖降下薬の過剰服用
  • 食事量の不足や食事時間の遅れ
  • 予想以上の運動
  • アルコールの過剰摂取

糖尿病治療中の方は、血糖値を下げる薬やインスリンの影響で低血糖を起こしやすくなります。特に食事量が少なかったり、運動量が増えたりした場合に注意が必要です。

【非糖尿病の方の低血糖の主な原因】

  1. 反応性低血糖(食後低血糖)
    • 食後2〜5時間程度で起こる低血糖
    • 炭水化物の多い食事後にインスリンが過剰に分泌されることが原因
  2. 空腹時低血糖
    • 長時間の絶食
    • アルコールの過剰摂取(肝臓でのブドウ糖生産を妨げる)
    • 激しい運動後
  3. 内分泌疾患
  4. 肝疾患
  5. その他
    • 栄養失調
    • 特定の薬剤の副作用
    • 胃切除後症候群
    • 自己免疫性低血糖(インスリンや受容体に対する抗体)

特に注目すべきは、肝臓の疾患と低血糖の関係です。肝臓は血糖値を維持するために重要な役割を果たしており、グリコーゲンという形で糖を貯蔵しています。肝機能が低下すると、空腹時に血糖値を維持するための糖放出が十分に行われず、低血糖を引き起こすことがあります。

また、稀ではありますが、インスリン様成長因子II(IGF-II)を産生する腫瘍によって低血糖が引き起こされることもあります。これは非膵島細胞腫瘍性低血糖(NICTH)と呼ばれ、肝細胞癌などで報告されています。

空腹時血糖値と食後血糖値の関係性について

血糖値の評価において、空腹時血糖値と食後血糖値はそれぞれ異なる意味を持っています。両者の関係を理解することで、より総合的な血糖コントロールが可能になります。

空腹時血糖値は、体の基礎的な血糖調節能力を示す指標です。一方、食後血糖値は食事による血糖上昇に対する体の反応を評価するものです。両者はHbA1c(ヘモグロビンA1c)という過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する指標と密接に関連しています。

研究によると、空腹時血糖が18mg/dL下がるとHbA1cが0.25%低下し、食後血糖が18mg/dL下がるとHbA1cが0.16%低下するという結果が報告されています。これは血糖コントロールにおいて、空腹時血糖値と食後血糖値の両方が重要であることを示しています。

興味深いことに、HbA1c7.5%以下の患者さんでは食後の高血糖が、7.5%以上では空腹時血糖が、HbA1cの変化により強く関連することがわかっています。つまり、血糖コントロールの状態によって、重点的に管理すべき血糖値のタイミングが異なるのです。

また、空腹時血糖値が正常でも食後血糖値が高い「食後高血糖」の状態は、動脈硬化を促進し、心筋梗塞脳卒中のリスクを高めることが知られています。逆に、食後に急激に血糖値が上昇した後、過剰なインスリン分泌によって低血糖を起こす「反応性低血糖」という現象も存在します。

最近では、血糖コントロールの指標として、HbA1cだけでなく、血糖値が良好な範囲(70〜180mg/dL)に入っている時間の割合(TIR:Time in Range)も注目されています。これは連続血糖測定(CGM)などの技術の進歩により可能になった新しい評価方法です。

空腹時血糖、食後血糖とHbA1cの関係についての詳細情報

空腹時血糖値が低い場合の対処法と予防策

低血糖を感じた時の対処法と、低血糖を予防するための日常生活での工夫について解説します。

【低血糖時の緊急対処法】

低血糖の症状を感じたら、すぐに対処することが重要です。基本的な対処法は以下の通りです。

  1. 速やかに糖分を摂取する
    • ブドウ糖(グルコース):5〜20g
    • 砂糖水:角砂糖2〜3個を水に溶かしたもの
    • ジュース:100〜200ml
    • 飴やチョコレート(脂肪分が多いと吸収が遅くなるため注意)
  2. 15分後に症状が改善しない場合は再度糖分を摂取
  3. 症状が改善したら、次の食事までに時間がある場合は、炭水化物と蛋白質を含む軽食を摂る
    • クラッカーとチーズ
    • パンとハム
    • おにぎりなど
  4. 意識障害がある場合は、無理に食べ物や飲み物を与えず、すぐに救急車を呼ぶ

【低血糖の予防策】

日常生活で低血糖を予防するためには、以下の点に注意しましょう。

  1. 規則正しい食事
    • 食事を抜かない
    • 食事時間を一定に保つ
    • 少量頻回の食事を心がける
  2. 食事内容の工夫
    • 低GI食品(血糖値の上昇がゆるやかな食品)を選ぶ
    • 玄米、全粒粉パン、そば、豆類など
    • 食物繊維を十分に摂る
    • 野菜、海藻、きのこ類など
    • 質の良い脂質とタンパク質をバランスよく摂る
  3. 運動時の注意
    • 空腹時の激しい運動を避ける
    • 運動前に軽食を摂る(バナナ、ヨーグルト、ナッツなど)
    • 運動中は定期的に水分補給を行う
  4. アルコール摂取の注意
    • 空腹時の飲酒を避ける
    • 飲酒時は必ず食事と一緒に
    • 過度な飲酒を控える
  5. 糖尿病治療中の方の追加注意点
    • 薬の用量や注射のタイミングを守る
    • 活動量に合わせて食事量を調整する
    • 低血糖時の対処用に常に糖分を携帯する
    • 周囲の人に低血糖の可能性を伝えておく
  6. 睡眠と生活リズムの管理
    • 質の良い睡眠(7〜8時間)を確保する
    • 規則正しい生活リズムを維持する

特に注目すべきは、食事の内容と食べ方です。血糖値の急激な上昇と下降を防ぐために、食物繊維が豊富で低GI値の食品を選び、一度に大量に食べるのではなく、少量ずつ回数を分けて食べることが効果的です。また、食事の順番も重要で、野菜→タンパク質→炭水化物の順に食べると血糖値の上昇がゆるやかになります。

血糖値の変動を抑える食べ方のコツについての詳細情報

空腹時血糖値の低下と高分子型IGF-IIの関連性

空腹時血糖値が低下する原因の中で、あまり知られていないが重要なものとして、高分子型インスリン様成長因子II(IGF-II)の関連があります。これは特に腫瘍性低血糖として知られる状態に関連しています。

高分子型IGF-IIは、通常のIGF-IIとは異なる構造を持ち、一部の腫瘍細胞から産生されることがあります。この物質はインスリンに類似した作用を持ち、血糖値を低下させる効果があります。特に肝細胞癌や間葉系腫瘍などで報告されています。

ある症例報告では、69歳の女性が空腹時の手指振戦および冷汗を主訴として受診し、検査の結果、低血糖と肝硬変が確認されました。さらなる検査で肝右葉に直径8.0cmの腫瘍が発見され、中分化型肝細胞癌と診断されました。この腫瘍細胞はIGF-IIの免疫染色に陽性で、ウエスタンブロットでは正常型IGF-II以外に高分子型IGF-IIが検出されました。

興味深いことに、この高分子型IGF-IIは低血糖を誘導するだけでなく、腫瘍細胞に対する増殖因子として働く可能性も示唆されています。実際、この症例では抗癌剤の動注療法により一時的に低血糖発作がコントロールされましたが、腫瘍の急速な増大に伴って再び頻繁になり、短期間に腫瘍は肝全体を占めるに至り、患者さんは肝不全で亡くなりました。

このような非膵島細胞腫瘍性低血糖(NICTH)は稀ではありますが、原因不明の持続的な低血糖を呈する場合、特に高齢者や肝疾患のある患者さんでは、腫瘍性の原因も考慮する必要があります。

NICTHの診断には、以下の特徴が参考になります。

  • 空腹時低血糖
  • 血中インスリン値の低下
  • IGF-II/IGF-I比の上昇
  • 画像検査での腫瘍の存在

治療は原因となる腫瘍の外科的切除が基本ですが、切除不能な場合は化学療法や放射線療法などの腫瘍縮小治療と、グルココルチコイド投与などの対症療法を組み合わせて行います。

この高分子型IGF-IIによる低血糖は、通常の低血糖とは異なるメカニズムで起こるため、診断や治療のアプローチも異なります。持続的な低血糖の原因が明らかでない場合は、このような稀な原因も考慮に入れることが重要です。

低血糖を伴い急速な増大を呈した高分子型insulin-like growth factor-II (IGF-II) 産生肝細胞癌の症例報告

空腹時血糖値の正常範囲と低血糖の境界線

血糖値の「正常」とは何か、また低血糖と判断される境界線はどこにあるのかを明確にしておくことは重要です。

【空腹時血糖値の正常範囲】

空腹時血糖値の正常範囲は一般的に以下のように分類されます。

空腹時血糖値 判定区分
70〜99mg/dL 正常
100〜109mg/dL 正常高値
110〜125mg/dL 境界型(糖尿病予備軍)
126mg/dL以上 糖尿病型
70mg/dL未満 低血糖

「正常高値」という区分があるのは、この範囲の方は将来的に糖尿病を発症するリスクが高いとされているためです。空腹時の血糖値が100mg/dL〜109mg/dL、もしくはHbA1cが5.6%〜5.9%の人は、生活習慣の改善などの予防策を講じることが推奨されます。

【低血糖の診断基準】

低血糖の診断基準については、いくつかの考え方があります。

  1. 数値による定義:一般的に空腹時血糖値が70mg/dL未満を低血糖と定義
  2. ホイップル三徴による定義。
    • 低血糖に一致する症状がある
    • 血糖値が低い(通常70mg/dL未満)
    • 糖分の摂取により症状が改善する
  3. 糖尿病患者における重症低血糖。
    • 血糖値が54mg/dL未満
    • または他者の助けが必要な状態

低血糖の症状は個人差が大きく、同じ血糖値でも症状の現れ方は異なります。また、繰り返し低血糖を経験している方は、体が低血糖に適応して症状が現れにくくなる「低血糖無自覚」の状態になることがあります。

【低血糖の重症度分類】

低血糖は血糖値の低下度合いによって、以下のように分類されることもあります。

  1. 軽度低血糖(70〜55mg/dL)。
    • 自律神経症状(発汗、動悸、震えなど)が主体
    • 自分で対処可能
  2. 中等度低血糖(55〜40mg/dL)。
    • 中枢神経症状(頭痛、眠気、集中力低下など)が加わる
    • 自分で対処可能だが困難な場合も
  3. 重度低血糖(40mg/dL未満)。
    • 意識障害、けいれん、昏睡などの重篤な症状
    • 他者の助けが必要

低血糖の危険性は単に血糖値の低さだけでなく、低下の速度や持続時間、患者さんの年齢や合併症の有無などによっても異なります。特に高齢者や心血管疾患のある方では、軽度の低血糖でも重大な影響を及ぼすことがあります。

また、低血糖は単発的なものと反復性のものがあり、反復性の低血糖は脳機能に長期的な影響を与える可能性があるため、原因の特定と適切な対策が重要です。

血糖値とHbA1cについての詳細情報