クッシング症候群の症状と原因と治療
クッシング症候群は、体内のコルチゾールというホルモンが慢性的に過剰になることで発症する内分泌疾患です。コルチゾールは副腎から分泌されるホルモンの中で最も重要なものの一つで、ストレス対応や代謝調節など様々な生体機能をサポートする役割を持っています。しかし、このホルモンが過剰になると、特徴的な身体徴候や様々な健康問題を引き起こします。
日本では1965年から1986年の全国調査によると、年間約50~100例程度の発症と報告されていましたが、近年では画像検査の普及により副腎腫瘍が発見される機会が増え、診断される頻度も増加していると考えられています。特に、症状が顕著でない「サブクリニカルクッシング症候群」の診断が増えています。
クッシング症候群は、原因によって「ACTH依存性」と「ACTH非依存性(副腎性)」に大きく分類されます。ACTH依存性には下垂体腫瘍によるクッシング病や、異所性ACTH産生腫瘍があります。一方、ACTH非依存性には副腎腫瘍や両側副腎の結節性過形成などがあります。また、外部からのステロイド薬の長期使用による薬剤性クッシング症候群も存在します。
クッシング症候群の特徴的な症状と身体徴候
クッシング症候群の最も特徴的な症状は、コルチゾールの過剰分泌による体型の変化です。これらの変化は徐々に進行するため、患者自身が気づきにくいことも少なくありません。主な身体徴候には以下のようなものがあります。
- 満月様顔貌(まんげつようがんぼう):顔が丸くむくみ、膨らんだように見える状態です。
- 中心性肥満:腹部や体幹に脂肪が蓄積する一方で、四肢は比較的細いという特徴的な体型になります。
- 野牛肩(やぎゅうかた):首の後ろや肩の上部に脂肪が蓄積し、いわゆる「バッファローハンプ」と呼ばれる状態になります。
- 皮膚の変化:皮膚が薄くなり(菲薄化)、あざができやすくなります。また、腹部や胸部に赤色の皮膚線条(赤い筋)が現れることもあります。
- 筋力低下:特に体幹に近い部分(近位筋)の筋肉が衰え、立ち上がりや階段の昇降が困難になることがあります。
これらの特徴的な身体徴候に加えて、以下のような症状も現れることがあります。
女性では、副腎からの男性ホルモン(アンドロゲン)の過剰分泌により、顔の毛や体毛が濃くなり、頭髪が薄くなるといった男性化症状が現れることもあります。また、小児では成長が遅れ、身長が平均より低くなる可能性があります。
クッシング症候群の原因と病型分類
クッシング症候群の原因は多岐にわたりますが、大きく分けると以下のように分類されます。
- ACTH依存性クッシング症候群
- クッシング病:下垂体にACTH産生腫瘍(通常は良性の腺腫)があり、ACTHが過剰に分泌される状態です。クッシング症候群の約70%を占めます。
- 異所性ACTH症候群:肺小細胞がん、胸腺腫、膵臓がんなどの腫瘍組織からACTHが分泌される状態です。
- ACTH非依存性(副腎性)クッシング症候群
- 副腎腺腫:副腎に良性腫瘍(腺腫)があり、コルチゾールを自律的に過剰分泌します。クッシング症候群の約30%を占めます。
- 副腎がん:悪性の副腎腫瘍によるもので、特に小児では副腎がんの可能性が高くなります。
- 両側副腎の結節性過形成(BMAH):両側の副腎に結節ができ、コルチゾールを過剰に分泌する状態です。
- 薬剤性クッシング症候群
- 外部からのステロイド薬(プレドニゾロンなど)の長期使用によって引き起こされるものです。
近年の研究では、副腎腺腫やBMAHの組織内に、それぞれPRKACAやARMC5などの遺伝子異常が高頻度で確認されることが報告されています。特にARMC5の胚細胞変異を有するBMAHでは、家系内発症の報告も見られており、一部のクッシング症候群には遺伝的要素が関与している可能性が示唆されています。
クッシング症候群の診断と検査方法
クッシング症候群の診断は、特徴的な身体徴候の観察から始まりますが、確定診断には以下のような検査が必要です。
- スクリーニング検査
- 24時間尿中遊離コルチゾール測定:24時間分の尿を集め、コルチゾールの排泄量を測定します。
- 夜間血清コルチゾール測定:通常、コルチゾールは夜間に低下しますが、クッシング症候群では日内変動が失われ、夜間でも高値を示します。
- デキサメタゾン抑制試験:低用量(1mg)のデキサメタゾンを就寝前に服用し、翌朝の血清コルチゾール値を測定します。正常であれば抑制されますが、クッシング症候群では抑制されません。
- 病型診断のための検査
- 血漿ACTH濃度測定:ACTH非依存性(副腎性)では低値、ACTH依存性では正常~高値を示します。
- 高用量デキサメタゾン抑制試験:クッシング病と異所性ACTH症候群の鑑別に有用です。
- CRH試験:コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)に対する反応を見る検査です。
- DDAVP試験:デスモプレシン(DDAVP)に対する反応を見る検査です。
- 画像検査
- 副腎CT/MRI:副腎腫瘍の有無や大きさを確認します。
- 下垂体MRI:下垂体腫瘍の有無を確認します。
- 副腎皮質シンチグラフィ(131I-アドステロール):腫瘍がホルモンを分泌しているかを確認します。
- 下錐体静脈洞サンプリング:カテーテルを用いて下垂体からのACTH分泌を直接測定し、クッシング病の診断に役立てます。
これらの検査を組み合わせることで、クッシング症候群の有無とその原因を特定することができます。特に、ACTHやコルチゾールは日内変動があるため、時間帯を考慮した検査が重要です。
クッシング症候群の治療法と予後
クッシング症候群の治療は、原因によって異なりますが、基本的には原因となる腫瘍の摘出が第一選択となります。
- 手術療法
- 副腎腫瘍:副腎腺腫や副腎がんの場合は、腫瘍のある側の副腎を摘出します。片側の副腎を摘出しても、もう片方の副腎がホルモン分泌を担いますが、その機能が十分になるまでには6ヶ月~1年以上かかることもあります。その間はコルチゾールの補充療法が必要です。
- 下垂体腫瘍(クッシング病):経蝶形骨洞手術により下垂体腫瘍を摘出します。小さな腫瘍の場合は特定が難しいこともあります。
- 異所性ACTH産生腫瘍:原発腫瘍の摘出を行います。
- 薬物療法
- コルチゾール合成阻害薬:メチラポン(メトピロン)やオシロドロスタット(イスツリサ)などを用いて、副腎でのコルチゾール合成を抑制します。
- ACTH分泌抑制薬:パジレオチド(シグニフォーLAR)などを用いて、下垂体からのACTH分泌を抑制します。
- 副腎皮質細胞破壊薬:ミトタンなどを用いて、副腎皮質細胞を破壊します(主に犬のクッシング症候群の治療に使用)。
- 放射線治療
- 下垂体腫瘍や手術で完全に摘出できなかった腫瘍に対して行われます。効果が現れるまでに時間がかかることがあります。
- 両側副腎摘出
- 他の治療法が効果を示さない重症例に対して行われることがあります。この場合、生涯にわたるコルチゾール補充療法が必要となります。
クッシング症候群の予後は、原因や治療の成功度によって異なります。副腎腺腫による場合は、手術で根治が期待できます。手術後、満月様顔貌や中心性肥満などの症状は徐々に改善しますが、骨粗鬆症は完全には回復しないこともあります。
無治療の場合、特に顕性クッシング症候群では、感染症や心血管疾患のリスクが上昇し、寿命が短縮することが示されています。一方、サブクリニカルクッシング症候群の長期予後については十分なエビデンスがなく、症状の程度により治療方針が異なります。
クッシング症候群の栄養管理と生活指導
クッシング症候群の患者さんにとって、適切な栄養管理と生活習慣の改善は、症状の緩和や合併症の予防に重要な役割を果たします。特に、コルチゾールの過剰分泌による代謝異常に対応するための栄養サポートが必要です。
栄養サポートの基本方針
- 高品質タンパク質の摂取
- コルチゾール過剰により筋肉の分解が促進されるため、良質なタンパク質の摂取が重要です。
- 魚、鶏肉、豆類、低脂肪乳製品などを積極的に取り入れましょう。
- 低炭水化物食の検討
- コルチゾール過剰は血糖値の上昇を引き起こすため、炭水化物の摂取量を調整することが有効です。
- 精製された炭水化物よりも、全粒穀物や食物繊維の多い食品を選びましょう。
- 脂肪摂取の制限
- 特に飽和脂肪酸の摂取を控え、オメガ3脂肪酸を含む食品を適度に取り入れることが推奨されます。
- 低ナトリウム食の実践
- コルチゾール過剰は水分貯留や高血圧を引き起こすため、塩分の摂取制限が有効です。
- 加工食品や外食を控え、自然な食材を使った調理を心がけましょう。
副腎サポートに役立つ食品
リグナンと呼ばれる植物性エストロゲンを含む食品が、ホルモンバランスの調整に役立つ可能性があります。リグナンは以下の食品に多く含まれています。
- 亜麻仁(フラックスシード)
- ゴマ
- 全粒穀物
- 豆類
- ベリー類
これらの食品に含まれるリグナンは、心血管疾患や特定のがん、ホルモン関連疾患のリスクを軽減する可能性があると報告されています。ただし、サプリメントや特定の食品を摂取する前には、必ず主治医に相談することが重要です。アレルギーや薬との相互作用の可能性があります。
生活習慣の改善点
- 適度な運動の実施
- 骨粗鬆症や筋力低下の予防のために、医師の指導のもとで適度な運動を行いましょう。
- 特に、骨に適度な負荷をかけるウォーキングなどが推奨されます。
- ストレス管理
- ストレスはコルチゾールの分泌を促進するため、リラクゼーション技法やマインドフルネスなどのストレス管理法を取り入れることが有効です。
- 睡眠の質の改善
- 良質な睡眠はホルモンバランスの維持に重要です。規則正しい睡眠習慣を心がけましょう。
- 定期的な医療チェック
- 骨密度検査、血糖値、血圧などの定期的なモニタリングが重要です。
クッシング症候群の栄養管理は、個々の患者さんの状態や合併症によって異なります。必ず医療チームと相談しながら、最適な栄養プランを立てることが大切です。
日本内科学会雑誌に掲載されたクッシング症候群に関する最新の知見
クッシング症候群は、早期発見と適切な治療により、多くの症状が改善する可能性がある疾患です。特徴的な身体徴候に気づいたら、専門医に相談することをお勧めします。また、診断後は栄養管理や生活習慣の改善を含めた総合的なアプローチが、症状の緩和と生活の質の向上に役立ちます。