抗体薬物複合体一覧とターゲット抗原の特徴

抗体薬物複合体一覧と特徴

抗体薬物複合体(ADC)の基本情報
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ADCの構造

抗体、リンカー、薬物の3要素から構成される高度にターゲティングされたバイオ医薬品

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作用機序

がん細胞表面の特定抗原に結合し、細胞内で強力な抗がん剤を放出する標的型治療

メリット

正常細胞への影響を最小限に抑えながら、がん細胞に対して高い効果を発揮

抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate: ADC)は、がん治療における革新的な医薬品モダリティとして近年大きな注目を集めています。ADCは特定の分子(主にがん細胞表面に発現する抗原)を標的とする抗体に、リンカーを介して強力な抗がん剤を結合させた複合体です。この構造により、正常細胞への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞に対して選択的に抗がん剤を送達することが可能となります。

ADCは大きく分けて3つの構成要素から成り立っています。

  1. モノクローナル抗体:特定のがん細胞表面抗原に特異的に結合
  2. リンカー:抗体と薬物を結合させる化学結合部分
  3. 細胞毒性薬物:がん細胞を殺傷する強力な抗がん剤

この独自の構造により、ADCはがん治療における「ミサイル療法」とも呼ばれる精密な治療アプローチを実現しています。

抗体薬物複合体一覧と日本での承認状況

日本で承認・使用されている主な抗体薬物複合体(ADC)の一覧は以下の通りです。

一般名 商品名(製造販売会社) 標的抗原 適応がん種
ゲムツズマブ オゾガマイシン マイロターグ®(ファイザー) CD33 急性骨髄性白血病
イブリツモマブ チウキセタン ゼヴァリン®(ムンディ-PDRファーマ) CD20 ホジキンリンパ腫
トラスツズマブ エムタンシン カドサイラ®(中外製薬) HER2 HER2陽性乳がん
ブレンツキシマブ ベドチン アドセトリス®(武田薬品工業) CD30 ホジキンリンパ腫、未分化大細胞リンパ腫
イノツズマブ オゾガマイシン ベスポンサ®(ファイザー) CD22 急性リンパ性白血病
トラスツズマブ デルクステカン エンハーツ®(第一三共) HER2 HER2陽性乳がん、胃がん
セツキシマブ サロタロカンナトリウム アキャルックス®(楽天メディカル) EGFR 頭頸部がん
ポラツズマブ ベドチン ポライビー®(中外製薬) CD79b びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
エンホルツマブ ベドチン パドセブ®(アステラス製薬) Nectin-4 尿路上皮がん

これらのADCは、それぞれ異なる標的抗原に対して設計されており、特定のがん種に対して高い効果を示しています。例えば、トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ®)は、HER2陽性乳がんや胃がんに対して優れた効果を示し、国際的にも注目されているADCの一つです。

日本におけるADCの承認は年々増加傾向にあり、がん治療の選択肢として重要性が高まっています。特に従来の治療法に抵抗性を示す難治性がんに対する新たな治療オプションとして期待されています。

抗体薬物複合体のターゲット抗原と作用機序

ADCの効果を理解する上で重要なのが、各ADCが標的とする抗原の特性です。ADCのターゲット抗原は、理想的には以下の条件を満たすことが望ましいとされています。

  1. がん細胞表面に高発現している
  2. 正常細胞での発現が限定的である
  3. 抗体が結合した後に細胞内へ取り込まれる(内在化)性質を持つ
  4. 腫瘍組織全体で均一に発現している

主なADCのターゲット抗原とその特徴は以下の通りです。

  • HER2(ヒト上皮成長因子受容体2):乳がんや胃がんで過剰発現。トラスツズマブ エムタンシンやトラスツズマブ デルクステカンの標的。
  • CD20:B細胞リンパ腫で発現。イブリツモマブ チウキセタンの標的。
  • CD30:ホジキンリンパ腫や特定の非ホジキンリンパ腫で発現。ブレンツキシマブ ベドチンの標的。
  • CD33:急性骨髄性白血病の芽球で発現。ゲムツズマブ オゾガマイシンの標的。
  • CD22:B細胞性急性リンパ性白血病で発現。イノツズマブ オゾガマイシンの標的。
  • Nectin-4:尿路上皮がんで高発現。エンホルツマブ ベドチンの標的。

ADCの作用機序は以下のステップで進行します。

  1. 標的認識と結合:ADCの抗体部分ががん細胞表面の特定抗原に結合
  2. 内在化:抗原-抗体複合体が細胞内へ取り込まれる
  3. リソソーム内分解:リソソーム内の酵素によりリンカーが切断され、活性型薬物が放出
  4. 細胞死誘導:放出された薬物が細胞内標的(多くはDNAや微小管)に作用し、細胞死を誘導

この一連のプロセスにより、ADCは正常細胞への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞に対して選択的に細胞毒性を発揮することが可能となります。

抗体薬物複合体の薬物とリンカー技術の進化

ADCの効果と安全性を決定する重要な要素として、使用される薬物(ペイロード)とリンカー技術があります。これらの技術は第一世代から現在に至るまで大きく進化しています。

薬物(ペイロード)の種類と特徴:

  1. オーリスタチン誘導体(MMAE、MMAF)
    • 微小管重合阻害剤
    • ブレンツキシマブ ベドチン、ポラツズマブ ベドチン、エンホルツマブ ベドチンなどに使用
    • 細胞分裂を阻害することでがん細胞の増殖を抑制
  2. メイタンシノイド(DM1、DM4)
    • 微小管重合阻害剤
    • トラスツズマブ エムタンシンに使用
    • 細胞分裂時の紡錘体形成を阻害
  3. カリケアマイシン誘導体
    • DNA切断作用
    • ゲムツズマブ オゾガマイシン、イノツズマブ オゾガマイシンに使用
    • 二本鎖DNAに結合して切断し、アポトーシスを誘導
  4. エキサテカン誘導体(DXd)
    • トポイソメラーゼI阻害剤
    • トラスツズマブ デルクステカンに使用
    • DNA複製を阻害し、細胞死を誘導

これらの薬物は単独では毒性が強すぎて全身投与が困難ですが、ADCとして抗体に結合させることで選択的な送達が可能となります。

リンカー技術の進化:

リンカーはADCの安定性と薬物放出の制御に重要な役割を果たします。主なリンカータイプには以下があります。

  1. 切断可能リンカー
    • 特定の環境(pH低下、還元環境、特定酵素の存在など)で切断される
    • 例:ジスルフィド結合、ペプチドリンカー、ヒドラゾンリンカー
    • がん細胞内部での選択的な薬物放出が可能
  2. 非切断型リンカー
    • 抗体全体が分解されるまで安定
    • 例:チオエーテル結合
    • 血中での安定性が高い

最新のADCでは、薬物動態や標的特異性を最適化するために、これらのリンカー技術が精密に設計されています。例えば、トラスツズマブ デルクステカンは独自の切断可能ペプチドリンカーを採用し、高い安定性と効率的な薬物放出を両立させています。

リンカー技術の進化により、初期のADCで問題となっていた血中での不安定性や非特異的な薬物放出による副作用が大幅に改善されています。

抗体薬物複合体の臨床効果と副作用プロファイル

ADCは従来の化学療法と比較して、より選択的ながん細胞への薬物送達を実現することで、効果の向上と副作用の軽減を目指しています。しかし、実際の臨床使用においては、ADC特有の効果と副作用プロファイルが認められています。

主なADCの臨床効果:

  • トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ®):HER2陽性転移性乳がんに対するDESTINY-Breast01試験では、奏効率60.9%、無増悪生存期間中央値16.4ヶ月という優れた成績を示しました。さらに、HER2低発現乳がんに対するDESTINY-Breast04試験でも有効性が示され、適応拡大が進んでいます。
  • ブレンツキシマブ ベドチン(アドセトリス®):再発・難治性ホジキンリンパ腫に対して約75%の奏効率を示し、完全寛解も約34%の患者で達成されています。
  • ポラツズマブ ベドチン(ポライビー®):難治性・再発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫に対して、従来治療と比較して全生存期間の延長が示されています。

ADC治療における主な副作用:

ADCの副作用は、使用される薬物の種類や標的抗原の分布によって異なりますが、主な副作用には以下があります。

  1. 血液毒性
    • 好中球減少症、血小板減少症、貧血
    • 多くのADCに共通して見られる
  2. 肝毒性
    • 肝酵素上昇、高ビリルビン血症
    • 特にカリケアマイシン系ADCで注意が必要
  3. 神経毒性
    • 末梢神経障害
    • 特にオーリスタチン系ADCで発現しやすい
  4. 肺毒性
    • 間質性肺疾患(ILD)/肺臓炎
    • トラスツズマブ デルクステカンで注意が必要
  5. 眼毒性
    • 角膜症、視力低下
    • 特定のADCで報告されている
  6. 消化器症状
    • 悪心、嘔吐、下痢
    • 多くのADCに共通

これらの副作用の発現頻度や重症度は、ADCの種類、投与量、患者の状態によって異なります。特に間質性肺疾患などの重篤な副作用については、早期発見と適切な管理が重要です。

ADC治療を安全に実施するためには、治療前の十分な評価、定期的なモニタリング、副作用発現時の適切な対応が不可欠です。また、患者への十分な説明と教育も重要な要素となります。

抗体薬物複合体一覧の最新動向とフロー合成技術

ADC領域は急速に発展しており、新たな技術開発や臨床応用が進んでいます。特に注目すべき最新動向として、ADCの製造技術の革新があります。

フローリアクタによるADC製造技術:

従来のADC製造はバッチ式合成法が主流でしたが、近年では連続フロー合成技術の応用が進んでいます。2023年に報告された研究では、おそらく世界で初めてフロー法をADC製造に適用した事例が示されました。

フロー合成技術のADC製造への応用には以下のようなメリットがあります。

  1. 製造時間の短縮:バッチ式と比較して大幅な時間短縮が可能
  2. 均一性の向上:反応条件の精密制御により、より均一なADCが製造可能
  3. スケーラビリティ:小規模から大規模製造まで柔軟に対応可能
  4. 自動化の容易さ:工程の自動化により人為的ミスを低減

この技術革新は、ADCの製造コスト削減や品質向上につながる可能性があり、将来的にはより多くの患者がADC治療にアクセスできるようになることが期待されています。

開発中の新規ADC:

現在、世界中で多数の新規ADCが臨床開発中です。注目される開発中のADCには以下のようなものがあります。

  • パトリツマブ デルクステカン:HER3を標的とするADC。非小細胞肺がんや乳がんなどで開発中
  • サシツズマブ ゴビテカン:Trop-2を標的とするADC。三重陰性乳がんや尿路上皮がんなどで開発中
  • ミルツキシマブ ウゾプシカン:B7-H3を標的とするADC。前立腺がんや肺がんなどで開発中

これらの新規ADCは、既存の治療法に抵抗性を示す難治性がんに対する新たな治療選択肢として期待されています。

ADC技術の進化:

最新のADC開発では、以下のような技術革新が進んでいます。

  1. 部位特異的結合技術:抗体の特定部位に薬物を結合させる技術により、均一性の高いADCの製造が可能に
  2. 薬物抗体比(DAR)の最適化:効果と安全性のバランスを考慮した最適なDAR値の探索
  3. 新規リンカー技術:腫瘍微小環境に応答して薬物を放出する新しいリンカーの開発
  4. バイスペシフィックADC:2つの異なる抗原を同時に標的とするADCの開発

これらの技術革新により、より効果的で安全なADCの開発が進んでいます。

ADC迅速製造装置の実現に関する詳細情報はこちらで確認できます

ADC領域は今後も急速に発展していくことが予想され、がん治療における重要性はさらに高まっていくでしょう。医療従事者は最新の情報を継続的に収集し、適切な治療選択に活かしていくことが重要です。

抗体薬物複合体と融合タンパク質の比較と将来展望

バイオ医薬品の発展において、ADCと並んで注目されているのが融合タンパク質です。両者はともに標的指向性を持つバイオ医薬品ですが、構造や作用機序に違いがあります。

ADCと融合タンパク質の比較:

特徴 抗体薬物複合体(ADC) 融合タンパク質
基本構造 抗体+リンカー+低分子薬物 タンパク質+タンパク質(または抗体+タンパク質)
薬効成分 主に細胞毒性を持つ低分子化合物 生理活性を持つタンパク質
作用機序 標的細胞内で薬物を放出して細胞死を誘導 標的に結合して直接的な生理活性を発揮
主な適応 がん(固形がん、血液がん) 自己免疫疾患、希少疾患、がんなど多岐
代表例 トラスツズマブ デルクステカン、ブレンツキシマブ ベドチン エタネルセプト、アバタセプト、アフリベルセプト

日本で承認されている主な融合タンパク質には、エタネルセプト(エンブレル®)、アバタセプト(オレンシア®)、アフリベルセプト(アイリーア®)などがあります。これらは主に自己免疫疾患や眼疾患の治療に用いられています。

2021年には、ムコ多糖症II型(ハンター症候群)の治療薬として、パビナフスプ アルファ(イズカーゴ®)が承認されました。これはヒト化抗トランスフェリン受容体抗体とイズロン酸-2-スルファターゼの融合タンパク質で、血液脳関門を通過して中枢神経系にも効果を発揮する画期的な薬剤です。

ADCの将来展望:

ADC領域は今後も急速な発展が予想されます。特に注目される将来の方向性として以下が挙げられます。

  1. 適応拡大
    • 現在の主ながん種(乳がん、リンパ腫など)から、より多様ながん種への適応拡大
    • 早期がんや術前・術後治療への応用
  2. バイオマーカー開発
    • 効果予測や副作用リスク評価のためのバイオマーカーの開発
    • 個別化医療の推進
  3. 併用療法の最適化
    • 免疫チェックポイント阻害剤との併用
    • 従来の化学療法や分子標的薬との最適な併用レジメンの確立
  4. 新規技術の応用
    • 抗体工学技術の進化(二重特異性抗体の応用など)
    • 新規リンカー・ペイロード技術の開発
    • ドラッグデリバリーシステムとの融合
  5. 非がん疾患への応用
    • 自己免疫疾患や感染症などへのADC技術の応用
    • 炎症部位への薬物送達など

これらの発展により、ADCはより精密で効果的な「ミサイル療法」として進化していくことが期待されます。医療従事者は、急速に変化するADC領域の最新情報を継続的に収集し、適切な治療選択に活かしていくことが重要です。

国立医薬品食品衛生研究所による承認バイオ医薬品の最新情報はこちらで確認できます

ADCと融合タンパク質は、それぞれ異なる特性を持つバイオ医薬品として、今後のバイオ医薬品開発の重要な柱となっていくでしょう。両者の技術を組み合わせた新たな医薬品モダリティの開発も期待されます。