抗コリン性麻酔前投薬の目的と副作用リスク

抗コリン性麻酔前投薬の目的と使用状況

成人の予定手術では前投薬が不要な施設が8割を超えています。

この記事の要点
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抗コリン薬の役割変化

アトロピンなどの抗コリン性麻酔前投薬は、かつて標準的に使用されていましたが、ERASプロトコールの普及により成人予定手術では投与しない方針が主流になっています

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副作用と禁忌への注意

抗コリン薬は口渇や頻脈を引き起こし、閉塞隅角緑内障や前立腺肥大の患者には禁忌となるため、患者背景の確認が不可欠です

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小児や特殊症例での必要性

気道確保困難が予想される症例や小児では、抗コリン薬やミダゾラムなどの麻酔前投薬が依然として重要な役割を果たしています

抗コリン性麻酔前投薬の基本的な目的と作用機序

 

抗コリン性麻酔前投薬は、副交感神経系を遮断することで麻酔導入時のリスクを軽減する目的で使用されてきました。代表的な薬剤としてアトロピン硫酸塩やスコポラミンがあり、これらはムスカリン受容体に拮抗的に作用します。

主な投与目的は3つに分類されます。

一に、唾液や気道分泌物の抑制です。

全身麻酔の導入時には、気道内の分泌物が増加しやすく、これが多いと気道閉塞や誤嚥のリスクが高まります。アトロピンは唾液腺や気管支の分泌を抑制することで、喉頭展開時の視野を良好に保つことができます。

第二に、迷走神経反射の予防です。麻酔薬の投与や気管挿管時の喉頭展開、手術操作によって迷走神経が刺激されると、徐脈や血圧低下が生じる可能性があります。抗コリン薬は副交感神経の過剰な反応を抑制し、循環動態を安定させる効果があります。

つまり分泌抑制と反射予防が基本です。

第三に、消化管の蠕動運動を抑制する作用も期待されます。これにより、術中の嘔吐リスクを低減できる可能性があります。しかし、この効果については臨床的な有用性が明確ではなく、近年では重視されていません。

抗コリン薬の作用発現時間は投与経路によって異なります。静脈内投与では1〜2分で効果が現れますが、筋肉内投与では15〜30分程度かかります。そのため、麻酔前投薬として使用する場合は、手術開始の30分〜1時間前に投与するのが一般的でした。

ただし、現在では抗コリン薬の前投薬としてのルーチン投与は推奨されなくなっています。

これについては次の項目で詳しく説明します。

抗コリン性麻酔前投薬が減少している理由と現状

近年、抗コリン性麻酔前投薬を投与しない施設が顕著に増加しています。この背景には、麻酔技術の進歩やエビデンスに基づいた医療実践の普及があります。

まず、ERASプロトコール(Enhanced Recovery After Surgery)の導入が大きな転機となりました。ERASプロトコールでは、作用時間の長い鎮静薬や睡眠薬の使用を避けることが推奨されており(Grade A)、これに伴い抗コリン薬の前投薬も見直されています。成人の予定手術では麻酔前投薬は不要とする傾向が強まっています。

結論は症例ごとの判断が原則です。

アトロピン硫酸塩の前投薬には複数の問題点が指摘されています。第一に、口渇や咽頭の乾燥感を引き起こし、患者に不快感を与えます。前投薬をしていた時代には「口が渇く」という訴えが頻繁に聞かれましたが、前投薬を中止した施設ではこのような訴えが皆無になったという報告があります。

第二に、徐脈の予防効果が不十分であることが判明しました。麻酔前投薬として投与される用量では、迷走神経反射による徐脈を完全に予防することはできません。徐脈が発生した場合には、その時点で静脈内投与する方が確実で効果的です。

必要に応じて静注する方が確実です。

第三に、虚血性心疾患を持つ患者では頻脈を誘発するリスクがあります。アトロピンによる心拍数の増加は心筋酸素消費量を増大させ、心筋虚血を悪化させる可能性があります。このため、冠動脈疾患のある患者には慎重な対応が求められます。

さらに、気道分泌抑制効果についても疑問が呈されています。ある研究では、前投薬としてのアトロピン投与は気道分泌物の抑制に十分な効果が期待できないという報告もあります。現代の麻酔薬は気道刺激性が低く、過剰な分泌が問題になることは少なくなりました。

日本麻酔科学会の循環作動薬に関するガイドラインでも、アトロピン前処置の有効性については賛否が分かれており、ルーチンの投与は推奨されないと明記されています。循環への悪影響の報告もあり、慎重な判断が必要です。

患者の安全性を高める観点からも、前投薬を行わない方針が支持されています。鎮静薬を投与しないことで、患者は徒歩で手術室に入室できます(歩行入室)。これにより、呼名による患者確認が容易になり、患者取り違えなどの医療事故を防ぐことができます。

また、前投薬を投与しないことによる不安の増大は認められず、血圧や心拍数の変化から見ても歩行による運動負荷は軽度であると報告されています。むしろ、麻酔科医による丁寧な術前訪問と説明の方が、患者の不安を和らげる効果が高いという考え方も広まっています。

抗コリン性麻酔前投薬の副作用と禁忌事項

抗コリン性麻酔前投薬には、特有の副作用と禁忌事項があり、医療従事者はこれらを正確に理解しておく必要があります。

代表的な副作用として、口渇が最も頻繁に報告されます。アトロピンは唾液腺の分泌を強力に抑制するため、患者は強い口の渇きを感じます。これは投与後数時間持続し、患者の不快感やQOL低下の原因となります。前投薬を中止した施設では、この訴えが完全に消失したという報告があります。

散瞳と調節麻痺も重要な副作用です。抗コリン薬は瞳孔散大筋を弛緩させ、瞳孔を開かせます。その結果、近くのものが見えにくくなり、まぶしさを感じます。通常は数時間で回復しますが、この間は細かい作業や読書が困難になります。

視力障害(眼圧上昇)も危険です。

心血管系への影響も無視できません。アトロピンは心拍数を増加させるため、頻脈や動悸が生じます。少量(0.5mg未満)の投与では、かえって一過性の徐脈(パラドキシカル徐脈)を引き起こすことがあるため、投与量には注意が必要です。心拍数の増加は心筋酸素消費量を増やすため、虚血性心疾患の患者では心筋虚血を悪化させるリスクがあります。

消化管への影響として、腸蠕動の減弱や便秘が起こります。抗コリン作用により消化管の平滑筋が弛緩し、運動が抑制されます。重症の場合には麻痺性イレウスを引き起こす可能性もあります。

泌尿器系では、排尿障害尿閉が問題になります。特に前立腺肥大のある高齢男性では、膀胱の収縮力が低下し、尿を出すことが困難になります。これは術後の重大な合併症となるため、注意深い観察が必要です。

中枢神経系への影響として、高齢者では記銘障害やせん妄が生じやすくなります。抗コリン作用が脳に及ぶと、認知機能に一時的な影響を与えます。特に認知症のリスクがある患者では、術後せん妄のトリガーとなる可能性があります。

禁忌事項については、閉塞隅角緑内障が最も重要です。抗コリン薬による散瞳は、虹彩が隅角方向に寄せられ、眼圧が急激に上昇します。これにより急性発作を引き起こし、視力喪失に至る可能性があります。ただし、開放隅角緑内障については、禁忌から慎重投与に改訂されています。緑内障患者には必ず眼科受診歴を確認する必要があります。

前立腺肥大による排尿障害のある患者も禁忌です。抗コリン作用により膀胱の収縮力がさらに低下し、完全な尿閉を引き起こす危険があります。高齢男性では、術前に排尿状況を詳しく聴取することが重要です。

麻痺性イレウスの患者にも投与できません。抗コリン作用により消化管運動がさらに抑制され、病態を悪化させます。腸閉塞の症状がある場合は、抗コリン薬の使用を避ける必要があります。

重症筋無力症の患者も禁忌となります。抗コリン薬は神経筋接合部でのアセチルコリンの作用を阻害し、筋力低下を悪化させる可能性があります。

これらの禁忌事項は添付文書に明記されているため、麻酔前評価の際には必ず確認が必要です。特に緑内障と前立腺肥大は高齢者に多い疾患であり、見落とさないよう注意が必要です。

抗コリン薬の禁忌「緑内障」等の見直しについて(厚生労働省)

上記リンクでは、抗コリン薬の禁忌に関する最新の改訂内容が確認できます。緑内障の分類による禁忌・慎重投与の区別について詳しく解説されています。

抗コリン性麻酔前投薬が必要となる特殊症例

すべての症例で抗コリン性麻酔前投薬が不要というわけではありません。特定の状況では、依然として抗コリン薬の投与が有用であり、適応を正しく判断することが重要です。

気道確保困難が予想される症例では、抗コリン薬の投与が推奨されます。気道分泌物が多いと、喉頭展開時の視野が悪化し、挿管操作が困難になります。特にファイバー挿管を予定している症例では、唾液や分泌物がファイバースコープのレンズを覆ってしまい、視界が確保できなくなります。

視野確保のために有用です。

このような症例では、アトロピン0.5mgを手術開始30分〜1時間前に筋肉内投与するか、挿管直前に静脈内投与することが検討されます。ファイバー挿管では、鮮明な視野の確保が成功の鍵となるため、分泌抑制は不可欠な準備です。

小児の麻酔前投薬では、依然として抗コリン薬が重要な位置を占めています。小児は成人に比べて気道分泌物が多く、迷走神経反射も起こりやすいため、徐脈のリスクが高くなります。特に乳児では、吸入麻酔導入時に徐脈が生じやすく、重篤な循環不全につながる可能性があります。

ただし、小児においても抗コリン薬のルーチン投与は推奨されていません。

症例ごとに判断が原則です。

徐脈が発生してから対処する方針も一般的になっています。徐脈が確認された時点でアトロピンを静脈内投与する方が、確実に効果が得られます。

緊急手術で誤嚥のリスクが高い症例では、H2受容体拮抗薬の投与が考慮されます。絶飲食の時間が十分に取れていない患者や、消化管通過障害(腸閉塞など)のある患者、妊娠後期の患者では、胃内容物の誤嚥による重篤な肺炎のリスクがあります。

ファモチジン(ガスター)やラニチジンなどのH2受容体拮抗薬は、胃液のpHを上昇させ、胃酸分泌量を抑制します。胃内容物のpH上昇には投与後2〜3時間必要なため、可能な限り早期に投与することが望ましいです。ただし、誤嚥の頻度自体を減らすエビデンスは不十分であり、実際の誤嚥性肺炎の発生率低下については確立されていません。

一般的に、ファモチジン20mgを麻酔導入1時間前に筋肉内投与または静脈内投与します。緊急手術では時間的余裕がないため、できるだけ早い段階で投与を開始することが推奨されます。

心大血管手術など、過度の不安や緊張が合併症を増悪させる可能性がある症例では、鎮静薬の前投薬が有用です。不安による血圧上昇や頻脈は、心筋虚血や不整脈のトリガーとなります。ミダゾラムやジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬剤を投与することで、患者の精神的緊張を和らげ、循環動態を安定させることができます。

ミダゾラムは作用発現が速く、半減期が短いため、麻酔前投薬として広く使用されています。成人では通常、手術開始30分〜1時間前に筋肉内投与します。ただし、過度の鎮静は呼吸抑制や覚醒遅延のリスクがあるため、投与量の調整が重要です。

小児では経口投与可能なミダゾラムシロップ(ドルミカムシロップ)が2025年に承認され、使用されるようになりました。これまでは注射剤を院内でシロップに調製していましたが、製剤化により投与が容易になりました。用量は小児の体重に応じて0.25〜1.0mg/kg(最大20mg)を麻酔開始前に経口投与します。

小児への経口投与で苦味が問題でした。

これらの特殊症例では、患者の状態を総合的に評価し、前投薬のメリットとデメリットを比較検討することが不可欠です。画一的な対応ではなく、個別化された麻酔管理が求められます。

抗コリン性麻酔前投薬の正しい投与方法と観察ポイント

抗コリン性麻酔前投薬を投与する場合には、適切な投与方法と綿密な観察が欠かせません。投与のタイミング、用量、経路について正確な知識が必要です。

アトロピン硫酸塩の標準的な投与量は、成人で0.5〜1.0mgです。筋肉内投与の場合は手術開始30分〜1時間前に投与します。効果発現までに15〜30分程度かかるため、十分な時間的余裕を確保する必要があります。静脈内投与では1〜2分で効果が現れるため、挿管直前や徐脈が発生した時点で投与することができます。

少量投与(0.5mg未満)には注意が必要です。中枢性の作用により一過性の徐脈(パラドキシカル徐脈)を引き起こすことがあるため、推奨されません。確実な効果を得るためには、最低でも0.5mg以上の投与が必要です。

投与後の観察ポイントとして、まず心拍数と心電図のモニタリングが重要です。アトロピンは心拍数を増加させるため、頻脈の程度を確認します。特に虚血性心疾患のある患者では、心拍数の過度な増加は心筋虚血を悪化させる可能性があるため、慎重な観察が必要です。頻脈が著しい場合には、投与量の減量や投与中止を検討します。

口渇の訴えは投与後数時間持続します。患者には事前に口が渇くことを説明し、うがいや口腔ケアで対処できることを伝えておくと、不安を軽減できます。術前の絶飲食中は飲水できないため、不快感が強くなる可能性があります。

散瞳と調節麻痺による視力障害も確認します。患者が「まぶしい」「近くが見えにくい」と訴えることがあります。通常は数時間で回復しますが、高齢者では回復が遅れることもあります。術前にこの副作用を説明しておくことが重要です。

排尿状況の観察も欠かせません。特に前立腺肥大のある高齢男性では、尿閉のリスクが高まります。術前に排尿困難の既往を確認し、投与後は排尿が可能かどうかを確認する必要があります。排尿困難が生じた場合は、導尿などの対処が必要になることがあります。

徐脈が発生した場合の対処方法についても理解しておく必要があります。麻酔導入時や気管挿管時に徐脈が生じた場合、アトロピンを静脈内投与します。標準的な投与量は0.5mgで、効果が不十分な場合は3〜5分ごとに追加投与します。

総投与量は3mgまでとされています。

これを超えると強い抗コリン作用による副作用のリスクが高まります。

徐脈を確認してから投与が確実です。

徐脈の原因を見極めることも重要です。交感神経が抑制されている場合や、前負荷・後負荷が減少している場合の徐脈に対しては、アトロピンの投与だけでは血圧の改善が得られないことがあります。このような場合は、循環血液量の補充や昇圧薬の使用も検討する必要があります。

看護師の役割として、麻酔科医の指示のもと、投与前の患者情報の確認が重要です。禁忌事項(緑内障、前立腺肥大、麻痺性イレウス、重症筋無力症など)の有無を再確認し、疑問点があれば投与前に医師に報告します。また、投与後の患者の反応を注意深く観察し、異常があれば速やかに報告する体制が必要です。

現代の麻酔管理では、前投薬をルーチンで投与するのではなく、症例ごとに必要性を判断することが基本となっています。患者の年齢、基礎疾患、手術の種類、麻酔方法などを総合的に評価し、個別化された投与計画を立てることが求められます。

日本麻酔科学会 循環作動薬ガイドライン

上記リンクでは、アトロピンをはじめとする循環作動薬の使用に関する最新のガイドラインが確認できます。ルーチン投与が推奨されない根拠や、適切な使用方法について詳しく記載されています。


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