甲状腺刺激ホルモン受容体抗体陽性の診断と管理の要点

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体陽性の診断と臨床管理

🔬 この記事の3ポイント要約
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TRAbが陰性でもバセドウ病は否定できない

甲状腺機能亢進症/バセドウ病の3〜4%はTRAb陰性であり、TSAbを追加することで診断精度が上がります。陰性結果だけで安易に除外しないことが重要です。

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妊娠中は胎児・新生児への抗体移行に注意

TRAbはIgGのため胎盤を通過し、新生児バセドウ病や一過性甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。妊娠中後期の抗体価モニタリングが不可欠です。

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TRAbは刺激型・阻害型で臨床像が逆転する

陽性=機能亢進とは限りません。阻害型(TSBAb)が優位だと甲状腺機能低下症となり、治療方針がバセドウ病と全く異なります。抗体の「型」まで把握することが求められます。

TRAbが陽性でも、機能亢進ではなく甲状腺機能低下症を呈する患者が実在します。

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAb)の基本的な種類と作用機序

甲状腺濾胞細胞の表面にはTSH受容体(TSHR)が存在し、下垂体から分泌されるTSHがここに結合することで甲状腺ホルモン(FT3・FT4)の産生・分泌が促されます。 甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAb)は、このTSH受容体に対して産生された自己抗体の総称です。 koujosen(https://koujosen.jp/care/449)

TRAbには大きく3種類があります。理解しやすいよう整理します。

抗体の種類 略称 主な作用 臨床的結果
甲状腺刺激抗体 TSAb(刺激型TRAb) TSHRをアゴニストとして刺激、cAMP産生↑ 甲状腺ホルモン過剰 → バセドウ病
甲状腺刺激阻害抗体 TSBAb(阻害型TRAb) TSH・TRAbのTSHR結合を阻害 甲状腺ホルモン産生抑制 → 機能低下症
不活性型TRAb 刺激も阻害もしない 臨床的影響ほぼなし

つまり「TRAb陽性=バセドウ病」ではありません。 阻害型(TSBAb)が優位な場合は橋本病や萎縮性甲状腺炎に伴う甲状腺機能低下症として発症します。 機能低下症の患者にもTRAbを確認する意義はここにあります。 morigaminaika(https://morigaminaika.jp/%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E6%A9%9F%E8%83%BD%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%AA%AD%E3%81%BF%E6%96%B9)

同一患者でも経時的に刺激型から阻害型へ、あるいはその逆へ移行する例が報告されており、治療経過を通じた定期的な再測定が必要です。 archive.okinawa.med.or(https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html)

参考:TSHレセプター抗体(TRAb)の臨床的意義について詳しく解説されています(長崎甲状腺クリニック)

バセドウ病抗体 TRAb(TSHレセプター抗体)[橋本病 甲状腺専門医 長崎甲状腺クリニック 大阪]
バセドウ病はTSHレセプター抗体(TRAb)が甲状腺を無制御に刺激する病気で、通常は刺激型のTSAb。TRAbの主流は第3世代TRAb(ECLIA)①バセドウ病と診断できるカットオフ値は2.0IU/l(正常値と意味が違う)②バセドウ病の活動...

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体の陽性・陰性判定と診断の落とし穴

バセドウ病の診断において、TRAbの陽性率は96〜97%とされています。 残りの3〜4%はTRAb陰性にもかかわらずバセドウ病が成立します。これは意外ですね。 nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)

TRAb陰性のバセドウ病では、ほぼ全例でTSAb(甲状腺刺激抗体)が陽性となることが確認されています。 TRAbとTSAbは測定原理が異なり、TRAbが競合阻害法ベースなのに対し、TSAbはバイオアッセイ(細胞刺激活性)を利用するため、感度の違いが生じます。 test-directory.srl(https://test-directory.srl.info/akiruno/test/detail/00H210200)

また発症初期や再発直後ではTRAb陽性化に遅延が生じることがあります。 nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)

  • 再発時にTRAb陰性だった例は15%に上る nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)
  • そのうち89%でTSAbは陽性 nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)
  • 37%は遅れてTRAb陽性に転じた nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)

TRAb陰性だけを理由にバセドウ病を除外するのはダメです。見落としリスクが現実にあります。TSAbの追加測定が早期診断につながった症例も報告されています。 congress.jamt.or(https://congress.jamt.or.jp/j73/pdf/general/0285.pdf)

参考:TRAb陰性であったがTSAb追加測定により早期診断したバセドウ病の症例報告(日本臨床衛生検査技師会)

https://congress.jamt.or.jp/j73/pdf/general/0285.pdf

さらに、TSAb(EIA法、第二世代)が3,000%(正常値<120%)を超えるような高活性例では、TSBAbが偽陽性となる可能性があります。 高活性時の解釈には注意が必要です。偽陽性を見抜けないと、誤って機能低下症と判断してしまう危険があります。 nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/tsb-ab/)

TSH受容体抗体の正常値はおおむねTRAb:2.0 IU/L未満(測定系によって異なります)です。 施設・測定試薬ごとにカットオフ値が異なる点を必ず確認してください。 koujosen(https://koujosen.jp/care/449)

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体の陽性と橋本病・機能低下症の合併

橋本病はTPOAbやTGAbが主役とされますが、TRAbが陽性になるケースもあります。 この場合、TRAbはTSBAb(阻害型)として作用し、甲状腺機能低下症の原因となります。つまり橋本病と阻害型TRAb陽性が重なった患者は、通常の橋本病よりも急速に機能が低下する可能性があります。 archive.okinawa.med.or(https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html)

臨床現場での注意点を整理します。

  • 橋本病でTRAb陽性が確認された場合 → TSAb/TSBAb の鑑別が重要 archive.okinawa.med.or(https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html)
  • TSBAbが陽性なら、甲状腺ホルモン補充療法の適応を積極的に検討 archive.okinawa.med.or(https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html)
  • バセドウ病治療中にTSBAbが出現した場合 → 甲状腺機能低下症へ移行した可能性がある webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/J00974.2005130154)

刺激型から阻害型への移行は一方通行ではありません。 経時変化が起こります。バセドウ病として経過観察中に突然、甲状腺機能低下症が出現した患者では、抗体型の変化を疑って再検査することが有効です。 archive.okinawa.med.or(https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html)

参考:橋本病における甲状腺機能低下と自己抗体の関係(沖縄県医師会)

https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2008/200807/029.html

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体陽性の妊婦・胎児・新生児への影響

妊娠中のTRAb陽性は、母体だけでなく胎児・新生児にも直接影響を与えます。これは多くの医療従事者が見落としがちな重要ポイントです。

TRAbはIgGクラスの抗体のため、胎盤を通過して胎児循環に移行します。 刺激型(TSAb)が移行すれば新生児バセドウ病(新生児一過性甲状腺機能亢進症)を、阻害型(TSBAb)が移行すれば新生児一過性甲状腺機能低下症を引き起こします。 okawa-obgyn(https://okawa-obgyn.com/hosp/department/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%EF%BC%8D%E8%B6%85%E9%9F%B3%E6%B3%A2%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%9E%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%83%BB/%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E7%96%BE%E6%82%A3%E5%90%88%E4%BD%B5%E5%A6%8A%E5%A8%A0/)

新生児バセドウ病発症のリスク因子は以下の通りです。

  • TRAbとTSAbの両活性が強い症例 japanthyroid(https://www.japanthyroid.jp/doctor/abstract/abstract01.html)

新生児の甲状腺機能異常は一過性ですが放置すると深刻な結果になります。 適切に管理すれば多くは数週間以内に正常化しますが、見逃すと頻脈・体重増加不全・頭蓋骨早期癒合などのリスクが出ます。 japanthyroid(https://www.japanthyroid.jp/doctor/abstract/abstract01.html)

母体血中TRAb高値が確認されたら産科との連携が不可欠です。 妊娠初期・中期・後期の各時期でTRAb・TSAbを測定し、抗体価の推移をモニタリングすることが日本甲状腺学会ガイドライン2024でも推奨されています。 japanthyroid(https://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/japanese.html)

参考:妊婦の甲状腺機能管理と新生児への影響(J-STAGE 日本内分泌学会・日本甲状腺学会合同誌)

参考:TSHレセプター陽性母体から出生する胎児・新生児の甲状腺機能異常(日本甲状腺学会)

学会雑誌抄録|日本甲状腺学会
日本甲状腺学会は、甲状腺学の進歩・向上、学術集会の開催・国際交流の促進、研究者および優れた臨床医の育成を目的とした学術団体です。

甲状腺刺激ホルモン受容体抗体陽性患者の治療評価と寛解判定の実際

バセドウ病の治療手段は、抗甲状腺薬メルカゾール・プロパジールなど)、手術、放射性ヨウ素(RI)治療の3つです。 治療選択後の経過観察では、FT4・TSHに加えてTRAb(またはTSAb)の定期的な測定が寛解の判定基準になります。 jslm(https://www.jslm.org/books/guideline/05_06/214.pdf)

抗甲状腺薬の投与をいつ終了できるかは、臨床現場で常に悩む場面です。寛解の指標として重要です。

  • TRAbが持続陰性化していること koujosen(https://koujosen.jp/care/449)
  • FT4・TSHが安定して正常範囲内であること koujosen(https://koujosen.jp/care/449)
  • 甲状腺腫の縮小が確認されていること jslm(https://www.jslm.org/books/guideline/05_06/214.pdf)

これらを複合的に評価します。TRAbが1つの指標ですが、陰性化だけで安易に中止するのもリスクがあります。 再発時には「遅れてTRAb陽性化する例が37%存在する」ことを念頭に、再発早期はTSAbも同時に測定する習慣が診断精度を高めます。 nagasaki-clinic(https://www.nagasaki-clinic.com/trab/)

また、RI治療後や手術後にTRAb抗体価が一時的に上昇することが知られています。治療後の一過性上昇は改善過程の反応として起こりえます。これに気づかずバセドウ病の悪化と誤解すると不必要な再治療につながるため注意が必要です。

参考:甲状腺疾患診断ガイドライン2024(日本甲状腺学会)

甲状腺疾患診断ガイドライン2024|日本甲状腺学会
日本甲状腺学会は、甲状腺学の進歩・向上、学術集会の開催・国際交流の促進、研究者および優れた臨床医の育成を目的とした学術団体です。

TRAb測定系は各施設・試薬メーカーにより基準値・測定感度が異なります。 同一患者で継続測定を行う場合、測定系を統一することが推奨されます。施設変更時は前施設の測定系の確認を忘れずに。外来でフォロー中の患者が他院からの紹介であった場合、過去データを基準値と照合し直すことが適切な評価につながります。 falco.co(https://www.falco.co.jp/rinsyo/detail/061041.html)