抗FGF23抗体の一覧と作用機序及び臨床応用

抗FGF23抗体の一覧と特徴

抗FGF23抗体の概要
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FGF23とは

骨細胞から分泌されるホルモンで、リン代謝を調節する重要な因子です。過剰発現は低リン血症を引き起こします。

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抗FGF23抗体の役割

過剰なFGF23の作用を中和し、リン再吸収を促進して血清リン濃度を正常化します。

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主な適応疾患

X染色体連鎖性低リン血症(XLH)や腫瘍性骨軟化症(TIO)などのFGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症

FGF23(線維芽細胞増殖因子23)は、骨細胞から分泌されるホルモンで、腎臓におけるリン再吸収の抑制と活性型ビタミンDの産生抑制を通じて血清リン濃度を調節する重要な因子です。FGF23の過剰産生は、体内のリンが尿中に過剰に排泄される低リン血症を引き起こし、骨の成長・代謝に障害をもたらします。

抗FGF23抗体は、このFGF23の過剰な作用を中和することで、腎臓におけるリンの再吸収を促進し、同時に腸管からのリン吸収を促進するビタミンDの活性化を亢進させ、血清リン濃度を上昇させる治療薬です。

抗FGF23抗体ブロスマブの特性と作用機序

ブロスマブ(製品名:クリースビータ®)は、協和キリンにより創製されたヒト型IgG1モノクローナル抗体で、FGF23に対して直接的に作用する初めての薬剤です。2019年9月に日本で製造販売承認を取得し、同年12月に発売されました。

ブロスマブの作用機序は以下の通りです。

  1. FGF23との結合と中和: ブロスマブはFGF23と特異的に結合し、その生物学的活性を中和します。
  2. 腎臓でのリン再吸収促進: FGF23の中和により、腎近位尿細管での2a型および2c型ナトリウム-リン共輸送体の発現が回復し、リンの再吸収が促進されます。
  3. ビタミンD代謝の正常化: FGF23は通常、25-水酸化ビタミンD-1α-水酸化酵素の発現を抑制し、25-水酸化ビタミンD-24-水酸化酵素の発現を促進します。ブロスマブによりFGF23が中和されると、活性型ビタミンD(1,25(OH)₂D)の産生が増加します。
  4. 腸管からのリン吸収促進: 活性型ビタミンDの増加により、腸管からのリン吸収が促進されます。

これらの作用により、ブロスマブは血清リン濃度を上昇させ、くる病や骨軟化症の症状を改善します。

薬理学的研究では、ブロスマブはウサギやカニクイザルへの投与で血清リン濃度を上昇させることが確認されています。また、臨床試験では、XLHの成人患者に対する投与で、94.1%の患者で血清リン濃度が標準下限を上回り、骨痛や身体機能の改善も認められています。

抗FGF23抗体の適応疾患と治療効果

抗FGF23抗体の主な適応疾患は「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」です。この疾患群には以下のものが含まれます。

  1. X染色体連鎖性低リン血症(XLH): PHEX遺伝子の変異によるFGF23の過剰産生が原因で、推定発症率は2万人に1人の希少疾患です。
  2. 腫瘍性骨軟化症(TIO): 間葉系腫瘍によるFGF23の過剰産生が原因で、推定発症率は1~5万人に1人です。
  3. 表皮母斑症候群(ENS): 皮膚病変からのFGF23の過剰分泌が原因です。
  4. 常染色体優性低リン血症性くる病・骨軟化症(ADHR): FGF23遺伝子の変異によるものです。
  5. 自己免疫性骨軟化症(AIO): 最近発見された病態で、PHEXタンパク質に対する自己抗体によって引き起こされます。

これらの疾患に対する抗FGF23抗体の治療効果は顕著です。特にXLHに対する国際共同第III相試験では、プラセボ群と比較して有意に血清リン濃度が改善し、Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC)などの指標も改善しました。

従来の治療法では、活性型ビタミンDとリンの経口補充が行われていましたが、頻回の服用が必要で、副作用として二次性副甲状腺機能亢進症や腎石灰化などのリスクがありました。抗FGF23抗体は、これらの問題を解決し、より根本的な治療を可能にしています。

抗FGF23抗体の臨床使用と投与方法

ブロスマブ(クリースビータ®)は、皮下注射製剤として、10mg、20mg、30mgの3規格が販売されています。投与方法と用量は以下の通りです。

成人の場合:

  • 通常、ブロスマブ(遺伝子組換え)として4週に1回1mg/kgを皮下投与します。
  • 血清リン濃度、症状に応じて適宜増減しますが、最高用量は2mg/kgまでとされています。

小児の場合:

  • 通常、ブロスマブ(遺伝子組換え)として2週に1回0.8mg/kgを皮下投与します。
  • 血清リン濃度、症状に応じて適宜増減しますが、最高用量は2mg/kgまでとされています。

2020年11月30日からは「在宅自己注射指導管理料」の算定が可能な薬剤として追加され、医師の適切な指導管理の下で在宅での自己注射が可能になりました。これにより、2週または4週に1回の投与が必要な患者さんの通院頻度を減らし、QOL(生活の質)の向上に貢献しています。

投与に際しては、血清リン濃度のモニタリングが重要です。投与開始後は定期的に血清リン濃度を測定し、基準範囲内に維持するよう用量を調整します。また、低カルシウム血症がある場合は、投与開始前に是正する必要があります。

抗FGF23抗体研究の歴史と開発経緯

抗FGF23抗体の研究開発の歴史は、リン代謝の謎を解明する基礎研究から始まりました。

2000年、協和キリン(当時のキリンビールの医薬開発研究所)の研究チームは、血中リン濃度の調整で中心的な役割を担う因子として「FGF23」を世界で初めて発見しました。それまで、カルシウム代謝を制御するホルモンは知られていましたが、リンを制御するホルモンは不明でした。

この発見を契機に、FGF23の機能解析が進み、FGF23が骨細胞で産生される血中リンを低下させる液性因子(ホルモン)であることが明らかになりました。そして、FGF23を抑制することでXLHなどの低リン血症性疾患の治療に役立つのではないかという仮説が立てられました。

研究チームは、自社のヒト抗体産生技術を活用し、FGF23を抑える治療目的に適した抗FGF23抗体「KRN23」(後のブロスマブ)を創製しました。その後、前臨床試験、臨床試験を経て、2018年に欧州委員会および米国食品医薬品局(FDA)から医薬品販売承認を取得し、2019年には日本でも承認されました。

この研究開発の成果は、2024年度日本薬学会創薬科学賞を受賞するなど高く評価されています。受賞理由として、産学共同研究による低リン血症性くる病・骨軟化症の病因となるFGF23の同定から、受容体機構を含むその生体内での作用解明、測定法開発、疾患概念の確立、さらには治療薬の創製に至る一連の研究が、新規性や独創性、革新性に優れていることが挙げられています。

抗FGF23抗体の最新研究動向と自己免疫性骨軟化症

抗FGF23抗体の研究は現在も進行中で、新たな知見が蓄積されています。最近の注目すべき発見の一つが「自己免疫性骨軟化症(autoimmune osteomalacia: AIO)」の同定です。

2025年2月に発表された研究によると、原因不明の後天性FGF23関連低リン血症性骨軟化症と判断された13名の患者のうち、5名(38%)においてPHEXタンパク質に対する自己抗体(抗PHEX自己抗体)が検出されました。この発見により、腫瘍性骨軟化症の原因腫瘍が見つからず、原因不明とされてきたFGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の一部は、PHEXというタンパク質に対する自己抗体によって引き起こされていることが明らかになりました。

この新たに発見された病態は「自己免疫性骨軟化症」と命名され、従来の腫瘍性骨軟化症とは病気の成り立ちが異なることが示されています。この発見は、原因不明の低リン血症性骨軟化症の診断と治療に新たな視点をもたらす可能性があります。

また、抗FGF23抗体の適応拡大や長期的な安全性・有効性に関する研究も進行中です。2023年末の時点で、ブロスマブは46の国と地域で販売され、6000名以上の患者に使用されています。今後も、より多くの患者に抗FGF23抗体のLife-changingな価値を届けるための研究が続けられることでしょう。

さらに、FGF23シグナル伝達経路のより詳細な解明や、抗FGF23抗体と他の治療法との併用効果、小児患者における長期的な骨成長への影響など、多方面からの研究が進められています。これらの研究成果は、FGF23関連疾患の理解を深め、より効果的な治療戦略の開発につながることが期待されています。

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抗FGF23抗体の研究は、基礎研究から臨床応用まで一貫して進められた創薬の成功例として、今後の希少疾患治療薬開発のモデルケースとなるでしょう。また、リン代謝という基礎生理学の分野に新たな知見をもたらした点でも、医学・生物学的に大きな意義を持っています。

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