骨髄増殖性腫瘍と本態性血小板血症の全貌
骨髄増殖性腫瘍における本態性血小板血症の定義と分類
本態性血小板血症(Essential Thrombocythemia:ET)は、骨髄増殖性腫瘍(MPN:Myeloproliferative Neoplasms)の一病型として位置づけられる慢性血液腫瘍である 。骨髄増殖性腫瘍は、造血幹細胞にクローン性異常が生じ、一つ以上の血球系列が過剰に増殖する疾患群であり、血球は分化成熟能を保持し形態学的異形成を認めない特徴を持つ 。
参考)本態性血小板血症 – 13. 血液の病気 – MSDマニュア…
WHO分類2016では、フィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍として真性多血症(PV)、本態性血小板血症(ET)、原発性骨髄線維症(PMF)が含まれており、これらは共通した遺伝子変異を背景として発症する 。ETは骨髄増殖性腫瘍全体の約30%を占めると報告されており、年間発症率は人口10万人あたり約2.5人と推定されている 。
参考)本態性血小板血症の診断
発症年齢には二相性の分布パターンが認められ、第1ピークは60歳代、第2ピークは30歳代となっている 。第1ピークでは性差を認めないが、第2ピークではやや女性に多い傾向が観察されている。この年齢・性別分布の特徴は、遺伝子変異パターンや発症機序の多様性を示唆する重要な疫学的所見である。
参考)本態性血小板血症 href=”https://cancer.qlife.jp/blood/leukemia/mpn/article16804.html” target=”_blank” rel=”noopener”>https://cancer.qlife.jp/blood/leukemia/mpn/article16804.htmlamp;#8211; がんプラス
本態性血小板血症の遺伝子変異と病態生理
本態性血小板血症の発症には、特定のドライバー遺伝子変異が深く関与している 。最も高頻度に認められるのはJAK2 V617F変異で、ET患者の約50-60%に検出される 。JAK2は非受容体型チロシンキナーゼであり、主にサイトカイン受容体の細胞内シグナル伝達を担っている 。
参考)新たなアプローチでhref=”https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000127.html” target=”_blank” rel=”noopener”>https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000127.htmlquot;血液のがんhref=”https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000127.html” target=”_blank” rel=”noopener”>https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000127.htmlquot;骨髄増殖性腫瘍の新規治療薬を…
次に重要なのがCALR遺伝子変異で、ET患者の20-30%に認められる 。CALRは小胞体に局在する分子シャペロンであり、正常状態では他のタンパク質の適切な折りたたみを支援する役割を持つ。しかし、変異型CALRタンパク質はホモ多量体を形成し、トロンボポエチン受容体(MPL)を恒常的に活性化させることで血小板産生を異常に促進する 。
参考)MPN-JAPAN
MPL遺伝子変異は約3-8%の患者で認められ 、これら三つの遺伝子変異のいずれも陰性となる症例は「triple-negative ET」と呼ばれ、全体の約10%を占める 。近年の研究では、血小板におけるCREB3L1遺伝子発現量解析により、triple-negative ETと反応性血小板増多症の鑑別が可能であることが報告されている 。
遺伝子変異による細胞内シグナル異常は、JAK-STATシグナル伝達経路の恒常的活性化を引き起こし、結果として巨核球系細胞の増殖と血小板産生亢進をもたらす。この病態理解に基づき、JAK2阻害薬などの分子標的治療薬の開発が進められている 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/647d9bc0883d8f5ddd36745865f7e1120e5b85db
本態性血小板血症の臨床症状と合併症
本態性血小板血症の臨床症状は多彩であり、血小板機能異常に伴う血栓症状と出血症状の両方が認められる点が特徴的である 。血栓症状としては、頭痛、めまい、視力障害、胸痛などの微小循環障害症状が頻繁に観察される 。特徴的な症状として肢端紅痛症があり、手足の発赤、灼熱感、疼痛を訴える患者が多い 。
参考)本態性血小板血症 – 11. 血液学および腫瘍学 – MSD…
出血症状については、血小板数が著明に増加した場合(150万/μL以上)に血小板機能低下により出血リスクが増大する 。鼻出血、歯肉出血、皮下出血などの軽度出血症状が一般的であるが、重篤な消化管出血や脳出血のリスクも存在する 。
参考)本態性血小板血症 (ほんたいせいけっしょうばんけっしょう)と…
重要な合併症として後天性von Willebrand症候群(AvWS)があり、ET患者の20-50%に合併すると報告されている 。AvWSは血小板数増加に伴うvon Willebrand因子の消費により生じ、出血傾向の主要な原因となる。また、血栓症予防目的でのアスピリン投与前には、VWF活性(VWF:RCo)測定によるAvWS評価が国内外のガイドラインで推奨されている 。
参考)本態性血小板血症と出血症状
高齢患者や血管危険因子を有する患者では、脳梗塞、心筋梗塞などの大血管血栓症のリスクが特に高くなる 。脾腫は診断時点では比較的まれであるが、疾患進行に伴い認められることがある 。
妊娠合併例では特別な注意が必要で、初期流産率の増加、生児出生率の低下、血栓・出血合併症の増加が報告されている 。JAK2遺伝子変異を含むリスク因子に基づく治療アルゴリズムの検討が進められており、アスピリンやヘパリン、インターフェロン使用により治療成績の改善が期待されている 。
参考)骨髄増殖性腫瘍合併妊娠における血栓症の予防
本態性血小板血症の診断基準と検査法
本態性血小板血症の診断は、WHO分類2016の診断基準に準拠して行われる 。主要診断基準として、①血小板数45万/μL以上、②骨髄生検での巨核球系増殖所見、③BCR-ABL陽性慢性骨髄性白血病、真性多血症、原発性骨髄線維症、骨髄異形成症候群などの他疾患の除外、④JAK2、CALR、MPLいずれかの変異陽性が挙げられる 。
参考)https://www.jsth.org/pdf/oyakudachi/202208_1.pdf
骨髄検査では、巨核球の数的増加とともに形態学的特徴が重要である。ETでは大型で成熟した巨核球の増加を認め、顆粒球系や赤芽球系造血の著増は認められない 。細網線維の軽度増加(グレード1)は時に認められるが、著明な線維化は原発性骨髄線維症との鑑別において重要な所見となる 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/111/7/111_1364/_pdf
遺伝子検査は診断に必須であり、約90%の症例でJAK2、CALR、MPLのいずれかのドライバー変異が検出される 。JAK2 V617F変異の検出には定量的PCR法が用いられ、CALR変異には断片解析やシークエンス解析が、MPL変異にはシークエンス解析が一般的に使用される。
反応性血小板増多症との鑑別は臨床的に重要であり、慢性炎症、悪性腫瘍、鉄欠乏性貧血、脾摘後状態などの原因検索が必要である 。特にtriple-negative例では、血小板CREB3L1遺伝子発現量解析が有用な鑑別手段として注目されている 。
前線維化期原発性骨髄線維症との鑑別も重要で、骨髄における巨核球の形態と分布の違いが鑑別ポイントとなる 。しかし、診断基準の一部オーバーラップにより実臨床では診断に難渋することも少なくない。
本態性血小板血症の治療戦略とリスク分層
本態性血小板血症の治療は、血栓症リスクに基づく層別化治療が基本となる 。治療手段は大きく抗血小板療法と細胞減少療法に分類される 。低用量アスピリン(75-100mg/日)による抗血小板療法は、血栓症予防の第一選択薬として位置づけられており、禁忌がない限り投与が推奨される 。
参考)https://www.jsth.org/pdf/oyakudachi/202208_2.pdf
細胞減少療法については、ヒドロキシカルバミドとアナグレリドが共に第一選択薬として位置づけられている 。ヒドロキシカルバミドは汎血球減少作用を有し、血小板数のコントロールに有効である。副作用として骨髄抑制、皮膚変化、口内炎などが報告されており、定期的なモニタリングが必要である 。
参考)本態性血小板血症は主にどのような薬で治療しますか?副作用はあ…
アナグレリドは血小板特異的減少作用を示し、巨核球の成熟阻害により血小板産生を抑制する。副作用として動悸、胸痛、頭痛、下痢、浮腫などが認められる 。特に心血管系副作用に注意が必要で、心機能評価を含む慎重なフォローアップが求められる。
血栓リスク評価には、IPSET-TスコアやR-IPSET-Tスコアが国際的に用いられている 。これらのスコアリングシステムでは、年齢、血栓症既往、血小板数、白血球数、心血管危険因子などが評価項目として含まれており、リスク層別化に基づく個別化治療の指標となる。
参考)IPSE-T / R-IPSE-T
血小板数の治療目標値については明確な基準は確立されていないが、臨床試験では40-60万/μLを目標とすることが多い 。極度の血小板増多(150万/μL以上)では出血リスクが増大するため、より積極的な血小板数コントロールが必要となる 。
参考)ホーム|造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版…
妊娠合併例では、低用量アスピリンとヘパリンの併用が推奨され、細胞減少療法が必要な場合にはインターフェロンが妊娠中唯一の選択肢となる 。ただし、本邦ではインターフェロンのET適応は保険適用外であり、治療選択肢の制限が課題となっている。
予後については比較的良好で、平均生存期間は約20年と一般人口とほぼ同等である 。しかし、約1-3%の症例で急性白血病への転化、約10-15%で骨髄線維症への進行が報告されており、長期フォローアップが重要である 。治療目標は症状緩和と合併症予防であり、現時点では根治的治療法は確立されていない 。
参考)MPN-JAPAN