心内膜と心外膜の活動電位
心内膜活動電位の特徴と持続時間
心内膜(endocardium)は心臓壁を構成する3層構造の最内層であり、心臓腔や心耳腔を覆う薄く平滑な層です 。心内膜の活動電位は、心室筋において300-400msecという長い持続時間を示し、これは骨格筋や神経細胞と比較して100倍以上長い特徴的な性質です 。
心内膜側心筋細胞の活動電位は、0相(急速脱分極相)から4相(静止電位相)まで5つの相に分類されます 。特に重要なのは2相(プラトー相)で、内向きCa電流と外向きK電流のバランスによって長時間維持され、心筋収縮の持続に直接関与しています 。この長い活動電位持続時間により、心内膜側では心外膜側と比較して再分極のタイミングが遅れることが知られています 。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=9623
静止電位は-80〜-90mVを示し、これは主にK+の拡散電位により形成されています 。心内膜側では、活動電位の頂点が+30〜+40mVに達した後、ゆっくりと元のレベルに戻る特徴的な波形を示します 。
参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) 静止電位(=膜電位)/活…
心外膜活動電位と再分極過程
心外膜(epicardium)は心臓壁の最外層を構成し、心内膜とは異なる電気的特性を示します 。心外膜側の活動電位で最も特徴的なのは、心内膜側よりも短い持続時間を持つことです 。これは心外膜側に豊富に存在するIto(一過性外向きKチャネル)の影響によるものです 。
心外膜側では、1相における外向き電流(Ito)が心内膜側よりも強く発現しており、このため早期の再分極が促進されます 。具体的には、心外膜側のKチャネル(ItoとIKr)の分布密度が心内膜側と比較して高いため、再分極が速く進行し活動電位持続時間が短縮されます 。
参考)【第15回】心筋梗塞の心電図の成り立ち (1)T波増高
再分極過程では、心外膜側が先に-電位となり、心内膜側の再分極が遅れる現象が観察されます 。この時間差により「心外膜は早くマイナスになり、心内膜は遅くマイナスになる」という基本原則が成立し、正常な心電図T波の形成に重要な役割を果たしています 。
心筋M細胞と活動電位持続時間の勾配
心筋中層に存在するM細胞(mid-myocardial cells)は、心外膜や心内膜領域の細胞と比較して活動電位持続時間の著明な延長を示す特殊な細胞群です 。M細胞の活動電位持続時間は最も長く、心内膜細胞が中間、心外膜細胞が最短という勾配(ventricular gradient)を形成しています 。
この勾配により、正常なT波の形成において重要な役割を果たします。陽性T波の終末点は最長のM細胞の再分極点に、陽性T波の頂点は最短の心外膜細胞の再分極点に一致することが報告されています 。心内膜細胞の再分極点はM細胞と心外膜細胞の中間に位置し、この時間的勾配がT波の形状を決定する重要な要因となっています 。
M細胞は哺乳類全般に存在が確認されている普遍的な細胞群であり、正常な心電図波形の形成だけでなく、様々な病的状態における心電図変化の理解にも重要です 。活動電位持続時間の勾配が崩れると、異常な心電図所見として現れることがあります 。
イオンチャネルの分布差と電気的特性
心内膜と心外膜における電気的特性の違いは、主にイオンチャネルの分布差に起因しています 。心筋細胞の活動電位は、ナトリウム(Na+)、カリウム(K+)、カルシウム(Ca2+)の各イオンチャネルの協調的な働きによって形成されます 。
参考)【シリーズ第1弾 心電図って面白い!】 第2話 イオンチャン…
心外膜側では、Ito(一過性外向きKチャネル)とIKr(遅延整流Kチャネル)の分布密度が心内膜側よりも高く、これにより1相での外向き電流が増大し、早期の再分極が促進されます 。一方、心内膜側ではこれらのチャネルの密度が低いため、活動電位のプラトー相が長時間維持され、結果として活動電位持続時間が延長されます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/34/1/34_124/_pdf
カリウムチャネルは6Å程度の開口でカリウムイオンのみを通し、ナトリウムチャネルは8Åでナトリウムとカリウムイオンを、カルシウムチャネルは12Åでより多くのイオンを通過させます 。これらのチャネルの開閉タイミングと分布の違いが、心内膜と心外膜の電気的特性の差異を生み出しています 。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
心電図T波形成における心内膜心外膜活動電位の役割
心電図のT波は、心室全体の活動電位第2相から3相までの総和を表し、心内膜側心筋から心外膜側心筋までの貫壁性電位勾配を反映しています 。体表心電図を理解するための統一理論では、心内膜側活動電位から心外膜側活動電位を引き算した結果が第II誘導体表心電図になることが示されています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/35/4/35_447/_pdf
正常な心臓では、心室の興奮は心内膜側から始まって心外膜側へと向かうため、体表面の心電図QRS波は上向きの振れになります 。T波の極性がQRS波と一致する理由は、ventricular gradientによって説明できます 。心内膜側の活動電位持続時間が長く、心外膜側に向かうにつれて短くなる勾配により、正常なT波の形状が形成されます。
異常な状態では、心外膜側心筋の脱分極不全や活動電位2相の持続時間短縮により、ST上昇や墓石様波形(tombstone-like wave)などの特徴的な心電図変化が出現します 。これらの変化は、心内膜と心外膜の活動電位の差異によって生じる電位勾配の変化を反映しており、臨床診断において重要な指標となります。