心膜のう胞と良性腫瘍の診断治療

心膜のう胞と良性腫瘍の診断治療

心膜のう胞の理解と臨床対応
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概要と発生機序

心臓を包む心膜から発生する袋状の良性腫瘍であり、内部には透明な漿液が充満しています

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診断検査の進め方

胸部CT検査、MRI検査、心エコー検査により特徴的な所見から確実に診断が可能です

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治療選択の基準

無症状で安定していれば経過観察、症状出現時や増大時には穿刺吸引や手術摘出が行われます

心膜のう胞とはどのような良性腫瘍か

 

心膜のう胞は、心臓を包む薄い膜である心膜に発生する袋状の良性腫瘍です。内部には透明な液体(漿液)が充満しており、ほぼ全例が先天的な異常に起因しています。胎児の心臓形成過程において、心膜が完全に癒合せず弱い部分が残り、その部分が袋状に突出して「憩室」となり、さらに胎児期の発育過程でその開口部が閉じて袋が独立することで形成されると考えられています。

本疾患はまれな縦隔腫瘍であり、縦隔にできるすべての腫瘍のなかでも約5%を占めるにとどまり、発生頻度は約10万人に1人と報告されています。典型的には心臓の右下部(横隔膜との境界付近)に好発しますが、左側や上部の縦隔に発生することもあります。良性腫瘍であるため、多くの場合は生涯にわたって無症状で経過し、健康診断の胸部X線検査やほかの目的で行われた画像検査で偶然に発見されることが一般的です。

心膜のう胞による症状と臨床的圧迫病態

大多数の心膜のう胞は無症状で経過し、前兆となるようなサインが存在しません。しかし嚢胞が大きく成長し、周囲の臓器や組織を圧迫するようになると、様々な症状が現れる可能性があります。心臓、肺、大血管、気管、食道、神経などが圧迫される位置に嚢胞がある場合、以下のような症状が生じます。

  • 胸の痛みや圧迫感(胸部の不快感や痛み、重苦しい感じ)
  • せき・喘鳴(気道圧迫による咳やヒューヒューといった呼吸音)
  • 呼吸困難(肺や気管圧迫により息苦しくなる、息切れが発生)
  • 声がかれる(反回神経圧迫による声帯への影響)
  • 嚥下困難(食道圧迫により食べ物が飲み込みにくくなる、むせこむ)

これらの症状は心膜のう胞以外の心臓病呼吸器疾患でも起こりうるため、症状がある場合には早めに医療機関を受診することが重要です。症状を自覚した場合は、循環器内科や呼吸器内科での精密検査が推奨されます。

心膜のう胞の診断に有用な画像検査技法

心膜のう胞の診断は、主として画像検査により確定されます。自覚症状がない場合でも、健康診断の胸部X線検査で偶然に発見されることがあります。嚢胞内部に固形成分がなく液体が充満していること、壁が薄く均一であること、造影剤を用いた場合に嚢胞壁だけがわずかに強調される所見などが診断の特徴的な所見です。

胸部CT検査では、X線を使って断面画像を撮影し、嚢胞の位置や大きさ、周囲の臓器との関係を詳しく描出できます。嚢胞内部が液体であるため水と同じように映り、壁の厚みも明確に確認できます。MRI検査は磁気を用いた画像検査で、軟部組織のコントラストが鮮明に描かれ、特にT2強調像で嚢胞の中身が液体であることを強調した画像で明瞭に示すことができます。また嚢胞が心臓や肺を圧迫しているかの評価にも有用です。心エコー検査(心臓超音波検査)は超音波を用いて心臓周囲の構造を観察する検査で、心膜のう胞が心臓の近くにあれば描出されることがあり、特に心臓に対する圧迫の程度を確認したり、無症状で経過観察する際の定期チェックに活用されます。

画像上で心膜のう胞と特徴付けられれば、通常は生検などのさらなる侵襲的検査を行わず経過を観察します。

心膜のう胞の保存的経過観察と慎重な治療判断

心膜のう胞が見つかった場合でも、症状がなく大きさや状態が安定している場合には、ただちに治療をせず経過観察となることが多いです。良性の嚢胞であり、症状がなければリスクを伴う処置を避け、定期的に画像検査で様子を見る対応が標準的です。

経過観察中は、担当医が決めた間隔で胸部画像検査(特に心エコー検査やCT検査)が行われ、嚢胞が大きくなっていないか、周囲への影響が出ていないかを確認します。このアプローチにより、不要な治療介入を避けながら、患者の安全性を確保することができます。多くの症例では長期にわたり安定した経過を辿り、生涯において治療の必要がない例がほとんどです。

心膜のう胞の積極的治療と穿刺吸引およ手術摘出法

以下のような状況では、積極的な治療を検討する必要があります。症状が出現した場合(胸痛や呼吸困難など)、嚢胞が大きくなっている場合(定期検査で嚢胞が徐々に拡大していることが判明した場合)、悪性の可能性を否定できない場合(画像上で典型的でない所見があるなど、別の腫瘍の可能性が排除できない場合)が該当します。

嚢胞の穿刺・吸引(ドレナージ)は、皮膚から細い針を刺して嚢胞内の液体を抜き取る方法です。CT検査やエコーで位置を確認しながら行うため安全に実施できます。嚢胞の中身を取り除くことで縮小させ、症状の改善を図ります。抜き取った液体を検査して悪性細胞がないか確認することも可能です。穿刺吸引だけでは再び液体が溜まって再発する可能性があるため、場合によってはエタノール硬化療法といってアルコール(エタノール)を嚢胞内に注入して内部を固着させ、再発しにくくする処置を併用することもあります。この方法は身体への負担が小さく、一部の専門施設で行われています。

外科手術による摘出は、確実に心膜のう胞を治す方法です。現在では胸腔鏡下手術(小さな切開から内視鏡と器具を入れて行う手術)が発達しており、多くの場合は肋骨の間に数箇所の小さな切開を入れて胸の中に内視鏡や器具を挿入し、嚢胞を切除することができます。胸腔鏡下手術は身体の負担が軽く、入院期間も短くて済みます。嚢胞の位置や大きさによっては、開胸手術(胸を大きく開く方法)や胸骨を縦に切開する方法が選択されることもありますが、心膜のう胞の手術では胸腔鏡で対応できることがほとんどです。摘出した嚢胞は病理検査で詳しく調べられ、良性であることを確認されます。手術摘出により嚢胞が完全に取り除かれていれば再発はまれです。

心膜のう胞は予防法が確立していませんが、たとえ見つかった場合でも適切に対処すれば深刻な事態を避けられることがほとんどです。症状がある場合は放置せず早めに受診すること、症状がない場合でも一度診断されたら医師の指示する定期検査を守ることが重要です。

参考資料として、心膜のう胞の診断と治療における標準的なアプローチについては以下のリソースが参考になります。

メディカルドック「心膜のう胞」:症状から診断、治療法まで総合的に解説された医療情報源
メドレー「心膜のう胞の基礎知識」:医師監修による信頼性の高い基本情報

VETERINARY BOARD No.69(2025年1月号) 腫瘍科×循環器科「心膜液貯留」