濾胞とコロイドの甲状腺組織構造
濾胞構造の組織学的特徴
甲状腺の基本構造は濾胞と呼ばれる球形の構造単位で構成されています。 濾胞は単層の濾胞上皮細胞で囲まれた袋状の構造で、内部の濾胞腔にはコロイドと呼ばれるゼラチン状の物質が蓄積されています。 濾胞上皮細胞は立方形から円柱形を呈し、濾胞間には豊富な毛細血管網が分布しています。
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正常甲状腺では、濾胞の大きさは様々で、活動性や機能状態により形態が変化します。 濾胞腔内のコロイドの主成分はサイログロブリンというタンパク質で、甲状腺ホルモンの前駆体として機能します。 甲状腺刺激ホルモン(TSH)の刺激により、濾胞上皮細胞からサイログロブリンが分泌され、濾胞腔内でコロイドとして貯蔵されます。
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病的状態では、濾胞の形態やコロイドの性状に特徴的な変化が現れます。甲状腺機能亢進症では濾胞上皮細胞の丈が高くなり、コロイドは減少して淡染性を示します。 一方、機能低下状態では濾胞は拡大し、コロイドが豊富に蓄積されます。
参考)http://www.kakudok.jp/pdf/kobetokiwa/dissection_histology/lecture_2011_15.pdf
コロイドの生化学的特性と機能
コロイドの主成分であるサイログロブリンは分子量約66万の巨大な糖蛋白です。 濾胞上皮細胞で合成されたサイログロブリンは、ゴルジ装置で糖鎖修飾を受けた後、濾胞腔内に分泌されてコロイドを形成します。 濾胞腔内では、血液から取り込まれたヨウ素がサイログロブリンのチロシン残基に結合し、甲状腺ホルモンの前駆体が形成されます。
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甲状腺濾胞内でのサイログロブリンによる自己調節機構についての詳細
コロイドは単なる貯蔵物質ではなく、甲状腺ホルモンの合成と放出を調節する重要な役割を果たしています。 濾胞腔内のサイログロブリン濃度が上昇すると、甲状腺ホルモンの合成が抑制される内因性ネガティブフィードバック機構が働きます。この機構により、各濾胞は個別にホルモン産生を調節し、TSHの作用を完全に打ち消すほど強力に作用します。
甲状腺ホルモンの分泌時には、コロイドが濾胞上皮細胞に再取り込みされ、リソソーム酵素により分解されてT3、T4が血中に放出されます。正常状態では、甲状腺内に約1〜2か月分の甲状腺ホルモンがコロイドとして貯蔵されています。
濾胞性腫瘍の細胞診所見
細胞診における濾胞性腫瘍の診断では、コロイドの性状が重要な手がかりとなります。 正常甲状腺や腺腫様甲状腺腫では、背景に豊富なコロイドが観察されますが、濾胞性腫瘍では一般的にコロイドが減少または消失します。濾胞癌の穿刺検体では、背景にコロイド、リンパ球、泡沫細胞などはほとんど認められず、出血性であることが多いとされています。
濾胞性腫瘍を疑う細胞所見として、以下の特徴が挙げられます。
- 高い濾胞密度と立体的小濾胞状集塊
- 索状集塊の出現
- 核腫大と過染性核クロマチン
- コロイドの著明な減少または消失
これらの所見が2つ以上認められる場合、外科的切除が推奨されます。 ただし、細胞診のみで濾胞腺腫と濾胞癌を鑑別することは定義上困難であり、最終診断には組織学的検査が必要です。
特殊な所見として、甲状腺乳頭癌ではropy colloidと呼ばれる特徴的なコロイドが観察されることがあります。 このコロイドは粘稠性が高く、細胞診標本で特徴的な形態を示すため、乳頭癌の診断に有用な所見とされています。
参考)302 Found
コロイドの組織化学的染色法
コロイドの組織化学的特性を活用した診断法も開発されています。コロイド鉄染色法は、コロイド内の酸性ムコ多糖類を検出する方法で、甲状腺疾患の鑑別診断に応用されています。 この染色法により、正常コロイドと病的コロイドの区別が可能になり、より精密な診断が期待されます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/58e51136dd16c7c8f1c0abb4c6cd54c617125345
また、凝集コロイドという特殊な形態のコロイドが甲状腺疾患で観察されることがあります。 凝集コロイドは正常甲状腺の濾胞内にもしばしば観察されますが、その病態的意義は完全には解明されていません。術中迅速診断において、凝集コロイドの存在は診断の手がかりとなる可能性が示唆されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/96cdb37eb1c0202cef7c60618a2de3ffd323ef16
免疫組織化学的検査では、サイログロブリン抗体を用いた染色により、濾胞細胞由来の腫瘍であることを確認できます。濾胞細胞癌では、高分化型では正常濾胞に類似したコロイドを含む濾胞構造を形成しますが、低分化型では濾胞構造が不明瞭となり、コロイドの産生も減少します。
濾胞とコロイドの病理診断における独自視点
近年の研究により、濾胞腔内のコロイドが甲状腺の形態形成において重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。 甲状腺濾胞の形成過程において、コロイドと濾胞細胞の相互作用が濾胞の形態形成に与える影響が注目されています。この知見は、ヒトの甲状腺疾患で見られる異常なコロイド像の生物学的意義の解明にもつながる可能性があります。
参考)KAKEN href=”https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PUBLICLY-21H05788/” target=”_blank”>https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PUBLICLY-21H05788/amp;mdash; 研究課題をさがす
甲状腺形態形成におけるコロイド-細胞相互作用研究
また、動物の甲状腺腫瘍研究では、コロイドの濃縮度や石灰沈着の有無が腫瘍の分化度と関連していることが報告されています。 高分化型甲状腺癌では様々な濃度のコロイドを含む濾胞を形成しますが、このコロイドは濃縮し、部分的に石灰沈着を伴うことがあります。
参考)犬猫の腫瘍 甲状腺 href=”https://www.idexxjp.com/manual/thyroid/thyroid01/?PHPSESSID=fe170cd897d8ec0486cabd8d8eafcb70″ target=”_blank”>https://www.idexxjp.com/manual/thyroid/thyroid01/?PHPSESSID=fe170cd897d8ec0486cabd8d8eafcb70amp;#8211; IDEXX Japan …
TSHレセプター抗体による刺激では、濾胞上皮細胞の活性化に伴いコロイドの性状が変化します。バセドウ病では、TSH受容体刺激抗体の作用により濾胞上皮細胞が活性化され、コロイドの減少と淡染性変化が特徴的に観察されます。 これらの変化は、機能的画像診断や生化学的マーカーと組み合わせることで、より精密な病態評価が可能になります。