キーゼルバッハ部位と鼻中隔の解剖

キーゼルバッハ部位と鼻中隔

この記事のポイント
🩸

キーゼルバッハ部位の特徴

鼻中隔前下部に位置し、複数の血管が吻合する鼻出血の最大好発部位

🔬

解剖学的構造

前篩骨動脈、蝶口蓋動脈、上唇動脈などの血管が集中する密な血管網

💡

予防と対処法

鼻翼圧迫による止血法と粘膜保護で再発を防ぐ実践的アプローチ

キーゼルバッハ部位の解剖学的特徴

キーゼルバッハ部位(Kiesselbach’s area)は、鼻中隔の前下端部に位置する粘膜領域で、鼻出血の最大の好発部位として知られています。この部位は鼻の入り口から約1〜2cmの位置にあり、指先で容易に触れることができる浅い場所に存在します。鼻出血全体の約98%がこのキーゼルバッハ部位から発生しており、特に小児や若年者に多く見られます。

参考)侮れない、大人に起こる危険な鼻血


この部位が出血しやすい理由は、複数の血管系が密に吻合して小血管網を形成しているためです。具体的には、前篩骨動脈、後篩骨動脈、蝶口蓋動脈、大口蓋動脈、上唇動脈の枝が集中的に分布しており、毛細血管が網の目状に浮き出た構造を持っています。この血管網は粘膜表面の比較的浅い位置に存在するため、外部からの刺激や乾燥によって容易に損傷を受けます。

参考)キーゼルバッハ部位 – Wikipedia


ドイツの耳鼻科医ヴィルヘルム・キーゼルバッハの名にちなんで命名されたこの部位は、リトル部位(Little area)とも呼ばれています。鼻前庭と呼ばれる鼻毛の生えた領域のすぐ奥に位置し、重層扁平上皮から多列線毛上皮へと移行する境界付近にあります。

参考)【3-1 (1)】呼吸器系 – 鼻腔・副鼻腔 解説|かずひろ…

鼻中隔の構造とキーゼルバッハ部位の位置関係

鼻中隔は左右の鼻腔を隔てる壁状の構造物で、前方は鼻中隔軟骨、後上部は篩骨垂直板、後下部は鋤骨によって構成されています。この鼻中隔の最前方かつ下端部分に、キーゼルバッハ部位が存在します。鼻中隔軟骨は板状の軟骨であり、その表面を粘膜が覆っている構造となっています。

参考)鼻中隔延長術 – 兵庫県神戸市の形成外科・美容外科


鼻中隔への血液供給は、内頸動脈系と外頸動脈系の両方から行われています。内頸動脈系では眼動脈を経由して前篩骨動脈と後篩骨動脈が分布し、外頸動脈系では顎動脈から分岐した蝶口蓋動脈の鼻中隔枝が栄養しています。さらに、下行口蓋動脈は大口蓋孔を通って硬口蓋に達し、大口蓋動脈となって切歯管を通り下方から鼻中隔を栄養します。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/53/1/53_12/_pdf


キーゼルバッハ部位は、これらの異なる血管系が合流して吻合する領域であり、動静脈が比較的浅い位置で密に分布しているため、鼻出血の好発部位となっています。鼻の構造上、この部位は外界との境界に近く、乾燥や物理的刺激を受けやすい環境にあります。

参考)こどもの鼻血について

キーゼルバッハ部位からの鼻出血のメカニズム

キーゼルバッハ部位からの出血は、主に物理的刺激や粘膜の乾燥によって引き起こされます。鼻を強くかむ、鼻の穴を指でいじる、鼻毛を抜く、鼻をぶつけるといった行為が、薄い粘膜と浅い位置にある血管を傷つけ、出血の直接的な原因となります。特に小児では鼻の粘膜が成人よりも薄いため、少しの刺激でも容易に出血します。​
空気の乾燥もキーゼルバッハ部位からの出血を促進する重要な要因です。冬季など乾燥した環境では、鼻粘膜表面の粘液が乾き、粘膜が傷つきやすくなります。乾燥によって粘膜に亀裂が生じると、その部分から出血が起こり、痂皮(かさぶた)が形成されます。この痂皮がはがれるたびに再出血を繰り返すという悪循環に陥ることがあります。​
風邪やアレルギー性鼻炎などで鼻水が多い時期は、鼻かみや鼻こすりの機会が増え、鼓膜の入り口の粘膜が傷つきやすくなります。また、アレルギー性鼻炎の患者は、就寝中に無意識に鼻を触ったりこすったりして鼻血が出ている可能性があるため、鼻炎の適切な治療が鼻血の予防にもつながります。高血圧抗血栓薬の服用も、出血を止まりにくくする要因となります。

参考)【鼻血が止まらない】応急処置と受診のタイミングを徹底解説!

キーゼルバッハ部位出血の止血法と治療

キーゼルバッハ部位からの出血に対する最も基本的で効果的な止血法は、鼻翼圧迫法です。この方法は、親指と人差し指で鼻の下部3分の1をしっかりとつまみ、鼻中隔の前下方に向かって押し付けることで、出血部位を直接圧迫します。15分間程度の持続的な圧迫により、多くの場合止血が得られます。圧迫する際は、やや前傾姿勢をとり、血液が喉に流れ込まないようにすることが重要です。

参考)鼻出血-意外と知らない|耳鼻咽喉科・頭頸部外科


医療機関での専門的な止血処置としては、まず血管収縮薬麻酔薬の混合外用剤(4%コカイン溶液または4%リドカイン+オキシメタゾリン)を含浸させた綿球を鼻腔に挿入し、10〜15分間留置します。これにより止血または出血の軽減、麻酔、粘膜腫脹の軽減が得られます。出血部位が明確に視認できる場合は、硝酸銀棒による化学的焼灼が行われます。硝酸銀棒の先端を出血部位に当て、痂皮が形成されるまで4〜5秒間転がすことで、粘膜が灰色がかった色に変化し止血されます。

参考)焼灼による前鼻出血の治療 – 16. 耳鼻咽喉疾患 – MS…


電気メスを使用した焼灼も有効な方法です。60〜70℃程度のソフト凝固を行うことで、組織が黒く焦げつく(炭化)のを防ぎながら止血できます。ただし、焼灼時間を長くしたり、広範囲に焼灼したり、鼻中隔の両側を焼灼すると、鼻中隔壊死や穿孔を起こすリスクがあるため注意が必要です。焼灼による止血後は、焼灼部に抗菌薬軟膏(バシトラシンなど)を塗布します。2回試みても焼灼で止血できない場合は、鼻腔パッキングなどの別の手技を用いる必要があります。

参考)鼻出血に対しての鼻粘膜焼灼術(外来)|豊中・千里中央のしきな…

キーゼルバッハ部位と他の鼻出血部位との比較

鼻出血はキーゼルバッハ部位以外からも発生することがあり、出血部位によって重症度や治療法が異なります。前篩骨動脈領域からの出血は、鼻中隔の前上部に位置する前篩骨動脈から発生します。この部位はキーゼルバッハ部位よりも奥深くに位置し、より専門的な処置が必要となる場合があります。

参考)鼻出血


鼻腔後方に位置する蝶口蓋動脈からの出血は、全体の1〜2%程度と頻度は低いものの、比較的重篤です。蝶口蓋動脈は頸動脈の枝である顎動脈から分岐した太い動脈であり、この部位からの出血は出血量が多く、鼻血を繰り返すことが多いという特徴があります。一般的な処置では対応が難しく、耳鼻咽喉科専門医での処置が必要となります。

参考)https://hiwatashi-jibika.com/disease-nose/%E9%BC%BB%E5%87%BA%E8%A1%80


キーゼルバッハ部位からの出血は前鼻出血に分類され、鼻腔パッキングや焼灼で治療可能ですが、蝶口蓋動脈などからの後鼻出血は出血部位が深いため、専門医による高度な治療が必要です。出血時に血液が喉に流れ込む量が多い場合は、後鼻出血を疑い、内視鏡で確認する必要があります。また、副鼻腔炎によるポリープや鼻副鼻腔腫瘍からの出血も、頻度は少ないものの存在するため、出血を繰り返す場合や出血量が多い場合は、鼻腔内を内視鏡で詳細に観察することが重要です。

参考)鼻血について

キーゼルバッハ部位出血の予防と生活上の注意点

キーゼルバッハ部位からの鼻出血を予防するには、鼻粘膜の乾燥を防ぐことが最も重要です。冬季や空気の乾燥した室内では、加湿器を使用して適切な湿度を保つことが効果的です。マスクの着用は、感染症予防だけでなく鼻粘膜の保護にも役立ちます。鼻の入り口に白色ワセリンなどの保護クリームを塗布することで、粘膜の乾燥を防ぐこともできます。

参考)鼻血がよく出る・止まらない原因は病気?


鼻を触る習慣の改善も重要な予防策です。鼻の穴をほじる癖がある子どもには、爪を短く切り、できるだけ鼻の中を触らないように言い聞かせることが大切です。成人でも鼻を触る癖がある場合は、粘膜や血管を傷つける原因となるため、意識してやめる必要があります。鼻を強くかむ行為も粘膜を傷つけやすいため、優しくかむよう心がけましょう。​
体調管理も鼻出血の予防につながります。疲労やストレスを溜めないこと、こまめな水分補給を心がけることが推奨されます。アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎などの慢性的な鼻疾患がある場合は、症状を放置せず適切に治療を続けることで、鼻血の予防にもつながります。高血圧の方や抗血栓薬などの出血傾向を高める薬を服用している方は、医師の指示のもと体調管理を行うことも重要です。​
なお、「チョコレートやピーナッツを食べ過ぎると鼻血が出る」という説には医学的根拠がなく、これらの食品が直接的に鼻血を引き起こすわけではありません。​

参考リンク(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会による鼻出血の詳細解説):

鼻出血(鼻血)~原因・止め方・こんな鼻血は要注意!

参考リンク(医療専門誌による鼻腔血管の解剖学的詳細):

鼻腔血管の解剖 – キーゼルバッハ部位と動脈分布の専門的解説

参考リンク(MSDマニュアルによる鼻出血の診断と治療ガイドライン):

鼻出血 – プロフェッショナル向け診療ガイド