気液平衡とラウールの法則の基礎

気液平衡とラウールの法則

この記事のポイント
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ラウールの法則の基本

理想溶液における各成分の蒸気圧は、純物質の蒸気圧とモル分率の積で表されます

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気液平衡状態の理解

液体から気体への蒸発と気体から液体への凝縮が等しくなった状態を気液平衡といいます

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医療分野での応用

麻酔薬の気化や蒸留操作など、医療現場でも重要な概念として活用されています

気液平衡とラウールの法則の定義

気液平衡とは、液体から気体になる蒸発と気体から液体になる凝縮の速度が等しくなり、液体と気体の量が変化しない平衡状態のことです。この状態では分子の動きが静止したわけではなく、激しく運動しつつも気体になる分子の数と液体になる分子の数が等しくなっています。

参考)https://www.kce.co.jp/tec-info/distillation/gas-liquid-equilibrium.html


ラウールの法則は、混合溶液の各成分の蒸気圧がそれぞれの純液体の蒸気圧と混合溶液中のモル分率の積で表されるという法則です。温度TTTで気液平衡状態にある理想溶液について、液相中の成分iiiのモル分率がxix_ixiであるとき、蒸気圧PiP_iPiは次式で記述できます。

参考)【ラウールの法則】導出方法を丁寧に解説!


Pi=PixiP_i = P_i^* x_iPi=Pi∗xi
ここでPiP_i^*Pi∗は純粋な成分iiiが温度TTTで示す蒸気圧です。この法則は十分に希薄な溶液について成り立ち、任意のモル分率においてラウールの法則が成立する溶液を理想溶液といいます。

参考)ラウールの法則 – Wikipedia

気液平衡におけるモル分率と蒸気圧の関係

モル分率とは、全体の物質量に対する各成分の物質量の割合を示す値です。純溶媒1がn1n_1n1モル、純溶媒2がn2n_2n2モルある場合、全体は(n1+n2)(n_1+n_2)(n1+n2)モルになり、純溶媒1のモル分率はn1/(n1+n2)n_1/(n_1+n_2)n1/(n1+n2)となります。

参考)ラウールの法則


混合溶液の蒸気圧は、単一成分の蒸気圧式「アントン式」および「ラウールの法則」と「ドルトンの分圧の法則」との組み合わせから求まります。2成分系溶液がラウールの法則を満たすとき、その蒸気圧PPPは各成分の分圧をP1P_1P1、P2P_2P2として次式で表すことができます。​
P=P1+P2=P1x1+P2x2P = P_1 + P_2 = P_1^* x_1 + P_2^* x_2P=P1+P2=P1∗x1+P2∗x2
理想溶液では各成分は互いに異なる分子間力を及ぼさないため、分子構造の似た物質どうしの混合液が理想溶液に近いとされます。代表的な例としては、ベンゼンとトルエンの混合溶液がしばしば挙げられます。

参考)http://www.chem.konan-u.ac.jp/PCSI/web_material/Pchem/Web/Raoult_Henry_law.pdf

気液平衡における理想溶液と非理想溶液

理想溶液とは、混合熱が厳密にゼロで、任意の成分の蒸気圧がラウールの法則にほぼ完全に従う溶液のことです。理想溶液では、溶媒についてラウールの法則が成り立ち、溶質についてヘンリーの法則が成り立つほど濃度が低い溶液は理想希薄溶液と呼ばれます。

参考)【大学の物理化学】理想溶液と理想希薄溶液の定義と性質(ラウー…


一方、溶液内の分子間力が一様でない場合、その溶液はラウールの法則から逸脱し、非理想的と呼ばれます。実在溶液は一般に理想的に振る舞わず、理想溶液と区別するために実在溶液と呼ばれることがあります。非理想溶液を取り扱うためには活量係数という概念が導入され、実測された気液平衡データに基づき活量係数を求めることで、実験によらず計算により気液平衡を予測できるようになります。

参考)【実在溶液】活量を用いた溶液の非理想性の記述


活量係数は、実在溶液が示す挙動を記述するための重要なパラメータで、溶質-溶媒間の相互作用が引力的な場合、活量係数は1より大きくなり、斥力的な場合は1より小さくなります。クロロホルムとメタノールの混合系やアセトンとクロロホルムの混合系などは、非理想溶液の典型例として知られています。

参考)http://honda.sci.yokohama-cu.ac.jp/%E7%90%86%E5%AD%A6%E9%83%A8%E7%94%A8_%E6%BA%B6%E6%B6%B2%E5%8C%96%E5%AD%A6_2020_2p.pdf

気液平衡における蒸気圧降下と沸点上昇

不揮発性の溶質を溶媒に溶かすと溶液の蒸気圧が下がる現象を蒸気圧降下といい、これは束一的性質のひとつです。ラウールの法則が成り立つとき、蒸気圧降下は気液平衡に達すると溶質の種類にかかわらず、モル分率と蒸気圧に比例します。​
溶質の蒸気圧が溶媒よりも低い場合、溶液の全蒸気圧は純溶媒に比べると下がり、溶質が不揮発性である場合にこの現象は著しくなります。蒸気圧降下にともない、溶液の沸点は上昇します。沸点とは蒸気圧が外圧(大気圧)を上回る温度であり、溶質があることで蒸気圧が下がるため、蒸気圧が外圧以上になるためにより高い温度が必要となります。

参考)沸点上昇(理由・グラフ・計算問題の解き方など)


気液平衡線図(X-Y線図)は、横軸に軽沸成分の液濃度、縦軸に軽沸成分の気相濃度をとったグラフで、液相濃度から蒸発後の気相濃度を予測できます。沸点曲線と露点曲線を組み合わせたグラフでは、液相領域、気液混合領域、気相領域を明確に示すことができます。​

気液平衡の医療分野における応用事例

気液平衡とラウールの法則は、医療分野でも重要な応用があります。特に麻酔科領域では、揮発性麻酔薬の気化器設計において気液平衡の理解が不可欠です。揮発性麻酔薬は液体として貯蔵され、使用時に気化して患者に投与されるため、温度や圧力による蒸気圧の変化を正確に把握する必要があります。

参考)https://jsta.net/pdf/2006.pdf


蒸留プロセスは製薬産業において重要な精製技術であり、気液平衡データは蒸留設備の設計に欠かせない基礎データとなります。医薬品の精製や溶媒回収においては、混合物の気液平衡関係を把握することで、効率的な分離条件を設定できます。

参考)蒸留・気液平衡 – 株式会社アサヒテクノリサーチ


また、医療用エタノール製剤の管理においても気液平衡の概念は重要です。エタノールと水の混合系の気液平衡データは、消毒用アルコールの濃度管理や保管条件の設定に活用されています。ヒドラジンなどの化学物質の取り扱いにおいても、アントワン式とラウールの法則を用いて分圧を計算することで、安全な作業環境を確保できます。

参考)超臨界精留に向けた二酸化炭素–エタノール–水系の高圧気液平衡…


薬学教育においても、ラウールの法則やヘンリーの法則は基礎的な学習内容として位置づけられており、溶液の束一的性質と併せて教育されています。これらの知識は、薬物治療学や医療実務における溶液調製の基礎となる重要な概念です。

参考)https://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2025/03/%E8%96%AC%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%83%90%E3%82%B9%EF%BC%88%E5%90%88%E4%BD%93%E7%89%88%EF%BC%89.pdf