気分障害の症状
気分障害のうつ状態で現れる精神症状
気分障害のうつ状態では、抑うつ気分が最も特徴的な症状として現れます。これは自覚的・他覚的にほとんど一日中ふさぎ込んで気分が晴れない嫌な状態を指し、何事にもやる気が出ず、疲れやすく、考えが働かなくなります。それまで好きだったことや興味のあったことにも無関心になり、何をしても楽しめなくなるという症状も典型的です。
自己評価が著しく低下し、自分を価値のない人間のように感じる自責感が強まります。悲観的な考えが頭を占め、将来に対する希望を感じられなくなり、重症の場合は自殺念慮が現れることもあります。集中力や判断力、記憶力の減退も見られ、物忘れが多くなったり人の話が覚えられなくなったりすることで、認知症のように見えることもあります。
参考)https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kenko/kokoronokenko/kokorononayami_yamai/mood_disorder.html
焦燥感や不安感も頻繁に出現し、じっとしていられない、落ち着かないといった症状として現れます。気力の減退により日常生活の基本的な活動さえ困難になり、朝起きられない、身支度ができないといった状態に陥ることもあります。
気分障害に伴う身体症状の特徴
気分障害では精神症状だけでなく、様々な身体症状が前面に出ることも少なくありません。全身倦怠感は最も頻繁に訴えられる症状の一つで、常に疲れていてエネルギーが欠乏しているように感じられます。睡眠障害は非常に高頻度で見られ、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒といった不眠症状や、逆に過眠として現れることもあります。
参考)うつ病と双極性障害(躁うつ病)の違いとは?それぞれの症状や特…
頭痛や頭重感、めまい、眼の奥の痛みなどの頭部症状も一般的です。消化器系では食欲不振や吐き気、腹痛、下痢、便秘などが現れ、体重の減少または増加を伴うこともあります。筋肉痛や腰痛、肩こり、関節痛といった疼痛症状も報告されており、慢性的な痛みとして持続することがあります。
参考)身体症状が前面にでていたうつ病の事例:事例紹介|こころの耳:…
動悸、息切れ、呼吸困難感、喉のつまり感などの自律神経症状も特徴的です。これらの身体症状が中心となって現れる場合、最初は内科など身体疾患を専門とする診療科を受診することが多く、身体的な原因がはっきりしない場合に初めて気分障害の可能性が考慮されることもあります。
参考)自律神経失調症 (じりつしんけいしっちょうしょう)とは
身体症状が前面に出たうつ病の具体的な事例についてはこちら
気分障害における躁状態の症状
双極性障害に見られる躁状態では、気分が極端に高揚し、自分を過大評価するようになります。「自分は何でもできる」「数億円をすぐに手に入れられる」といった誇大的な考えが次々と湧き出て、自分の能力や事業、財産、身分などを実際以上に高く評価します。上機嫌で楽天的になり、感情の高揚によって自信に満ち、他人を無視したり干渉したりするようになります。
参考)https://square.umin.ac.jp/tadafumi/MoodDisorder.html
思考過程が促進され、考えが次々と浮かんでくるため、話が次から次へと飛び、まとまりのない会話になりがちです。尊大で傲慢な態度を取り、好き嫌いを露骨に表現し、人の意見に耳を貸さなくなります。活動量が著しく増加し、じっとしていられず、せわしく動き回って何かをしようとしますが、計画性がなく最後まで完遂できません。
睡眠時間が極端に短くても平気で、2時間以上少なくても元気に活動を続けられます。朝早くから夜遅くまで活動し、時間に関係なく外出したり、相手の都合を考えずに訪問、電話、手紙を送ったりします。多量または高価な買い物、無謀な投資、ギャンブル、異性関係の逸脱行為などの衝動的で無責任な行動が見られます。
躁状態のときは病気という自覚が少ないため、本人は正常な行動だと思い込んでいることが多く、周囲の気づきによる早めの受診が重要です。
気分障害の診断と種類別の症状の違い
気分障害は大きく分けてうつ病と双極性障害(躁うつ病)の2つに分類されます。うつ病は長期間にわたりうつ状態が続くことが特徴で、抑うつ気分や意欲低下が数週間以上持続します。日常的にエネルギーが欠乏しており、仕事や趣味、家事など普段の活動に対して興味を失い、何をしても楽しめない状態が続きます。
参考)身体に出るうつ病の症状とは?見逃しやすい8つの特徴と対処法を…
一方、双極性障害では躁状態とうつ状態を繰り返すことが最大の特徴です。躁状態では気分が激しく高揚し、うつ状態では抑うつ気分が強く現れるという両極端な気分の変化が見られます。双極性障害の躁状態は人によって程度の差が大きく、軽躁状態として調子が良い程度にしか見えないケースもあるため、見逃されやすい特徴があります。
参考)気分症の概要 – 10. 心の健康問題 – MSDマニュアル…
診断においては、精神症状と身体症状の両方を総合的に評価します。うつ病と双極性障害は症状が重なる部分も多いため、詳細な問診と経過観察が重要です。特に双極性障害がうつ病と誤診されると、適切な治療が施されず症状が悪化する可能性があるため、躁状態の既往歴の確認が診断上極めて重要となります。
参考)https://fuwari-clinic.com/2022/05/20/464/
国立精神・神経医療研究センターによるうつ病の詳しい情報はこちら
気分障害の発症に関わる原因とストレス要因
気分障害の発症には複雑な原因が関与しており、単一の要因では説明できません。遺伝的な要因、神経化学の異常、心理的な要素、生物学的な要素などが複合的に作用して発症すると考えられています。脳内の神経伝達物質、特にセロトニンやノルアドレナリンの機能異常が指摘されており、感情や意欲を司る脳の働きに何らかの不調が生じていると考えられます。
参考)気分障害・うつ病
環境によるストレス要因も重要な役割を果たします。職場では過度な仕事量、長時間労働、達成困難な目標設定、上司や同僚との人間関係の軋轢、ハラスメントなどが大きなストレス源となります。家庭内での問題、介護負担、家族関係の悩み、経済的な問題も発症のリスクを高めます。特に責任感が強い、完璧主義、細かいことが気になる、気配りができる、使命感が強いといった性格の方は、環境ストレスの影響を受けやすい傾向があります。
参考)気分障害について解説
精神的ストレスや身体的ストレスが長期間続くことで、ストレス脆弱性モデルに基づいて気分障害が発症すると考えられています。睡眠不足や不規則な生活習慣、運動不足なども発症に拍車をかける可能性があり、生活習慣の改善も予防において重要です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/244cc7e1d9fb32a2f3c0a5e179c1e1e3b7499b9f
気分障害の治療と日常生活での対応
気分障害の薬物療法による治療
薬物療法は気分障害の治療において中心的な役割を果たします。抗うつ薬には、うつ状態からの回復だけでなく、反復性うつ病の再発を予防する作用があります。現在広く使用されているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで抑うつ症状を改善します。
参考)行橋厚生病院(福岡県行橋市 精神科・内科) | 気分障害の治…
双極性障害の治療では、気分安定薬が重要な役割を果たします。リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなどの気分安定薬は、躁うつ病相の再発を抑えることができます。双極性障害における躁状態には、通常の抗うつ薬だけでは不十分で、むしろ躁転(躁状態への転換)を引き起こすリスクがあるため、気分安定薬の使用が必須です。
薬物療法の効果が現れるまでには通常2〜4週間程度かかるため、焦らず継続することが大切です。症状が改善しても自己判断で服薬を中止すると再発のリスクが高まるため、医師の指示に従って服薬を続けることが重要です。副作用が気になる場合は、医師に相談して薬の種類や用量を調整することで対処できることもあります。
気分障害に対する心理療法とその効果
心理療法は薬物療法と並んで気分障害の重要な治療法です。認知行動療法(CBT)は、うつ病や不安症状に対して特に有効性が確認されている心理療法で、否定的な思考パターンを認識し、より適応的な考え方に修正していく手法です。患者さんが自身の思考や行動のパターンを理解し、ストレスに対する対処法を学ぶことで、症状の改善と再発予防につながります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10785982/
対人関係療法も気分障害の治療に効果的で、対人関係の問題に焦点を当てて改善を図ります。マインドフルネスに基づく認知療法や問題解決療法なども、症状の緩和に役立つとされています。心理療法は単独で行われることもありますが、多くの場合、薬物療法と併用することで相乗効果が得られます。
近年では、スマートフォンアプリを用いた心理療法も研究されており、認知行動療法の要素や気分モニタリング機能を持つアプリが、うつ病や不安症状の改善に一定の効果を示すことが報告されています。ただし、これらは対面での治療を完全に代替するものではなく、補助的な手段として活用されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9334802/
気分障害患者の日常生活における工夫と注意点
日常生活では、規則正しい生活リズムを維持することが症状の安定に重要です。十分な睡眠時間を確保し、毎日同じ時間に起床・就寝することで、体内時計を整え、気分の安定につながります。睡眠不足や不規則な生活は症状を悪化させる要因となるため、特に注意が必要です。
参考)ご家族にできること|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポー…
ストレス管理も欠かせません。無理な目標設定を避け、自分のペースで活動することが大切です。完璧を求めすぎず、できないことを責めないようにし、小さな達成でも自分を褒めることが回復につながります。仕事の負担が急に増えたり、大きな環境変化があったりする場合は、早めに周囲に相談することも重要です。
参考)うつ病の方への接し方は?家族・恋人・友人ができることと禁句|…
適度な運動や日光浴、バランスの取れた食事も症状の改善に役立ちます。ただし、症状が重い時期に無理に活動すると逆効果になることもあるため、主治医と相談しながら段階的に活動量を増やしていくことが推奨されます。アルコールは一時的に気分を紛らわせますが、症状を悪化させ依存のリスクもあるため、飲酒量が増えている場合は注意が必要です。
気分障害患者への家族や周囲の適切な接し方
家族や周囲の人の理解と支援は、気分障害患者の回復に大きく影響します。最も重要なのは、「いつもと違う言動に気づく」ことです。気分の落ち込み、興味の減退、疲労感の増大、原因不明の身体の不調が長引くなどの変化に早く気づき、受診を勧めることが早期治療につながります。
患者さんへの接し方としては、孤独感や孤立感を感じさせないよう、気にかけていることを伝えることが大切です。ただし、過度に励ましたり、「頑張れ」と言ったりすることは避けるべきです。患者さんは既に十分頑張っており、これ以上頑張ることができない状態にあるため、そうした言葉はプレッシャーになります。
安心できるような接し方を心がけ、批判や否定を避け、患者さんの気持ちを受け止める姿勢が重要です。重大な決断は症状が改善してから行うよう勧め、焦って決めないようサポートします。家族自身も疲弊しないよう、必要に応じて専門家のサポートを受けることも大切です。職場では、ラインによるケア(上司による部下のメンタルヘルスケア)が奏功し、早期発見につながった事例も報告されています。
気分障害の季節性変動と睡眠リズムの影響
気分障害の中には季節性を示すタイプがあり、特に秋から冬にかけてうつ症状が悪化する季節性感情障害(SAD)が知られています。日照時間の減少が体内時計や神経伝達物質のバランスに影響を与え、抑うつ症状を引き起こすと考えられています。このタイプの気分障害には、光療法(高照度光を浴びる治療法)が有効な場合があります。
睡眠リズムの乱れは気分障害の発症と悪化に密接に関連しています。気分障害患者では、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒といった不眠症状が高頻度で見られますが、逆に過眠として現れることもあります。睡眠不足が続くと、判断力や集中力の低下、感情のコントロール困難などの症状が悪化し、回復を妨げます。
体内時計を整えるためには、朝に日光を浴びることや、夜間のブルーライト曝露を避けることが推奨されます。就寝前のカフェイン摂取を控え、寝室の環境を整えることも睡眠の質を向上させます。睡眠時間が3〜4時間になるような長時間労働は、心身の疲労を蓄積させ、気分障害の発症リスクを高めるため、適切な労働時間管理が予防において重要です。