結膜銀症 銀皮症 全身影響
結膜銀症 の定義と銀皮症との関係
結膜銀症は、銀皮症(銀沈着症)のうち眼球結膜に銀粒子が沈着して灰青色〜灰褐色の変色を示す状態を指し、角膜銀症と併存することも多い。
国際疾病分類では「結膜性銀症」としてH11.1に分類されており、皮膚の銀皮症と同様に慢性的な銀曝露が背景にある点が特徴となる。
銀皮症は全身もしくは局所の皮膚・粘膜に銀や硫化銀の粒子が沈着し、青灰色の色素沈着をきたす病態であり、その局所型として目に発症したものが結膜銀症・角膜銀症と理解される。
参考)https://www.env.go.jp/content/900411570.pdf
銀の感光性により、沈着した粒子が光により黒変して色調が強くなると考えられており、日光曝露部で症状が目立つ点は皮膚の銀皮症と共通する。
結膜銀症は視力そのものへの明らかな影響が乏しい「美容上の問題」とみなされることもあるが、職業性曝露における夜間視力低下との関連など、機能的影響を示唆する報告も出てきている。
参考)https://www.yone-yama.co.jp/shiyaku/msds/pdfdata/CA0266.pdf
医療従事者にとっては、単なる色素沈着として見逃さず、全身性銀曝露のマーカーとして捉える視点も重要となる。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001581063.pdf
結膜銀症 の原因物質と職業性曝露
銀は写真・メッキ・薬剤・試薬などさまざまな形で使用されており、とくに電気メッキ工場などの作業者では、長期にわたる銀曝露により銀皮症や角膜・結膜銀症の発症リスクが高まることが示されている。
日本国内の職業曝露調査では、電気メッキ作業者30人中、皮膚の変色が13人、眼の変色が19人に認められ、結膜・角膜の銀沈着が進むほど夜間視力低下を訴える割合が高かったと報告されている。
同じ集団では、血中銀濃度が定量下限以上の12人は、低濃度群18人と比較して結膜・角膜の銀沈着の有病率が有意に高かったとされ、体内負荷量と眼所見に一定の相関がある可能性が示唆されている。
一方で、視機能の標準的指標(矯正視力など)には明らかな変化がないとの記載もあり、夜間視力やコントラスト感度といったより微妙な機能に影響が出やすいと考えられている。
銀化合物の安全性評価の文書でも、ヒトでは銀皮症および角・結膜銀症が「臨界影響」とされており、環境・職業衛生の観点から曝露許容量を検討する際の重要なエンドポイントに位置づけられている。
医療従事者が産業保健の場に関わる場合や、健診で眼の変色を見つけたときには、職業歴の聴取と必要に応じた産業医との連携が求められる。
環境省 銀及びその化合物のリスク評価資料(職業性銀沈着と結膜銀症のデータが詳しい)
https://www.env.go.jp/content/900411570.pdf
結膜銀症 の臨床像と診断のポイント
結膜銀症では、主に眼球結膜(とくに下方の球結膜や穹窿部)に灰青色〜青灰色のびまん性あるいは斑状の色素沈着がみられ、ときに肉様部や半月ひだにも変色が及ぶ。
変色は両眼に認められることが多く、慢性的な曝露歴に対応して徐々に進行し、患者自身は軽度の異物感や審美的な訴えを主症状とする例が報告されている。
海外の症例報告では、コロイド銀の点眼を数か月間使用した72歳男性で、肉様部・半月ひだ・眼球結膜の灰色変色を認め、前眼部OCTでは結膜上皮に高輝度の微小反射(銀沈着に相当)がみられたとされる。
参考)Argyrosis: A Case Of Caruncle …
同症例では小さな結膜生検で上皮直下の広範な色素沈着が確認され、組織学的には銀沈着と診断されており、点眼中止後16か月の追跡でも所見はほぼ不変だった。
診断にあたっては、問診で銀含有製剤(点眼・点鼻・サプリ・代替医療)、職業歴(メッキ、写真、銀ろう付けなど)、既往歴(銀含有薬の長期内服や局所使用)を丁寧に確認することが重要となる。
鑑別としては、オクロノーシス、外因性異物沈着、薬剤性色素沈着(ミノサイクリンなど)、メラノーシス、アミロイド沈着などが挙げられ、必要に応じて生検で沈着物の性状を評価する。
参考)膠様滴状角膜ジストロフィー(指定難病332) –…
Journal of Medical Optometry に掲載されたコロイド銀点眼による結膜argyrosis症例
Argyrosis: A Case Of Caruncle …
結膜銀症 の全身影響とICD分類の意外なポイント
銀皮症は皮膚・眼に目立つ変色をきたす一方で、一般には「美容上の問題」とされることが多く、重篤な全身毒性のイメージは乏しいが、長期曝露では腎臓・肝臓・脈絡膜など多臓器に沈着がみられる動物データがある。
ラットでは静脈内投与された銀が肝静脈や腎糸球体基底膜、脳の脈絡叢、眼の脈絡膜などに強く沈着するとの報告があり、可視化しにくい臓器でも銀負荷が進んでいる可能性が示唆されている。
ヒト疫学のレビューでは、銀製剤の慢性摂取や吸入により、皮膚の銀皮症に加えて角膜・結膜銀症、さらには他臓器での金属銀もしくは硫化銀の沈着が起こるとされており、眼所見が全身銀蓄積の一つの警鐘となりうる。
しかし、これらの沈着は多くの場合、組織学的には確認されるものの、明瞭な臓器機能障害とは直結しないことも多く、毒性評価における「臨界影響」として、まず眼・皮膚の色素沈着が扱われている点が興味深い。
ICD分類では結膜性銀症がH11.1として眼科領域のコードに位置づけられているが、診療報酬や疫学統計のうえでは非常に稀なコードであり、日常診療で実際にコーディングされる機会は多くないと考えられる。
参考)https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/dl/icdabc_r07.pdf
一方、環境・職業衛生の文書では「角・結膜銀症」が詳細に記載され、暴露評価の重要アウトカムとなっているため、産業医や公衆衛生領域では眼所見が中心的に用いられているというギャップが生じている。
厚生労働省 ICDコーディングマニュアル(結膜性銀症 H11.1 の記載)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/dl/icdabc_r07.pdf
結膜銀症 と市販コロイド銀・代替医療のリスク
近年、海外では「免疫力強化」「万能抗菌」などをうたうコロイド銀製剤がサプリメントや点眼・点鼻液として販売されており、これらの慢性的使用によりargyria・argyrosisが生じた症例が複数報告されている。
前述の72歳男性の症例でも、一般向けのホメオパシー系コロイド銀点眼薬を数か月使用したことが結膜argyrosisの原因と推定されており、使用中止後も16か月以上にわたり変色はほぼ不可逆であった。
銀製剤は一時的な抗菌作用を期待して乱用されがちだが、長期使用では組織内に銀粒子が徐々に蓄積し、いったん沈着した銀は光による黒変・硫化反応などを経て長期間残存するため、実質的に元の色調に戻すことは困難とされる。
医療従事者としては、エビデンスの乏しいコロイド銀サプリや点眼・点鼻の使用歴を問診で確認し、必要であれば中止を勧める「カウンセリングの機会」として結膜銀症の診断を捉える視点が重要となる。
日本の化学物質安全データシート(SDS)にも、銀曝露により全身性銀沈着症、結膜銀症、角膜銀症が報告されているとの記載があり、視覚機能は保たれていても夜間視力低下との関連が指摘されている。
このような公的資料の記載は、患者説明や院内のリスクコミュニケーション、さらには院内で扱う銀含有製剤の使用基準の見直しなどにも活用できる。
米山薬品工業などのSDS(銀化合物の健康影響として結膜銀症を記載)
https://www.yone-yama.co.jp/shiyaku/msds/pdfdata/CA0266.pdf
結膜銀症 の予防・フォローと医療従事者への示唆
結膜銀症のもっとも重要な予防策は、慢性的な銀曝露を避けることであり、職業現場では局所排気・個人用保護具・工程管理など一般的な有害物質管理に加え、銀曝露に特化した衛生管理が求められる。
健診や眼科受診時に軽度の結膜変色が見つかった段階で介入できれば、さらなる沈着進行を抑制し、夜間視力低下などの機能的影響を最小限に抑える可能性がある。
臨床フォローでは、視力検査だけでなく、夜間視の自覚症状、コントラスト感度、暗順応などの問診を行い、必要に応じて視機能検査を組み合わせることが望ましい。
銀沈着そのものを除去する有効な治療法は確立されておらず、美容目的での外科的切除やレーザー治療はごく限られた症例報告にとどまるため、患者には「不可逆性」を理解してもらう説明が重要になる。
医療従事者にとっての意外なポイントは、結膜銀症が単なる珍しい眼所見ではなく、職業衛生・環境毒性・代替医療の乱用といった複数領域をつなぐ「シグナル病変」として機能しうることである。
眼前部のわずかな灰青色調変化を見逃さず、生活歴・職業歴・サプリ使用歴を系統的に聴取することで、患者の背後にある曝露構造まで見通すことが、今後の臨床に求められる視点と言える。