血液ガス分析と適応病名
血液ガス分析は、動脈血中の酸素・二酸化炭素の量とpHを測定することで、肺機能、循環機能、腎機能の状態を総合的に評価できる検査です 。特に救急医療や集中治療において、患者の生命に関わる病態の迅速な診断と治療方針決定に不可欠な検査となっています 。医療従事者にとって、適切な適応病名の理解は、迅速かつ正確な診療を行う上で極めて重要な知識です 。
参考)血液ガス分析(BGA)|知っておきたい臨床で使う指標[14]…
血液ガス分析の呼吸器疾患における適応病名
呼吸器疾患における血液ガス分析の最も重要な適応は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性増悪です 。COPDが進行すると肺胞でのガス交換が障害され、低酸素血症(PaO2 80mmHg未満)と高二酸化炭素血症(PaCO2 45mmHg超)を呈します 。特に急性増悪時には、pH 7.35未満の呼吸性アシドーシスを伴うことが多く、迅速な診断と治療介入が必要となります 。
間質性肺炎では主に酸素化障害が問題となり、PaCO2は末期まで正常もしくは低下傾向を示すという特徴があります 。気管支喘息の重症発作時には、換気不全により血液ガス分析で異常値を示すため、治療効果の判定にも活用されます 。呼吸不全の診断基準として、室内気でPaO2 60mmHg以下、またはPaCO2 50mmHg以上という数値が設定されており、血液ガス分析は呼吸不全の確定診断に必須の検査です 。
さらに、肺炎や肺塞栓症などの急性呼吸器疾患では、病態の重症度評価と酸素療法の適応決定において血液ガス分析が重要な役割を果たします 。人工呼吸管理中の患者では、適切な換気設定の調整や離脱の判定にも不可欠な検査となっています。
参考)血液ガス分析で何がわかる?検査の目的や評価方法について説明
血液ガス分析の循環器疾患における適応病名
循環器疾患では、急性心不全による肺うっ血が血液ガス分析の重要な適応となります 。心不全による肺うっ血では、換気と拡散の両方が障害されるため、PaO2の低下とPaCO2の上昇を認める低酸素血症を伴う急性呼吸性アシドーシスを呈します 。
参考)https://osaka-amt.or.jp/lecture/bloodgus/060927.pdf
各種ショック状態(心原性ショック、敗血症性ショック、出血性ショックなど)では、組織灌流不全により乳酸アシドーシスが発症し、代謝性アシドーシス(pH低下、HCO3-低下)を示します 。特に急性循環不全では、循環機能障害が重篤な場合の症状の一つとして代謝性アシドーシスが現れ、このときの血液ガスデータはpH・HCO3-の低下をきたします 。
参考)動脈血ガス分析(血液ガス / Arterial Blood …
敗血症や重症感染症では、全身の代謝が高まり組織が酸素を十分に利用できない状態に陥りやすく、乳酸産生による代謝性アシドーシスを引き起こします 。これらの病態では、血液ガス分析により酸塩基平衡の異常を早期に発見し、適切な治療方針を決定することが患者の予後改善につながります。
血液ガス分析の代謝性疾患における適応病名
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、血液ガス分析の最も典型的な適応疾患の一つです 。DKAでは、血中に増加したケトン体を緩衝するために大量のHCO3-が消費され、HCO3-値は大きく減少します 。代表的な血液ガス所見として、pH 7.26、HCO3- 13.2mEq/L程度の代謝性アシドーシスを呈し、呼吸器による代償としてPaCO2が30mmHg程度まで低下します 。
参考)第8回 血ガスを分析!【糖尿病性ケトアシドーシスの場合】
慢性腎不全では、酸の排泄機能低下により代謝性アシドーシスが進行し、pHの値が乱れることが多くなります 。CKDに伴う代謝性アシドーシスの診断には、血中のHCO3-濃度の測定が重要で、血液ガス分析または血清サンプルでの測定が行われます 。興味深いことに、代謝性アシドーシスの評価には必ずしも動脈血を用いる必要がなく、静脈血でも評価可能とされています 。
参考)https://www.nc-medical.com/deteil/chemiphamation01_02.pdf
多臓器不全や重度の肝不全においても、体内の酸塩基平衡が大きく崩れるため、血液ガス分析による継続的なモニタリングが必要となります 。これらの病態では、治療効果の判定や予後予測においても血液ガス分析の結果が重要な指標となります。
血液ガス分析の意識障害における適応病名
意識障害を呈する患者では、その原因が呼吸性、循環性、代謝性のいずれであるかを鑑別するために血液ガス分析が必要となります 。特に、CO2ナルコーシス(二酸化炭素中毒)では、高CO2血症により意識レベルが低下し、血液ガス分析でPaCO2の著明な上昇とpHの低下を認めます。
薬物中毒や代謝性疾患による意識障害では、特徴的な酸塩基平衡異常を示すことが多く、血液ガス分析により原因疾患の推定が可能となります 。例えば、カルシウムチャネル拮抗薬中毒では、非心原性肺水腫により低酸素血症を伴う呼吸性アルカローシス(pH 7.486、PaCO2 21.8mmHg、PaO2 58.7mmHg)を呈することがあります 。
参考)非心原性肺水腫を呈したと考えられたカルシウムチャネル拮抗薬中…
神経筋疾患による呼吸筋麻痺では、換気不全により高CO2血症と呼吸性アシドーシスを呈し、進行すると意識障害をきたすため、血液ガス分析による早期診断が重要です 。
血液ガス分析の新生児・小児疾患における適応病名
新生児医療において血液ガス分析は特に重要な検査です。診療報酬上も「循環不全及び呼吸不全があり、酸素療法を行う必要のある新生児」に対する測定が明確に規定されています 。新生児では、呼吸窮迫症候群、胎便吸引症候群、先天性心疾患などにより容易に呼吸・循環不全をきたすため、継続的な血液ガスモニタリングが必要です。
経皮的血液ガス分圧測定は、特に新生児において循環不全と呼吸不全があり酸素療法を必要とする場合に算定されます 。これは侵襲的な動脈穿刺を避けながら、連続的にガス分圧をモニタリングできる優れた方法です。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_3_3_3%2Fd222.html
小児においても、気管支喘息の重症発作、肺炎、先天性代謝異常症などで血液ガス分析の適応となることが多く、成人とは異なる基準値や病態を理解することが重要です 。特に先天性代謝異常症では、特異的な酸塩基平衡異常を呈することがあり、早期診断のためには血液ガス分析が不可欠です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/1ea3e648ec3923109b4cf10bcfd9a0ac1631f51c