血清フェリチン 基準値について
血清フェリチンとは何か?貯蔵鉄との関係
フェリチンは、体内で鉄をためておく「貯蔵鉄」の役割を持つタンパク質です。全身の細胞に存在していますが、特に肝臓や脾臓、骨髄のマクロファージに多く存在しています。血液中にも微量に存在し、これを血清フェリチンと呼びます。
血清フェリチン値は体内の貯蔵鉄量と高い相関関係があり、血清フェリチン1ng/mlは貯蔵鉄8~10mgに相当するとされています。このため、血清フェリチン検査は体内の鉄の状態を知るための重要な指標となっています。
体内には成人で約3~5gの鉄が存在し、そのうち約70%はヘモグロビンとして赤血球に含まれています。残りは筋肉のミオグロビンや各種酵素に含まれるほか、約20%がフェリチンやヘモジデリンとして貯蔵されています。
フェリチンの構造は、鉄を中心にアポフェリチンというタンパク質が外殻を形成しており、この構造によって最大4,500個の鉄原子を安全に貯蔵することができます。この仕組みにより、体内で鉄が過剰になった場合の毒性を軽減し、必要なときに速やかに利用できるよう調節しています。
血清フェリチン 基準値の性別・年齢による違い
血清フェリチンの基準値は性別や年齢によって異なります。一般的な基準値は以下のとおりです。
- 男性: 20~250ng/ml
- 女性(閉経前): 10~80ng/ml
- 女性(閉経後): 男性に近い値(20~200ng/ml程度)
女性は月経による鉄の喪失があるため、閉経前は男性よりも低い基準値となっています。閉経後は月経による鉄の喪失がなくなるため、基準値は男性に近づきます。
年齢による変化も見られ、特に高齢者では軽度の慢性炎症が続くことでフェリチン値が上昇する傾向があります。このため、高齢者では45ng/ml以下の場合に鉄欠乏を疑うという見解もあります。
小児の基準値は成人とは異なり、年齢によって変動します。
- 新生児: 25~200ng/ml
- 乳児(1ヶ月~1歳): 50~200ng/ml
- 幼児・学童: 15~100ng/ml
- 思春期: 成人の値に近づく
測定方法によっても基準値は若干異なるため、検査結果を見る際には検査機関の基準値を参照することが重要です。
血清フェリチン 基準値からの逸脱:低値と高値の臨床的意義
血清フェリチン値が基準値から外れた場合、様々な病態を示唆します。
低値の場合(鉄欠乏状態):
- 一般的に12ng/ml未満で鉄欠乏と判断されます
- 鉄欠乏の原因:
- 鉄摂取不足(偏食、ベジタリアン食など)
- 鉄吸収障害(胃切除後、セリアック病など)
- 鉄喪失の増加(消化管出血、月経過多、頻回の献血など)
- 鉄需要の増加(妊娠、成長期、スポーツ選手など)
鉄欠乏は初期段階では貯蔵鉄の減少から始まり、血清フェリチン値が最初に低下します。この段階ではまだ貧血は現れず、「潜在性鉄欠乏」と呼ばれます。鉄欠乏が進行すると、血清鉄やトランスフェリン飽和度が低下し、最終的にヘモグロビン合成が障害されて鉄欠乏性貧血に至ります。
高値の場合:
- 250ng/ml以上で高値と判断されることが多く、500ng/ml以上では鉄過剰が疑われます
- 高値を示す病態:
- 鉄過剰症(ヘモクロマトーシス、輸血後鉄過剰など)
- 炎症性疾患(感染症、リウマチ性疾患など)
- 肝疾患(肝炎、肝硬変など)
- 悪性腫瘍(特に肝細胞癌、血液腫瘍など)
- 心筋梗塞
注目すべき点として、炎症性疾患や肝疾患がある場合、鉄欠乏があっても血清フェリチン値が正常または高値を示すことがあります。このような場合、フェリチンは「急性相反応物質」として機能し、貯蔵鉄量を正確に反映しないことがあります。
透析患者における血清フェリチン 基準値の特殊性
透析患者では、健常者とは異なる血清フェリチンの基準値が適用されます。透析患者は慢性炎症状態にあることが多く、血清フェリチン値が高い傾向にあります。
透析患者における血清フェリチンの特徴:
- 透析患者では100ng/ml未満で鉄欠乏と判断されることが多い
- 腎性貧血の治療では、血清フェリチン値を100~500ng/mlに維持することが推奨される場合が多い
- 血清フェリチン値が250ng/ml以上になると死亡リスクが上昇するという報告もある
透析患者は腎性貧血や鉄欠乏性貧血を合併しやすく、エリスロポエチン製剤による治療が行われることが多いですが、この治療の効果を最大化するためには適切な鉄の補充が必要です。
透析患者の鉄欠乏の評価には、血清フェリチン値だけでなく、トランスフェリン飽和度(TSAT)も併せて評価することが重要です。TSATが20%未満で血清フェリチン値が100ng/ml未満の場合、「絶対的鉄欠乏」と判断されます。一方、TSATが20%未満で血清フェリチン値が100ng/ml以上の場合は「機能的鉄欠乏」と呼ばれ、体内に鉄は存在するものの、有効に利用されていない状態を示します。
血清フェリチン 基準値と各種疾患リスクの関連性
血清フェリチン値は様々な疾患リスクと関連していることが研究で明らかになっています。
鉄欠乏(低フェリチン値)関連疾患:
- 鉄欠乏性貧血
- 易疲労感、集中力低下
- レストレスレッグス症候群
- 爪の変形(スプーン爪)
- 口角炎、舌炎
- 免疫機能低下
鉄過剰(高フェリチン値)関連疾患:
- 肝臓がん: 男性でフェリチン>300ng/ml、女性でフェリチン>200ng/mlの鉄過剰状態は、肝臓がんリスク上昇と関連
- 心血管疾患: 高フェリチン値は心血管疾患による死亡リスク上昇と関連
- 糖尿病: 高フェリチン値はインスリン抵抗性や2型糖尿病発症リスクと関連
- 神経変性疾患: アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患と高フェリチン値の関連が示唆されている
特に注目すべきは、適切な範囲内のフェリチン値を維持することの重要性です。鉄欠乏も鉄過剰も健康リスクを高めるため、定期的な検査と適切な管理が推奨されます。
研究によれば、血清フェリチン値が最も低いグループと比べて最も高いグループでは、肝臓がん罹患リスクの上昇が統計学的に有意に関連していることが示されています。また、体内への鉄吸収を阻害するホルモンであるヘプシジンが低いことも肝臓がん罹患リスクの上昇と関連しています。
血清フェリチン 基準値を用いた鉄欠乏の早期発見と治療戦略
血清フェリチン検査は鉄欠乏の早期発見に非常に有用です。鉄欠乏は以下の段階を経て進行します。
- 潜在性鉄欠乏(貯蔵鉄減少): 血清フェリチン低下、他の指標は正常
- 鉄欠乏(鉄供給障害): 血清フェリチン低下、血清鉄低下、TIBC上昇
- 鉄欠乏性貧血: 上記に加えてヘモグロビン低下
血清フェリチン値は鉄欠乏の最も早期の指標であり、血清鉄やヘモグロビン値が正常でも、フェリチン値が低下していれば将来的に鉄欠乏性貧血に進展するリスクがあります。
鉄欠乏の治療においては、原因疾患の治療が最優先されますが、鉄の補充も重要です。鉄剤による治療効果の判定には、ヘモグロビン値の推移を見ますが、ヘモグロビン値が正常化した後も貯蔵鉄を回復させるために3~4ヶ月の継続投与が必要とされています。治療中止の目安として、血清フェリチン値の正常化が重要な指標となります。
鉄欠乏性貧血の治療目標としては、血清フェリチン値を25~250ng/mlに回復させることが一般的です。ただし、個々の患者の状態や合併症によって目標値は異なる場合があります。
特に注意すべき点として、鉄剤の過剰投与による鉄過剰症のリスクがあります。鉄過剰症は組織障害や酸化ストレスを引き起こす可能性があるため、定期的な血清フェリチン値のモニタリングが重要です。
また、血清フェリチン値が正常または高値でも、炎症性疾患がある場合には「機能的鉄欠乏」の可能性があります。このような場合、血清フェリチン値だけでなく、トランスフェリン飽和度や網状赤血球ヘモグロビン含量(CHr)などの他の指標も併せて評価することが推奨されます。
鉄欠乏の予防と管理のためには、バランスの取れた食事、特に鉄を多く含む食品(赤身肉、レバー、ほうれん草、豆類など)の摂取が重要です。また、鉄の吸収を促進するビタミンCを含む食品との組み合わせも効果的です。
以上のように、血清フェリチン値の適切な理解と管理は、鉄欠乏の早期発見と効果的な治療につながります。定期的な健康診断で血清フェリチン値をチェックすることで、潜在的な鉄欠乏を早期に発見し、適切な対応を取ることが可能になります。