痙性と痙縮の違い
痙性の定義と上位運動ニューロン症候群
痙性(spasticity)は、脳や脊髄などの中枢神経系の損傷により生じる上位運動ニューロン症候群(UMNS)の陽性徴候の一つです。上位運動ニューロン症候群には、陽性徴候と陰性徴候があり、陽性徴候には痙縮、痙性姿勢異常、病的共同運動、病的同時収縮、屈筋反射の亢進などが含まれます。
参考)【2022年版】痙縮の原因と責任病巣は? 治療・リハビリテー…
陽性徴候は、下位運動ニューロン(または他の経路)への接続が失われるのではなく、下位運動ニューロン経路の抑制が失われることが原因で発生します。つまり、痙性は脳から脊髄への抑制系の信号が届かなくなることで、脊髄レベルの反射が過剰になった状態を指します。
参考)痙縮
一方、陰性徴候には、巧緻性の低下、筋力低下や麻痺、選択的運動障害などがあり、これらは運動を実行する能力の低下を示します。痙性という用語は、これらの上位運動ニューロン症候群による症状の総称として使用されることがあります。
痙縮の医学的定義と発症メカニズム
痙縮(けいしゅく)は、「腱反射亢進を伴った緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害で、伸張反射の亢進の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候」と定義されています。痙縮は痙性という広い概念の中の、最も主要な症状の一つといえます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/50/7/50_505/_pdf
痙縮の発症メカニズムには、筋紡錘から脊髄への過剰な入力および反射回路制御の障害が関与しています。健康な人では、脳や脊髄から「筋肉を収縮させる指令」と「筋肉を緩ませる指令」がバランスよく伝わることで、スムーズに体を動かすことができます。しかし、脳や脊髄の障害により、このバランスが崩れ、「筋肉を緩ませる指令」が弱くなった結果、自分の意思とは関係なく筋肉が収縮し、関節が固くなってしまいます。
参考)痙縮の病態生理 (BRAIN and NERVE 66巻9号…
具体的には、上位中枢からの抑制系の解放現象や脊髄内の介在ニューロン制御の障害が関与すると考えられますが、痙縮の病態は原因疾患、病変部位、時間経過によって異なります。筋肉を他動的に急速に伸展する際、はじめに抵抗があるが、伸展に伴って急速に抵抗がなくなる「折りたたみナイフ現象」が痙縮の特徴的な所見です。
痙縮と固縮・拘縮の鑑別ポイント
痙縮と同様に筋肉や関節が固くなる症状として、固縮(rigidity)と拘縮(contracture)があります。これらは臨床上、鑑別が重要です。
痙縮の特徴
- 関節を他動的に動かす速度に依存して抵抗が変化する
- 速く動かすと緊張が高まり、ゆっくり動かせば緊張は弱くなる
- 折りたたみナイフ現象がみられる
- 上位運動ニューロン障害が原因
参考)https://jpn-spn.umin.jp/sick/g.html
固縮の特徴
- 速く動かしてもゆっくり動かしても抵抗は変わらない
- 可動中の速度に依存することなく一定の抵抗がある
- パーキンソン病による体の動かしにくさが代表例
拘縮の特徴
- どんなにゆっくり頑張って動かそうとしても関節の動く範囲が狭く動かない
- 筋の不動に伴う筋硬直、線維化、萎縮などにより筋の粘弾性が増加
- 可逆性がない
参考)痙縮治療について
実際の患者ではこれらの要素が混在していることも多く、丁寧な診察によりそれらの要素を分離する必要があります。
痙縮による症状と日常生活への影響
痙縮により筋緊張が増加すると、さまざまな四肢の姿勢異常をきたし、多岐にわたる問題が生じます。
参考)ボトックス 上肢/下肢痙縮 定義・症状|医療関係者向け情報 …
上肢の姿勢異常
- 肩関節の内転・内旋
- 肘関節の屈曲
- 前腕の回内
- 手関節の屈曲
- にぎりこぶし状変形
- 掌中への母指屈曲
下肢の姿勢異常
痙縮によって生じる問題は、症候面では、スパズム(筋攣縮)、クローヌス(間代)、疼痛、容姿の変化などがあります。介護時の問題としては、身の回りのケア、衛生管理、着衣、食事、座位、睡眠時のポジショニング、移乗動作の妨げとなります。動作時の問題としては、ものを握る、リーチする、放す、移動させる際の困難、歩行や体重支持の制限が生じます。
さらに、痛みや体が締め付けられる感覚、よく眠れない、関節拘縮や脊柱側彎などの体の変形、変形した関節を動かしたことによる骨折、心拍数の異常な増加や大量の発汗、後弓反張のような発作的な緊張、筋肉の緊張によるカロリー消費による異常なやせなどの症状も引き起こすことがあります。
痙縮の原因疾患と評価方法
痙縮は脳や脊髄の様々な病気を原因として発症します。原因疾患は多岐にわたり、脳血管障害(脳卒中)、脳性麻痺、頭部外傷、無酸素脳症、脊髄損傷、多発性硬化症、神経変性疾患などがあります。
欧米の脳血管障害患者に関する調査では、脳血管障害の発作3ヵ月後に19%、12ヵ月後に38%の患者において痙縮が認められたと報告されています。脳卒中の後遺症として、時間の経過とともに片麻痺と一緒にあらわれる場合や、幼少時の脳の障害(脳性麻痺)が原因の運動障害の一つとして発現します。
痙縮の評価には、修正アシュワーススケール(Modified Ashworth Scale: MAS)が広く用いられています。MASでは、痙縮の程度を0から4までの6つの段階(0、1、1+、2、3、4)に分類します。評価を行う際は、患者を背臥位でリラックスした状態にし、痙縮がみられる四肢を他動的に伸張させたときの抵抗感によって評価します。
参考)修正アシュワーススケール(modified Ashworth…
MASは簡易的にスケーリングすることができ日常的な評価に適していますが、評価者の主観や経験に左右されやすい側面があります。そのため、MASに加えて、筋電図検査や超音波検査などを行うこともあります。脳性麻痺の患者では、粗大運動能力分類システム(GMFCS)を用いて移動能力を評価し、治療方針決定の参考にすることもあります。
痙縮治療の選択肢と適応
痙縮の治療法は複数あり、それぞれの治療法には得意な領域があります。全身に効果のある治療もあれば、体の一部分に限局して効果を発揮する治療もあります。また、可逆的な治療と不可逆的(破壊的)だが長期間効果が持続する治療があります。
リハビリテーション療法
リハビリテーションは痙縮治療の基本であり、運動療法、物理療法、作業療法、装具療法などが含まれます。ストレッチや関節可動域訓練により拘縮への進行を予防し、筋力を増強する訓練が行われます。関節可動域訓練では、1日1回以上、反動をつけずにゆっくりと動かし、痛みの出ない範囲で徐々に動かす範囲を広げていくことが重要です。
参考)痙縮をコントロールする方法とは?【症状の理解とリハビリの実践…
内服療法
中枢性筋弛緩薬(チザニジン塩酸塩やバクロフェンなど)や末梢性筋弛緩薬(ダントロレン)、抗不安薬(ジアゼパムなど)を使用します。痙縮の治療に使用する中枢性筋弛緩薬は作用が比較的強く、最初は少量から開始して少しずつ量を増やしていきます。共通した副作用として、眠気やふらつき、めまい、吐き気、食欲低下などがあります。
ボツリヌス療法
A型ボツリヌス毒素を筋肉内に直接注射する治療法で、局所的(限局的)な痙縮の改善に有効です。A型ボツリヌス毒素は筋肉に指令を出す神経に作用し、神経の指令が筋肉に伝わりにくくすることで筋肉の緊張を和らげます。効果は注射後数日から2週間ほどで現れ、通常は3から4ヶ月ほど持続しますが、1から2ヶ月頃をピークにして時間が経つと効果が弱くなっていきます。
神経ブロック療法
フェノールやアルコールなどを使用した神経ブロック療法があり、痙縮を起こしている筋肉に入る直前の運動神経に直接注射して治療します。ボツリヌス療法と併用したり、ボツリヌス療法に反応しない患者に代替として使用されることもあります。
ITB療法(髄腔内バクロフェン注入療法)
バクロフェンの入ったポンプをおなかに埋め込み、カテーテルを通じて脊髄周辺(髄腔)に薬を直接投与する治療法です。内服やボツリヌス療法で効果が乏しい場合に検討します。スクリーニングトライアルで効果を確認した後、体内埋め込み型ポンプ設置の手術を行います。約3か月ごとに薬剤の入れ替えや量の調整を行い、ポンプ自体も約7年ごとに交換が必要です。
外科的治療
選択的脊髄後根遮断術(SDR)は、主に脳性麻痺による下肢の痙縮に対して行われる手術で、下肢から脊髄に入ってくる感覚神経を脊髄に入る直前で切断して脊髄反射を起こりにくくし、痙縮を軽減させます。末梢神経縮小術(SPN)は、痙縮の原因となっている手足の神経を直接切開して露出させ、神経の一部を切断して細くする手術です。整形外科的手術には、腱や筋肉を延長、開放、移動させる方法や、骨切りをして矯正する方法があります。
複数の治療を組み合わせて、患者が最も快適に日常生活を送れるようにすることを目指して治療を選択していきます。
GSK医療関係者向けサイト – 痙縮の定義と病態、治療による姿勢異常の詳細な解説
日本小児神経外科学会 – 痙縮(痙性麻痺)の診断、評価方法、各治療法の詳細な説明
J-STAGE – ITB療法による歩行能力改善を目的とした治療の臨床研究