肩痛み止めの強さランキング
本記事では、整形外科領域における肩関節周囲炎や腱板損傷、頚椎症性神経根症に伴う肩の痛みに対して処方される鎮痛薬について、その薬理作用の強度と臨床的な使い分けを解説します。単なる「強さ」の比較だけでなく、薬物動態学(PK/PD)の観点から、なぜその薬剤が選択されるのか、あるいは効果不十分となるのかを深堀りします。
[薬理学] NSAIDsとトラマドールの作用機序と天井効果
鎮痛薬の「強さ」を定義する際、WHO三段階除痛ラダーの概念が基本となりますが、肩の痛み、特に運動器疾患においては、炎症性疼痛と神経障害性疼痛が混在していることが多く、単純なランキング化は困難です。しかし、純粋な鎮痛活性のポテンシャルとして以下の順序が臨床的に支持されています。
- トラマドール塩酸塩(トラムセット配合錠含む):弱オピオイド
- ジクロフェナクナトリウム(ボルタレン):アリール酢酸系NSAIDs
- ロキソプロフェンナトリウム(ロキソニン):プロピオン酸系NSAIDs
- セレコキシブ(セレコックス):コキシブ系(COX-2選択的阻害薬)
- アセトアミノフェン(カロナール):中枢性鎮痛薬
NSAIDsの天井効果(Ceiling Effect)
NSAIDsには「天井効果」が存在します。これは、ある一定の投与量を超えると鎮痛効果が頭打ちになり、それ以上増量しても副作用のリスクのみが増大する現象です。例えば、ロキソプロフェンを1回120mgに増量しても、鎮痛効果が倍増するわけではありません。これは、COX(シクロオキシゲナーゼ)酵素の阻害が飽和に達するためです。一方で、オピオイド(モルヒネ等)には理論上、天井効果はありませんが、トラマドールのような「弱オピオイド」は、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用も併せ持つため、副作用(悪心、痙攣リスク)の観点から投与量の上限(400mg/日、配合錠では300mg相当など)が設定されています。
COX-2選択性の臨床的意義
ジクロフェナクはCOX-2阻害活性が強く、強力な抗炎症作用を示しますが、COX-1阻害による消化管障害のリスクも無視できません。対してセレコキシブはCOX-2への選択性が極めて高く、消化管リスクは低いものの、血栓塞栓症のリスク(心血管イベント)に留意が必要です。肩関節周囲炎の夜間痛のような強い炎症期にはジクロフェナクが、長期投与が必要な慢性期にはセレコキシブが選択されるのは、この「強さ」と「安全性」のトレードオフによるものです。
慢性疼痛治療ガイドライン(厚生労働省) – 薬物療法の推奨度とエビデンスレベル
[遺伝子多型] 日本人のCYP2D6とトラマドールの効果
検索上位の記事ではあまり触れられていませんが、トラマドールの効果には個人差が大きく、その原因として「CYP2D6」の遺伝子多型が関与しています。
これは医療従事者が知っておくべき重要な「効かない」理由の一つです。
代謝活性化と鎮痛効果のパラドックス
トラマドール自体はμオピオイド受容体への親和性が低く、CYP2D6によって代謝された活性代謝物「O-デスメチルトラマドール(M1)」が、親化合物の約200倍の親和性を示し、強力な鎮痛効果を発揮します。つまり、CYP2D6の活性が低い患者では、M1が十分に生成されず、鎮痛効果が得られにくいのです。
日本人におけるIntermediate Metabolizer (IM)の多さ
欧米人(白人)では、CYP2D6の活性が全くないPoor Metabolizer (PM)が5〜10%存在しますが、日本人におけるPMは1%未満と稀です。しかし、日本人の約40〜70%は、酵素活性が低下している「Intermediate Metabolizer (IM)」であるという遺伝学的特徴があります(特に*10アレル保有者)。
このため、欧米のデータと比較して、日本人ではトラマドールが「劇的に効く患者」と「思ったほど効かない患者」が混在しやすい臨床背景があります。NSAIDsが無効でトラマドールに変更しても効果が乏しい場合、単に心因性と決めつけるのではなく、こうした薬理遺伝学的な背景(代謝酵素の活性低下)を考慮する必要があります。逆に、CYP2D6阻害作用を持つSSRI(パロキセチン等)やテルビナフィンとの併用でも、トラマドールの効果が減弱する相互作用が生じるため、併用薬のチェックは不可欠です。
日本緩和医療学会 – 薬理学的知識とCYP2D6の影響についての詳細
[外用薬] ボルタレンとロキソニンの組織移行性と血中濃度
「湿布は気休め」と考える患者もいますが、薬物動態学的データに基づけば、肩のような表層に近い関節において、経皮吸収型製剤(テープ剤・パップ剤)は極めて合理的かつ強力な治療選択肢です。ここでのキーワードは「組織移行性」と「全身曝露の少なさ」です。
血中濃度と組織濃度の乖離
経口NSAIDsを服用した場合、全身の血流に乗って患部に到達するため、十分な組織濃度を得るには全身の血中濃度を上げる必要があり、これが胃腸障害や腎障害の原因となります。
一方、ロキソプロフェンナトリウムテープ(50mg/100mg)やジクロフェナクナトリウムテープのインタビューフォームを確認すると、興味深いデータが示されています。テープ剤を貼付した直下の筋肉(僧帽筋や三角筋など)における薬物濃度は、経口投与時と同等かそれ以上の高濃度に達します。しかし、血中濃度(全身循環血漿中濃度)は経口投与時の数十分の一から百分の一程度にとどまります。
「痛いところに直接届く」の科学的根拠
特にロキソプロフェンは経皮吸収された後、皮膚や筋肉内のエステラーゼで活性代謝物(trans-OH体)に変換され、効果を発揮します。ジクロフェナクのテープ剤も同様に高い組織移行性を示します。
したがって、消化性潰瘍の既往がある患者や高齢者において、経口NSAIDs(特に非選択的NSAIDs)の使用を躊躇する場合でも、テープ剤であれば全身性の副作用リスクを最小限に抑えつつ、患部では「飲み薬並み」のCOX阻害活性を期待できるのです。ただし、湿布かぶれ(接触皮膚炎)や、ケトプロフェン製剤における光線過敏症には十分な注意が必要です。ランキングとしては、「全身への副作用の少なさ」では外用薬が圧倒的に上位に来ますが、「多関節の痛み」には無力である点も理解しておく必要があります。
ロキソプロフェンナトリウムテープ インタビューフォーム – 組織移行性と血中濃度推移
[慢性疼痛] 肩関節周囲炎とデュロキセチンの役割
「肩痛み止め 強さ ランキング」において、近年急速に順位を上げている(あるいは別枠として重要視されている)のが、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)であるデュロキセチン(サインバルタ)です。
これは従来の「炎症を抑える」NSAIDsとは全く異なる機序で鎮痛を行います。
下行性疼痛抑制系の賦活化
肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)が慢性化すると、患部の炎症が消失した後も痛みが続くことがあります。これは中枢神経系における感作(Central Sensitization)や、痛みを抑制する神経経路(下行性疼痛抑制系)の機能低下が関与しています。
デュロキセチンは、シナプス間隙のセロトニンとノルアドレナリン濃度を高めることで、この下行性疼痛抑制系を賦活化し、痛みの伝達をブロックします。
ガイドラインにおける位置づけ
「慢性疼痛治療ガイドライン」や「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」においても、デュロキセチンは第一選択薬の一つとして推奨されています。特に、夜間痛で眠れない、痛みが数ヶ月以上続いている、NSAIDsが全く効かないといった「難治性」の肩痛症例においては、NSAIDsを漫然と継続するのではなく、早期にデュロキセチンへの切り替えや併用(変形性関節症に対する適応あり)を検討すべきです。
ただし、悪心や眠気といった副作用の発現率が高いため、少量(20mg)から開始し、漸増する工夫が必要です。即効性はないため、「ランキング」としての瞬発力は低いですが、最終的な「到達点(除痛レベル)」としてはNSAIDsを超えるポテンシャルを持っています。
神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン – デュロキセチンの推奨度と臨床使用
[最新治療] ハイドロリリースと超音波ガイド下注射
最後に、薬物療法(内服・外用)のランキングとは少し視点を変えますが、最新の保存療法として「ハイドロリリース(Fascial Hydrorelease)」の有用性が注目されています。これは「生理食塩水」や「少量の局所麻酔薬」を薬剤として使用しますが、その本質は薬理作用よりも「物理的な剥離作用」にあります。
MPS(筋筋膜性疼痛症候群)へのアプローチ
肩こりや肩痛の多くは、実は関節内病変ではなく、筋肉を包む「筋膜(Fascia)」の重積や癒着が原因である筋筋膜性疼痛症候群(MPS)であることが、超音波(エコー)解像度の向上により明らかになってきました。
高解像度エコーガイド下で、癒着した筋膜間(例えば僧帽筋と肩甲挙筋の間)にピンポイントで薬液(生理食塩水等)を注入し、癒着を剥がす(リリースする)ことで、直後から劇的な可動域改善と除痛が得られることがあります。
この場合、使用する薬剤は「痛み止め」としての強さ(NSAIDsやステロイド)は不要であり、単なる等張液で十分な場合すらあります。これは「強い薬を使えば痛みが取れる」という固定観念を覆すものであり、薬剤の選択(Ranking)以前に、「痛みの発生源(Source of Pain)」がどこにあるのかを診断する能力こそが、最も強力な鎮痛ツールであることを示唆しています。
ステロイド注射との使い分け
一方で、明らかに肩峰下包炎や関節水腫を認める場合は、トリアムシノロンなどのステロイド懸濁液の関節内/滑液包内注射が、NSAIDs内服を遥かに凌駕する「最強」の抗炎症作用を示します。ただし、腱板断裂がある場合や頻回投与による組織脆弱化のリスク(腱断裂の誘発)があるため、ガイドライン上も漫然とした連用は推奨されていません。ここぞという時の「切り札」として位置づけられます。
