カスパーゼとアスパラギン酸の関係
カスパーゼは、基質の切断部位P1にアスパラギン酸を要求する特徴的なシステインプロテアーゼです。この名称は、活性部位にシステイン残基を持つ「Cysteine」と、アスパラギン酸の後ろで切断する「aspartate-specific protease」を組み合わせたもので、その独自の基質特異性を明確に示しています。カスパーゼは線虫C. elegansの細胞死実行遺伝子ced-3とインターロイキン1β変換酵素(ICE)遺伝子に相同性を持つ一群の細胞内プロテアーゼとして発見され、アポトーシスと免疫応答の両方において中心的な役割を果たしています。
カスパーゼによる基質認識は極めて厳密で、切断部位のアスパラギン酸残基のN末端側3つ目までの4アミノ酸配列を認識します。この高い特異性により、カスパーゼは1000以上の基質タンパク質を限定的に切断し、タンパク質の成熟、活性化、不活性化を引き起こします。基質の中には、DNA断片化に関わるICAD、アポトーシス細胞膜上へのフォスファチジルセリン露出に関わるスクランブラーゼXkr8、細胞の形態変化に関わるキナーゼROCK-1などが含まれ、アポトーシス時の特徴的な細胞変化を実行します。
参考)APOPCYTO Caspase Colorimetric …
カスパーゼの構造とアスパラギン酸認識部位
カスパーゼは前駆体(プロカスパーゼ)として翻訳され、N末端からプロドメイン、P20、P10をコードするサブユニットから構成されます。活性型カスパーゼはP20とP10がヘテロダイマーを作り、これが2つ合わさった4量体構造をとります。この立体構造が、アスパラギン酸残基を特異的に認識する活性部位を形成する基盤となっています。
システインが切断対象のタンパク質鎖に結合し、アスパラギン酸を3つの塩基性アミノ酸の内側へ正確に位置させることで、特異的な切断反応が進行します。この精密な分子認識機構により、カスパーゼは他のプロテアーゼとは異なる厳格な基質特異性を獲得しています。活性部位のシステイン残基は、基質のアスパラギン酸残基のカルボキシル基と求核攻撃を行い、ペプチド結合を加水分解します。
日本蛋白質構造データバンク – カスパーゼの立体構造と活性部位の詳細な解説
カスパーゼのイニシエーターとエフェクター分類
カスパーゼはプロドメインの構造と基質特異性からサブタイプに分類されます。短いプロドメインを持つ細胞死実行カスパーゼ(カスパーゼ3、6、7)はエフェクターカスパーゼと呼ばれ、長いプロドメインを持つイニシエーターカスパーゼ(カスパーゼ2、8、9、10)によって切断されて活性化されます。
参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/regulation-of-apoptosis-pathway
イニシエーターカスパーゼの長いプロドメインは、CARD(Caspase Recruitment Domain)あるいはDED(Death Effecter Domain)から構成され、タンパク質間相互作用に使われます。これらのドメインにアダプタータンパク質が結合することで、イニシエーターカスパーゼが凝集し自己活性化します。カスパーゼ9はApaf-1アポプトソームと結合することで、その酵素活性が数桁も上昇し、Apaf-1を触媒サブユニットとするホロ酵素として機能します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC317200/
エフェクターカスパーゼは酵素活性が強く、活性化されると様々な基質タンパク質をアスパラギン酸残基の後ろで切断して細胞死を実行します。特にカスパーゼ3は重要な実行者として、細胞成分の秩序だった分解を開始し、活性化されるとタンパク質分解性切断を受けて切断型カスパーゼ3となります。
参考)切断されたカスパーゼ-3 とアポトーシス – Assay G…
Cell Signaling Technology – アポトーシスシグナル伝達経路におけるカスパーゼカスケードの詳細
カスパーゼ活性化の内因性経路と外因性経路
カスパーゼの活性化には、ミトコンドリアから放出されたシトクロムcが関わる内因性経路と、FasやTNF受容体などの細胞死受容体が関わる外因性経路があります。内因性経路では、DNA損傷や小胞体ストレス、活性酸素種(ROS)レベルの増加などの刺激により、ミトコンドリアからシトクロムcが放出されます。
参考)https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/apoptosis-and-necrosis-antibodies-pgi.asp?entry_id=36754
放出されたシトクロムcはApaf-1と結合してアポプトソームを形成し、カスパーゼ9を活性化します。ミトコンドリアはシトクロムcに加えて、Smac/Diablo、AIF、HtrA2、EndoGなどのアポトーシス促進分子も放出します。Smac/DiabloはXIAP(X連鎖型アポトーシス阻害タンパク質)と結合することで、XIAPのカスパーゼ阻害効果を抑制し、アポトーシスを促進します。
外因性経路では、FasLによるFasの活性化がカスパーゼ8を、TNFによるTNFRの活性化がカスパーゼ10を、それぞれ活性化します。これらのイニシエーターカスパーゼが活性化されると、下流のエフェクターカスパーゼ(カスパーゼ3、6、7)を切断して活性化し、エフェクターカスパーゼが特徴的なアスパラギン酸残基の後ろで細胞のタンパク質を切断することでアポトーシスを実行します。
カスパーゼと疾患治療への応用
カスパーゼは正常な発生のほか、がんやアルツハイマー病などの疾病にも関係があることから、1990年代半ばに見出されて以来、治療のターゲットとして注目されています。がん細胞では、アポトーシスによる細胞死を回避する機構が働いており、カスパーゼの活性化が阻害されることで腫瘍の増殖・進展が導かれています。
最近の研究では、腫瘍組織内のストレス環境下にある癌細胞ではストレス顆粒(SG)が効率よく形成され、SG内にカスパーゼ3/7が取り込まれることでその酵素活性が抑制され、アポトーシスが回避されることが明らかになっています。この機構を標的とした新たな癌治療薬の開発が期待されています。また、CADのアスパラギン酸1371残基でのカスパーゼ3による切断が化学療法の効果に重要であることから、この部位に変異を持つ腫瘍は化学療法に抵抗性を示す可能性があります。
参考)液-液相分離体「ストレス顆粒」形成による ストレス防御および…
カスパーゼ阻害剤も治療応用が進んでおり、Z-VAD-FMKは細胞透過性の全カスパーゼ阻害剤でカスパーゼの触媒部位に不可逆的に結合し、アポトーシスの誘導を阻害します。これらの阻害剤は虚血性疾患や神経変性疾患など、過剰なアポトーシスが関与する疾患の治療への応用が検討されています。
参考)https://www.promega.jp/products/cell-health-assays/apoptosis-assays/caspase-inhibitor-z_vad_fmk/
東京大学医科学研究所 – ストレス顆粒によるカスパーゼ活性制御と癌治療への応用研究
カスパーゼ測定法とアスパラギン酸認識の利用
カスパーゼがアスパラギン酸残基を特異的に認識する性質は、カスパーゼ活性の測定にも利用されています。カスパーゼは基質となる分子のアスパラギン酸からN末端側3つ目までの4アミノ酸配列を認識してアスパラギン酸のC末側で切断するため、この性質を利用した各種アッセイ系が開発されています。
Caspase-Glo 3/7 Assay Systemなどの発光アッセイは、高感度でカスパーゼ3/7の活性を測定でき、少ない細胞数と酵素量でも測定可能です。添加・混和・測定のシンプルなプロトコルで、サンプル前処理は不要であり、96ウェル・384ウェル・1,536ウェルプレートに対応しています。これらのアッセイ系は、抗がん剤のスクリーニングやアポトーシス研究において広く利用されています。
参考)https://www.promega.jp/products/cell-health-assays/apoptosis-assays/caspase_glo-3_7-assay-systems/
カスパーゼ活性の測定には、基質ペプチドにアスパラギン酸を含む特異的な配列を組み込んだ蛍光基質や発色基質が用いられます。例えば、カスパーゼ3はDEVD配列(Asp-Glu-Val-Asp)を好んで認識し、カスパーゼ8はIETD配列を、カスパーゼ9はLEHD配列を認識するなど、各カスパーゼには固有の基質特異性があります。この特異性の違いを利用することで、複数のカスパーゼを個別に検出・定量することが可能となっています。
Promega – カスパーゼ3/7活性測定システムの詳細な測定原理と応用例
カスパーゼの非アポトーシス機能とアスパラギン酸切断
近年の研究により、カスパーゼはアポトーシス以外にも多様な生命現象に関与していることが明らかになっています。健常な細胞にも基礎的なカスパーゼの蛋白質分解活性が存在し、カスパーゼの基質の切断による蛋白質の代謝が器官成長に重要であることが示されています。
参考)細胞を殺さない基礎的なカスパーゼ活性による器官サイズの制御機…
カスパーゼの微弱な活性化により、細胞を殺さずに器官サイズを制御できることが、ショウジョウバエの翅を用いた研究で明らかになりました。この発見は、カスパーゼが単なる細胞死の実行分子ではなく、細胞分化、移動、増殖、形態形成、シナプス機能調節といった様々な生命現象に関わっていることを示しています。
参考)細胞を殺さない基礎的なカスパーゼ活性による器官サイズの制御機…
カスパーゼ1はサイトカイン(インターロイキン-1β)の活性化を通して免疫系の調節にも関与しており、インフラマソームと呼ばれる複合体で活性化されます。インフラマソームは、カスパーゼ1、アダプタータンパク質ASC、NOD-like receptor(NLR)分子からなる複合体として形成され、細菌感染やウイルス等の外来性の核酸による細胞内変化、傷害細胞から放出されるATPなどの内在性危険信号物質によって活性化されます。活性化されたカスパーゼ1はproIL-1βやproIL-18をアスパラギン酸残基の後ろで切断し、成熟したサイトカインの分泌を促進します。