カスガマイシンと有機JAS認証制度の変遷
カスガマイシンの有機JAS認証への追加経緯
2024年7月31日に施行された日本農林規格(JAS)改正により、カスガマイシンは有機農産物の生産における表B.1農薬リストに追加されました 。この改正により、ホクコーカスミン液剤(登録番号7290)、カスミンボルドー(登録番号14625)、カスミン粒剤(登録番号15423)、カッパーシン水和剤(登録番号15744)が有機農業での使用対象となっています 。
参考)https://www.hokkochem.co.jp/wp-content/uploads/KSMJAS_INF_2024.07.31.pdf
この変更は、カスガマイシンが天然物質である放線菌由来の抗生物質であることが認められた結果です 。有機JAS規格では、化学的に合成された肥料や農薬の使用を避けることを基本としているため、天然由来の物質である点が重要な要素となりました 。
カスガマイシンの発見と春日大社の関係
カスガマイシンは1960年代に奈良県の春日大社境内の土壌から分離された放線菌(Streptomyces kasugaensis)が産生する天然物質として発見されました 。この発見は梅沢浜夫らによって行われ、採取地である春日大社にちなんでカスガマイシンと命名されました 。
参考)春日大社
春日大社は世界遺産にも登録された奈良市にある神社で、全国の春日神社の総本社として知られています 。土壌中から単離された放線菌から抗生物質が発見されたことで、微生物学的にも貴重な場所となっています 。1966年(昭和41年)1月17日にホクコーカスミン液剤として農薬登録され、長年にわたってイネいもち病などの病害防除に使用されてきました 。
有機JAS規格における農薬使用条件
有機農産物の生産において、表B.1に記載された農薬の使用は厳格な条件下でのみ認められています 。農産物に重大な損害が生ずる危険が急迫している場合であって、耕種的防除、物理的防除、生物的防除またはこれらを適切に組み合わせた方法のみによっては有害動植物を効果的に防除することができない場合に限り使用できます 。
使用に際しては、農薬取締法を遵守し、対象農作物、対象病害虫、使用方法、使用量、使用回数など、登録内容に従った適切な使用が必要です 。表B.1の農薬は天敵などの生物農薬や天然物質、天然物由来のものから構成されており、有機農業の理念に適合した資材として位置づけられています 。
参考)有機農産物と農薬
カスガマイシンの作用機序と安全性特性
カスガマイシンは、リボソームの30Sサブユニットに結合してタンパク質の生合成を阻害することにより殺菌効果を示します 。この作用機序により、イネいもち病をはじめとする各種病害に効果を発揮する一方で、ヒトやその他の動物への毒性は極めて低いという特徴があります 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11131500/000747262.pdf
この安全性の高さは、カスガマイシンが医薬品として使用されていない点からも裏付けられます 。動植物に対する影響が少ないため、食品安全性の観点から有機農業においても使用可能と判断された重要な要因となっています 。植物体内への浸透移行性も研究されており、効果的な病害防除が期待できる特性を持っています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9399671/
有機農業における病害防除戦略の拡張
カスガマイシンの有機JAS認証への追加は、有機農業における病害防除の選択肢を大幅に拡張する意義を持ちます。これまで有機農業では銅剤や硫黄剤など限定的な薬剤に頼らざるを得ませんでしたが 、放線菌由来の天然抗生物質という新たな防除手段が加わりました。
参考)有機農業で使える“農薬”があるってホント?|マイナビ農業
特に茶園での炭疽病防除や水稲のいもち病対策において、カスガマイシンの使用は生産者にとって重要な選択肢となります 。有機栽培面積の拡大が期待される中で、病害防除の課題解決に貢献する可能性があります 。ただし、使用は緊急時に限定されており、予防的な散布は認められていないため、総合的病害虫管理(IPM)の一環として適切に活用することが求められます。