甘草上限の現状と偽アルドステロン症リスク
甘草の1日摂取目安と添付文書改訂の背景
かつて、漢方薬に含まれる甘草(カンゾウ)の1日摂取上限量については、明確な基準が存在していました。具体的には、「1日摂取量が甘草として5g以上、またはグリチルリチン酸として200mg以上」となる製剤について、使用上の注意に記載するという目安がありました。しかし、この基準の根拠となっていた昭和53年の厚生省薬務局長通知(薬発第158号)は、平成28年(2016年)4月1日をもって廃止されました。
参考)エラー
この「上限廃止」は、決して「どれだけ摂取しても安全になった」という意味ではありません。むしろ、「一律の基準以下であっても副作用が発現する事例が散見されるため、数値だけで安全性を担保することは危険である」という判断に基づいています。実際、グリチルリチン酸の代謝や感受性には大きな個人差があり、低用量であっても偽アルドステロン症を発症するケースが報告されています。
参考)https://www.radionikkei.jp/kampotoday/docs/kampo-210603.pdf
現在の添付文書等の記載要領では、特定の用量を超えた場合にのみ注意喚起するのではなく、より包括的なリスク管理が求められています。ただし、実務上の目安として、以下の基準が依然として重要視されています。
- グリチルリチン酸として1日100mg以上、または甘草として1日2.5g以上を含有する製剤:使用上の注意の「してはいけないこと」や「相談すること」の項目で、偽アルドステロン症に関する詳細な記載が必須となっています。
- それ以下の用量であっても、長期連用や併用薬の有無によってはリスクが高まるため、医療従事者による個別の判断が不可欠です。
このように、現在では「上限値」という絶対的な安全ラインは存在せず、患者ごとのリスク因子を考慮した用量調節が求められるようになっています。特に、複数の漢方製剤を併用する場合や、長期にわたって投与する場合には、単純な合算量だけでなく、患者の体格や腎機能、併用薬の状況を総合的に評価する必要があります。
偽アルドステロン症のリスク因子と早期発見
甘草の主成分であるグリチルリチン酸は、体内で活性型代謝物であるグリチルレチン酸(GA)に変換され、腎臓の11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素2型(11β-HSD2)を阻害します。通常、この酵素はコルチゾールを不活性なコルチゾンに変換することで、ミネラルコルチコイド受容体(MR)への結合を防いでいます。しかし、この酵素が阻害されると、コルチゾールがMRに結合してしまい、アルドステロンが存在しないにもかかわらず、あたかも過剰に存在するかのような作用を示します。これが偽アルドステロン症のメカニズムです。
参考)https://www.philkampo.com/pdf/phil79/phil79-05.pdf
リスク因子としては、以下の項目が特に重要です。
- 高齢者:筋肉量の減少や腎機能の低下により、低カリウム血症や体液貯留が顕在化しやすくなります。また、自覚症状を訴えにくいことも発見が遅れる要因となります。
参考)芍薬甘草湯の効果とは?副作用や正しい飲み方、長期連用リスクを…
- 低カリウム血症を来しやすい薬剤の併用:ループ利尿薬(フロセミドなど)やチアジド系利尿薬は、尿中へのカリウム排泄を促進するため、甘草による低カリウム血症を増悪させます。
参考)芍薬甘草湯と他の薬の飲み合わせにNGはあるの?販売時の(対応…
- 低アルブミン血症:グリチルレチン酸は血液中でその大部分がアルブミンと結合して存在しています。低アルブミン血症の患者では、遊離型のグリチルレチン酸が増加し、組織への移行や作用が増強される可能性があります。
- 長期連用:発症までの期間は数週間から数ヶ月かかることが多いですが、用量が多い場合は数日で発症することもあります。また、数年間の服用後に突如発症する例も報告されており、服用期間に関わらず継続的なモニタリングが必要です。
早期発見のためには、患者への「こむら返り(筋痙攣)」「手足のしびれ」「脱力感」「むくみ」といった初期症状の周知徹底が不可欠です。特に「足がつる」という訴えに対して、芍薬甘草湯が処方されるケースが多いですが、その芍薬甘草湯自体が原因で症状が悪化しているというパラドックス(悪循環)に陥っている症例も見受けられます。定期的な血液検査による血清カリウム値の確認と、血圧測定をルーチン化することが、重篤化を防ぐ唯一の手段と言えます。
併用注意が必要な薬剤と意外な食品・サプリメント
医療現場で最も注意すべきは、意図しない甘草の「重複投与」です。漢方エキス製剤の約7割に甘草が含まれており、複数の診療科から異なる漢方薬が処方されている場合、合算すると1日量が容易に5g〜6gを超えることがあります。
参考)Question 53 複数の漢方薬を併用する際に注意すべき…
主な高用量甘草含有製剤(1日量あたり)は以下の通りです。
参考)https://www.fpa.or.jp/library/kusuriQA/23.pdf
特に芍薬甘草湯は頓服としての利用が推奨されますが、漫然と連用されているケースが後を絶ちません。
さらに、見落とされがちなのが「食品」や「サプリメント」由来の甘草です。甘草抽出物は、その強い甘味から「甘味料」として広く食品に使用されています。
- 醤油・味噌・漬物:伝統的な和食の調味料に、甘味付けとして添加されていることが多々あります。
- のど飴・トローチ:グリチルリチン酸の抗炎症作用を期待して配合されている製品が多く、風邪シーズンにこれらを過剰摂取しながら葛根湯などを服用すると、総摂取量が危険域に達する可能性があります。
- 健康食品・ハーブティー:「リコリス(Licorice)」として配合されている場合、患者自身が甘草であると認識していないことがあります。
- ルートビアや特定の輸入菓子:海外製の菓子や飲料には、日本人の想定を超える量のリコリスが含まれていることがあります。
問診の際は、処方薬だけでなく、市販の風邪薬や胃腸薬、さらには常食している健康食品や嗜好品についても聴取する必要があります。「健康に良いと思って毎日ハーブティーを飲んでいる」という患者が、実はリコリスティーによる偽アルドステロン症であったという事例は、決して稀ではありません。
グリチルリチン酸の代謝と腸内細菌による個人差
なぜ、同じ量の甘草を摂取しても、副作用が出る人と出ない人がいるのでしょうか?その鍵を握るのが「腸内細菌叢」です。これは、添付文書や一般的なガイドラインには詳しく記載されていない、独自かつ重要な視点です。
グリチルリチン酸(GL)自体は、実はそのままでは体内にほとんど吸収されません。経口摂取されたGLは、腸内細菌が産生する酵素「グルクロニダーゼ」によって加水分解され、初めて吸収可能なグリチルレチン酸(GA)となります。つまり、「GLをGAに変換する能力が高い腸内細菌を持っている人」ほど、血中のGA濃度が高くなりやすく、偽アルドステロン症のリスクが高まるという仮説が成り立ちます。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-iizuka-191011.pdf
最近の研究では、この代謝プロセスにおける個人差が非常に大きいことが示されています。
- 高吸収体質:特定の腸内細菌(Eubacterium sp. など)を多く保有する患者では、効率的にGLがGAに変換・吸収されます。
- 代謝産物の排泄遅延:吸収されたGAは肝臓で代謝され、胆汁中に排泄されますが、ここでも腸肝循環を受けます。この再吸収のサイクルにも個人差が関与しています。
さらに興味深い知見として、偽アルドステロン症を発症した患者の血液中からのみ検出される特異的な代謝産物「18β-glycyrrhetyl-3-O-sulfate (GA3S)」や「3-monoglucuronyl-glycyrrhetinic acid (3MGA)」の存在が報告されています。通常、健常者では検出されない、あるいは極微量であるこれらの代謝物が、発症者では高濃度で確認されることから、単なる「吸収量」の違いだけでなく、「体内でどのように代謝・抱合されるか」という遺伝的・体質的な要因が深く関わっている可能性が示唆されています。
将来的には、患者の腸内フローラを検査したり、特定の代謝マーカーを測定したりすることで、「甘草を飲んではいけない体質」を事前にスクリーニングできるようになるかもしれません。現時点では、臨床現場でこれらを測定することは困難ですが、「腸内環境や体質によってリスクが数倍〜数十倍異なる可能性がある」という事実を念頭に置くことは、慎重な投与判断の一助となるはずです。
高齢者への投与と実践的な服薬指導
高齢化社会において、漢方薬はポリファーマシー対策の一つとして有用視されていますが、甘草によるリスク管理はよりシビアになります。高齢者では、加齢に伴う腎血流量の減少やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の反応性低下により、電解質異常の代償機構が働きにくくなっています。
実践的な服薬指導のポイント。
- 具体的な初期症状の伝達
「副作用に注意してください」という曖昧な表現ではなく、「足のすねを指で押して跡が残るようなら(浮腫)」「階段の上り下りで普段より動悸がするなら」「夜中に足がつることが増えたら」といった、生活に即した具体的なサインを伝えます。
- カリウム値のモニタリング頻度
投与開始前(ベースライン)の測定は必須です。その後、開始2週間後、1ヶ月後とこまめにチェックし、安定していても3ヶ月に1回は確認することが望ましいです。特に夏場は発汗により脱水と電解質失調が進みやすいため、注意が必要です。
- 休薬の提案
症状が改善しているにも関わらず、「なんとなく」継続しているケースでは、積極的に減量や休薬、あるいは甘草を含まない処方(裏処方)への変更を提案します。
- 例:こむら返りの予防で芍薬甘草湯を毎日服用している場合 → 症状が出た時だけの頓服に変更する、あるいは血流改善を目的として疎経活血湯(甘草1g含有だが芍薬甘草湯より少ない)や、甘草を含まない牛車腎気丸などを検討する(ただし証の適合による)。
- 利尿薬とのバランス
心不全や高血圧でループ利尿薬を使用している患者に漢方薬を追加する場合、甘草含有製剤は第一選択から外す、あるいは少量に留めるといった配慮が必要です。どうしても必要な場合は、カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトンなど)の併用や、カリウム製剤の補充を検討しますが、これはあくまで対症療法であり、根本的な解決ではないことを理解しておくべきです。
甘草は優れた生薬であり、多くの漢方方剤において「調和」の役割を果たしています。その恩恵を最大限に享受しつつ、不利益を最小限に抑えるためには、我々医療従事者が「上限撤廃」の真意を理解し、個々の患者の背景に踏み込んだきめ細やかな管理を行うことが不可欠です。

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