潰瘍の軟膏の使い分けと滲出液や感染と肉芽のステージ

潰瘍の軟膏の使い分け

記事の概要
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滲出液のコントロール

滲出液の多寡に応じた基剤(吸水性・疎水性)の選択が、周囲皮膚の浸軟を防ぎ治癒を促進します。

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感染とバイオフィルム

感染期におけるゲーベンクリームの強力な抗菌作用と、難治性要因となるバイオフィルムへの対策を解説します。

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肉芽形成と上皮化

アクトシンやプロスタンディンなど、肉芽増生を促す薬剤の使い分けと副作用のリスク管理について詳述します。

潰瘍治療における軟膏の使い分けは、単に「傷に薬を塗る」という行為を超え、創傷治癒プロセス(Wound Bed Preparation)を能動的にコントロールする高度な臨床判断が求められます。創の状態は日々変化するため、DESIGN-R®などの評価ツールを用いて「黒色期」「黄色期」「赤色期」「白色期」という病期(ステージ)を正確に把握し、その時点での阻害因子を取り除く薬剤を選択しなければなりません。特に医療従事者が陥りやすいのが、漫然と同じ軟膏を使い続けてしまうことです。例えば、感染徴候が消失した後も抗菌力の強い軟膏を使い続けると、その細胞毒性によって逆に肉芽形成が阻害されることがあります。

本記事では、臨床現場で頻用される主要な軟膏製剤の特性を深掘りし、滲出液のマネジメントからバイオフィルム対策まで、エビデンスに基づいた実践的な使い分けを解説します。

潰瘍の軟膏の使い分けと滲出液の量による選択

 

潰瘍治療において最も基本的かつ重要なパラメータが「滲出液の量」です。湿潤環境(Moist Wound Healing)の維持が原則ですが、過剰な滲出液は周囲皮膚の浸軟(maceration)を引き起こし、逆に乾燥しすぎれば治癒が遅延します。ここで鍵となるのが、軟膏の「基剤」の性質を見極めることです。

  • 滲出液が多い場合(親水性基剤・吸水性基剤)

    滲出液が多い創には、水分を吸収する力を持つ基剤を選択します。代表的なものにマクロゴール基剤や、吸水性ポリマーを含む製剤があります。これらは過剰な水分を吸収し、創面を適度な湿潤状態に保つ役割を果たします。

    • ユーパスタコーワ軟膏(精製白糖・ポビドンヨード): 白糖の浸透圧作用により、組織内の水分を強力に引き出し、浮腫を軽減させると同時に殺菌を行います。
    • カデックス軟膏: 親水性ポリマー(デキストロマー)が滲出液を吸収しゲル化します。
  • 滲出液が少ない場合(油脂性基剤・乳剤性基剤)

    乾燥傾向にある創や、上皮化が進んでいる時期には、水分の蒸発を防ぎ、創面を保護する油脂性基剤(ワセリン基剤など)や、水分を補給するO/W型(水中油型)クリームが適しています。

    • アズノール軟膏: 植物由来のアズレンを主成分とし、炎症を鎮めつつ創面を保護します。油脂性で保湿力が高いため、乾燥した創や上皮化期の保護に最適です。
    • プロスタンディン軟膏: 油脂性基剤であり、適度な保湿性を持ちながら微小循環を改善します。

    滲出液のコントロールに失敗すると、良質な肉芽が形成されず、いつまでも治癒しない「停滞」状態に陥ります。毎回の処置時にガーゼの濡れ具合や創周囲の皮膚状態(ふやけや発赤)を確認し、適宜薬剤を変更する柔軟性が求められます。

    参考:創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン―1:創傷一般ガイドライン(日本皮膚科学会)

    潰瘍の軟膏の使い分けと感染期のゲーベンクリーム

    「感染」が存在する創、あるいは壊死組織が多く細菌増殖のリスクが高い「黒色期」「黄色期」において、第一選択となることが多いのがゲーベンクリーム(スルファジアジン銀)です。この薬剤は非常に強力な抗菌スペクトルを持ちますが、その特性を正しく理解していないと思わぬトラブルを招くことがあります。

    • 強力な抗菌作用と壊死組織の軟化

      主成分であるスルファジアジン銀は、緑膿菌を含む広範囲の細菌に対して殺菌的に作用します。また、クリーム基剤(O/W型)であるため水分含有量が多く、乾燥した硬い壊死組織(黒色痂皮)に水分を与えて軟化させる(ふやかす)効果があります。これにより、デブリードマン(壊死組織の除去)を容易にするという物理的なメリットもあります。

    • 使用上の注意点と「使いどき」の終了

      ゲーベンクリームは「諸刃の剣」とも言えます。銀イオンには細菌だけでなく、人体自身の細胞(線維芽細胞など)に対しても一定の細胞毒性があることが知られています。

      • 肉芽形成期には不向き: 感染がコントロールされ、良質な肉芽が形成され始めた時期(赤色期)に漫然と使用を続けると、新生した肉芽を傷つけ、治癒を遅らせてしまう可能性があります。創面が清浄化したら、速やかに細胞毒性の低い薬剤(アクトシンやプロスタンディンなど)へ切り替える必要があります。
      • 白血球減少の副作用: 稀ですが、スルファジアジン吸収による白血球減少が報告されています。広範囲に使用する場合は血液データのモニタリングが推奨されます。
      • 禁忌: サルファ剤過敏症の既往がある患者には使用できません。

      「感染があるからゲーベン」という短絡的な選択は正解の半分に過ぎません。「感染が落ち着いたら直ちにやめる」という出口戦略を持って処方することが、プロフェッショナルな使い分けです。

      潰瘍の軟膏の使い分けと肉芽形成促進のアクトシン

      感染や壊死組織がなくなり、創面が赤く盛り上がってくる「赤色期」に入ると、治療の主眼は「肉芽の増生」と「血管新生」に移ります。ここで活躍するのが、細胞の増殖シグナルに直接働きかける薬剤です。中でもアクトシン軟膏(ブクラデシンナトリウム)は、そのユニークな作用機序から頻用されます。

      • 作用機序:cAMPによる代謝促進

        アクトシンは、細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMP(環状AMP)を増加させる作用を持ちます。これにより、皮膚の微小循環(血流)が改善されるとともに、線維芽細胞の増殖や表皮細胞の遊走が促進されます。つまり、細胞レベルで「傷を治せ」というスイッチを入れる薬剤と言えます。

      • 使い方のコツとプロスタンディンとの違い

        同じく肉芽形成促進作用を持つ薬剤にプロスタンディン軟膏(アルプロスタジル アルファデクス)があります。両者の使い分けは、創の湿潤状態と痛みの有無がヒントになります。

        • アクトシン: マクロゴール基剤のため、若干の吸水性があります。滲出液が「中等度」ある場合に適しています。ただし、創部に塗布した際に刺激痛(疼痛)を感じる患者さんが一定数います。痛みが強い場合は使用を中止せざるを得ません。
        • プロスタンディン: 油脂性基剤のため保湿力が高く、滲出液が「少ない」乾燥傾向の創に適しています。刺激が比較的少なく、使いやすいのが特徴です。

        アクトシンを使用する際は、良質な肉芽(鮮紅色で、表面が顆粒状)が形成されているかを観察します。もし肉芽が「浮腫性(水っぽくブヨブヨしている)」あるいは「蒼白(血流が悪い)」である場合は、薬剤の変更や、過剰肉芽に対するステロイド外用、あるいは圧迫療法などの併用を検討する必要があります。

        参考:日本褥瘡学会 褥瘡の治療について(薬物療法の詳細)

        潰瘍の軟膏の使い分けと壊死組織除去のユーパスタ

        創傷治癒を阻害する最大の要因の一つが、壊死組織(デブリス)です。これが残っている限り、創傷治癒は進まず、細菌感染の温床となります。外科的なデブリードマンが最も確実ですが、毎回の処置で外科的処置ができるとは限りません。そこで、化学的・物理的に壊死組織を除去(デブリードマン)する効果を持つ軟膏、特にユーパスタコーワ軟膏(イソジンシュガー)が重宝されます。

        • シュガー(白糖)の物理的な力

          ユーパスタの主成分の約70%は精製白糖です。高濃度の糖分が高い浸透圧を生み出し、細菌の細胞内から水分を奪って殺菌するだけでなく、浮腫んだ組織から滲出液を引き出し、創面の浮腫(むくみ)を改善します。

        • 創の「クリーニング」効果

          砂糖のザラザラした結晶構造が、塗布や洗浄の際に物理的なスクラブ効果を発揮し、微細な壊死組織やバイオフィルムを絡め取って除去する助けとなります。また、ヨウ素による殺菌力も併せ持つため、感染を伴う汚染創(黄色期)において、「洗って、殺菌して、吸い取る」という3つの作用を同時に行える非常に強力なツールです。

        • 注意点:痛みに配慮する

          高浸透圧による脱水作用は、時に強い「しみる痛み」を伴います。また、ヨウ素製剤であるため、甲状腺機能異常のある患者や、長期間広範囲に使用する場合の甲状腺ホルモン値への影響(ヨード吸収による機能低下)には十分な注意が必要です。

        ユーパスタは、滲出液が多く、ドロドロとした壊死組織が付着しているような「汚い傷」を「きれいな傷」に変えるためのファーストチョイスとして位置づけられます。

        潰瘍の軟膏の使い分けとバイオフィルム対策の盲点

        最後に、教科書的な「感染徴候(発赤・腫脹・疼痛・熱感)」がないにもかかわらず、数週間経っても創が縮小しない、あるいは肉芽の色がなんとなく悪いというケースについて触れます。これは近年、バイオフィルムの存在が深く関与していることが明らかになってきました。これを「クリティカルコロナイゼーション(臨界的定着)」と呼びますが、通常の抗生物質や漫然とした軟膏塗布では太刀打ちできない厄介な状態です。

        • なぜ通常の軟膏が効かないのか

          バイオフィルムは、細菌が産生した多糖類のバリア(スライム状の膜)の中に細菌が集団で生息している状態です。このバリア内には、抗菌薬や免疫細胞が浸透しにくいため、通常の抗菌薬軟膏を塗っても内部の細菌は生き残ります。

        • 有効な薬剤の選択:カデックス軟膏の独自性

          バイオフィルム対策には、まず物理的な除去(洗浄やデブリードマン)が不可欠ですが、薬剤としてはヨウ素系が有効とされています。中でもカデックス軟膏は、独自の徐放システムを持っています。

          • ヨウ素の徐放: カデックスに含まれるヨウ素は、キャリア(運搬体)であるデキストロマービーズに取り込まれており、徐々に放出されます。これにより、長時間にわたって一定の殺菌濃度を維持し、バイオフィルム内部へ浸透して攻撃し続けることが期待できます。
          • ユーパスタとの違い: ユーパスタもヨウ素を含みますが、即効性が強い反面、滲出液ですぐに溶けて流れてしまうことがあります。一方、カデックスはゲル化して創面に留まりやすいため、持続的なバイオフィルム対策において優位性がある場合があります。

          「感染兆候はないが治らない」という時は、バイオフィルムを疑い、単なる肉芽形成促進剤から、カデックスのような「バイオフィルム破壊・抑制」を意識したヨウ素系製剤へ一時的に切り替える(あるいは戻す)という判断が、停滞した治療を動かすブレイクスルーになることがあります。

          参考:Wound hygiene(ウンドハイジーン) – 新しい創傷管理の概念とバイオフィルム

          ジョーズ (字幕版)