褥瘡軟膏の種類
褥瘡(床ずれ)の治療において、局所療法である軟膏療法(保存的治療)は極めて重要な役割を果たします。しかし、現在使用可能な褥瘡治療薬は多岐にわたり、その選択には「創の状態(病期)」、「滲出液の量」、「感染の有無」、そして「基剤の特性」を深く理解する必要があります。特に、日本褥瘡学会が提唱する「DESIGN-R®2020」などの評価ツールを用いて創の状態を正確にアセスメントし、TIMEコンセプトに基づいた適切なWound Bed Preparation(創面環境調整)を行うことが求められます。本記事では、医療従事者が知っておくべき褥瘡軟膏の種類と詳細な使い分けについて、薬理学的な作用機序と臨床的な視点を交えて解説します。
褥瘡の病期と滲出液の状態に合わせた軟膏の使い分け
褥瘡治療における軟膏選択の第一歩は、創の状態を色調(黒色期、黄色期、赤色期、白色期)で分類し、さらに滲出液の量を評価することです。このアセスメントには、DESIGN-R®などのスケールが一般的に用いられます。軟膏は単に有効成分(主薬)だけで選ぶのではなく、その土台となる「基剤」が創環境にどのような影響を与えるかを考慮しなければなりません。
例えば、乾燥して固着した壊死組織がある場合(黒色期)は、水分を与えて組織を軟らかくする「補水効果」のある基剤が必要です。一方で、滲出液が多くジュクジュクした創(黄色期~赤色期)に対しては、余分な水分を吸収する「吸水効果」のある基剤を選択する必要があります。もし、滲出液が多い創に補水性の高い軟膏を使用すれば、創周囲の皮膚が浸軟(ふやけ)を起こし、褥瘡の拡大を招く恐れがあります。逆に、乾燥した創に吸水性の高い軟膏を使えば、創がさらに乾燥し、治癒が遅延します。
したがって、「主薬の薬理作用」と「基剤の物理的作用」の両輪を理解し、創の状態(WetかDryか)に合わせてパズルのように組み合わせることが、褥瘡軟膏の使い分けの核心となります。
ガイドラインに基づいた外用薬の選択基準については、以下のリンクが参考になります。
日本褥瘡学会:褥瘡の治療について(ガイドラインに基づく解説)
壊死組織の除去と感染制御に用いる褥瘡軟膏の種類
黒色期や黄色期においては、壊死組織が存在し、細菌感染の温床となっているケースが多く見られます。この時期の治療目標は、壊死組織を除去(デブリドマン)し、感染を制御して、良質な肉芽形成の準備を整えることです。
1. 酵素製剤:ブロメライン軟膏(ブロメライン)
ブロメライン軟膏は、パイナップル由来のタンパク分解酵素を主成分とする軟膏です。
- 作用機序: 壊死組織の主要成分であるタンパク質(フィブリンやコラーゲン)を直接加水分解し、溶解・脱落を促進します(化学的デブリドマン)。
- 特徴: 水分保持能力は低いため、硬い壊死組織に使用する場合は、事前に生理食塩水ガーゼなどで創を湿らせる必要があります。
- 注意点: 正常な皮膚や肉芽組織に対してもタンパク分解作用を示すため、創周囲の正常皮膚にはワセリン等を塗布して保護する必要があります。出血傾向のある創には慎重投与が必要です。
2. スルファジアジン銀製剤:ゲーベンクリーム1%
抗菌作用と補水作用を併せ持つ、黒色期~黄色期の代表的な薬剤です。
- 作用機序: スルファジアジン銀から徐々に銀イオンが放出され、広範囲の細菌(特に緑膿菌など)に対して殺菌作用を示します。
- 特徴: 基剤がO/W型(水中油型)のクリームであり、多量の水分を含んでいます。この水分が乾燥した壊死組織に移行することで、組織をふやかし(浸軟させ)、自己融解を促進します。
- 臨床のポイント: 銀イオンが光で還元され黒変するため、遮光が必要です。また、塗布量が少ないと十分な効果が得られないため、ガーゼ側に厚く(約3mm〜5mm)塗布する方法が推奨されます。
3. ヨウ素系製剤:カデックス軟膏(カデキソマー・ヨウ素)
滲出液が多い感染創に極めて有効な薬剤です。
- 作用機序: カデキソマー(微小なデンプンのビーズ)が基剤となっており、これが滲出液を吸収してゲル化します。その過程で内部に保持されたヨウ素が徐々に放出され(徐放性)、持続的な殺菌効果を発揮します。
- 特徴: 強力な吸水作用を持ち、滲出液とともに細菌や壊死組織片(デブリ)を取り込む「吸着作用」があります。
- 注意点: ヨウ素過敏症の患者や甲状腺機能異常のある患者には使用できません。交換時にゲル化した薬剤を十分に洗浄除去することが重要です。
感染制御に関するエビデンスについては以下が参考になります。
MDPI: 抗菌性創傷被覆材と薬剤の臨床レビュー(2023)
良質な肉芽形成と血管新生を促進する褥瘡軟膏の種類
感染が制御され、壊死組織が除去された後は、欠損した組織を埋める「肉芽(にくげ)」の形成を促進する赤色期の治療に移行します。この時期は、血管新生を促し、血流を改善して、細胞の増殖に必要な酸素や栄養を供給することが重要です。
1. アルプロスタジル アルファデクス軟膏(プロスタンディン軟膏)
- 作用機序: プロスタグランジンE1(PGE1)製剤であり、強力な血管拡張作用と血小板凝集抑制作用を持ちます。局所の微小循環を改善することで、酸素と栄養の供給を増やし、血管新生と肉芽形成を促進します。
- 特徴: 比較的滲出液が少ない~中等度の創に適しています。基剤の刺激性が少なく、使いやすい薬剤です。
- 適応: 血流障害が背景にある褥瘡や、糖尿病性潰瘍などにも広く使用されます。
2. ブクラデシンナトリウム軟膏(アクトシン軟膏)
- 作用機序: 細胞内のサイクリックAMP(cAMP)濃度を上昇させることで、細胞のエネルギー代謝を活性化します。これにより、線維芽細胞の増殖や血管内皮細胞の遊走が促進され、肉芽形成が加速します。
- 特徴: 基剤は水溶性(マクロゴール)であり、適度な吸水性を持っています。滲出液がやや多い創に適しています。
- 臨床のポイント: 創面が乾燥している場合は、効果が十分に発揮されないことがあるため、生理食塩水ガーゼ等で適度な湿潤環境を整えてから使用することがあります。
3. トレチノイン トコフェリル軟膏(オルセノン軟膏)
- 作用機序: ビタミンA誘導体(トレチノイン)とビタミンE(トコフェロール)のエステル結合体です。ビタミンA作用による線維芽細胞の増殖促進と、ビタミンE作用による血流改善・過酸化脂質抑制作用を併せ持ちます。
- 特徴: 赤色肉芽の増殖促進作用が強く、肉芽が盛り上がりにくい創(不良肉芽)に効果的です。ただし、過剰な肉芽形成(過肉芽)には注意が必要です。
薬剤の詳細な作用機序と選択については、以下の資料も有用です。
上皮化の促進と脆弱な皮膚保護に適した褥瘡軟膏の種類
肉芽が創面を埋め尽くし、平坦になった後は、周囲から皮膚(表皮)が伸びてくる「上皮化」の段階(白色期)に入ります。この時期の新生上皮は非常に薄く脆弱であるため、摩擦や乾燥などの刺激から保護し、上皮細胞が遊走しやすい環境を整えることが最優先となります。
1. アズレン系軟膏(アズノール軟膏)
- 作用機序: 植物成分カモミール由来のアズレンを主成分とし、抗炎症作用、抗アレルギー作用、肉芽形成促進作用を持ちます。
- 特徴: 作用が穏やかで刺激が少なく、上皮化期のデリケートな創面に適しています。また、創周囲の皮膚炎や発赤の鎮静にも広く使用されます。
- 基剤特性: 油脂性基剤を使用しており、創面を保護(コーティング)する効果が高いため、ドレッシング材交換時の剥離刺激を和らげる効果も期待できます。
2. 精製白糖・ポビドンヨード配合軟膏(ユーパスタコーワ軟膏など)
※上皮化期での使用には注意が必要な薬剤ですが、肉芽~上皮化の移行期によく用いられます。
- 作用機序: 白糖(シュガー)の高浸透圧作用により、細菌の脱水殺菌を行うとともに、創面の浮腫を軽減し血流を改善します。ヨードによる殺菌作用も併せ持ちます。
- 上皮化期での注意点: 殺菌作用や吸水作用が強力であるため、完成しつつある脆弱な上皮細胞を障害する可能性があります。上皮化が順調に進んでいる場合は、より刺激の少ないアズノール軟膏やワセリン、あるいは非固着性の創傷被覆材へ切り替えるのが一般的です。
3. 白色ワセリン(プロペト等)
- 役割: 薬剤成分を含まない純粋な保護剤です。
- 特徴: 創面を油膜で覆うことで水分の蒸発を防ぎ(閉鎖効果)、適度な湿潤環境を維持します。また、ガーゼや被覆材が創面に固着するのを防ぎ、交換時の再損傷(剥離損傷)を予防するために極めて重要です。
褥瘡軟膏の基剤特性と浸透圧による水分コントロール
褥瘡治療において、検索上位の記事や一般的な教科書では「主薬(抗菌薬や酵素など)」の効果ばかりが強調されがちです。しかし、現場の薬剤師やWOCナース(皮膚・排泄ケア認定看護師)が最も重視する「独自視点」かつ「決定的な要素」は、実は「基剤の特性と浸透圧」です。
薬剤の「基剤」は単なる運び屋ではありません。基剤そのものが創傷治癒に物理的に介入します。これを理解していないと、「高い薬を使っているのに治らない」という現象が起きます。
1. マクロゴール基剤(水溶性基剤)の「浸透圧」による脱水効果
アクトシン軟膏やユーパスタコーワ軟膏、イソジンシュガーパスタなどに使用されている「マクロゴール」や「白糖」は、親水性が非常に高く、強力な浸透圧を持っています。
- メカニズム: 創面に塗布すると、浸透圧差によって組織から水分(滲出液)を強力に吸い上げます。
- メリット: 浮腫(むくみ)のあるブヨブヨした肉芽を引き締め、余分な滲出液を排除し、局所の循環を改善します。
- デメリット(重要): 乾燥した創(Dryな創)に使用すると、正常な細胞に必要な水分まで奪い取ってしまい、細胞が脱水状態に陥ります。これが原因で「疼痛」が生じたり、肉芽形成がストップしたりすることがあります。乾燥傾向の創には、マクロゴール基剤は避けるか、他の保湿性薬剤と混合するなどの工夫が必要です。
2. 乳剤性基剤(クリーム)の「補水」と「乳化破壊」
ゲーベンクリームなどのO/W型(水中油型)エマルションは、水分を多く含んでいます。
- メカニズム: 乾燥した壊死組織に水分を与え、ふやかす効果があります。
- デメリット(重要): 滲出液が多すぎる創に使用すると、基剤の乳化状態が崩れ(相転移)、ドロドロに溶けて流れてしまいます。これにより、主薬が創面に留まれず効果が減弱するだけでなく、周囲の皮膚を浸軟させ、トラブルの原因になります。
3. 油脂性基剤(軟膏)の「閉鎖」と「保護」
アズノール軟膏やワセリンなどの油脂性基剤は、水を弾きます。
- メカニズム: 創面を油の膜で覆うことで、内部からの水分蒸発を防ぎ(保湿)、外部からの刺激を遮断します。
- 独自視点: 独自の吸水力はないため、滲出液が多い創に使用すると、行き場を失った滲出液が軟膏の下に溜まり、細菌繁殖の温床(アブセス)となるリスクがあります。このような場合は、吸水性のあるドレッシング材を併用するか、吸水性のある軟膏への変更が必要です。
このように、「主薬」で細胞に命令を出しつつ、「基剤」で細胞が活動しやすい水分環境(湿潤環境)を物理的に整えることこそが、褥瘡軟膏療法の真髄と言えます。
基剤の特性に関する専門的な解説は以下を参照ください。
医学出版:外用薬の基剤特性と選択(WOC Nursing)
アルメディアWEB:基剤の物理的特性と主薬のメカニズム

とにかく使える 褥瘡ケア