持続性食欲抑制薬の一覧と特徴
肥満症は現代社会における重要な健康課題であり、その治療には食事療法や運動療法と併用して薬物療法が選択されることがあります。特に持続性食欲抑制薬は、長時間にわたって食欲を抑制し、患者の食事管理をサポートする重要な治療選択肢となっています。本記事では、医療従事者の皆様に向けて、現在使用可能な持続性食欲抑制薬の種類や特徴、適応、副作用などについて詳細に解説します。
持続性食欲抑制薬としてのGLP-1受容体作動薬の作用機序
GLP-1(Glucagon-Like Peptide-1)受容体作動薬は、近年肥満症治療において注目を集めている薬剤です。これらは元々2型糖尿病治療薬として開発されましたが、体重減少効果が顕著であることから肥満症治療薬としても承認されるようになりました。
GLP-1受容体作動薬の主な作用機序は以下の通りです。
- 脳の食欲中枢への作用: 視床下部の食欲調節中枢に作用し、満腹感を増強します
- 胃排出遅延作用: 胃からの食物排出を遅らせることで、満腹感を持続させます
- インスリン分泌促進: 血糖値依存的にインスリン分泌を促進します
- グルカゴン分泌抑制: 肝臓からの糖放出を抑制します
日本で肥満症に対して承認されている代表的なGLP-1受容体作動薬には、ウゴービ皮下注(一般名:セマグルチド)があります。臨床試験では10%以上の体重減少効果が報告されており、週1回の皮下注射で持続的な効果が得られる点が特徴です。
また、より新しい薬剤として、GIPとGLP-1の両方の受容体に作用する「持続性GIP/GLP-1受容体作動薬」であるマンジャロ皮下注(一般名:チルゼパチド)が開発中です。この薬剤は従来のGLP-1受容体作動薬よりもさらに高い減量効果が期待されています。
中枢性食欲抑制薬の種類と臨床効果の比較
中枢性食欲抑制薬は、脳内の神経伝達物質に直接作用して食欲を抑制する薬剤です。これらは主に中枢神経系に作用するため、効果が即効性である一方で、依存性や精神神経系の副作用に注意が必要です。
1. フェンテルミン/トピラマート配合剤(Qsymia)
米国FDAでは2012年に承認された配合剤で、食欲抑制剤のフェンテルミンと抗てんかん薬トピラマートを組み合わせたものです。臨床試験では約半数の患者が10%の減量に成功し、80%以上が5%の減量に成功したという高い有効性が報告されています。
作用機序。
- フェンテルミン:ノルアドレナリン放出促進による食欲抑制
- トピラマート:GABA受容体機能増強と満腹中枢刺激
2. マジンドール(サノレックス)
日本で高度肥満症(BMI 35以上)に対して承認されている食欲抑制剤です。中枢神経系に作用してノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、食欲を抑制します。
注意点として、マジンドールは向精神薬の一種であり、依存性のリスクがあるため慎重な使用が求められます。
3. ナルトレキソン/ブプロピオン配合剤
米国では承認されていますが、日本では未承認の薬剤です。オピオイド拮抗薬のナルトレキソンと抗うつ薬のブプロピオンを組み合わせたもので、食欲抑制と報酬系への作用により体重減少効果を示します。
中枢性食欲抑制薬の比較表。
薬剤名 | 主な作用機序 | 投与方法 | 減量効果 | 主な副作用 |
---|---|---|---|---|
フェンテルミン/トピラマート | ノルアドレナリン放出促進、GABA機能増強 | 経口 | 約10% | 口渇、便秘、不眠、めまい |
マジンドール | ノルアドレナリン再取り込み阻害 | 経口 | 約5-8% | 不眠、口渇、頭痛、依存性 |
ナルトレキソン/ブプロピオン | 報酬系抑制、ドパミン・ノルアドレナリン再取り込み阻害 | 経口 | 約5-8% | 悪心、頭痛、便秘、不眠 |
持続性食欲抑制薬と膵リパーゼ阻害薬の併用療法
肥満症治療において、異なる作用機序を持つ薬剤を併用することで、より効果的な体重減少が期待できる場合があります。特に、食欲を抑制する薬剤と脂肪の吸収を阻害する薬剤の併用は理論的に相補的な効果が期待できます。
膵リパーゼ阻害薬の特徴
膵リパーゼ阻害薬は、消化管内で膵リパーゼの活性を阻害することで、食事から摂取した脂肪の吸収を抑制します。日本で承認されている膵リパーゼ阻害薬には以下のものがあります。
- アライカプセル(オルリスタット): 腹囲(男性85cm以上、女性90cm以上)かつBMI25以上で、2つ以上の健康障害を有する方、またはBMI35以上の方に適応
- オブリーン錠(セチリスタット): 2型糖尿病、脂質異常症を有し、BMI25以上の方に適応
併用療法の利点
GLP-1受容体作動薬などの食欲抑制薬と膵リパーゼ阻害薬の併用には、以下のような利点が考えられます。
- 食欲抑制による摂取カロリーの減少と脂肪吸収阻害による摂取エネルギーの減少という2つの異なるアプローチによる相乗効果
- 食欲抑制が不十分な場合でも、脂肪吸収阻害により摂取エネルギーを制限できる
- 異なる作用機序により、一方の薬剤への反応が不十分な患者でも効果が期待できる
ただし、併用療法を行う際には、それぞれの薬剤の副作用プロファイルや相互作用に注意する必要があります。特に膵リパーゼ阻害薬は脂溶性ビタミンの吸収低下を引き起こす可能性があるため、適切なビタミン補給が必要となる場合があります。
持続性食欲抑制薬の適正使用と最適使用推進ガイドライン
持続性食欲抑制薬、特にGLP-1受容体作動薬などの新規薬剤は、適正に使用されることが重要です。日本では、革新的医薬品を有効かつ安全に使用するための「最適使用推進ガイドライン」が設けられています。
最適使用推進ガイドラインのポイント
- 適応患者の選定:
- BMI 35以上の高度肥満症患者、またはBMI 27以上で肥満関連合併症(2型糖尿病、高血圧、脂質異常症など)を有する患者
- 食事療法・運動療法を3〜6ヶ月間行っても十分な効果が得られない患者
- 治療効果の評価:
- 「3〜4ヶ月間投与しても改善傾向が認められない場合には中止すること」
- 通常、5%以上の体重減少が認められない場合は治療の継続を再検討
- 安全性モニタリング:
- 不適切な使用の防止:
- 美容目的での使用は推奨されない
- 日本糖尿病学会からも、自由診療でのダイエット・美容目的での適応外使用に対して注意喚起がなされている
処方医師・医療機関の要件
最適使用推進ガイドラインでは、これらの薬剤を処方できる医師や医療機関についても一定の要件が設けられています。
- 肥満症治療に精通した医師(日本肥満学会専門医など)
- 副作用発現時に対応できる体制が整っている医療機関
- 栄養指導、運動指導を含めた総合的な肥満症治療が可能な施設
これらのガイドラインに従うことで、持続性食欲抑制薬の有効性を最大化しつつ、安全性を確保することが可能となります。
持続性食欲抑制薬と漢方薬の補完的アプローチ
西洋医学的な持続性食欲抑制薬に加えて、東洋医学の知見に基づく漢方薬も食欲抑制に有効な選択肢となりうます。漢方薬は副作用が比較的少なく、長期間の使用が可能な点が特徴です。
食欲抑制に有効な主な漢方薬
- 大柴胡湯(だいさいことう)
- 効能:ストレスを原因とする過食や肥満に効果的
- 作用機序:肝気の鬱滞を改善し、消化機能を正常化
- 適応:ストレス性の過食、肥満傾向のある方
- 防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
- 効能:お腹周りの脂肪や便秘に効果的
- 作用機序:体内の余分な熱や水分を排出し、代謝を促進
- 適応:腹部肥満、便秘傾向のある方
- 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
- 効能:ホルモンバランスの乱れによる食欲変動に効果的
- 作用機序:血行を改善し、水分代謝を正常化
- 適応:女性ホルモンの変動による食欲増加
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
- 効能:ホルモンバランスの乱れによる食欲変動に効果的
- 作用機序:瘀血(おけつ)を改善し、代謝を促進
- 適応:便秘傾向があり、のぼせやすい方
西洋薬と漢方薬の併用における注意点
持続性食欲抑制薬と漢方薬を併用する際には、以下の点に注意が必要です。
- 相互作用の可能性:特に中枢性食欲抑制薬と大柴胡湯などの漢方薬は、中枢神経系に作用するため、相互作用の可能性があります。
- 個別化治療の重要性:漢方薬は「証」に基づいて処方されるため、患者の体質や症状に合わせた選択が重要です。
- 段階的アプローチ:まずは漢方薬から開始し、効果不十分な場合に西洋薬を追加するなど、段階的なアプローチが望ましい場合があります。
漢方薬は、持続性食欲抑制薬の副作用が懸念される患者や、軽度の肥満症患者に対する初期治療として検討する価値があります。また、西洋薬による治療と並行して、体質改善や副作用軽減を目的として併用することも一つの選択肢です。
持続性食欲抑制薬の国際比較と日本での開発状況
肥満症治療薬の開発と承認状況は国によって大きく異なります。特に欧米と日本では、肥満の定義や治療アプローチに違いがあり、使用可能な薬剤にも差があります。
米国での承認状況
米国では、BMI 30以上が肥満と定義され、以下の薬剤が承認されています。
- リパーゼ阻害薬:オルリスタット
- 中枢性食欲抑制薬:フェンテルミン/トピラマート配合剤、ナルトレキソン/ブプロピオン配合剤
- GLP-1受容体作動薬:リラグルチド、セマグルチド
- GIP/GLP-1受容体作動薬:チルゼパチド
米国では肥満症治療薬の選択肢が豊富であり、特に近年はGLP-1受容体作動薬の高用量製剤(セマグルチド2.4mg:Wegovy)が承認され、大きな注目を集めています。
日本での開発・承認状況
日本では、BMI 25以上が肥満と定義され、以下の薬剤が承認されています。
- リパーゼ阻害薬:オルリスタット(アライカプセル)、セチリスタット(オブリーン錠)
- 中枢性食欲抑制薬:マジンドール(サノレックス錠)- BMI 35以上の高度肥満症のみ
- GLP-1受容体作動薬:セマグルチド(ウゴービ皮下注)- 2023年承認
日本では現在、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチド(マンジャロ皮下注)が肥満症に対して開発中です。この薬剤は、海外の臨床試験で従来のGLP-1受容体作動薬よりも高い減量効果を示しており、日本での承認が期待されています。
日本と欧米の違い
- 適応基準の違い:日本では肥満の定義(BMI 25以上)が欧米(BMI 30以上)よりも低く設定されていますが、薬物治療の適応はより厳格です。
- 承認プロセスの違い:日本では肥満症治療薬の承認に慎重な姿勢が見られ、欧米で承認されている薬剤の多くが未承認または開発中です。
- 使用実態の違い:欧米では肥満症治療薬の使用が一般的である一方、日本では食事・運動療法が優先される傾向があります。
今後、日本でも新たな持続性食欲抑制薬の承認が進むことで、肥満症治療の選択肢が拡大することが期待されます。特にGLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬は、その高い有効性から注目されています。
持続性食欲抑制薬の長期使用における安全性と効果持続性
持続性食欲抑制薬の長期使用に関しては、効果の持続性と安全性の両面から検討する必要があります。特に最近注目されているGLP-1受容体作動薬については、長期データが蓄積されつつあります。
効果の持続性
GLP-1受容体作動薬の長期使用における効果持続性については、以下のような知見が得られています。
- プラトー効果:多くの患者では、投与開始後6〜12ヶ月で体重減少が一定のレベルで安定(プラトー)する傾向があります。
- リバウンド防止:薬剤の継続使用により、減量効果が維持されることが示されています。一方、中止後は徐々に体重が戻る傾向があるため、長期的な使用が推奨される場合があります。
- 個人差:効果の持続性には個人差があり、生活習慣の改善を併せて行うことで、より長期的な効果が期待できます。
長期安全性
持続性食欲抑制薬の長期安全性については、薬剤のクラスによって異なります。
- GLP-1受容体作動薬。
- 中枢性食欲抑制薬。
- マジンドールなどの中枢性食欲抑制薬は、依存性のリスクがあるため長期使用には注意が必要です。
- フェンテルミン/トピラマート配合剤は、認知機能障害や精神神経系副作用のモニタリングが長期使用では特に重要となります。
- 膵リパーゼ阻害薬。
- 長期使用による脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の欠乏リスクがあるため、適切なビタミン補給が必要です。
- 脂肪便や便失禁などの消化器系副作用は長期使用でも持続する可能性があります。
長期使用の適応と管理
持続性食欲抑制薬の長期使用に際しては、以下のような管理が重要です。
- 定期的な効果評価:体重、BMI、腹囲などの定期的な測定による効果評価
- 副作用モニタリング:定期的な血液検査、画像検査などによる副作用のモニタリング
- 生活習慣指導の継続:薬物療法と並行した食事・運動療法の継続的な指導
- 費用対効果の評価:特にGLP-1受容体作動薬は高額であるため、長期使用の費用対効果を考慮する必要があります
長期的な肥満症管理においては、薬物療法だけでなく、生活習慣の根本的な改善が重要であり、持続性食欲抑制薬はそのサポートとして位置づけられるべきでしょう。
日本肥満学会による肥満症治療ガイドラインの詳細はこちらで確認できます
持続性食欲抑制薬の選択は、患者の肥満の程度、合併症の有無、生活背景などを総合的に評価した上で行うべきであり、医療従事者は最新のエビデンスと各薬剤の特性を理解し、個々の患者に最適な治療法を提供することが求められます。