迅速ウレアーゼ試験とヘリコバクター・ピロリ感染診断の精度と実施方法

迅速ウレアーゼ試験と感染診断

迅速ウレアーゼ試験の基本情報
🔬

検査目的

ヘリコバクター・ピロリ感染の診断

⏱️

判定時間

約2時間

📊

精度(除菌前)

感度:91.0~98.5%、特異度:90.9~100%

ヘリコバクター・ピロリは胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍、さらには胃がんの発症リスクを高める細菌として知られています。この細菌の感染を正確に診断することは、適切な治療方針の決定において非常に重要です。迅速ウレアーゼ試験(Rapid Urease Test: RUT)は、胃内視鏡検査時に採取した胃粘膜組織を用いて、ヘリコバクター・ピロリの存在を簡便かつ迅速に診断するための検査法です。

本検査はピロリ菌が持つ特有の酵素活性を利用したものであり、内視鏡検査と同時に実施できる点が大きなメリットとなっています。医療現場では、ピロリ菌感染の診断において重要な役割を果たしており、特に初回診断時の有用性が高いことが知られています。

迅速ウレアーゼ試験の原理とウレアーゼ活性

迅速ウレアーゼ試験は、ヘリコバクター・ピロリが持つ強いウレアーゼ活性を利用した検査法です。ウレアーゼとは尿素を分解する酵素であり、ピロリ菌はこの酵素を大量に産生する特徴があります。

検査の原理は以下の通りです。

  1. ピロリ菌が産生するウレアーゼ酵素は尿素を分解する
  2. 分解によりアンモニアと二酸化炭素が生成される
  3. アンモニアによりpH値が上昇する
  4. pH指示薬の色が変化する

具体的には、内視鏡検査中に採取した胃粘膜組織を、尿素とpH指示薬を含む専用のキットに入れます。ピロリ菌が存在する場合、尿素が分解されてアンモニアが生成され、pH値が上昇します。これにより、キット内のpH指示薬の色が変化し、ピロリ菌の存在を視覚的に確認することができます。

この化学反応式は次のように表されます。

(NH2)2CO + H2O → 2NH3 + CO2

ウレアーゼ活性の強さはピロリ菌の個体数に比例するため、菌量が多いほど反応は早く、色の変化も顕著になります。これにより、感染の程度をある程度推測することも可能です。

ヘリコバクター・ピロリの診断と治療のガイドラインには、ウレアーゼ活性の検出原理について詳細な解説があります

迅速ウレアーゼ試験と胃カメラ検査の関係

迅速ウレアーゼ試験は胃カメラ(胃内視鏡)検査と密接に関連しています。この検査を実施するためには、胃内視鏡検査によって胃粘膜組織(生検組織)を採取する必要があります。

胃カメラ検査での迅速ウレアーゼ試験の実施手順は以下の通りです。

  1. 胃内視鏡検査を実施し、胃炎や胃潰瘍などの所見を確認
  2. 内視鏡の鉗子を用いて胃粘膜の一部(通常は前庭部や体部)を採取
  3. 採取した組織を迅速ウレアーゼ試験用のキットに入れる
  4. 約2時間後に結果を判定(キットによっては判定時間が異なる場合あり)

迅速ウレアーゼ試験は、胃カメラ検査時にピロリ菌感染が疑われた場合にその場で実施できるという利点があります。これにより、患者は同日中に検査結果を知ることができ、必要に応じて速やかに除菌治療を開始することが可能になります。

胃粘膜組織の採取部位については、ピロリ菌の分布が均一ではないため、複数箇所から採取することで検査の精度が向上するとされています。一般的には、胃前庭部と胃体部からそれぞれ1箇所ずつ、計2箇所から組織を採取することが推奨されています。

注意点として、胃内視鏡検査前の2週間以内にプロトンポンプ阻害薬(PPI)や抗生物質を服用していると、偽陰性の結果が出る可能性が高くなります。これらの薬剤は一時的にピロリ菌の数を減少させたり、ウレアーゼ活性を低下させたりするためです。

日本消化器内視鏡学会のガイドラインでは、迅速ウレアーゼ試験の正確な実施方法について詳細に説明されています

迅速ウレアーゼ試験の精度と限界点

迅速ウレアーゼ試験は、ピロリ菌感染診断において高い精度を持ちますが、いくつかの限界点も存在します。検査の精度と限界について理解することは、結果の解釈や他の検査法との併用を検討する上で重要です。

まず、この検査の精度については、除菌治療前の場合、感度(ピロリ菌感染者を正しく陽性と判定する割合)は91.0~98.5%、特異度(非感染者を正しく陰性と判定する割合)は90.9~100%と報告されています。これは他の検査法と比較してもかなり高い精度です。

しかし、以下のような限界点があります。

  • 偽陰性の可能性: 生検組織内のピロリ菌量が少ない場合、陽性反応が出にくくなります。特に以下の場合に注意が必要です。
  • 萎縮性胃炎が進行している場合
  • PPIや抗生物質、ビスマス製剤を服用中の場合
  • 除菌治療後の判定時
  • 偽陽性の可能性: 稀ではありますが、ヘリコバクター・ピロリ以外のウレアーゼ産生菌(プロテウス属など)が存在する場合に偽陽性となることがあります。
  • 判定時間の問題: キットによっては長時間経過すると非特異的な変色が起こる場合があり、指定された判定時間を守る必要があります。
  • 除菌判定への不適合: 除菌治療後はピロリ菌の分布が不均一になり、菌量も減少するため、除菌成功の判定には不向きです。除菌判定には尿素呼気試験などの他の検査法が推奨されます。

このように、迅速ウレアーゼ試験は非常に有用な検査法である一方で、状況によっては結果の解釈に注意が必要です。特に除菌治療前の初回診断では高い診断能を発揮しますが、除菌判定には適していないという点に留意すべきです。

迅速ウレアーゼ試験と他のピロリ菌検査法の比較

ヘリコバクター・ピロリの感染診断には、迅速ウレアーゼ試験以外にもさまざまな検査法があります。それぞれの特徴を理解し、適切な検査法を選択することが重要です。

主なピロリ菌検査法の比較は以下の通りです。

検査法 侵襲性 感度(除菌前) 特異度 費用(自費の場合) 特徴
迅速ウレアーゼ試験 あり(内視鏡必要) 91.0~98.5% 90.9~100% 約4,000円 迅速性に優れ、内視鏡検査と同時に実施可能
鏡検法 あり(内視鏡必要) 92~98.8% 89~100% 約13,000円 組織学的に菌体を直接確認でき、高い特異性
培養法 あり(内視鏡必要) 68~98% 100% 約5,000円 特異度が最も高く、薬剤感受性試験も可能
尿素呼気試験 なし 97.7~100% 97.9~100% 約7,000円 非侵襲的で除菌判定に最適、全胃の状態を反映
便中抗原検査 なし 94~98.3% 94.1~97.7% 約3,000円 非侵襲的で小児にも適用可能
血清抗体検査 なし(採血のみ) 80~95% 79~90% 約3,000円 スクリーニングに適するが、除菌判定には不向き

迅速ウレアーゼ試験は、内視鏡検査を必要とする侵襲的な検査法ですが、その場で結果が得られる迅速性が大きなメリットです。特に初回診断時の有用性が高く、費用対効果も優れています。

一方、非侵襲的な検査法である尿素呼気試験は、迅速ウレアーゼ試験と同様にピロリ菌のウレアーゼ活性を利用していますが、全胃の状態を反映するため、より正確な結果が得られます。特に除菌判定に適しています。

検査法の選択にあたっては、検査の目的(初回診断か除菌判定か)、患者の状態(内視鏡検査の可否)、費用などを総合的に考慮する必要があります。また、診断精度を高めるために、複数の検査法を組み合わせることも有効です。

日本ヘリコバクター学会では、各検査法の特徴と使い分けについて詳細なガイドラインを提供しています

迅速ウレアーゼ試験の保険診療上の取扱いと実施上の注意点

迅速ウレアーゼ試験は日本の保険診療制度において重要な位置づけを持っています。適切な請求と実施のためには、保険診療上の規定と実施上の注意点を理解することが不可欠です。

まず、保険診療における迅速ウレアーゼ試験の取扱いについて説明します。

  • 保険点数: 迅速ウレアーゼ試験定性は検体検査実施料として60点が算定されます。
  • 算定要件: ヘリコバクター・ピロリ感染診断の保険診療上の取扱いについては、「ヘリコバクター・ピロリ感染の診断及び治療に関する取扱い」(平成12年10月31日保険発180号)に基づいて行われます。
  • 保険適用条件: 胃内視鏡検査で胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の所見があり、ピロリ菌感染が疑われる場合に保険適用となります。

保険請求の際には以下の点に注意が必要です。

  1. 検体検査実施料(60点)と検体検査判断料の両方を算定します。
  2. 緊急に検査を行った場合、時間外緊急院内検査加算(200点/日)を算定できる場合があります。
  3. 検査結果を当日中に説明し文書で情報提供した場合、外来迅速検体検査加算(10点/項目)を算定可能です(5項目まで)。
  4. レセプト請求時には、必要に応じて検査開始日時や引き続き入院した場合はその旨を記載します。

また、迅速ウレアーゼ試験を実施する際の臨床的な注意点としては以下が挙げられます。

  • 薬剤の影響: 検査前2週間以内のPPI、抗生物質、ビスマス製剤の服用は避けるべきです。これらは一時的にピロリ菌を抑制し、偽陰性の原因となります。
  • 採取部位: ピロリ菌の分布は不均一であるため、胃前庭部と胃体部からそれぞれ組織を採取することが推奨されます。
  • 判定時間: キットごとに適切な判定時間が設定されており、これを超えると非特異的な変色が生じる可能性があります。
  • 検体の扱い: 採取した組織は速やかにキットに入れ、室温で保管します。
  • 除菌判定への不適用: 除菌治療後のピロリ菌判定には、尿素呼気試験など他の検査法を用いるべきです。

迅速ウレアーゼ試験は、適切に実施されれば高い診断能を持ちますが、上記の注意点に留意することで、より正確な診断と適切な保険請求が可能となります。

厚生労働省の保険診療の手引きには、迅速ウレアーゼ試験を含む各種検査の保険請求について詳細な説明があります

迅速ウレアーゼ試験はヘリコバクター・ピロリ感染診断において非常に有用な検査法です。その原理、実施方法、精度、他の検査法との比較、そして保険診療上の取扱いについて理解することで、より適切な診断と治療計画の立案が可能となります。特に初回診断時には高い診断能を発揮する一方、除菌判定には他の検査法を検討すべきという点に留意することが重要です。

患者さんの症状や検査環境、目的に応じて最適な検査法を選択し、ヘリコバクター・ピロリ感染の的確な診断と治療につなげていきましょう。