人工心肺装置の種類とポンプ機能の役割

人工心肺装置の種類と機能

人工心肺装置の基本情報
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心臓と肺の代行装置

心臓血管手術中に心臓のポンプ機能と肺のガス交換機能を一時的に代行する生命維持管理装置です。

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主要構成要素

ポンプ(ローラポンプ・遠心ポンプ)、人工肺、貯血槽、熱交換器などから構成されています。

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専門的操作が必要

臨床工学技士などの専門知識を持った操作者が、モニタリングしながら適切に制御します。

人工心肺装置は、心臓血管手術において患者の心臓と肺の機能を一時的に代行する「生体機能代行装置」です。心臓の動きや血液の流れが手術の妨げになる場合、この装置を用いて体外循環を行います。体外へ脱血された血液は酸素化と二酸化炭素除去のガス交換を行った上で、再び体内に戻されます。

この記事では、人工心肺装置の種類や構成要素、特にポンプの種類と役割について詳しく解説します。心臓血管手術を支える重要な医療機器として、その機能や特徴を理解することは医療従事者にとって非常に重要です。

人工心肺装置の基本構成と種類

人工心肺装置は主に以下の構成要素から成り立っています。

  1. ポンプ部分:血液を循環させる役割を担います
  2. 人工肺:ガス交換(酸素化と二酸化炭素除去)を行います
  3. 貯血槽(リザーバー):脱血した血液を一時的に貯留します
  4. 熱交換器:血液温度を調節します
  5. モニタ類:圧力、温度、流量などを監視します
  6. 制御装置:各構成機器を制御します

現代の人工心肺装置は、これらの要素がデジタルネットワークで連携し、複数のポンプに連動制御をかけたり、安全機能で監視したりする機能が充実しています。特に「メラ人工心肺装置HASⅢ」などの最新機種では、システムベースに複数のセンサボックスやモニタを接続し、様々な測定値を表示・管理できるようになっています。

装置の種類としては、主に以下のようなものがあります。

  • 標準型人工心肺装置:一般的な心臓血管手術に使用
  • 小児用人工心肺装置:小児の体格に合わせた仕様
  • 携帯型人工心肺装置:緊急時や搬送時に使用

また、無停電電源装置の容量によって「ノーマルタイプ」と「大容量タイプ」の2種類から選択できるものもあります。無停電電源装置のバックアップ時間は20分間以上とされており、緊急時の安全性を確保しています。

人工心肺装置のポンプ種類と特徴

人工心肺装置に搭載されているポンプは、主にローラポンプと遠心ポンプの2種類があります。それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう。

1. ローラポンプ

ローラポンプは、弾力性のあるチューブをローラーがしごくことで血液を送り出す仕組みです。チューブ歯磨きをしごくと歯磨き粉が出てくるのと同じ原理です。

特徴。

  • 流量が後負荷の影響を受けにくい
  • 流量の制御が容易
  • 比較的安価で構造がシンプル
  • 血液とローラーが直接接触しないため、異物混入のリスクが低い

メラ人工心肺装置HASⅢのローラポンプ部の仕様例。

  • φ150:回転数設定範囲0~250rpm、使用可能チューブサイズ内径6.4~12.7mm
  • φ100:回転数設定範囲0~250rpm、使用可能チューブサイズ内径2.5~9.6mm
  • φ75:回転数設定範囲0~200rpm、使用可能チューブサイズ内径2.5~6.4mm

2. 遠心ポンプ

遠心ポンプは、羽根車(ローター)を回転させることで生じる遠心力によって血液を送り出す仕組みです。傘を回転させると外側へ水が飛んでいく原理と同じです。

特徴。

  • 血液をしごかないため血球損傷が少ない
  • 充填液が少なくて済む
  • 前負荷・後負荷により流量変動を生じる
  • 回転数と流量が比例しない
  • 閉塞時に過大な圧力が発生しない安全性

メラ人工心肺装置HASⅢの遠心ポンプ部の仕様例。

  • 回転数設定範囲:0、500~5000rpm(最低制御回転数500rpm)
  • 対応遠心ポンプ:メラ遠心ポンプ(5000rpmまで)、遠心血液ポンプ(4000rpmまで)

近年では、遠心ポンプの使用が増加傾向にあります。これは血液損傷が少なく、長時間の使用に適しているためです。特に、ECMO(体外式膜型人工肺)などの長期的な循環補助に使用される場合が多くなっています。

人工心肺装置のポンプ役割と機能

人工心肺装置に搭載されている複数のポンプは、それぞれ異なる役割を担っています。心臓血管手術において、これらのポンプを適切にコントロールすることが重要です。

1. 送血ポンプ

  • 人工肺でガス交換された血液を上行大動脈あるいは大腿動脈等へ送る役割
  • 患者の体格や手術内容に応じて適切な流量を設定
  • 通常、遠心ポンプが使用されることが多い

2. 脱血ポンプ

  • 静脈(右心房または上大静脈下大静脈)から静脈血を貯血槽に送る役割
  • 重力による自然脱血と、ポンプによる吸引脱血がある
  • 脱血量の調整には脱血レギュレータが使用される

3. サクションポンプ

  • 手術中、無血視野を確保するために出血した血液を吸引して貯血槽に送る役割
  • 通常、ローラポンプが使用される
  • 複数のサクションポンプが設置されることが多い

4. 心臓内ベントポンプ

  • 心臓の過伸展を防止するため、心臓内の血液を抜き貯血槽へ送る役割
  • 左心室や左心房に溜まる血液を排出する

5. 心筋保護ポンプ

  • 心臓を停止させ、心筋の酸素需要を抑える心筋保護液を冠動脈に注入する役割
  • 心筋保護液の温度や流量を調整する

6. 血液濃縮ポンプ

  • 人工心肺中、薬液による補液等の理由により希釈された血液を濃縮する役割
  • ヘマトクリット値の調整に使用される

操作者(臨床工学技士)は、これらのポンプの回転数や流量を調整し、患者の状態に合わせた適切な体外循環を維持します。最新の人工心肺装置では、患者さんにとって必要な循環血液流量の指標となるインデックス(L/min/m²)やプロキロ(mL/min/kg)の表示を瞬時に計算し表示する機能も備わっています。

人工心肺装置とECMOの違いと特徴

人工心肺装置とECMO(体外式膜型人工肺)は、どちらも患者の心臓や肺の機能を代行・補助する装置ですが、使用目的や構造に大きな違いがあります。

使用目的の違い

  • 人工心肺装置:心臓血管手術中の「心臓と肺の代行」として、心臓と肺の働きの全て(100%)を代行
  • V-A ECMO:回復の見込みがある急性心不全に「心臓補助」として使用され、心臓の働きの一部(50~70%)を補助
  • V-V ECMO:主に肺機能不全の患者に対して、肺の機能を補助

回路構造の違い

  • 人工心肺装置:血液の一部が空気に触れる「開放回路」で、貯血槽(リザーバー)が組み込まれている
  • ECMO:血液が空気に触れない「閉鎖回路」で、長期間の使用が可能

導入方法の違い

  • 人工心肺装置:手術中に使用するため、通常は開胸が必要
  • ECMO:経皮的(開胸せずに)に導入可能で、緊急時に迅速に使用できる

操作の違い

  • 人工心肺装置:複雑な操作が必要で、専門的な知識を持った常時の操作者(臨床工学技士)が必要
  • ECMO:1基のポンプを調整するシンプルな操作で、常時の操作者は必要ない

これらの違いから、人工心肺装置は主に手術室で短時間(数時間程度)の使用に適しており、ECMOは集中治療室などで数日から数週間の長期使用に適しています。

人工心肺装置の安全機能とモニタリング

人工心肺装置は患者の生命を直接支える重要な装置であるため、様々な安全機能とモニタリング機能が備わっています。

安全機能

  1. 無停電電源装置(UPS)
    • 停電時でも20分間以上のバックアップ時間を確保
    • ノーマルタイプと大容量タイプの2種類から選択可能
  2. アラーム機能
    • 気泡検知アラーム:血液中の気泡を検知して警告
    • 圧力異常アラーム:回路内の圧力異常を検知
    • 流量異常アラーム:設定流量からの逸脱を検知
    • レベルアラーム:貯血槽内の血液量低下を検知
  3. バックアップシステム
    • 手動操作機能:電子制御系統に問題が生じた場合に備えた手動操作機能
    • 予備ポンプ:主要ポンプの故障に備えた予備ポンプの準備

モニタリング機能

人工心肺装置には様々なセンサーが接続され、以下のような項目をリアルタイムでモニタリングします。

  1. 血流関連
    • 流量:各ポンプの流量
    • 圧力:回路内の圧力(観血式、空圧式)
    • バブル:血液中の気泡検知
  2. 血液性状関連
    • 酸素飽和度:30~100%の範囲で表示
    • ヘマトクリット:10~50%の範囲で表示
    • 温度:血液温度を複数箇所で測定
  3. その他
    • レベルセンサー:貯血槽内の血液量を監視
    • 拍動流コントローラ:30~140beat/minの範囲で拍動流を生成
    • CPモニタ:0~9999mLの範囲で表示

最新の人工心肺装置「メラ人工心肺装置HASⅢ」では、これらのモニタリング機能がデジタル化され、複数のモニタ画面に表示されます。例えば、モニタ1はセンサBOX1の内容、モニタ2はセンサBOX2および空圧BOX7-8の内容、モニタ3はセンサBOX3Aおよび心筋保護(CP)モニタの内容を表示するなど、機能ごとに分けて表示することで、操作者の視認性を高めています。

また、送血レギュレータや脱血レギュレータなどの調節機器も備わっており、人工心肺回路のチューブを狭窄することによって流量を精密に制御することができます。電子ブレンダは、設定値に応じてAirやO2ガス、CO2ガスを混合して人工肺に吹送する機能を持ち、患者の状態に合わせたガス交換を可能にしています。

これらの安全機能とモニタリング機能により、人工心肺装置は高い安全性と信頼性を確保し、心臓血管手術を支える重要な役割を果たしています。

人工心肺装置の技術革新と将来展望

人工心肺装置は、1953年にギボン博士によって世界初の臨床応用が行われて以来、様々な技術革新を遂げてきました。現代の人工心肺装置は、デジタル技術の進歩により、より安全で効率的な体外循環を可能にしています。ここでは、最近の技術革新と将来展望について考察します。

最近の技術革新

  1. デジタルネットワーク化
    • 各構成機器がデジタルネットワークで連携し、統合的な制御が可能に
    • タッチパネル式のインターフェースによる直感的な操作性の向上
    • データ記録・解析機能の充実
  2. センサー技術の向上
    • より小さな気泡を検知できる高感度バブルセンサー
    • 多項目同時測定が可能な血液性状モニタリング
    • リアルタイムの血液ガス分析機能の搭載
  3. 自動制御システムの発展
    • 目標灌流量に合わせた自動流量調整機能
    • 患者の生体情報に基づいた自動制御
    • 安全限界値を超えた場合の自動介入システム
  4. 省スペース・省エネルギー化
    • よりコンパクトな設計による手術室スペースの有効活用
    • 省エネルギー設計による長時間のバッテリーバックアップ
    • 軽量化による移動性の向上

将来展望

  1. AIの導入
    • 人工知能による最適な灌流条件の提案
    • 異常の早期検知と予測的アラートシステム
    • 過去のデータに基づいた個別化された灌流戦略
  2. ミニマル人工心肺(MiECC)の発展
    • 回路の簡素化・小型化による充填量の削減
    • 生体適合性の向上による炎症反応の軽減
    • より低侵襲な手術に対応した装置の開発
  3. 遠隔操作・モニタリングシステム
    • 専門家による遠隔サポートシステム
    • クラウドベースのデータ共有と分析
    • 手術室外からのモニタリングによる教育・サポート体制の強化
  4. 生体適合性の向上
    • 血液接触面の生体材料によるコーティング
    • 抗血栓性・抗炎症性を持つ新素材の開発
    • 内皮細胞様の特性を持つ表面処理技術

これらの技術革新により、人工心肺装置はより安全で効果的な体外循環を提供し、患者の術後回復を促進することが期待されています。特に、AIやビッグデータの活用は、個々の患者に最適化された灌流戦略を可能にし、合併症のリスクを低減する可能性があります。

また、人工心肺装置とECMOの技術的融合も進んでおり、手術中の体外循環から術後の循環・呼吸補助へのシームレスな移行を可能にする統合システムの開発も進められています。

人工心肺装置の技術革新は、心臓血管外科手術の成績向上に直結する重要な要素であり、今後も継続的な発展が期待されています。

人工心肺装置は心臓血管手術において不可欠な医療機器であり、その種類や機能を理解することは医療従事者にとって重要です。ローラポンプと遠心ポンプという2種類の基本的なポンプ機構を中心に、様々な役割を持つポンプが組み合わさることで、安全かつ効果的な体外循環が実現されています。また、安全機能やモニタリング機能の充実により、高い信頼性を確保しています。

技術革新は今後も続き、より安全で効率的な人工心肺装置の開発が進むことで、心臓血管手術の成績向上に貢献していくことでしょう。医療従事者は、これらの装置の特性を十分に理解し、適切に操作することで、患者の安全を守り、最良の治療成績を目指すことが求められています。