腎移植と免疫抑制剤ガイドライン

腎移植と免疫抑制剤ガイドライン

この記事のポイント
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国際ガイドラインに基づく治療

KDIGOガイドラインでは、腎移植前または移植時に免疫抑制剤の併用投与を開始することを推奨しています

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3剤併用療法が標準

カルシニューリン阻害薬、代謝拮抗薬、ステロイドの組み合わせが最も頻用される免疫抑制療法です

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血中濃度モニタリング

タクロリムスやシクロスポリンは個人差が大きく、TDM(薬物血中濃度測定)による投与量調整が必須です

腎移植における免疫抑制剤の種類と選択基準

腎移植後の免疫抑制療法において、現在使用されている主な薬剤には、カルシニューリン阻害薬(CNI)、代謝拮抗薬分子標的薬である哺乳類ラパマイシン標的蛋白質阻害薬(mTORi)、副腎皮質ホルモンなどがあります。これらの免疫抑制剤は拒絶反応を起こす異なる機構を阻害することで、T細胞関連拒絶反応と抗体関連拒絶反応を効果的に抑制します。

参考)https://jsn.or.jp/journal/document/53_1/001-005.pdf


国際腎臓病予後改善機構(KDIGO)が作成したガイドラインでは、腎移植前または腎移植時に免疫抑制剤の併用投与を開始することが強く推奨されており(推奨度1A)、初期免疫抑制療法の一部として生物学的製剤による導入療法の実施も推奨されています。最も頻用されている免疫抑制法は、CNI1剤、代謝拮抗薬1剤、副腎皮質ホルモンであるステロイド1剤の3剤併用療法です。

参考)https://kdigo.org/wp-content/uploads/2022/01/KDIGO-2009-Transplant-Recipient-Guideline_Exec-Summary_Japanese.pdf


薬剤選択においては、世界的なガイドラインでタクロリムスの使用が第一選択として推奨されています。これはタクロリムスのほうがシクロスポリンよりも免疫抑制力が強く、かつ多毛や歯肉肥厚などの副作用が少ないためです。シクロスポリンは、何らかの理由でタクロリムスが使用できない場合に選択されることが多くなっています。

参考)腎移植後の免疫抑制療法:レシピエント(腎臓の提供を受ける方)…


カルシニューリン阻害薬はT細胞内のカルシニューリンを阻害することでT細胞活性を抑制する強力な免疫抑制薬ですが、重要な副作用として腎障害があります。一方、代謝拮抗薬はリンパ球の分裂・増殖時にDNA合成を妨げることでリンパ球増殖を抑制し、主な副作用は消化管症状と骨髄抑制です。日本のほとんどの施設では、カルシニューリンインヒビターと呼ばれるタクロリムスまたはシクロスポリンを3剤の柱として、3剤併用療法で免疫抑制を行っています。

参考)コラム|腎移植で服用する免疫抑制薬|秋田大学医学部附属病院 …

腎移植におけるガイドライン推奨の導入療法と維持療法

腎移植における免疫抑制療法は、導入期と維持期で異なる投与戦略が必要です。急性拒絶反応のリスクは移植後最初の数ヶ月が最も高く(導入期)、その後徐々に減少していくため(維持期)、導入期には最も強力な免疫抑制が必要であり、長期療法では減量が推奨されます。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4462507/


KDIGOガイドラインでは、IL2-RA(インターロイキン2受容体拮抗薬)を導入療法の第一選択薬とすることを推奨しており(推奨度1B)、免疫学的リスクの高いレシピエントに対してはIL2-RAではなく抗リンパ球抗体製剤を投与することが望ましいとされています(推奨度2B)。導入期の免疫抑制療法には、急性拒絶反応を防ぐため高用量の免疫抑制剤を使用する必要があります。

参考)https://www.pharm-hyogo-p.jp/renewal/siryou/r2s60.pdf


しかし、この強力な免疫抑制療法を長期間続けると、副作用や感染症のリスクも高まるため、腎臓の働きが安定する3~6ヶ月以降は、免疫抑制剤の量を最小限必要な維持量まで減量していきます。腎移植後3ヵ月以降、拒絶反応やウイルス感染症などがなければ腎機能と免疫抑制薬の投与量が安定してきます。

参考)1.移植後の経過年数別に気をつけること|腎移植事典:移植後編…


免疫抑制剤の効果には個人差があるため、血中濃度を測定して(採血検査)、その結果により免疫抑制剤の量を調節することが必要です。特に腎移植後1年間は、同じ量を投与しても薬物血中濃度が変化しやすく、必要とする薬物血中濃度も徐々に変わっていくため、比較的頻繁に測定を行い投与量を調整していきます。一方、腎移植後1年以上経過すると薬物血中濃度は安定してくるため、投与量変更の頻度は減少します。

参考)腎移植Qhref=”https://ishimura.clinic/%E8%85%8E%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%82%E3%82%8B%E2%91%A1-%E5%85%8D%E7%96%AB%E6%8A%91%E5%88%B6%E5%89%A4%E3%81%AE%E8%96%AC%E7%89%A9%E8%A1%80%E4%B8%AD%E6%BF%83%E5%BA%A6%E6%B8%AC%E5%AE%9A” target=”_blank”>https://ishimura.clinic/%E8%85%8E%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%82%E3%82%8B%E2%91%A1-%E5%85%8D%E7%96%AB%E6%8A%91%E5%88%B6%E5%89%A4%E3%81%AE%E8%96%AC%E7%89%A9%E8%A1%80%E4%B8%AD%E6%BF%83%E5%BA%A6%E6%B8%AC%E5%AE%9Aamp;A:採血の前に薬を飲んでしまいました|神戸市東灘区…


タクロリムスの通常投与量は、移植1日前より1回0.06mg/kgを1日2回経口投与し、移植初期には同用量を継続後、徐々に減量していきます。移植後1年も経過すると拒絶反応が起こる可能性がかなり減少するため免疫抑制剤の内服量を減らすことが可能となり、それに伴い感染症のリスクも低下します。

参考)医療用医薬品 : タクロリムス (タクロリムスカプセル0.5…

腎移植における免疫抑制剤の血中濃度モニタリング(TDM)の重要性

免疫抑制剤の薬物血中濃度測定(TDM:Therapeutic Drug Monitoring)は、腎移植後の管理において極めて重要な役割を果たします。腎移植で使用される免疫抑制剤のうち、血中濃度を測定する薬剤には、タクロリムス(プログラフ、グラセプター)、シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)、エベロリムス(サーティカン)、ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)があります。​
同じ量を投与しても効きめの個人差が出る理由は、薬を経口摂取後に消化管で吸収されるスピード、血液中に入った後に肝臓などで分解されるスピード、胆汁や尿中に排泄されるスピードがそれぞれ個人によって異なるためです。特にタクロリムス、シクロスポリン、エベロリムスは効きめの個人差が比較的大きいとされています。​
効きめが足りないと拒絶反応の原因になり、逆に効きめが強すぎると腎障害や感染などの重症の副作用が出る可能性があるため、これらの薬は扱いにくい特徴を持っています。特にタクロリムスの効きめを正しく調べるためには、薬を飲む「直前」の血中濃度を測定することが重要で、服薬後に測定すると高い値になってしまい、正しい効きめの判断ができなくなります。​
「免疫抑制薬TDM標準化ガイドライン」は2014年に策定され、その後2018年に第2版が発行されており、タクロリムス、シクロスポリン、ミコフェノール酸、エベロリムスなどの免疫抑制薬のTDM手法が標準化されています。このガイドラインには、タクロリムスとシクロスポリンを切り替える際の投与量換算方法や、内服タイミング(食前・食後・空腹時)などの実践的な情報も含まれています。

参考)m3電子書籍


腎移植後1年以上が経過すると、薬物血中濃度は安定してくるため、念のために毎回測定はしていますが、実際に投与量を変更することはほとんどなくなってきます。むしろ少しくらい薬物血中濃度が高めだったり低めだったりしても、あえて投与量を変更せずそのまま様子を見ることもあり、これは一度だけ低かった時に慌てて増量すると次回高すぎるといった不安定化を避けるためです。​

腎移植における拒絶反応と免疫抑制剤による予防・治療

拒絶反応は発症機序によってT細胞関連型拒絶反応(TCMR)と、液性免疫による抗体関連型拒絶反応(AMR)に分類されます。TCMRは免疫抑制薬や免疫学的検査の発達により予後が改善していますが、レシピエントがドナー特異的抗体(DSA)を有する場合、脱感作を行わないとAMRを引き起こし、移植腎機能障害や機能廃絶を来す可能性があります。

参考)医療関係者ですか?「はい」「いいえ」|(JB)日本血液製剤機…


急性拒絶反応は移植後3ヶ月以内に最も起こりやすく、それ以降も移植後数年間は起こり得ますが、免疫抑制剤を正しく内服していれば理論的には起こらなくなるはずです。しかし、免疫抑制剤の内服を何らかの理由で中断すると、移植後何年経ってからでも拒絶反応が起こる可能性があります。急性拒絶反応は急に移植腎の働きが悪くなりますが免疫抑制薬がよく効く一方、慢性拒絶反応は徐々に起こり免疫抑制薬はあまり有効ではないという違いがあります。

参考)腎臓移植について


急性拒絶反応は発熱、全身倦怠感、尿量減少、腎臓の腫れや痛みなどの症状を伴い、慢性拒絶反応では血圧上昇や貧血などが見られます。拒絶反応のコントロールは移植に必須であり、免疫抑制療法を中止すれば移植腎は拒絶され機能しなくなってしまうため、移植腎が機能している限り免疫抑制療法の継続が必要です。

参考)免疫抑制薬|腎臓|臓器移植Qhref=”https://www.asas.or.jp/jst/general/qa/kidney/qa6.php” target=”_blank”>https://www.asas.or.jp/jst/general/qa/kidney/qa6.phpamp;A|一般の方|一般社団法人 日…


免疫グロブリン静注療法(IVIG)は2019年に「抗ドナー抗体陽性腎移植における術前脱感作」の適応となり、血漿交換やリツキシマブとの併用で、クロスマッチ陽性やDSA高感作症例に対する有用性が示されています。しかし、脱感作を実施する明確なカットオフ値や最適な投与量、スケジュールは示されておらず、標準化された検査方法もまだないのが現状です。

参考)抗ドナー抗体陽性腎移植における術前脱感作における免疫グロブリ…


拒絶反応を起こす機構の異なる箇所を阻害するため、1つの免疫抑制薬だけを使うのではなく何種類かを組み合わせ、その時に必要な量を投与していく方法がとられます。免疫抑制薬には、ステロイド(プレドニゾロンなど)、カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)、代謝拮抗薬(ミコフェノール酸モフェチル、ミゾリビンなど)、mTOR阻害薬(エベロリムスなど)や抗体医薬品があり、それぞれが拒絶反応を起こす機構の別の箇所を阻害します。​

腎移植後の長期管理における免疫抑制剤の調整戦略

腎移植後の長期管理において、免疫抑制剤の適切な調整は移植腎の生着期間と患者の生活の質に直接影響します。免疫抑制剤は基本的に移植腎が機能している限り毎日服用する必要がありますが、移植腎が機能している間は5年、10年経過しても継続が必要なため定期的な通院が欠かせません。

参考)腎移植について


免疫抑制剤を服用している方がかかりやすい特定の感染症も存在し、最も有名なのがサイトメガロウイルス感染症です。感染症は免疫抑制薬の使用量が多い移植後3カ月以内に発生することが多く、時に感染症が死につながる最大の合併症になる場合もあります。移植後3カ月間は外科的合併症や院内感染、免疫抑制薬の服用量も多いため潜在感染症の再燃等、さまざまな合併症が起こりやすい時期です。

参考)免疫抑制薬は怖い?|腎移植コラム(ドクターコラム)|腎移植に…


免疫抑制剤は拒絶反応を抑えようとしてたくさん飲み過ぎると、免疫細胞の機能が過剰に抑制されて細菌やウイルスに対する抵抗力が弱くなり感染症に罹るリスクが高まります。逆に内服量が少なすぎると免疫細胞の働きにより拒絶反応が起こってしまうため、移植専門医が経験に基づき拒絶反応にも副作用にも配慮した最も適切な量で処方します。自己判断せず用法用量、服薬時間を守って内服することが極めて重要です。​
週2、3回などの頻回の飲み忘れは避けるべきですが、人間である限り時には忘れることもあり得ます。定期的な受診のほか、できるだけ自分で尿の回数、体重、血圧を測る習慣をつけることが推奨されます。移植後3ヵ月以降、拒絶反応やウイルス感染症などがなければ腎機能と免疫抑制薬の投与量が安定してきますが、水分摂取量も1500ml~2000ml程度に落ち着き、夏場や汗をかく場合は普段より多めの水分摂取を心がけることが必要です。

参考)1.移植後の経過年数別に気を付けること|腎移植大事典|余丁町…


それぞれの免疫抑制剤には様々な副作用がありますが、その副作用のほとんどは内服量の調節により予防可能であり、日常生活においてそれほど問題になるものではありません。近年の免疫抑制剤の進歩により急性拒絶反応は減少した一方で、免疫学的リスクの高い腎移植も行われるようになってきており、拒絶反応は今でも腎移植手術の重要な課題の1つです。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gekakansen/15/6/15_669/_pdf


腎移植後の長期的な管理においては、単に血中濃度が高ければ投与量を減らし低ければ増やすという単純なものではなく、患者の腎移植後の経過時間、移植腎機能、過去の感染症歴、他の免疫抑制剤の量などを総合的に判断して投与量を調整することが重要です。この繊細な調整は経験豊かな移植専門医の専門的判断に基づいて行われるべきものです。​
腎移植レシピエントのケアーのためのKDIGO診療ガイドライン(日本語版)- 導入療法や維持療法の推奨グレードが詳細に記載されています
免疫抑制薬TDM標準化ガイドライン 2018 [臓器移植編] 第2版 – タクロリムス、シクロスポリンなどのTDM手法や投与量換算について詳しく解説されています