自閉スペクトラム症の診断基準
自閉スペクトラム症のDSM-5による診断基準
自閉スペクトラム症(ASD)の診断は、国際的に広く用いられているDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の診断基準に基づいて行われます。DSM-5では、以下のA、B、C、Dの4つの基準をすべて満たす必要があります。
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基準Aは、社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害を示します。具体的には、①社会的・情緒的な相互関係の障害(会話のキャッチボールができない、感情や関心の共有が困難など)、②他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーションの障害(アイコンタクトが少ない、表情や身振りの使用・理解が困難など)、③年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害(友情を築くことが難しいなど)の3点すべてに当てはまることが求められます。
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基準Bは、限定された反復する様式の行動、興味、活動を指します。この基準では、①常同的で反復的な運動動作や物体の使用、話し方、②同一性へのこだわりや日常動作への融通の効かない執着、③集中度が異常に強くて限定的であり固定された興味がある、④感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、の4つのうち2つ以上の特徴が見られる必要があります。
参考)自閉症スペクトラム障害
基準Cとして、症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもあるとされています。また基準Dでは、症状が社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしていることが条件となります。
自閉スペクトラム症のICD-11との診断基準の違い
ICD-11(国際疾病分類第11版)は、世界保健機関(WHO)が作成する国際的な疾病分類システムで、DSM-5と並んで自閉スペクトラム症の診断に用いられます。ICD-11への改訂では、DSM-5と同様、知的発達症、自閉スペクトラム症、注意欠如多動症が神経発達症群として1つにまとめられました。
両者の診断基準には類似点が多いものの、細部において違いが存在します。ICD-11では「格別の努力により多くの場面で適切に機能しているASD者」に対しても、ASDの診断は適当であると記しており、高機能の自閉スペクトラム症の方々への診断の門戸を広げています。また、両者ともASDとADHDの併存を認めている点も重要な特徴です。
DSM-5とICD-11は基本的な診断の枠組みは共通していますが、診断プロセスや評価の重点に若干の相違があります。臨床現場では、これらの診断基準を総合的に活用し、患者の状態を多角的に評価することが重要とされています。
自閉スペクトラム症の診断方法と検査の種類
自閉スペクトラム症の診断は、血液検査のような生物学的な診断方法が確立されていないため、医療機関での問診と心理検査を基に、医師が総合的に判断して行われます。診断プロセスは、専門の医師(児童精神科医、精神科医、小児科医、神経科医など)が、本人の生育歴、現在の行動観察、保護者や学校関係者からの情報、心理検査などを総合的に評価して実施します。
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問診では、医師が保護者に対して「3歳児検診でなにか言われたことはありますか?」「集団参加が難しい様子やそれを先生から指摘されたなどはありますか?」など、子どもの過去にさかのぼって質問することが一般的です。事前に日記や母子手帳の情報をまとめておくと、スムーズな診断につながります。
心理検査としては、ケンブリッジ大学の研究チームが作成した「AQテスト」という簡易検査や、「WISC-V」という知能検査が実施されます。さらに診断分類の補助として、「ADI-R(自閉症診断面接)」では、子どもの初期発達・発達指標に関する情報や言語獲得時期などを詳しく質問し、「ADOS-2(自閉症診断観察検査第2版)」では検査者とのやりとりを観察して評定します。複数の検査を実施する場合、検査する日を分けることがあるため、医療機関に複数回通う場合もあります。
参考)自閉症スペクトラム障害の診断方法とは?特徴や原因、治療・対処…
近年では、視線追跡技術を活用したGazefinderなど、専門知識がなくても診断をサポートできる新しい技術も開発されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7876254/
自閉スペクトラム症の成人診断における特徴
大人になってから自閉スペクトラム症と診断されるケースは少なくありません。幼少期にASDの症状が認識されずに過ごしている場合や、軽度の症状が他の精神疾患と間違われたりすることで、成人になってからの診断が遅れることが多いのです。
参考)大人のASD(自閉スペクトラム症)をチェックリストで確認!当…
大人のASDでは、主に社会的なコミュニケーションの困難や特定の興味への偏り、繰り返しの行動などが特徴として現れます。これらの症状が職場やプライベートの人間関係に影響を与えることが多く、生きづらさからストレスを感じることがあります。成人期のASD診断では、基本的な社会スキルは備わっていることが前提となるため、日常生活における適応能力や人間関係での困難、感覚の過敏性などが評価されます。
成人のASDをチェックする際には、自己記入式症状チェックリスト「RAADS-14」などが活用されます。また女性の場合、症状が表面化しにくい傾向にあるため、内面に表れている特性を考慮しながら診断を行う必要があります。職域で問題となる大人のASD症状としては、「親密なつきあいが苦手」「人と共感しない」「冗談やたとえ話がわからず字義通りに理解する」「会話が一方的」などが挙げられます。
自閉スペクトラム症の早期発見と支援の重要性
自閉スペクトラム症の早期発見は、子どものその後の発達において極めて重要な役割を果たします。早期に自閉スペクトラム症の兆候を認識し適切な支援を開始することで、二次障害を予防し、社会生活を助ける「自律スキル」や「ソーシャルスキル」をバランスよく身につけることが可能になります。
参考)自閉症の早期発見・早期療育システム—「発達リハビリテーション…
発達の土台が築かれる乳幼児期から幼児期にかけて特徴が現れることが多いため、乳幼児健診が早期発見に重要な役割を果たします。1歳6カ月健診や3歳健診では、日本語版のM-CHAT(修正版乳幼児期自閉症チェックリスト)などのスクリーニングツールが活用されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4653231/
早期療育によって得られるメリットとしては、①発達の土台が築かれる時期に適切な介入ができる、②二次障害(うつ病や不安障害など)を予防できる、③子どもとのかかわり方を保護者が学べる、などが挙げられます。自閉症そのものを治療することは不可能ですが、早期療育によって二次障害を予防することこそが唯一の治療であると言えます。
参考)早期療育はなぜ大切?【発達障害・自閉症スペクトラム(ASD)…
支援の方法としては、特性に合わせて生活環境を見直したり工夫したりすることが基本となります。学校では合理的配慮と特別支援教育が提供され、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳などの制度も利用できます。また保護者を対象にしたサポートプログラムや、ライフステージに応じた継続的な支援も重要です。
自閉スペクトラム症の誤診と鑑別診断のポイント
自閉スペクトラム症の診断においては、誤診や見落としが少なくないという現状があります。著名な精神科医や発達障害の専門医であっても誤診がまれではなく、「うつ病と診断したけれども、発達障害だった」「ASDだと思ったら別の疾患だった」というケースが存在します。
参考)発達障害「専門医の多くが誤診してしまう」理由 そもそも白黒つ…
誤診が生じる主な理由として、うつ病、対人恐怖症(社交不安障害)、パニック障害などの不安障害、躁うつ病など、発達障害が原因で起こる2次障害との関連が挙げられます。このような場合、2次障害に対する診断と治療が先行してしまい、根本的な原因である発達障害が見逃されがちです。例えば、うつ病と診断されて抗うつ薬を飲み続けたが症状が改善されず、ADHDの治療薬に切り替えたら劇的に改善したというケースも報告されています。
鑑別診断においては、ASDとADHDの合併も考慮する必要があります。自閉スペクトラム症の混在による強いこだわりや感覚過敏があり、この2つの発達障害を合併する人は少なくありません。患者本人が「私はADHDだと思いますが、どうなのでしょうか?」と主治医に伝えているにもかかわらず、「いえ、うつ病であることは確実です」「発達障害というのは考えすぎ」などと言って、正しい診断に行き着かない例が後を絶たないのが現状です。
参考)発達障害の名医が証言「発達障害の誤診、過剰診断、見落としが多…
適切な診断のためには、複数の専門医の意見を求めることや、包括的な評価を受けることが重要です。また診断後も、継続的なフォローアップと支援体制の構築が必要とされています。
参考)「自閉スペクトラム症(ASD)ってどんな症状?障害の特徴や早…
DSM-5における自閉スペクトラム障害の診断基準の詳細(あしや心療クリニック)
この参考リンクでは、DSM-5の診断基準A~Dが具体的に解説されており、診断基準を理解する上で有用です。
自閉スペクトラム症の診断基準と受けられる支援について(LITALICOジュニア)
診断方法や心理検査の種類、支援制度について網羅的に説明されており、診断後の支援を知る際に参考になります。
ASD(自閉スペクトラム症)の症状と診断基準(日本精神神経学会)
専門医によるASDの診断基準と症状の解説で、医学的に信頼性の高い情報が掲載されています。