自賠責の診療報酬明細書 記入例
交通事故等の診療において、医療機関が自賠責保険会社に対して治療費を請求する際に作成する「診療報酬明細書(レセプト)」は、通常の健康保険請求とは異なる独自のルールや慣習が存在します。記入に不備があると、保険会社からの照会が増えたり、最悪の場合は返戻(請求の差し戻し)となったりして、医療機関の収益回収が遅れる原因となります。
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特に、自賠責保険は「被害者保護」の観点から、治療の妥当性や事故との因果関係を厳格に審査する傾向があります。そのため、診療報酬明細書は単なる計算書ではなく、行われた医療行為が事故による受傷に対して必要かつ適切であったことを証明する「証拠書類」としての側面も持っています。本記事では、新人医療事務員からベテランまで、意外と見落としがちな記入のポイントや、実務上のテクニックを記入例を交えて詳しく解説します。
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自賠責の診療報酬明細書の基本項目の書き方
自賠責保険における診療報酬明細書の作成において、まず押さえておくべきは基本情報の正確性です。ここは単純な転記ミスが起こりやすい部分でもあります。
- 傷病名の記載
最も重要なのが、診断書との整合性です。自賠責保険では、診断書に記載されていない傷病に対する治療費は原則として支払われません。例えば、診断書には「頚椎捻挫」のみ記載されているのに、明細書で「腰椎捻挫」に対する処置が請求されていれば、即座に照会対象となります。
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- 記入のポイント: 毎月、必ず医師が作成した最新の診断書を確認し、新たな症状の訴えにより傷病名が追加されている場合は、診断書の発行(および追記)が済んでいるかを確認してから明細書を作成してください。
- 転帰の扱い: 治癒、中止、転医などの転帰については、当該月に動きがあった場合、必ず丸印等の記号で明示します。特に「症状固定」となる場合は、その日付が賠償期間の終了を意味するため、非常に重要です。
- 診療実日数と通院日
自賠責様式の明細書下部には、1日から31日までの日付が入ったカレンダー状の欄(通院日記載欄)があります。
- 記入例: 実通院日には「○」や「/」などの記号を記入します。入院の場合は「入」などの文字を用いることが一般的です。
- 注意点: 往診や時間外診療を行った場合、単に日付に印をつけるだけでなく、摘要欄にその旨(「往診」や「時間外」)と理由を付記することで、請求の正当性を補強できます。
参考)自賠責様式の交通事故の診断書・診療報酬明細書をご存じでしょう…
また、被害者請求(被害者本人が保険会社に請求すること)の場合、この通院日記載欄が慰謝料算定の基礎資料(実通院日数の証明)として利用されることがあります。そのため、記載漏れは患者(被害者)の利益を直接損なう可能性があることを意識して記入する必要があります。
自賠責の摘要欄に記載すべき具体的な治療内容
自賠責保険の審査において、最も詳細に見られるのが「摘要欄」です。健康保険のレセプトでは省略されがちな情報も、自賠責では詳細な記載が求められます。これは、自賠責保険が「出来高払い」的性質を持ち、かつ「事故との因果関係」を常に問われるためです。
参考)https://nahashi.okinawa.med.or.jp/userfiles/files/Kaiin-Shuchi/221107_No438-2_Kaiinshuchi.pdf
1. 投薬・注射の記載詳細
薬剤名は、一般名ではなく商品名を記載し、規格単位(mg、ml等)と投与量を正確に記入します。
- 悪い例: 「消炎鎮痛剤 14日分」
- 良い例: 「ロキソプロフェンNa錠60mg 3T 3x 14日分」
このように具体的に書くことで、過剰投与でないか、用法用量が適切かが判断されます。特に湿布薬については、枚数制限や投与間隔が厳しくチェックされる傾向にあるため、「両側頚部痛のため」などの注釈を入れると親切です。
2. 処置・手術の具体性
「創傷処置」などの処置項目についても、その部位と範囲(面積など)を摘要欄に明記します。
- 記入例: 「創傷処置(右下腿、100cm2未満)」
交通事故特有の「挫創」や「擦過傷」に対する処置は、受傷直後だけでなく、経過に伴う処置内容の変化も記録として重要です。
3. 画像診断の部位
レントゲンやCT、MRIを撮影した場合、単に点数を計上するだけでなく、撮影部位と撮影目的を記載します。
- 記入例: 「単純X線(頚椎、4方向)※神経症状の精査のため」
特に、事故から日数が経過してからの撮影や、MRIなどの高額な検査を行う場合は、「症状増悪のため」「医師の指示により精査」といった実施理由を摘要欄に一言添えるだけで、保険会社側の審査がスムーズになり、返戻リスクを大幅に下げることができます。
自賠責と健保併用時の「第三者行為」の特記事項
交通事故治療において、被害者の過失割合が高い場合や、自賠責保険の上限額(120万円)を考慮して、健康保険(健保)を使用するケースがあります。この場合、明細書の作成ルールがガラリと変わります。
参考)交通事故の治療における健康保険の取扱い |弁護士法人いろは …
「第三者行為」としてのレセプト作成
健康保険を使用する場合、作成するのは通常の「診療報酬明細書(健保用)」ですが、これが交通事故による治療であることを保険者(健保組合や協会けんぽなど)に知らせる必要があります。
- 特記事項欄への記入: レセプトの「特記事項」欄に、「10」または「第三」というコードや文字を記入します。これは「第三者行為災害」であることを示します。
参考)医療機関の皆様へ:第三者行為該当レセプトの特記事項記入につい…
- なぜ重要か: この記載がないと、保険者は通常の病気やケガとして処理してしまいます。後日、保険者が加害者(またはその保険会社)に対して医療費(7割分など)を求償する「第三者行為求償事務」を行うために必須のフラグとなります。
自賠責への請求書類との違い
健保使用時でも、患者負担分(3割など)を自賠責保険に請求する場合、別途「自賠責様式の明細書」を作成するのではなく、領収証のコピーや診療明細書(個別の点数がわかるもの)を添付して対応することが一般的です。ただし、一部の保険会社や共済では、健保使用分についても「総点数」を確認するために、レセプトの写しの提出を求められることがあります。この際は、患者の同意を得た上で開示する必要があります。
参考リンク:厚生労働省 – 診療報酬請求書等の記載要領(第三者行為の記載について)※上記リンクは、診療報酬明細書の記載要領に関する厚生労働省の公式資料であり、第三者行為等の特記事項に関する正確なコードや記載場所を確認するのに役立ちます。
自賠責の点数単価設定と自由診療の記載ルール
ここが自賠責請求の最も特徴的かつ複雑な部分です。自賠責保険診療(自由診療)では、健康保険法で定められた「1点=10円」という単価に縛られる法的義務はありません(※協定がある場合を除く)。
1. 点数単価の設定(自由診療)
多くの医療機関では、交通事故の自由診療において1点=12円~20円などの単価設定を行っています。また、日本医師会や各都道府県の医師会が推奨する「自賠責診療費算定基準」などを参考にしている場合もあります。
参考)https://www.kenpo.gr.jp/scsk-kenpo/contents/topics/hassin/2015/document/pdf/151001_2.pdf
- 記入例: 明細書の右下や欄外の「請求額計算欄」において、合計点数に単価を掛ける式を記載します。
合計点数 5,000点 × 単価 15円 = 請求額 75,000円 - 注意点: この単価設定は、事前に院内で明確に定めておく必要があります。保険会社によって支払い基準が異なるため、トラブルを避けるためにも、初診時に保険会社担当者と単価について合意(確認)をとっておくことが実務上の「知恵」です。
2. 消費税の取り扱い
自由診療は「課税取引」となります(社会保険診療は非課税)。そのため、請求額には消費税を加算して請求します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001219498.pdf
- 記入方法: 明細書の請求額欄に「消費税」の項目を設け、明確に区分して記載します。
小計 75,000円 + 消費税(10%) 7,500円 = 合計請求額 82,500円この消費税の加算漏れは、医療機関にとって純粋な損失となるため、計算式の設定には十分な注意が必要です。
3. 独自の技術料・指導料
自由診療では、健康保険のルールにはない独自の技術料を算定できる場合がありますが、これには合理的な根拠が必要です。
- 独自視点のポイント: 「文書料」や「相談料」などを漫然と請求すると削減対象になりやすいです。しかし、例えば「事故後のリハビリ計画指導料」として、具体的な指導内容(自宅でのストレッチ方法、日常生活の注意点など)を摘要欄に詳細に記述することで、その技術料の正当性を主張し、認められるケースがあります。単に項目名だけでなく、「何をしたか」を詳細に書くことが、自由診療における請求を通すコツです。
自賠責の明細書で多い記載ミスと修正方法
最後に、実務現場で頻発する記載ミスと、その修正・対応方法について解説します。これらのミスは、事務処理の遅延だけでなく、医療機関の信用問題にも関わります。
- 事故日と初診日の混同
明細書上部にある「事故日」欄に、誤って「初診日」を記載してしまうミスです。
- 修正: 事故証明書等を確認し、正確な事故発生日時を記載します。事故日と初診日が大きく空いている(例えば1週間以上)場合、摘要欄に「事故後、疼痛が増強したため○月○日に初診」といった受診の経緯を記載しておくと、因果関係の疑義を晴らすことができます。
- 前月分の修正漏れ
継続して通院している患者で、前月に保険会社から指摘を受けて修正した内容(例:湿布の枚数制限など)を、翌月のレセプトに反映し忘れるケースです。
- 対策: 自賠責担当者は、患者ごとの「申し送りノート」や電子カルテのメモ機能を活用し、保険会社とのやり取り履歴を必ず残しましょう。「○月分より湿布は月〇〇枚までと合意済み」といったメモがあれば、翌月の作成時にミスを防げます。
- 過失相殺による減額指示の見落とし
稀なケースですが、保険会社から「被害者の過失が大きいため、治療費の一部しか支払えない」といった連絡が来ることがあります(あるいは自賠責上限額到達による打ち切り)。
- 対応: この場合、明細書の作成自体は通常通り行いますが、請求先が「加害者側保険会社」から「被害者本人(または健康保険)」へ切り替わるタイミングを正確に把握する必要があります。月途中で切り替わる場合は、1枚の明細書で処理せず、「自賠責請求分」と「自費/健保請求分」で期間を分けて2枚作成するのが最も確実でトラブルの少ない方法です。
以上のように、自賠責の診療報酬明細書は、単なる数字の羅列ではなく、患者の治療経過と医療機関の正当な報酬請求権を守るための重要な書類です。特に「摘要欄」を有効活用し、具体的な医療内容を「語る」明細書を作成することが、スムーズな審査と入金への近道となります。
