意識障害の定義と評価方法
意識障害は、医療現場において頻繁に遭遇する重要な症状の一つです。意識とは、「起きている状態にあること(覚醒)」または「自己とその周囲との関係を完全に認識できている状態」と定義されます。これに対して、意識障害とは物事を正しく理解することや周囲の刺激に対する適切な反応が損なわれている状態を指します。
医療従事者にとって、意識障害の正確な評価と適切な対応は患者の生命予後に直結する重要なスキルです。本記事では、意識障害の定義から評価方法、原因、そして対応までを詳細に解説していきます。
意識障害の評価方法:Japan Coma Scale (JCS)
日本で最もよく知られている意識障害の評価法は、Japan Coma Scale(JCS、Ⅲ-3-9度方式)です。この評価法は特に救急現場において、救急隊員と医療機関の情報交換や連携の際に重要な役割を果たしています。
JCSは意識障害を刺激による開眼状況で大きく3段階に分類し、それぞれをさらに3つに細分化して、合計9種類に分類します。
- Ⅰ(1桁):覚醒している
- 1:だいたい意識清明だが、今ひとつはっきりしない
- 2:見当識障害がある
- 3:自分の名前、生年月日が言えない
- Ⅱ(2桁):刺激すると覚醒する
- 10:普通の呼びかけで容易に開眼する
- 20:大声で呼びかけたり、体を揺さぶると開眼する
- 30:痛み刺激を加えつつ呼びかけを続けると辛うじて開眼する
- Ⅲ(3桁):刺激しても覚醒しない
- 100:痛み刺激に対し、払いのける動作をする
- 200:痛み刺激で少し手足を動かしたり、顔をしかめる
- 300:痛み刺激に全く反応しない
例えば、「JCS I-3」や「JCS II-20」のように表記します。
意識障害の評価方法:Glasgow Coma Scale (GCS)
国際的に広く使用されている評価法として、Glasgow Coma Scale(GCS)があります。GCSは開眼反応、言語反応、運動反応の3つの項目を評価し、それぞれのスコアを合計して意識レベルを判定します。
- 開眼反応(E:Eye Opening)
- 4点:自発的に開眼する
- 3点:呼びかけにより開眼する
- 2点:痛み刺激により開眼する
- 1点:刺激しても開眼しない
- 言語反応(V:Verbal Response)
- 5点:見当識あり
- 4点:混乱した会話
- 3点:不適切な言葉
- 2点:理解できない音声
- 1点:反応なし
- 運動反応(M:Motor Response)
- 6点:命令に従う
- 5点:痛み刺激の場所を特定できる
- 4点:痛み刺激から逃避する
- 3点:屈曲反応
- 2点:伸展反応
- 1点:反応なし
GCSの総スコアは3~15点で評価され、スコアが低いほど意識障害が重度であることを示します。例えば、「GCS E4V5M6 = 15」のように表記します。
日本救急医学会雑誌に掲載された意識障害の評価に関する詳細な解説
意識障害の原因:一次性脳障害と二次性脳障害
意識障害を引き起こす原因は多岐にわたりますが、大きく分けて一次性脳障害と二次性脳障害に分類されます。
- 一次性脳障害
一次性脳障害は、脳の病変による意識障害を指します。意識の中枢である脳幹や大脳に直接的な病変がある場合、または頭蓋内病変により頭蓋内圧亢進を来たし、機能不全を生じることで意識障害を引き起こします。
主な原因。
- 二次性脳障害
二次性脳障害は、脳以外の病変により意識の中枢に機能障害を来たす病態を指します。全身の様々な疾患や状態が原因となり得ます。
主な原因。
- 代謝性疾患(糖尿病性ケトアシドーシス、肝性脳症、尿毒症性脳症など)
- 内分泌疾患(甲状腺機能低下症、副腎不全など)
- 循環器疾患(心不全、不整脈、ショックなど)
- 呼吸器疾患(呼吸不全、睡眠時無呼吸症候群など)
- 電解質異常(低Na血症、高Ca血症など)
- 中毒(アルコール、薬物中毒など)
- 感染症(敗血症など)
これらの原因を適切に鑑別し、迅速な診断と治療を行うことが、意識障害患者の予後改善につながります。
意識障害患者への対応:ABCDEアプローチ
意識障害患者に遭遇した際は、まず生命の危機的状況を回避するために、ABCDEアプローチを用いて初期評価と処置を行います。
- A(Airway):気道確保
- 気道閉塞の有無を確認し、必要に応じて気道確保を行う
- 頭部後屈顎先挙上法や下顎挙上法を用いる
- 必要に応じて気管挿管を検討
- B(Breathing):呼吸評価と管理
- 呼吸数、呼吸パターン、SpO2を評価
- 必要に応じて酸素投与や人工呼吸管理を行う
- C(Circulation):循環評価と管理
- D(Disability):神経学的評価
- 意識レベルの評価(GCS、JCSなど)
- 瞳孔径、対光反射の確認
- 四肢の運動、感覚の評価
- E(Exposure/Environment):全身の観察と体温管理
- 外傷の有無、皮膚の状態を確認
- 体温測定と適切な体温管理
ABCDEアプローチを実施しながら、同時に以下の情報収集を行います。
- 発症状況(突然か、徐々にか)
- 既往歴、服薬歴
- バイタルサイン
- 神経学的所見(局所神経症状の有無、髄膜刺激症状の有無)
これらの情報を基に、緊急度と重症度を判断し、適切な検査と治療方針を決定します。
意識障害の鑑別診断:AEIOU-TIPSアプローチ
意識障害の原因を系統的に考えるためのニーモニックとして、AEIOU-TIPSアプローチがあります。このアプローチは、意識障害の主要な原因を網羅的に検討するのに役立ちます。
A:Alcohol(アルコール)、Acidosis(アシドーシス)
E:Endocrine(内分泌疾患)、Electrolytes(電解質異常)、Encephalopathy(脳症)
I:Insulin(インスリン異常)、Infection(感染症)
O:Overdose(薬物過量投与)、Oxygen deficiency(低酸素症)
U:Uremia(尿毒症)
T:Trauma(外傷)、Temperature(体温異常)
I:Intracranial(頭蓋内病変)
P:Psychiatric(精神疾患)
S:Stroke(脳卒中)、Seizure(けいれん)
このアプローチを用いることで、意識障害の原因を見落とすリスクを減らし、適切な検査や治療につなげることができます。
意識障害患者の長期管理:遷延性意識障害への対応
急性期を脱した後も意識障害が継続する場合、遷延性意識障害として長期的な管理が必要となります。遷延性意識障害は、覚醒しているが認知していない状態が3ヶ月以上続いている患者を指します。
遷延性意識障害患者への対応には以下のようなアプローチが重要です。
- 継続的な評価
- 定期的な意識レベルの評価(JCS、GCSなど)
- 神経学的所見の詳細な観察と記録
- 合併症予防
- リハビリテーション
- 早期からの理学療法、作業療法
- 言語聴覚療法(嚥下訓練、コミュニケーション支援)
- 栄養管理
- 適切な栄養評価と管理
- 経管栄養や静脈栄養の適切な選択
- 家族支援
- 家族への情報提供と心理的サポート
- 在宅療養に向けての指導と支援
- 倫理的配慮
- 患者の尊厳を守る医療の提供
- 延命治療に関する事前指示の確認と尊重
遷延性意識障害患者の管理においては、多職種チームによる包括的なアプローチが不可欠です。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど、様々な専門職が協力して患者のケアにあたることが重要です。
日本リハビリテーション医学会誌に掲載された遷延性意識障害患者のリハビリテーションに関する総説
最近の研究では、遷延性意識障害患者の中にも、従来の評価方法では捉えきれない意識の残存が認められる場合があることが分かってきました。機能的MRIや脳波解析などの先進的な技術を用いることで、これまで反応がないと思われていた患者の中に、実は外界からの刺激を認識している例が報告されています。