インテグラーゼ阻害剤とプロテアーゼ阻害剤
インテグラーゼの生物学的役割と阻害機序
HIVインテグラーゼは、ウイルスの増殖サイクルにおいて極めて重要な役割を担っている酵素です 。この酵素は、HIV遺伝子にコードされたウイルス複製に必要な酵素であり、逆転写によって生成されたウイルスDNAを宿主細胞の染色体に組み込む機能を持っています 。
参考)抗HIV薬の作用機序
インテグラーゼの酵素活性には、主に2つの重要な機能があります。第一に、HIV遺伝子断端を組み込み反応の基質として活性化処理する「3’プロセッシング活性(3′-processing)」があります 。第二に、実際にウイルスDNAを宿主DNAに組み込む「組み込み酵素活性(Strand transfer)」が存在します 。
インテグラーゼ阻害剤(INSTI)は、これらの触媒活性を阻害することでHIVの複製を防ぎます 。代表的な薬剤には、ラルテグラビル(RAL)、エルビテグラビル(EVG)、ドルテグラビル(DTG)、ビクテグラビル(BIC)、カボテグラビル(CAB)があります 。
特に注目すべき点として、ビクテグラビルはインテグラーゼの活性部位と結合し、HIVの複製サイクルに必要なレトロウイルスDNAの組込み過程におけるDNA鎖のトランスファーを阻害します 。この阻害により、組み込まれなかったHIVゲノムは感染性を失い、ウイルスの増殖が停止します 。
参考)作用機序
プロテアーゼの分子機構と阻害戦略
HIVプロテアーゼは、ウイルスの成熟に必要な重要な酵素として機能しています 。このプロテアーゼは、アスパルテックプロテアーゼに分類される99残基からなる小型タンパク質で、ホモ二量体を形成することでアミド結合切断に必要な2残基のアスパラギン酸を活性中心に位置させています 。
参考)薬剤耐性と交差耐性の機序 PI耐性およびINSTI耐性の機序…
HIV感染における複製過程において、ウイルスの機能タンパクはまず複合タンパク(GagおよびGag/Polポリプロテイン前駆体)として産生されます 。これらの複合タンパクがHIV自身のプロテアーゼによって特定の部位で切断されることで、初めて機能的なタンパク質として働くことができます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_152/_pdf
プロテアーゼ阻害剤(PI)は、プロテアーゼの酵素活性部位に結合し、その活性を消失させる競合阻害薬として作用します 。X線結晶構造解析を用いたプロテアーゼの詳細な分子構造の解明により、PIクラスの薬剤開発が可能となりました 。プロテアーゼはホモ二量体として存在し、各サブユニットが形成するクレフト(活性部位)内でPIが結合して酵素活性を阻害します 。
その結果、ウイルスは完成型となることができず、感染力を失います 。代表的なプロテアーゼ阻害剤には、サキナビル(SQV)、ダルナビル(DRV)、アタザナビル(ATV)、ロピナビル/リトナビル(LPV/r)などがあります 。
薬物動態学的特性と相互作用
インテグラーゼ阻害剤とプロテアーゼ阻害剤は、薬物動態学的特性において大きな違いを示します。インテグラーゼ阻害剤の中でも、ラルテグラビル(RAL)はチトクロームP450による代謝を受ける可能性が低く、主にUDP-グルクロノシルトランスフェラーゼ(UGT)1A1により代謝を受けます 。このため、PIやNNRTI(非核酸系逆転写酵素阻害剤)とは異なり薬物相互作用の問題が少ないことがRALの大きな特徴となっています 。
一方、プロテアーゼ阻害剤の多くは肝臓や小腸粘膜にあるCYP3A4などの代謝酵素の活性を強力に抑制します 。特にリトナビル(rtv)は最も強くCYP3A4を阻害する作用を持ち、他のプロテアーゼ阻害剤の血中濃度を上昇させるブースターとして使用されています 。
カボテグラビル(CAB)の場合、内服薬では半減期が37〜41時間ですが、筋注製剤では半減期が38.3日と長時間作用型となっています 。同様に、テノホビルアラフェナミド(TAF)は血中で安定であり、効率よくリンパ球およびマクロファージ内へ移行する特性を持っています 。
参考)ビクタルビ|作用機序|G-STATION Plus|ギリアド…
PIを含むART(抗レトロウイルス療法)を行う際には、CYP3A4が関与するイトラコナゾール、クラリスロマイシン、ニフェジピン、カルバマゼピン、ジアゼパムなど多くの薬剤との相互作用を考慮する必要があります 。健康食品を含むすべての併用薬の把握が重要とされています 。
耐性機序と遺伝的バリア
HIVの薬剤耐性は、ウイルスの逆転写酵素の精度が低く、他のレトロウイルスよりも約10〜100倍以上も高いエラー発生率を持つことに起因しています 。薬剤耐性の発現パターンは、インテグラーゼ阻害剤とプロテアーゼ阻害剤で大きく異なります。
インテグラーゼ阻害剤の耐性は、特定の経路を介して発現し、第1世代INSTI間には交差耐性が多く生じる特徴があります 。ラルテグラビル(RAL)では、Y143RC などの一つのアミノ酸変異で高度耐性をもたらすものが存在し、genetic barrier(治療失敗に直結する高度耐性をもたらすのに必要なアミノ酸変異の数)があまり高くないとされています 。
対照的に、プロテアーゼ阻害剤の耐性はより複雑な機序を示します 。PI耐性はプロテアーゼ結合部位内の変異によって引き起こされ、一次(主要)変異と二次(副次)変異に分類されます 。ダルナビル/リトナビル(DRV/r)では一つのアミノ酸変異では高度耐性を生じず、アミノ酸変異が2つ以上蓄積しないと治療失敗に結びつくような耐性を生じにくいため、genetic barrierが高いと評価されています 。
興味深いことに、ほとんどのPI耐性ウイルスは、プロテアーゼ内の耐性変異によって引き起こされる基質結合クレフトの変化を補うために、少なくとも1つのGag切断部位の変異を必要とすることが知られています 。
インテグラーゼとプロテアーゼの臨床応用と将来展望
現代のHIV治療における標準的なアプローチは、異なる作用機序を持つ抗HIV薬を3剤以上組み合わせる抗レトロウイルス療法(ART)です 。近年は、インテグラーゼ阻害薬をキードラッグとする組み合せをはじめとして、強力で副作用も少ない治療法が確立されています 。
参考)HIV感染症「治療の手引き」を読み直す │ KANSEN J…
特に注目すべき発展として、シングルタブレットレジメン(STR)の普及があります。エルビテグラビルは、逆転写酵素阻害薬のTDF・FTCと、エルビテグラビルの血中濃度を上昇させるコビシスタット(COBI)との合剤として発売され、1日1回1錠の内服で完結する治療薬として日本で初めて承認されました 。
長期服用に伴う副作用軽減・回避の観点から、ドルテグラビル(DTG)と3TC(ラミブジン)の2剤併用療法も多く使用されるようになっています 。この治療法は、従来の3剤併用療法と比較して服薬負担の軽減と副作用の低減を実現しています。
持効性注射製剤の開発も重要な進歩です。カボテグラビル筋注製剤とリルピビリン筋注製剤を併用して1ヵ月または2ヵ月毎に投与する治療法は、日々の服薬から解放される画期的な治療選択肢となっています 。
さらに、新しい作用機序を持つ薬剤として、カプシド阻害剤(CAI)のレナカパビル(LEN)も開発されています。LENはHIV-1のカプシド蛋白単量体間の界面に直接結合し、複数のステップでHIVの増殖を阻害する多機能な薬剤として期待されています 。
国内の薬剤耐性ウイルスの頻度は増加傾向にあり、2003年から2008年の調査では未治療症例の薬剤耐性変異保有率が7.7%に達しています 。このため、100%の服薬継続の重要性がより一層強調されています。
HIV治療の最終目標である「機能的治癒」の実現には、HIV reservoirと呼ばれる潜伏感染細胞を標的とした新たな治療戦略の開発が急務とされています 。感染後6ヶ月以内という早期のART開始がHIV reservoir sizeの減少につながるという報告もあり、現状の治療薬でも開始時期を早めることで大きな利点をもたらす可能性が示唆されています 。
日本HIV治療ガイドライン
日本ウイルス学会論文
MSD製薬情報サイト