胃上皮内腫瘍と診断と治療
胃上皮内腫瘍の定義とVienna分類と病理
胃上皮内腫瘍(gastric intraepithelial neoplasia:GIN)は、浸潤を伴わない上皮性腫瘍性病変を臨床的にまとめて扱う場面で便利な概念です。
一方で、消化管病理には「日本(腺腫/癌)」と「欧米(dysplasia)」で言葉の切り方が異なる歴史があり、同じ病変でも報告書の語彙がズレて見えることがあります。
このズレを埋める目的で合意形成された枠組みの一つがVienna分類で、非浸潤性の上皮性腫瘍をlow-grade(Category 3)とhigh-grade(Category 4)に分け、Category 4は「浸潤の可能性があるため臨床治療が必要」と共通認識が得られた点が実務上のキモになります。
医療現場でのコツは、病理レポートの語(例:high grade dysplasia、carcinoma in situ、粘膜内癌相当など)を“治療行動に翻訳”することです。
参考)Vienna 分類 (ガストロ用語集 2023 「胃と腸」4…
特に内視鏡治療の適応判断では「浸潤の有無」と「リンパ節転移リスクの低さ」が本質であり、言い回しよりも、深達度・分化度・潰瘍所見など臨床意思決定に直結する項目へ読み替えていきます。
チームカンファレンスでは、①病理診断名、②Viennaカテゴリ相当、③臨床上の扱い(経過観察か治療介入か)をセットで共有すると誤解が減ります。
参考:Vienna分類の背景(日本と欧米の診断用語の差、Category 3/4/5の考え方)
Vienna 分類 (ガストロ用語集 2023 「胃と腸」4…
胃上皮内腫瘍の内視鏡と術前診断の要点
胃上皮内腫瘍を疑う段階では、通常観察に色素散布(インジゴカルミン)などを併用して、深達度や水平方向の範囲を評価していく流れがガイドラインの整理として有用です。
ただし、内視鏡治療(ESD/EMR)は「リンパ節転移の可能性が極めて低い」ことが大前提で、術前診断には限界があるため、最終的には切除後病理で根治性を判定する設計になっています。
この“術前では確からしさ、術後で確定”という構造を理解しておくと、患者説明(同意取得)もスタッフ教育もブレにくくなります。
現場で迷いやすいのは「生検で高異型度と言われたが、病変が小さく見える」「境界が曖昧で取り切れるか不安」などの状況です。
こうしたとき、内視鏡診断の役割を①適応を決める診断、②切除範囲を決める診断に分けて考えると、必要な追加観察(拡大、色素、補助的EUSなど)の位置づけが明確になります。
また、術前評価の不確実性を前提に「切除後に適応外と判明し追加外科手術が必要になることがある」という情報を最初に織り込むのが、トラブル回避として重要です。
参考)ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)|医療法人豊田会 刈谷豊田総…
参考:胃癌に対するESD/EMRガイドライン(適応、術前診断、根治度評価の枠組み)
胃上皮内腫瘍のESDと治療適応と根治度
胃の内視鏡治療は、病変が一括切除でき、かつリンパ節転移リスクが極めて低いと見込まれる場合に行う、という原則で整理されます。
ESDは粘膜下層に局注して病変を挙上し、切開・剥離して一括切除する治療で、切除標本で深達度や脈管侵襲、切除断端などを評価できる点が強みです。
言い換えると、胃上皮内腫瘍という“浸潤前提ではないが確定もしきれない”領域では、診断と治療が一体化したアプローチになりやすい、という理解が役立ちます。
切除後は「根治度(curability)」の評価に基づいて方針が決まり、治癒切除なら年1〜2回の内視鏡フォローが望ましい、というように次の行動がガイドライン的に型化されています。
この運用は、病変の“取り残し”よりも、術後に判明する“想定外の浸潤・高リスク所見”への備えとして機能します。
病理アップグレード(切除後に想定より悪性度が上がる)を完全にゼロにはできないため、内視鏡医・病理医・外科の連携で「追加治療のトリガー条件」を事前に共有しておくと運用が安定します。
胃上皮内腫瘍のフォローと院内がん登録とT分類
胃領域では「上皮内癌(Tis)」の扱いが場面によって揺れやすく、院内がん登録では胃の上皮内癌(Tis)は用いず、病理で上皮内癌と確認できればT1aとして登録する、という運用が示されています。
このため、臨床側が「0期(Tis)」の感覚で説明したいときでも、データ上はT1aとして扱われ、情報連携や統計でギャップが起き得ます。
医療従事者向けの院内資料や説明文書では、「登録上の表記」と「病理学的概念」を分けて書くと、監査・説明責任の両面で安全です。
フォローアップについては、治癒切除後に年1〜2回の内視鏡検査による経過観察が望ましい、というように推奨が提示されています。
この定期内視鏡は、局所再発だけでなく、胃粘膜の背景(萎縮・腸上皮化生など)を踏まえた異時性病変の拾い上げという意味合いでも重要になります。
運用上は「いつまで続けるか」より先に「検査の質(観察時間、撮影・記録、病理依頼のルール)」を均一化する方が、医療安全・教育効果が出やすいです。
参考:胃の上皮内癌(Tis)の登録上の扱い(T1aとして登録する旨)
https://ganjoho.jp/med_pro/cancer_control/can_reg/hospital/pdf/stomach2024.pdf
胃上皮内腫瘍の独自視点:ピロリ除菌後と内視鏡の見落とし
検索上位の一般解説では「ピロリ除菌で胃癌が減る」という話に寄りがちですが、医療者として注意したいのは“除菌後の病変が見つけにくくなる”という逆方向のリスクです。
広島大学の研究紹介では、除菌後胃癌の表層に正常粘膜に近い低異型度上皮(ELA)が出現し得て、これが内視鏡での発見を難しくする要因の一つになり得る、と説明されています。
胃上皮内腫瘍の経過観察中に除菌が入ったケースでは、病変が“薄く見える/境界がぼける”可能性を念頭に、写真記録の比較(同一部位の再現)や色調差の拾い上げをチームで意識すると実務的に効きます。
実装面では、以下をルール化すると「見落としにくい仕組み」になります。
- 除菌前後で、同一病変の代表画像(近接・遠景・色素)をセット保存する。
- 病理依頼書に「除菌後」「既知病変フォロー」など臨床情報を明記し、病理側の読みを助ける。
- 既知の胃上皮内腫瘍が不明瞭化した場合、“消えた”と結論づける前に、再検条件(観察法変更、時期調整、必要なら治療的切除の検討)をカンファで確認する。
また、除菌は異時性胃癌リスク低下と関連する報告があり、フォロー戦略を立てるうえで「除菌=終了」ではなく「除菌=観察の質がより重要になる局面がある」と捉えるのが現実的です。
参考)早期胃がん患者に対するヘリコバクター・ピロリ除菌、異時性胃が…
胃上皮内腫瘍の患者説明では、「除菌のメリット」と同時に「除菌後に見つけにくいタイプがあるため、定期内視鏡は引き続き大切」という言い方をすると、継続受診の納得感が上がります。
参考:除菌後胃癌が見つけにくい理由(ELAの説明と臨床的含意)
【研究成果】ピロリ菌除菌後、胃癌の表層に出現する正常に見える…

胃と腸 2022年 3月号 主題 食道上皮内腫瘍の診断と取り扱い